すっかり、忘れていた。
先日、ワタシが最初に就職した会社の同期のヤツが、某snsにその旨の投稿をしていて、それに気づいた。
社会人になって、今年で25年になるのだ。
そうか、25年か。
四半世紀か。
この字ズラだけを見たら、途方もない時間が過ぎたような気になるが、感覚的には光陰矢の如し。
瞬きを2〜3回している間に25年が過ぎた・・・というのは、ちょっと大袈裟か(笑)
でも、本当にそんな感じ。
社会に出るまでの5年や10年の方がよっぽど長く感じるほど、この25年は本当に早かった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/36/6a3a290e480821dd22fd318a401cf437.jpg)
上の写真は、日頃使っているシステム手帳(いまだに普通に使っている)の最初ページ。
汚く拙い字で「5W2H」が書かれてある。
5W2Hとは無縁の学生時代を過ごしたワタシがこの言葉に初めて接したのは、上述した最初に就職した広告会社での入社直後の研修でだった。
この殴り書きの「5W2H」は、その時書いたものだ。
あれから25年が過ぎて、手帳は何回も変わり、手帳だけでなく、会社も家庭もワタシ自身も何もかもが変わったのに、この紙だけは残り続けた。
だからといって、この25年間、常にこの言葉を肝に命じて生きてきたわけではなく。
むしろ、「5W2H」に気をつけても、世の中はその通りにならないことを教えられ続けた25年だったような気がする(笑)
だからこの紙片は、ワタシにとっては「お守り」のようなモノなのかも知れない。
そういえば、昨日は尾崎豊の命日だった。
25年前の4月25日に、彼は逝った。
ワタシがその訃報を知ったのは、まだ慣れない仕事を終えてクタクタに疲れて帰宅したアパートでだった。
まるで、オレが社会に出るのを見届けて逝ったみたいじゃないか・・・。
10代の頃、貪るように尾崎豊を聴いていたワタシは、彼の訃報を伝えるテレビニュースを眺めながら、そう思ったことを今でも憶えている。
拝啓 尾崎豊様。
ワタシは、こんな大人になってしまいました。
尾崎豊『Bow!』
先日、ワタシが最初に就職した会社の同期のヤツが、某snsにその旨の投稿をしていて、それに気づいた。
社会人になって、今年で25年になるのだ。
そうか、25年か。
四半世紀か。
この字ズラだけを見たら、途方もない時間が過ぎたような気になるが、感覚的には光陰矢の如し。
瞬きを2〜3回している間に25年が過ぎた・・・というのは、ちょっと大袈裟か(笑)
でも、本当にそんな感じ。
社会に出るまでの5年や10年の方がよっぽど長く感じるほど、この25年は本当に早かった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/36/6a3a290e480821dd22fd318a401cf437.jpg)
上の写真は、日頃使っているシステム手帳(いまだに普通に使っている)の最初ページ。
汚く拙い字で「5W2H」が書かれてある。
5W2Hとは無縁の学生時代を過ごしたワタシがこの言葉に初めて接したのは、上述した最初に就職した広告会社での入社直後の研修でだった。
この殴り書きの「5W2H」は、その時書いたものだ。
あれから25年が過ぎて、手帳は何回も変わり、手帳だけでなく、会社も家庭もワタシ自身も何もかもが変わったのに、この紙だけは残り続けた。
だからといって、この25年間、常にこの言葉を肝に命じて生きてきたわけではなく。
むしろ、「5W2H」に気をつけても、世の中はその通りにならないことを教えられ続けた25年だったような気がする(笑)
だからこの紙片は、ワタシにとっては「お守り」のようなモノなのかも知れない。
そういえば、昨日は尾崎豊の命日だった。
25年前の4月25日に、彼は逝った。
ワタシがその訃報を知ったのは、まだ慣れない仕事を終えてクタクタに疲れて帰宅したアパートでだった。
まるで、オレが社会に出るのを見届けて逝ったみたいじゃないか・・・。
10代の頃、貪るように尾崎豊を聴いていたワタシは、彼の訃報を伝えるテレビニュースを眺めながら、そう思ったことを今でも憶えている。
拝啓 尾崎豊様。
ワタシは、こんな大人になってしまいました。
尾崎豊『Bow!』