「わたしのまちがいだった
わたしの まちがいだった
こうして 草にすわれば それがよくわかる」
八木重吉の詩を覚えているかい、ベイビー。
心がすさむときは、じっとする。
じっとしても、あらぶれるときは
眼をぎゅっとつむる。
心に浮かぶ、もろもろに雨をふらし
驟雨のなかで、消してしまおうとする。
眼を開けて、すさんだままの心を
とりだして、川へ捨てる。
木の枝を切り落とすように、
心を格す(ただす)という教えは、
いかにも中国の乾いた大地から生まれたイメージだ。
漢字のままに、切り落とすことなどできない
大和に生まれた心よ、川へ流れていけ。
水にさらされれば、ふたたび誰かに拾われ
そして、生まれたてのような淡い色を
取り戻せるだろうから。

君は草に座って、ポーズと言われているすきに、
「草を食べる、そうすればよくわかる」
なんだって?
わたしの まちがいだった
こうして 草にすわれば それがよくわかる」
八木重吉の詩を覚えているかい、ベイビー。
心がすさむときは、じっとする。
じっとしても、あらぶれるときは
眼をぎゅっとつむる。
心に浮かぶ、もろもろに雨をふらし
驟雨のなかで、消してしまおうとする。
眼を開けて、すさんだままの心を
とりだして、川へ捨てる。
木の枝を切り落とすように、
心を格す(ただす)という教えは、
いかにも中国の乾いた大地から生まれたイメージだ。
漢字のままに、切り落とすことなどできない
大和に生まれた心よ、川へ流れていけ。
水にさらされれば、ふたたび誰かに拾われ
そして、生まれたてのような淡い色を
取り戻せるだろうから。

君は草に座って、ポーズと言われているすきに、
「草を食べる、そうすればよくわかる」
なんだって?