
この作者の本は初めて読むが、これは好きなタイプの小説だ。彼女はこれまでに5冊の長編を出版しているみたいだが、これが初めての短編集。
読んでいて、なんだか不穏な気分になる。今ある幸せがとても儚いもので、すぐになくなってしまいそうで。だけど、なくならない。あるいは、なくなっても困らない。変わらないままだとしても、何かが変わっている。知らない間に。
そんな気分がいずれの作品にも漂う。コーヒーが媒介になる。ある時はお話のかたすみに。あるいはお話の中心になる場合もある。老貴婦人は苦いコーヒーを美味しいと飲む。だから次はもっと苦く作る。女の淹れるコーヒーはおいしい。会社の来客に淹れるコーヒーは2杯分。作った人が残りを飲める。
恋人が誰か他の男といなくなる話から始まって、最後はいなくなった恋人が他の男と海外で過ごしていた日々が描かれる。彼女はここからもいなくなる。どこかに行く。いや、もとの場所に戻っただけ。
5つのお話は独立した作品であり関連性はない、と理解しても構わない。だけどこの微妙な設定はすべてがつながっているようにも思える。そこには不思議な体感がある。