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認知症の老人を主人公にした映画だ。これはきつい。僕も認知症の母親を抱えてたいへんな思いをしていた(なぜか、ここを残念だけど過去形にしてしまった)から、ここに描かれることのひとつひとつが思い当たることだらけ。(実は今、うちの母は入院中なので、世話を焼くことすらできない日々が続くのだ。これもキツイ。)
まず彼の視点から描く。彼の目に映る世界が映画として提示されていく。自分の混濁した内面が映像として描かれていく。怖い。彼の目には今この世界がどう映っているのか。映画は彼の目に映ったものをそのまま見せていく。その主観映像では、なんと娘の顔が他の女の顔に変わっていく。衝撃的だ。
大事な腕時計がどこにもない。介護人が盗んだのだと娘に訴える。自分の娘の顔がわからなくなる。彼は自分の家で一人暮らしをしていたけれども、もうひとりで暮らすことはできない。でも、自分はまだ十分ひとりで暮らせられていると訴える。自分はまだ、ボケてはいない、と信じている。でも、徐々に不安になってくる。
娘は時間の許す限り、彼の面倒を見ているが、もう限界に達している。身の周りの世話を委託した介護ヘルパーに高圧的な態度をとり、首にしていくから、もう誰も引き受けてくれない。娘は父親を自宅から引き取り一緒に暮らし始める。
ストーリーは実に単純だけれども、それを彼の意識の混濁として描かれるから、ドキドキさせられる。何が真実なのか、わからない。彼の中にある不安が観客である僕たちの不安として伝わる。彼に感情移入して見ることになる。同時に娘の視点も描かれるので、彼女の辛さが苦しみも伝わる。主人公ふたりの想いを汲み取りながら、同時に彼らを追いかけることになる。実にスリリングな映画なのだ。
老後もどう生きるか。自分も老いてきた今、そんなことも考えてしまう。この映画の父親も娘も、自分の問題だと受け止められる。全く他人ごとではない映画なのだ。ラスト、泣けた。