ライン出版編集部

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ライン(rein)出版編集長の日常と雑感

私が喜界島へ行きたいわけ

2019-07-02 01:34:21 | Weblog
20代のころ、もちろんパソコンも携帯電話もない時代、
宅配便もなかったころの話である。

業務命令で奄美群島の担当となった。
大きなカバンを抱えて1週間、ひとり点々と島を巡った。
大島運輸の船と飛行機を使ったと思う。

ほかの島々はすべて宿泊もし時間をかけて取材したのに、
喜界島は寄港のみ。
上陸はしなかった。
旅程が厳しかったこともあるが、それが一生の痛惜となっている。

喜界島を紹介するに当たり、ヤグルマテンニンギクのことを書いた。
特攻花ともいう。

第二次世界大戦中に鹿児島県知覧町から沖縄へ出撃する陸軍特攻隊の中継基地が喜界島にあり、
ここから二度と戻らない決死の飛行に飛び立っていった。
夜明け前に出撃する特攻隊員に、島の女性がテンニンギクの花束を渡したため、特攻花と呼ばれている。
受け取った隊員は「花も一緒に散るのはしのびない」と、花束を滑走路に残した。
その種が発芽し、現在も周囲には多くのテンニンギクが咲いている。
戦後、基地は喜界空港となった。
ウィキより

今年、喜界島への計画を立てたが事情があって断念。
ヤグルマテンニンギクは5月から7月にかけて咲くそうだ。
行きたい、行かなくちゃ…と思うが、果たして願いは叶うだろうか。


写真は横浜で撮ったものだが、
この花がテンニンギクに似ているような気がする。
テンニンギクは帰化植物で繁殖が激しいため本土持込みはNGとなっている。
だから行かなきゃ見られない。