若い人とご飯を食べに行った。
何が食べたいですか、と聞くが何でも許すよという意味にとられると困る。
ステーキとか焼き肉とか言われてもな、困る。
都合のいいことに若い人は痩せ型の草食系男子である。うん、これは食わないなと
踏んで、どこでもいいですよ、とさらに聞く。
おすすめってどこかありますか、と言うので、それならと一、二挙げてみた。
トンカツの旨い店、老舗ですよ。箸で切れるトンカツ。
ああ、そこ知ってます。先輩に連れて行ってもらったので。
そうなの、じゃあ天ぷらはどう? 天ぷら油のいいのを使ってる店あるよ。
へー、それは美味しそうですね。
うん、すごくおいしい。地元の人くらいしか知らないんじゃないかなあ、
間口の狭いジミーな店なんですけどね、味はうけあいます。
カメ先生も行かれるし、知ってる人は知ってます、おいしいってこと。
へー、そこ行きたくなった。近いですか?
すぐですよ、その先ちょっと行ったとこですから。
しばらく歩いて信号待ちしているとき、また尋ねた。
寿司もおいしいとこ、そのそばにありますよ。お魚好きでしょ? 寿司食べますか。
ああ、ああ、寿司かあ、寿司もいいなあ。いや、すみません、また今度、寿司は
今度にします。今日はそこの、その天ぷら屋さん、楽しみになってきたので。
ガラガラと引き戸を開けて店内へ入ると、あれま、がらんとして誰もいなかった。
のれんも出てるし、やってるのかな? といぶかしんでいたら奥から小さな声で
らっしゃい、と聞こえてきた。
ああ、やってるやってる、だいじょうぶだったと言いながら席につく。
誰もいないので席は選びほうだいなのだが、隅っこへふたりで異議なしで座る。
卓に置かれたお品書きを開いて、さあ、さあとすすめた。
若い人はうれしそうな顔をして、ぼく、海老天ご飯にします、ときっぱりと言った。
え、他にも何かどうですか、それだけでいいの? と聞く。
ぼく、海老が大好きなんです、海老ばっかり食べちゃいます。これ海老4本もついてるから。
注文した品がくるまでまでの間、話ははずんだ。
そして若い人が言った。
「ここ、わりにふつうですね、隠れ家みたいなとこ想像してたんで。でもいいです、ここ」
「は、カクレガ、ね‥‥」
しばし思考停止したけど、すぐにねじを巻いて応える。
「そうね、座敷だったのを改装してきれいになってるもんね、前はもっと古い店だったよ」
「そうでしょう、そんな感じ。そんな空気が残ってる」
若い人はニコニコしている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/8f/a8ebd744623356e061e8aa13f4575888.jpg)
(中央右に小さく飛行船!)
帰宅してから気づいた。
隠れ家って‥‥なんだ? ん? とひっかかっていたのが急に解けたのである。
若い人は雑誌をよく読むらしい。
雑誌の編集会議で「隠れ家的な」ってのを企画したことがあったのを思い出した。
もちろんそこに掲載した店や場所が隠れ家なわけがないのである、写真撮ってオーケーなのだから。
でも読者はなぜ、それに抗議しないのか。
それは「隠れ家」って言葉が隠れ家を指していないからである。
一時、看板をわざと出さない店というのが流行した。
一見さんを断らないのに、むしろ千客万来が目的なのに表札も出さないのである。
そしてビルの谷間の奥まった便利とは言えないでところにそれはある。なのに、
人はぞくぞくわらわらとそこを訪れるしかけとなっていた。そういえば、かつて
そういう店を創ったりしたなあ、あざとかったなあ、儲けたなあ。
遠い昔であるよ、忘れていた。
隠れ家というのに、そこで他人と集って飯を酒を喰らう。名刺なんか置いて行く。
常連になってしまう。で、ここ俺の隠れ家って感じ~とか連れの女人に言うのである。
隠れ家をみつけたい気持ちはよくわかる。
だから若い人の気持ちがわからなくもないのに、ピンと来なかったわたしは隔世の感が
あるのだ、そういう世間の流行や慣習といった類いに。
隠れ家と同義の言い方に穴場っていうのもある。
雑誌で取り上げテレビカメラが入り少しも穴場ではなくなるのに、穴場という響きは
人を誘うのに十分である。
商標の一部と化してしまって久しい隠れ家と穴場という言葉、ほんとに隠れたい人は
行かないよね。
隠れるのが生き甲斐のわたしは正真の隠れ家、穴場を仕事では決して使わなかったので
明かせよ、いつも籠ってるとこに連れてけよ、と編集者にネチネチと言われ、ツッコマレ、
冷や汗を流しながら断ったものである。アノヒト、ヒツコカッタナア。
何でもネタにしてしまったら、どこで遊べばいいんだい? ってのがわかってない。
隠れ家や穴場は誰も誘わずに行くもの。一人で、あるいは大事な人とだけこっそりと
忍んで行くところ。そういう正統な定義をしている人など街中をうろうろしないだろうな。
天ぷらは、いつものようにすっごく美味しかった。
若い人もすべてたいらげて、わたしの分も片付けてくれた。
バクバクと食べ、ふと顔をあげて言った。
「ここ、ほんと旨いんですね!」
場所、おせーませーん。(というほどのこともないところだし~)