蛇使いの女
眠るジプシー
「蛇使いの女」は、オルセー美術館にある。
とても大きな絵だ。
初めてこの絵の前に立ったとき、熱帯の深く暗いジャングルに引き込まれる錯覚に陥った。
そのジャングルは、とても整然とした秩序が支配する不思議な空間。
気まぐれに動くものは、何一つとしてないようだ。
蛇使いの吹く笛の音が、ジャングルの運命を決定する力。
白く輝く月が、成り行きを見守っている。
「眠るジプシー」は、子供の頃、飽かずに見ていた百科事典の小さな図版でであった。
砂漠に眠るジプシーの顔を覗き込むライオンに、殺気はない。
死んだように眠るジプシーに、同情しているかのようだ。
互いに深い孤独を生きるもの同士、目覚めて再び立ち向かうために、しばしの休息をねぎらっているのだろう。
ここでも、白く輝く月が、黙って砂漠の出来事を見ている。
ルソーの画面いっぱい均一な描き込みが、静寂と秩序をもたらしている。
何もかも全て視界に納め、気に留めていないものはないと宣言する。
ルソーは、あの白く輝く月なのだ。
分け隔てなく、静かで控えめな、孤独を愛する白い月として、熱帯のジャングルや砂漠での出来事を黙って見るのが務めだと思っているのだろう。