イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

雷月ものがたり

2007-09-25 21:03:34 | テレビ番組

今日は中秋の名月の予定ですが、当地はどうもお月見、望み薄です。

朝から、雨というよりむしろミゾレでも降って来そうなどんよりぼってり鉛色の雲が垂れ込め、いきなりポッ、ポッと蛍光灯が点滅したかと思うと、かなり至近距離で雷鳴。AM1000過ぎまで断続的に続いた後、トイレ休憩みたいに5分間ぐらいの晴れ間を挟んで、雷雨のち、普通の曇り。

例年、当地ではこの時期天候がスーパー変わりやすく、澄んだ夜空で煌々たる満月を仰ぐゆったりお月見はむずかしいのですが、今朝からモチ米炊いて半殺しのボタ餅作っちゃったもんねー。

花より団子、月より団子。雨よりカミナリより団子。月が見えなくたってお月見はするもんねー。

ま、ちょっと雲の切れ間から覗く程度でも見えてくれたら許そう。日本の月探査機“かぐや”はもう月面に着いたのだろうか。

さて、場面転換で夜になるたびに、場つなぎにはもったいないくらいの銀冴えな月が海を照らす“海と空のホテル”、『金色の翼』62話。

昨日61話でセツ(剣幸さん)、絹子刑事(高嶺ふぶきさん)のツインタワーが島を去って、ホテルに残ったメンバーが一気に小粒化した印象は否めないのですが、身重の玖未(上野なつひさん)の生命の危機と社長解任を経て奥寺(黒田アーサーさん)が修子(国分佐智子さん)を脅しての結婚をあきらめるという、風呂敷の一端収束がありました。

奥寺「(辛くも無事だった玖未のお腹の子から)運を授かったと思うことにする、ただ玻留(倉貫匡弘さん)と一緒にさせる気はない、警察と係り合いになるようなことは絶対に困る」「あなたたち(=修子姉弟)は早く僕らの前から消えてほしい、あなたが何をしたか僕は何も知らなかったことにする」と風向きが180°転換。

人を愛するのに“オールオアナッシング”の人と“優先順位”の人とがいて、奥寺は後者の代表なんだろうと思う。「これでも、僕なりにあなた(=修子)を愛していた」という最後の台詞に嘘はない。

いまも奥寺に修子を失いたくない、惜しいと思う気持ちはあるんだけど、玖未と、亡き玖未の母親への申し訳なさがまさり、玖未が宿している新しい命を大切に思う気持ちがそれに続いたのに比べると、修子へのそれは、いまだゼロにはならないけれども、三代目として守ってきた社長の座よりも軽い“ランク外”に転落したというところなのでしょう。

こんな案配に、「いまの自分にとっていちばん大事なのはコレ」「次がコレ、その次がコレ」「こないだまではコレが一番だったけど、いまはそうじゃなくてコッチ」とサクサク書き換えできる人もいる。だからと言って“人が人を愛する思い”に軽重差はない。

要は、アーサー奥寺、要領のいいヤツなのです“すべてかゼロか”の人と、優先順位を時々刻々書き換えられる人と、世間で上首尾をおさめられるのはたいがい後者。

いずれ、社長の座を追われてなお残った私財で小さな会社でも立ち上げれば、「今度はコッチを大きくしなきゃ、玖未は好きにやってなさい、ミルク代なら置いてくから、じゃあね」「あ、そう言や修子サンいまどうしてっかな、電話してみるか」てなことになるに決まっている。

人間の欲望、情熱のありようの様々を映して興味深い62話でした。

玖未が母子ともの危機を乗り越え、回復が伝えられた場面での玻留の表情が味わい深かった。助かった赤ちゃんは彼自身の子なのだけれど、彼の心は二階の玖未より槙(高杉瑞穂さん)と、「よかったのかこれで?」「ええ、よかったわ」と無言で見交わす姉の眼差しのほうにある。「殺すのは槙にしましょうって、姉さん言ってたんじゃなかったの?」とでも訊きたげな、不思議に毒気のない、でもいまさら思い直しもできない玻留の目つき。

「一度決めたことは必ずやる」と宣言している“宿命の弟”玻留。行きずりの間違いとは言え自分の子を宿してくれた玖未(←また、健康的に熟睡するする)に無言の別れを告げ、この人ともっと早く出会っていれば…と思った理生に「迫田を突き落としたのは(姉さんじゃなく)俺」と打ち明け、彼なりに覚悟はある模様。

土壇場で、姉との打ち合わせ(←映像・台詞の仔細説明なし)通りに事を運ぶかどうか。“一瞬も目を離せない”状態は最終話まで続きそうです。

そんな中、玖未が二階で生死の境を彷徨う最中、生きた心地のしない奥寺に「奥寺さん、どうスか一杯」とワイングラスを差し出す誠司(五代高之さん)が妙にいい味。

60話でのセツさんへの「義姉さん、もっと早く(檀を手にかけたと)打ち明けてくれてれば、オレがやったと自首することもできたのに」も「ンなこた現実になったらできねーんだろアンタ!」と思いっきり噴飯ものでツッコめてとてもよかったし、言うことなすこと“匹夫の勇”“臆病小市民のヒーローロマン”なんだよね、この人。

奥寺が社長の座を追われて、課長待遇の紹介状も宙に浮いたろうし、この際、元娘・理生がオーナー代理をつとめるホテルの営業マンになっちゃどうか。…ワインセラー空けちゃうだけか。

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狭い古い安い(不動産か)

2007-09-24 20:23:15 | テレビ番組

年間CD購入枚数がいちばん多かったのは自室専用のCDラジカセを買った96年秋から00年までの約4年間ぐらいだったと思います。当時はまだ音楽“ダウンロード”という消費の仕方が普及定着していなかったので、FM音楽ステーションではいまの10倍ぐらい新譜CDリリース情報が流れていました。

特定の歌手やアーティストを追っかけたりキャーキャー言ったりという嵌まり方から遠ざかってすでに久しかったのですがFMで名前を初めて知って、どんな容姿ヴィジュアルだか全然知らず興味もないまま、ひたすら楽曲・声質・音の作りが好きで”買った洋楽・邦楽CDがずいぶんありました。

また、ちょうど、ジャケや歌詞カードのデザインが抽象的、イメージ優先になってきて、一部のアイドル性の強いアーティスト以外、本人の鮮明なカオカタチ写真が載らなくなってきたのもその頃。

たぶん、カオカタチ見たら一生買わなかったであろうタイトルが結構あったと思います(アーティスト名は伏せときましょう)。たまに、金曜夜の『ミュージックステーション』などで出会いがしらカオカタチを拝んでしまい、椅子からずり落ちそうになったこともあります。

03年春の自宅改装の際ほとんどのタイトルを処分しましたが、その1年ぐらい前からFMCDを、新譜旧譜の別なく“盤”として、採り上げてスポットを当てアナライズすることをめっきりしなくなり、誰がどんなアルバムを出したのか、どんな楽曲が含まれているのか、あまりアナウンスされなくなった。そういう情報を主軸にした番組やコーナーもみるみる減っていきました。

それだけが理由ではないとは思いますが、自分の中でもCDに対する購買意欲や有り難味が、潮の引くように失せて行き、今日に至っていました。

最近、それでもレギュラーで聴き続けていたFMラジオすら、スイッチ入れるたびに「あ、この声、この音、この喋り“ハズレ”」と感じる時間が多くなって来たな、そろそろFMも卒業かなと思い始めていた矢先、『美しい罠』『金色の翼』の岩本正樹さんシリーズがきっかけでTVドラマのサウンドトラック”というジャンルが、いまの生活や気分にちょうどいい具合だということがわかりました。

00年までの“CD買い黄金期”の趣味にはまったく入っていなかった分野。なんか、最近、特に在宅のオフタイムは、FMからの“人間の歌声”や“意味の取れるリリック”をあんまり聴きたくなくなってきたんですな。

ここ数日買おうかどうしようか、候補に上げたり下げたり、コッチをやめてコッチにするか?と入れ替えたりしているタイトルが10本ぐらいあります。

TVサントラと言っても、二十一世紀に入ってからは、レギュラーで観たTV番組はほとんど昼ドラと特撮だけなもんで、我ながら興味の対象が狭いし古い。候補にはすでに廃盤入りしているものもかなり含まれています。

中古店を探してでも入手しようとするエネルギーが自分にあるか?卒業したつもりになっていた“CD”というアイテムに、ここに来て再び燃えることができるのか?むしろ自分で自分に興味があります。

万障繰り合わせて入手したら、ここでも軽くレヴュってみるとしましょう。

でも、あらかじめバラしておきますけど、すんげー狭いよ。古いよ。フィールドが。

さて、このプチ・マイブームの先鞭をつけた『金色の翼』61話。

21日の第60話終盤の衝撃が、この週末も残りました。

何が衝撃って、月河も、この東海テレビ昼ドラ枠との付き合い6年余になりますから、同性愛とか男色とか血縁きょうだいの肉体関係とかを、それも絵なしの回想説明台詞だけで呈示されたところで、いまさら全然ビックリもシャックリもしないわけです。

衝撃だったのは、繰り返しになりますが、こんな、わざわざ選んだかのように手垢ベタベタなモチーフを採用しながら、ここまで“ネタっぽくなく”料理し盛りつけることができるものかということ。

姉弟の関係はともかく、日ノ原氏が玻留を愛人にしていたというくだりに関しては、普通、昼ドラなら「来たコレ」と笑うところなのに、笑えなかった。素直に痛かった。玻留の痛みを我がものと思う修子のぶんも倍々で痛かった。

要するに、このドラマ、“ドラマとしてまとも”なのです。そこが逆に評価の分かれるところかも。

「笑えねーよ」を、瑕疵、欠如、あるいは逆に“余計”と感じる昼ドラディープファンも少なくないと思う。

ここは、むしろ、一定率反感買ってこそ脚本の勝ちでしょう。

今日は身辺整理を終えたセツ(剣幸さん)が槙・理生・ホテルの面々に順に別れを告げて、堂々と手錠にかかり、一度は逃亡の機会を用意してくれた修子に「逃げた分だけ、罪の鎖は重くなる、良心に何の疚しさもなく生きる自由を感じていま幸せよ」「貴女と私はどこか似ている」とさわやかに、意味深に言い置いて連行されて行く一連の場面が圧巻でした。

“自由”とは、いま居る場所や職責や人間関係から逃げて離れることだけを意味するのではない。心の状態のことを言うのです。

セニョーラ時代の修子同様、大金や社会的地位を欲しいままにしながら牢獄のような暮らしに感じることもある代わり、マルクス・アウレリウスじゃないけど獄に監禁されていても魂が自由であることは可能。

「自由になるには翼、翼は力、力とはカネ、自由になるにはカネが要る」と嘯いていた槙、「愛は相手の自由を奪うか、相手の自由にされるかどちらか。私は誰も愛さない、いつも自由でいたいから」と言い張っていた修子らに、セツの選択は何を残したでしょうか。

すでに理生はセツに「あなたの娘として(島で)帰りを待ちます」と告げました。1話で願っていたこと、嫌悪していたこととが真逆。槙との不毛な企みとその破綻を通じて、理生は槙より先に“自由ではないがそれに近いもの”を掴んだのです。

今日、いちばん残念だったのは、離れて行こうとする姉の心にいま一度縋るため自爆芝居を打った玻留を抱き止め、何かを決心して危険な提案を口にした修子、知るよしもなく自室の窓越しに空を見上げている槙…のラスト切り返し、そこに流れる『海と川のクロス』(←サントラより)が、12秒尻切れだったこと。

最終週の宿命で同枠次クール作(101日スタート『愛の迷宮』)の30秒予告が入るせいなのですが、編集、ここへ来て息切れガス欠か?な印象を与えてしまいました。

何たって次作予告は“2007年 秋”の大字幕で劇場大作並みにデカく出てます。視聴者の気持ちをうわの空、お留守にさせないよう、一刻価千金、終わり良ければすべて良し。宝石の細片を極小ピンセットでつまむくらいの勢いで大切にしてもらいたいものです。

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赤いほうが勝ってますね

2007-09-23 23:45:43 | スポーツ

昨日は夜2400過ぎTVをつけたら、『ケータイ大喜利』秋のスペシャルにドンズバ出会いがしら。

2300~の放送だったようですがさほどの「最初から見てればよかった」感もなし。なぜか一般視聴者に混じってプロのお笑い芸人さんも参加、でも軒並みシロウトより面白くなかった(倒)。

ミスター虎・掛布雅之さんのキャラで番組自体がだいぶ救済されましたね。なんだかんだで関西の芸人さんたちは、今田耕司さんも千原ジュニアも、掛布さんリスペクトなんだなぁ。人徳ですかね。顔が関西芸人顔なんかな。

「げっ、延長?」は放送関係者なら、クチに出す出さないは別として、一度は思いますよね。

ケンドーコバヤシ、ハリセンボンとともに勇気ある(?)プロ参加のチュートリアル徳井、スタジオに混じらず別室参加ということもあったのですがやたらカッコいい。サンドブラストのジーンズ。この人が“イケメン芸人”扱いなのが不思議で仕方なかったのですが、初めてピン出演を見るとなるほどと思いました。プロフィールに身長178㎝とあって、男性有名人で公称178なら大体175がいいところだなと思っていたら、昨日の印象だと本当に178近くあるかもな。

喩えとして適切かどうかわかりませんが、普段メガネ着用の人が“メガネ顔”と“メガネ外し顔”と二つ持てるように、日頃コンビで露出している人は“ピン顔”と言うか“ピン挙措”に意外性を持ててトクですね。

日曜の朝はいつものFMにいい曲の流れる番組が無いので、ラジオでTBS系のTV音声を聴いていたら、『サンデージャポン』のトップ・長嶋亜希子夫人死去のニュースのBGMに『金色の翼』サウンドトラックから3曲ほど使われていました。

初め03 銀色のロンド かな?と思ったら、1曲おいて02 飛翔、25 金色の翼 と、この盤内における“天使のリレー”(←月河命名)へ。

番組の音楽スタッフが岩本正樹さんのファンなのかな。TVはつけないまま、音声だけ聴いていたのでスタッフロールを確認していませんが、制作会社が被っていたのかもしれません。

訃報にぴったりの選曲ですが、ぴったりすぎてドラマの人物たちの結末が案じられます。誰が天に召されるのか。

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うらまやしい~

2007-09-22 23:47:57 | CM

いきなり昨日の訂正から。結びの一番で横綱白鵬と対戦していたのは、大関琴光喜で、本屋さんのようなカステラ屋さんのような名前のゴウエイドーは今日、十四日目の横綱の対戦相手としてアナウンサーが言及していたのを、月河が勘違いしたようです。帰宅後の片付けの傍ら音声聞いてると、チラ見の映像と噛み合わないもんでね。お相撲さんてみんな髷結ってマワシ一丁で一緒に見えるし、失礼いたしました。

『爆笑オンエアバトル』、20015月の当地収録で、収録開始前客席審査員だけ別室に集められて、ディレクターさんたちからおおよその段取りと決めごと(「入れなかった玉を記念に持ち帰らないでね」とか)を聞いたのですが、当時の放送時間は毎週土曜2355~でした。

お名前を失念しましたが白髪混じりの磊落な感じの構成作家さんが「なんとか日付が変わる前の放送開始にしたいと思って、今年からやっと5分(日付変更から)先行できた。この5分が本当に大変だった」と語っておられたのを思い出します。

残念ながらと言っていいものか、2003年から再びこの番組、日付変更線の向こう岸からのスタートになってしまっています。

『熱唱オンエアバトル』との隔週交代放送になった04年度がいちばんの“氷河期”だったのか、まぁ当時はお笑いブームで民放でもネタ番組、若手芸人バラエティが粗製濫造・乱立気味だったため、逆にブームを越えてオンバトは生き残りました。

現時点の放送時間は金曜の2420~。日付を跨ぐと言っても土曜より金曜のほうが若干メジャー感があるか。それにしても『関口知宏の中国鉄道大紀行・日めくり版』に10分先行されてるってのが、ちょっと焦れったい。

関口さんはここ数年の国内・欧州鉄ちゃん仕事で中高年に人気があるので、それこそ新入幕の豪栄道じゃないけど、あなどれない強敵になってしまいました。もう少し上げて行こうよオンバト。

21日放送回では、我が家が最高の509kb2回連続のover5001位オンエアとなりましたが、今回に関してはいくら何でも会場、甘すぎ。ネタが“何やってもホストな医者”という設定のみに寄っかかった一本調子だし、アシスタント役のキャラも活かせていない。いつも思うのですが、“ズレてる2人に、翻弄される1人”の構成から、ひとつ殻を破ってみてほしい。

弄ばれ役専任の杉山が、依然「へっ」てな半笑い口調なのも爆発力を殺ぐ。

この日3組オンエアとなったトリオコント、三福星2497kb。こちらのほうが“クラス会で会った名前思い出せないヤツ”という、ちょっと前の浅野忠信さんの携帯のCM「鏑木だよ。」を思い出させる設定で、工夫と独自性が見られました。

「ブタはまだしもゲルゲってなんだよ」「ブタはいいのか」の辺り、3人のキャラが少しずつ立ってきたのが感じられたし、「アイダ」「アイダ?」「え?」…(振り向いて)…「田中ぁー!!」「違ったー!」「キョトンとしてたー!」で花輪が紙コップを投げつけたところに、きっちり流れのピークを作ってもこれた。月河が“勘違い人違いネタ”を好きなこともあるけど、何より声が前に出るようになって来たので、これなら次回もオンエアが楽しみです。

トリオ3組めBコース453kbは、動きの大きさや黄色の人の顔芸より、青のリーダー役が最初のツッコミ以降ずーーっと右手にスリッパ持ちっぱなし、持ちっぱなしで「燃ーえろよもえろーよ」やり続けてるという、その格好のほうがおとぼけで笑える。

今日はツッコミに入るキュー「ハイッ集合」があまり効いてなかったし、それに、どうなんだろう、赤のメガネが音頭を取って“一箇所カマネタ入れる”というのも、お約束で演らなきゃいけないものなのかしら。

全体に、テンションが笑いのカーブと一致してない(有り体に言えばカラ回り)ところが目立ちました。

唯一コンビ漫才でオンエアなったプラスマイナス449kbは、「あるやろ」「ない」「ないったらこの話でけへんの、どうしましょ、あるやろ」「ない」「アメちゃんあげるで」「ある」のビッキーズみたいなやりとりとか「ホットドッグ状態いうんですか」など、いい感じにキュッ、キュッと来る笑いの“節目”は作れているんだけど、ズコーンと来るピークがほしい。

今日のネタだとクラクションの音「パァー」「ピィー」「パ~ァァァア~」の繰り返しが、最後の「プルルゥ~」であまり落差を出せなくて足踏みした感もありますが、全体に空気感や芸風が、いかにも古いなぁ。

それより5425kb名刀長塚をちょっと見直しました。いつものキモ痛芸なんだけど、決め台詞?の「意外とたくさんデルモンテ」から「いままでの人生が走馬灯のように…何ひとつ出てこない、何て薄っぺらい人生」に入った流れにストーリー性があって良かったし、何より「あー私が座ってる、あ、自分で見てもちょっとキモイな」が最高。

いままではリアルな“人としての痛さ”ばかりが目立って気持ちよく笑えなかったのですが“自分で自分のキモさ痛さを料理する芸”として、初めて地表から立ち上がって見えた瞬間でした。

でも、こういう一人芝居キャラのピン芸人さんって、民放のバラエティに雛段要員としてでも出ようもんなら、いじられ役としてしか機能せず、一気にメッキが剥げるか、『アルジャーノンに花束を』よろしく急速成長→倍速磨耗で終了しそう。

その意味でも『オンバト』の、大袈裟に言えば社会的使命はまだまだ終わっていないと思います。目指せ来年度の2300台スタート(そこにこだわることもないのかな)。

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サンセイドー ブンメイドー

2007-09-21 23:48:12 | スポーツ

今日は朝、出かけるときは鉛色重めの雲が垂れ込めて、念のため折りたたみ傘を持って出たら、会社に向かう途中で早くも雲は切れ青空、晴れ優勢となり「ムダな荷物だったな」と思ったら、昼前にはカンカン照り。

「傘は傘でも日傘持って来たほうがよかったね」「私も」と話していたら、みるみるうちに南東の強風が吹いて来て、日傘さしたって飛ばされちゃいそう、しかも気温は真夏日、という、いったいオマエどうしたいのよ?あーん?って空に向かってガンたれたくなる天候の一日でした。

この変わり身の早さが秋の訪れ。たぶん傘のお忘れ物率も今年一番だったのではないでしょうか。

めっきり早くなった日没後は一気に肌寒くなります。当地は暑いにつけ寒いにつけ“まあまあ”“そこそこ”っちゅうことがないのよね。暑いってばガチ暑いし、寒いっつったらトコトン寒い。大陸性気候ってやつですな。

早めに帰宅すると高齢家族が大相撲本日結びの一番を視聴中。目下のところ一人横綱の白鵬と“ゴウエイドー”という出版社の様な、書店の様な、はたまたカステラ屋さんの様な四股名の若手くん。

最近ちょっと白鵬のキャラ、て言うか佇まいも変わってきた様な気がします

さすがに“アノ人”ほどじゃないけど、仕切のはしばしや、勝って勝ち名乗りの場所(何て言うの?)に戻るときに、一瞬「ふんっ」「けっ」てな目つきやアゴつきをすることがある。

同じ国出身の安馬や旭天鵬、時天空らには見られない目つきなので、ナショナリティ的なものではまったく無いと思う。

やっぱり“横綱”という地位、ポジションに、何かの“魔”が潜んでいるのでしょう。こればっかりは、その地位に座ってみた人でないとわからないし、座ったことない人に「これこれこういう“魔”だよ」と説明することもできないのだろうな。

あー、そんなことより、今日は『金色の翼』60話。

録画できなかった昨日59話に、セツ(剣幸さん)が自爆テロでも仕掛けて海と空のホテルが八つ墓村化してやしまいかと思ったのですが、冷静に理生(肘井美佳さん)に今後を託す姿が見られてひと安心。

そして、迫田(片岡弘貴さん)の「あの女はセニョーラではない」発言の真相。

実は、迫田が日ノ原夫人のことだと信じていた“日ノ原氏が愛した、飛行機にも見える鳥の翼を広げた形の火傷痕のある”愛人とは、玻留(倉貫匡弘さん)だったのです。

それが次第に明らかになる過程で槙(高杉瑞穂さん)が「俺の知る日ノ原夫人には、どこにも火傷の痕なんて無い」ときっぱり言い切れる自信を見るにつけ、そりゃあんだけ真っ裸で白昼抱き合えばねえ…33話アバンタイトルの百合まみれ畳上爆睡姿を思い浮かべて卑猥な微笑が浮かんだりもするわけですが、そうか、玻留がねえ。

49話で奥寺(黒田アーサーさん)に手ひどい仕返しを遂げて傷心の帰宅後、修子が槙に回想した「親戚の家で年上の従兄が中学生だった私につきまとって、“言うことをきかないと弟をこうする”とあてつけに小学生の玻留を裸にしてぶった」「玻留は涙でぐしゃぐしゃになりながら私を守ろうと従兄につかみかかったけれど、かなうはずもなかった」という辛いエピソードは、あの時点では修子が“自分のオンナとしての商品価値”を意識した契機として重要だなと思ったのですが、もうひとつ“玻留の掘られ体質”を暗示する挿話でもあったのだなあ。

しかも修子はもうひとつ槙に打ち明けました。修子と玻留は家を焼かれ両親を失った孤独な境遇を慰め合ううちに、姉弟の一線を越えていた。

とりあえず18話の東京デートで修子が初めて槙に語った過去話も、49話でのそれも、端折ってあるだけで嘘ではなかったことになりますが、玻留の子を妊娠した玖未に、修子が頑強に「産んではいけない」と反対したこと、玻留の理生への「もう少し早く理生さんに会ってれば、俺の人生も違っていたかも」など、いま思えば一線越えフラグはずいぶん立ってたわけで、改めて修子の口から聞いてもそれほど唐突ではないのが不思議なほど。

“異性きょうだい(異母・異父含む)が男女関係”は昼ドラの定番モチーフですが、これだけエグみの少ない、ひたすら悲しく傷ましいだけの地合いでこのベタ中のベタモチーフを織り込めた脚本の力はある意味すごい。

しかし、それにつけても、未録画未視聴の昨日放送分ストーリーを読むために、今日は公式サイトにじっくり滞在したのですが、ストーリートップページに来ている24日(月・祝)放送予定61話のサブタイが『告白』。

コレ、迫田転落直前の29話とサブタイまったく同じ。修子さんってば、いったい何回告白すれば気が済むんだと(爆)。

槙「玻留はなぜそうまでしてオマエを守ろうとする?俺だってオマエを守りたいんだもん」…語尾の“もん”は月河の脳内だけで付いたのですが、コレ、槙の愛がどんだけ強かろうと、それでどうこうできる問題じゃない気がする。愛をふりかざすほど、修子は引いて行くでしょう。

がんじがらめのゴルディオスの結び目を解くには、修子がみずからアレキサンダー大王にならないと。

結局、槙が後半に行けば行くほどサエない男に見えてきたのは、それなりの理由があったみたい。翼を持ち得るか得ないか、それは修子の心ひとつなのです。

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