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映画・演劇のレビュー

瀬尾まいこ『夏の体温』

2022-04-29 11:51:27 | その他

今回の瀬尾まいこの新刊は中編小説2作と短編1作の3本立。タイトルの『夏の体温』は分類すると児童文学の範疇に入る作品だろう。小学3年生の男の子のひと夏のお話だ。彼は「血小板が少ない病気」で入院している。毎日退屈すぎる彼のもとに同じ3年生の男の子が検査入院で3日間やってくる。そんな2人の短い夏の日々が描かれる。たった3日だけど、そのささやかな時間がとても愛おしい。長編では描けない時間がここにはある。一瞬で過ぎていく時間の中で、彼らが大事にしたもの。それがきちんと描かれてある。学校にも行けず、毎日病室とプレイルームで過ごす日々。ここにやってくるのはほとんどが低身長の検査入院でくる幼児ばかり。せっかくの夏休みなのに、もう1か月以上ここで過ごしている。退屈。でも、ここには自分なんかより大変な病気で苦しんでいる人たちもたくさんいるのだから、甘えたことを言うんじゃないよ、とも思っている。そんなまじめな男の子の日々。これはそんな彼のちょっとした軽いスケッチである。作者は特別なことをここに込めようとしたわけではない。でも、そんなさりげなさがいい。これは(これで)キラキラした、大切なひと夏の思い出。

2本目の『魅惑の極悪人ファイル』はタイプもタッチが変わって、20歳の新進作家が悪人を書くためにある大学生に取材するという話。これもさらりと綴られる。ふたりの問答と、彼女の取材メモ。悪い人が書けない彼女は、彼を取材することを通して、極悪人の姿に迫る、つもり、だったのだが、話を聞いていくうちに、彼がとてもまじめでいい人だということを実感することになる。どうしてこんな誤解が生じたのかを、さらりと描く。これもまた、中編小説だからできるさりげなさ。

最後の短編『花曇りの向こう』は、なんと中学校の教科書用に書かれたものらしい。これをどんなふうに授業にするのかな、気になる。

3作とも登場人物は基本2人。ふたりのやりとりでお話が展開する。(でも『花曇りの向こう』は3人かな。というか、これはふたりが向き合うまでのお話)いずれも、相手と向き合うことで始まる関係性が描かれる。そこから始まる物語。


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