1958年立春から始まる。(別にこの小説とは関係何けど、なんと、僕が生まれる前年だ。)そして、2022年立春までの60年間のお話だ。1975年処暑、88年秋分、99年夏至、2010年穀雨、22年立春。6つの短編連作というスタイルだ。ある家族(藤巻家)の4世代にわたる物語。そこには6人の人生のある局面が綴られてある。6つのお話で、主人公は6人。でも、ここに描かれるのは彼らだけではなく、彼らと、その周囲の人たちとの物語が綴られる。そして、それが藤巻家のクロニクルとなる。
最初のエピソードは、ある少女がお手伝いとしてその家にやってくるところから。彼女がそこで彼と出会う。長靴を履いた変な男。この家の息子。1話は彼から長靴をプレゼントされるまで。『博士の長靴』というタイトルなのに、彼の長靴は最初に少しだけ出てくるだけ。博士も彼の妻になる彼女も、2話以降(ほぼ)登場しない。でも、最後のエピソードで再び博士のところに戻ってきて、曾孫に長靴をプレゼントするところで終わるけど。(そして、その長靴はほんとは妻に買ったもの、だったけど)
2話はそんなふたりの息子の話。だが、それは博士の教え子の視点(こちらが語り手であり、主人公)から描かれる。そんなふうにして、各エピソードは新しい登場人物が主人公になり、そこでこの家族の話が展開する。リレー形式で描かれる物語は藤巻家の4世代の歴史が背景になる。
読んでいて、なんだかとても幸せな気分にさせられた。何が良くて、何が良くないか、とか、何が正しくて何が間違いかとか、そんなことはどうでもいい。ぶれることなく、自分を生きている博士はなんだか可愛い。彼は天気のことにしか興味はない。そして、いつもずっと空を見上げている。息子に、「何のための研究しているのか」と聞かれて「知りたいからだよ。気象のしくみを」と答える。「わからないことだらけだよ、この世界は」「だからこそ、おもしろい」とも。1話では20代だった彼は、6話で80代になっても変わらない。