習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『アイ・カム・ウイズ・ザ・レイン』

2009-07-08 06:07:37 | 映画
 トラン・アン・ユン監督が『夏至』以来5年ぶりに放つ新作。ロス、ミンダナオ、香港を舞台にした表面的にはアクション映画。しかも、ハリウッドからジョシュ・ハートネットを主演に招き、彼が追う行方不明の青年を日本から木村拓哉。香港のマフィアに韓国からイ・ビョンホン。ジョシュの親友であり現地の警察官としてショーン・ユーという国際色豊かな超豪華キャストを組んだ大作映画である。いつものようにフランス資本で、言語は英語を使う。

 アメリカの大富豪から行方不明の息子を探して欲しいという依頼を受けた主人公がフィリピンで行方を絶った彼を捜す旅に出る。もと警察官の彼は精神異常犯罪者の捜査をするため犯人の心の中に入り込み、犯人と同化し、彼の内面から出てこれなくなる。映画はこの2年前のシーンから始まる。フランシス・ベーコンの絵画を思わせるような異常な造形物を作るアーチストである犯人。彼の起こす連続猟奇事件も彼にとっては自分の作品の一部だ。そんな男の意識に入り込んだジョスは心を壊す。自分の精神にの異常をきたし、退職した。今では探偵のような仕事をしている。このプレ・エピソードは本題であるシタオ(木村拓哉)の捜査と重なる。2人は紙一重の存在として描かれる。悪魔と天使は狂気という意味で変わらない。では、両者を隔てているものは何か。この映画のテーマはそこに尽きる。

 映画は一見ハリウッド的なわかりやすいストーリーラインを見せるが、当然一筋縄ではいかない。派手なアクションはもちろんない。どとらかというとアート映画の雰囲気だ。そして、ジョシュと木村は当然のように最後まで出会わない。2人の中で何かが交錯する。木村は人の体の傷を自分に移すことができる、という特殊な能力がある。彼の背景は一切描かれない。なぜ、彼がロスの家を出て世界を放浪したのか。そこで彼が見たものは何なのか。この世界にはびこる『悪』とピュアな彼が対峙し、その結果彼は見も心もぼろぼろになる。人を助けるために自分を犠牲にすることには限界がある。たったひとりの力では何もできない。そんなこと十分にわかっている。だが、彼は助けなくてはいられない。自分を求める弱くて貧しい人がいる。父親はアジア系企業としてアメリカで成功し、世界を牛耳るだけの力を持つ。そんな父への反発から家を出た、というのならわかりやすい。映画はここを完全に無視する。それでいい。だが、彼が何をしようとしたのか、はもう少し描いてもよかったのではないか。世界を旅して彼が見たもの、感じたこと、到達点。その提示は欲しい。それがジョシュや、イビョンホン演じる力で人の命を牛耳れると思っているヤクザにどう影響を与えるのか、そこがもっとちゃんと見たい。なのに、映画はそんなこと、観客がかってに感じてくれればよい、と言わんばかりのそっけなさである。

 トラン・アン・ユン自身が思い描く世界のあり方をもっとちゃんと見せてもらいたい。彼はベトナムで生まれ、フランスを拠点にして活動する中で、今までさまざまな問題に出会い、それに立ち向かってきたはずなのだ。アジア人であること。ヨーロッパで生活し、ここで映画を作りながら、自分のアイデンティテイをどう維持し、この世界とどう闘うのか。木村演じるシタオは彼自身ではないか。ならば、彼が行き着く果ては自分自身の問題だから、その答えが欲しい。それは彼が生きる『今』という時代を象徴する大事なものとなるはずだ。もちろん、この映画が描いたここまでからでも、いろんなことが想像は可能だ。だが、想像ではなく、彼の提示する現実が欲しい。そこから始まる。

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 尼崎ロマンポルノ『機械少女』 | トップ | 『蟹工船』 »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
途中 (映画子)
2009-07-08 09:20:52
途中まではミステリーと思わせて

読んでいてなんだか納得しました。映画は監督のもの、
私はなぜか引き込まれ、答えを求め何回か見てしまいました。
映画は楽しいです。ありがとうございます。
返信する
GBW (まるめろ)
2009-07-28 15:12:18
イビョンホンかっこいいですよね☆
今度公開されるGoodBadWeirdも楽しみ♪
http://gbw.jp/top.html
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。