葡萄を目にすると 上等な絵具と、 若い女の先生を思い出します。
僕は小さい時に絵を描くことが好きでした…
こんな書き出しの短編で。 はじめて読んだころの感動を はっきり覚えています。 読むたびに、 おなじところで立ち止まって共感します。
ジムという友だちが
持っている絵具は舶来の上等のもので、 軽い木の箱の中に、十二種イロの絵具が小さな墨のように四角な形にかためられて、二列にならんでいました。どの色も美しかったが、とりわけて藍と洋紅とは喫驚ビックリするほど美しいものでした。
ドキドキするほどきれいな絵具 たぶん固形の四角いクレヨンかパステル。 蝋のような手ざわりや匂い、 巻紙の色まで想像できました。 私も欲しい、 ずいぶん憧れました。 親にねだることもなかったけれど… 少年の葛藤を自分のことのように感じ、 せつなく受けとめて。 以来、 クレヨンは特別なものになってしまいました。
主人公は いろいろ悩み思いつづけたあげく 藍と洋紅との二色を…
ハラハラしながら物語は展開します。
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先生は真白なリンネルの着物につつまれた体を窓からのび出させて、 葡萄の一房をもぎ取って、 真白い左の手の上に粉のふいた紫色の房を乗せて、細長い銀色の鋏で真中からぷつりと二つに切って、 ジムと僕とに下さいました。
多くを語らず やさしく諭した若い女の先生、 心理描写の細やかさ、 臨場感をともなって色彩が鮮明に。 主人公の気持ちはそのころの私にぴったり重なっていたので、泣き出しそうになって読みました。 四角いパステルを手に入れたいと長いこと思いました。
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今日の葡萄
大きな一粒は 小振りなトマトほどの大きさ、 直径5センチです。 普通の倍くらいもあって、 大喜びしました。
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