大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

REオフステージ(惣堀高校演劇部)111・ヒトという字は人? 入?

2024-08-05 06:59:51 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
111・ヒトという字は人? 入? 





 人いう漢字を手ぇの平に書いて飲んだらええねんぞ!


 衣装に着替えてワタワタしていたら啓介が教えてくれた。

「そ、そうなんや(;゜Д゜)、ちょ、ちょっとサインペンとかないかな?」

「はい、どうぞ!」

 美晴がサッとサインペンを……差し出した手ぇにもドーランの香り。

 楽屋になった体育準備室は演劇部と、そのお手伝いさんたちで一杯。

 予想はしてたけど心臓バックンバックン!

 舞台に立つというのはエキサイティングすぎる!

「えと、ヒトってどっちやったっけ?c(゜.゜*)エート。。。 」

 使い込んだ台本の端っこに「人」と「入」を書いて須磨先輩に見せる。須磨先輩は、六回目の三年生という貫録で敵役の『うんず』のコス。

「アハハ、緊張すると忘れるよね『人』の方だよ」

「あ、ども」

「……って、手に書くの?」

「うん、啓介が言うてたから」

「あ、それって指で書くだけよ」

「え、あ、そうなんや(''◇'')!」

 在日4年、たいていのことには慣れたけど、こういうところでポカをやる。

「あ、せやけど、わたしアメリカやからAの方がええかな?」

「A?」

「 audienceの頭文字」

「なーる(▼∀▼)!」

「あ、でも観客は日本人ばっかですよー」

 千歳がチェック。

「そっか、じゃ両方やっとこ……ちょ、ミッキー、あんたも書いとき!」

「me?」

「相手役はわたしなんやから、やるやる!」

 ガタガタガタガタ……

 さっきからアメリカ人らしからぬ貧乏ゆすりをして、テーブルの上のドーランやらペンシルがカタカタ言うてる。

「ちょ、テーブルの上のもんが落ちるがな!」

「お、ソーリーソーリー……あ、なんて書くんだっけ(@゜Д゜@;)?」

「人や人! ほんでもってオーディエンス!」

「え、あ……(''◇'')ゞ」

 テンパってやがる。

「書いたげる!」

 小道具のチェックをしていた美晴が乗り出す。

「サ、サンキュ~(///◇///) 」

 とたんにデレるミッキー。

 ま、こんなときやから突っ込まんとく、貧乏ゆすり停まったし。

 本番まで15分、みんな準備は済んでしまって静かになってしまう。

 う~~~~こういう時の静けさは逆効果。

 いったんは納得した「こんなに痩せてしまって」の台詞が、おりから観客席で沸き起こった笑い声と重なって、自分が笑われたみたいに緊張する。

 ステージはミス八重桜の奮闘で倍の広さになって安全になった。

 こないだは、そのステージを見て、グッとやる気になったんやけど、今日は、その分――笑われたらアカン!――というプレッシャーになる。


 あ、えと、本番前なんで……


 入り口でなにかもめてると思ったら「わたしは着付け担当ですぅーー」と声がして人の気配。緊張しすぎのわたしは顔も上げられへん。

「ミリー、観に来たよ!」

 間近で声がして、やっと分かった。

「お、お婆ちゃん!?」

「着付けが気になってねぇ……ちょっと立ってごらん」

「は、はひ!」

 着付けはさんざん練習したんで完璧のはず。

「うん、きれいに……ん? ミリー、あんた左前やがな!」

「え? え? そんなことは……オオ(|||ノ`□´)ノオオオォォォー!!」

 みごとな左前に気づいて、いっぺんにいろんなことが飛んでしもた!

「これでは『夕鶴』ちごて『四谷怪談』やがな! ちょっと、いったん脱いで!」

 言うが早いか、お婆ちゃんは長じゅばんごとわたしをひんむいた。

 本番は大汗をかくと言われていたので下着しか着ていない……それも、線が出たらあかんので、そういう下着!


 本番終るまでは、もう目も当てられんことに……なったかどうかは、またいずれ(^▢^;)。
 


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

REオフステージ(惣堀高校演劇部)110・八重桜先生の深慮遠謀

2024-08-04 07:22:24 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
110・八重桜先生の深慮遠謀 






 諦めもしないし期待もしない。


 事故で足が動かなくなってからの生活信条。

 諦めないから――車いすに乗れるところまでのリハビリ――と思ったから車いすをマスターするのは早かった。

 そうでなければ、あやうく小学校を七年通うところだった。

 学校に復帰してからは大人しくしている。

 障がい者ががんばると、周囲は過剰な期待をするようになる。

 24時間テレビとか観てたら思うでしょ、車いすで富士登山とか車いすマラソンとか、あれって感動ポルノだよ。

 そこまで行かなくても、足の不自由な自分がなにかやろうとしたら「がんばって!」とか「一人じゃないわよ!」とか「応援してる!」とか、善意に違いは無いんだけど、世間のお節介が始まる。

 文句なんか言ったらバチが当たるんだろうけど、本音はそっとしていてほしい。

 そういうことが煩わしいから、地元を離れて、お姉ちゃんが居るってだけの縁で大阪に来た。


 そしてバリアフリーモデル校の惣堀高校に入った。


 モデル校なら、わたしくらいの障がい者は普通に居るだろうし、そうそう特別扱いはされないだろうと思ったから。

 でも、ちがうんだよね。

 モデル校にはモデル校の……よく言えば熱さ、わたし的に言えば「いい加減にして!」がある。

 お姉ちゃんが最新式のウェルキャブ(身障者用リフトなんかを完備した車)を買ったら先生たちの注目の的だったし、なにかにつけて、あれこれ聞かれたり、してほしくもないカウンセリングとか人寄せパンダ的に部活に勧誘されたりとか。

 そういうの嫌だから、入学早々一学期一杯で辞めようと思った。

 辞めるためには、一通りやったけどダメだったという事実が欲しいので演劇部に入ったんだよ。

 演劇部って、看板だけで、実際には放課後の休憩室みたくなっていて、近々廃部間違いなし!

 それが、ちっとも廃部にならない。

 それどころか、この演劇部は間違っても演劇なんかしないだろうと思っていたら、そのまさかの演劇をやることになってしまった!

 世の中何が起こるか分からないという見本みたいに。

 文化祭で『夕鶴』を上演することになった。

 でも、府立高校の舞台って車いすの役者が動き回れるようには出来ていない。

 間口の割に奥行きが無いし、車いすで舞台に上がれるようにも出来ていない。最初の舞台稽古では啓介先輩にお姫さまダッコしてもらって舞台に上がったけど、正直先輩の足元は危なっかしかった、緊張の本番にやったら、ちょっと怖いよ。だいいち、上がった舞台は狭くて動きづらいし。

 あ、でもでも、舞台に上がるすべが全然ない時に、とっさにダッコしてくれた気持ちは嬉しいよ。

 あの状況で「みんなで介助!」とかやったら、かえって危ない。二人とか三人で持ち上げられたらひどくみっともない姿になるし、かえって危険。設備が無い体育館ではお姫さまダッコしかない。

 啓介先輩は中学までは野球をやっていた。ミリー先輩が言ってたけど、チームのエースでいい線いってたらしい。野球ってチームプレーだから、その時その時、チーム全体の為にどう動かなきゃならないかの判断が求められるんだ。

 そういう判断ができるから、とっさにお姫さまダッコをしたんだよ。二回目には少し慣れてたし、きっと次は……あ、べ、べつに期待してとかじゃないからね。設備が行き届いていない舞台じゃ仕方のないことだって、そういうことだからね(;'∀')。それに、今日はわたしが出る子どもたちのシーンは無いしね。

「沢村さんも来て」

 いつものように部室で留守番を決め込もうと思っていたら、八重桜先生みずから呼びに来た。

「でも、今日は出番ないですし……」

「なに言ってんの、あんたもメンバーの一人でしょうが」

 先生は、どんどん車いすを押していく。あっという間に体育館。


 え、なにこれ……?


 演劇部の先輩たちも口を開きっぱなしにして驚いていた。
 
 なんと舞台が広くなって、舞台の脇には車いす用の特設リフトまで付いているではないか!

「A新聞に載った甲斐があってね、急きょリースしてもらったのよ。張りだし舞台とリフト。今日の昼過ぎにやっと間に合った!」

 あ、それでA新聞の取材とかがあったんだ……八重桜、いや、朝倉先生のしぶとさを思い知った。

「「「「「すごい!!」」」」」

 部員一同感動はしたんだけど、やっぱ、胃の底にズシーンとくる。


 本番まで、あと三日です。
 


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

REオフステージ(惣堀高校演劇部)109・衣装合わせ不幸せ

2024-08-03 06:53:44 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
109・衣装合わせ不幸せ 





 うかつにも自分がアメリカ人であることを忘れてしもてた( ゚Д゚)!


 それほど日本に馴染んでしもてた! 女子高生の制服というのは、いかに女子のリアル体形を隠してることか!

 ホストファミリーの渡辺家のお婆ちゃんが、栗東の従兄弟さんとこから取り寄せてくれた純白の単衣。

 これは年代物のシルクの寝間着やそうで、上品な艶があって肌触りが良くて、身にまとうと女の値打ちが2ランクは上がりそうや。

「まぁ、それでも単衣(裏地の付いていない着物)やから、下に、これ着てね」

 お婆ちゃんは長じゅばんを出してくれる。

「着付けは……そうそう、幸子さんに、幸子さ~ん」

 町会の寄合から帰って来た千代子のお母さん、お婆ちゃんからしたら嫁さんに声をかける。

 これは、お婆ちゃんの心配り。

 千代子やお婆ちゃんに比べると接触の少ないお母さんに声をかける。着付けというのは、自然なスキンシップになるので、なるべく家族みんなと関われるようにしようという自然な気遣いなんや。

「はいはい、あたしに出来るかなあ~」

「これで練習して正月の晴れ着の着付けもできるように、勉強勉強(^▽^)/」

 お父さんと健太と千代子はリビングに控えて見物に回る。

 お婆ちゃんは、衣装合わせを渡辺家のイベントにしてしもた(^_^;)。


「よし、これでええやろ!」


 お母さんの着付けにOKを出すと、お婆ちゃんは、わたしをリビングに急き立てる。

「「「おーーーーーー( ゚Д゚)!」」」

 お父さん、千代子、健太が同時に歓声を上げる。

「お人形さんみたい!」

 そーでしょ!

「惚れ直したで!」

 健太に惚れられてもね。

「マダムバタフライみたいや!」

 え?

「ほんまや、バービー人形が着物着たらこんなんやろなあ!」

 ちょっとそれは……

「ボンッキュッボンは、なに着てもええな~」

「ちょ、ちょっと鏡ぃ!」

「はい、どうぞ」

 お母さんが転がしてきてた姿見を見てビックリ!

 着物というのは、ウエストのところで締め上げるさかいに、制服とは真逆、意外に体の線が出てしまう。

 それも、バストとヒップ!

 バスト〇〇ウエスト〇✕ヒップ✕✕という、しばらく忘れてた3サイズ……しばらく計ってへんから、もうちょっとあるかもしれん……が頭の中で点滅した。

 アメリカ女性としては、ごく平均的な体形……やと思うねんけど、この衣装では、それがハッキリと出てしまう。

 これでは『夕鶴』の肝である、あのセリフが言われへん!


――ああ、こんなに痩せてしまって――


 ぜったいギャグになってしまうやないの(>Д<)!!


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

REオフステージ(惣堀高校演劇部)108・純白の単衣

2024-08-02 07:29:23 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
108・純白の単衣 






 ガラスのサイコロを斜めにして滑り台を付けたような駅。 

 滑り台の部分は、たった今降りて来た階段で、ガラスのとこは改札を出たホール。ホールは陸橋を兼ねてて、改札を出た時にどっちに下りようかと、ちょっとだけ迷った。    

 その駅前のロータリーで途方に暮れてる。

 なぜって、駅は確認してたけど、行き先であるお婆ちゃんの実家は聞かずじまいやったから。ひょっとして駅の向こう側にもロータリーがあるんちゃうやろか……せやけど、向こう見に行ったあいだに迎えが来たら困るしぃ。

 ロータリーに佇んで、わたしはとっても寒い。歯がカチカチ鳴って、その振動が体中に伝わってガタガタ震えてる。

 まるで真冬のミシガン湖のほとりに立ってるみたい。

 シカゴと大阪は姉妹都市で、いろいろ共通点はあるけど、人口の多さと真冬の寒さはシカゴの勝ちに間違いない。

 って、立ってるのは栗東駅のロータリーなんやけど……栗東……で、今日は11月7日の立冬。リットウ語呂合わせの祟り!?

 自慢やないけど日本語慣れしてるから立冬をリットウと読むのは知ってたけど、栗の東と書いてリットウとは読まれへんかった。

「へー、そうなんや!」

 お婆ちゃんに言われて感心したから、こんなダジャレみたいな運命に翻弄されてる。

 で、なぜか千代子とお揃いのスェットパジャマ。

 パジャマなんやけど、セーラー服。

 本来ツーピースのセーラーがスェット地のワンピになっててクルブシまでのロング、映画で見たスケバンのセーラーみたいで「「おもしろーい!」」と意見が一致して通販で買った。

「これやったら、普通に外歩いてても分からへんで!」

 と、夕べは盛り上がった。

「ミリーが言うてた純白の単衣なぁ、田舎の栗東にあるわ」

 お婆ちゃんが、あちこちに手配して、お婆ちゃんの実家である栗東の家から写真付きでメールが送られてきたんや。

 その純白の単衣を文化祭で着るんや。

 夕鶴のヒロインつうの役やから純白の小袖!

 そやけど令和の現代、いまどき小袖っぽい着物て浴衣ぐらいしかあれへん。

 夕鶴のつうが、金魚とか朝顔の柄の浴衣で出るわけにもいかへん。それで浴衣案は早々に却下されて、栗東の親類に手配してもろたわけ。

「下に一枚着たら、絹ものの単衣でもいけるなあ」

 お婆ちゃんのアイデア。

 でもって、早手回しにセーラーのパジャマ着て、栗東駅のロータリー。


 ヘクチ!


 かわいくクシャミして目が覚めた。

 あたしは、夕べから使い始めた冬布団を蹴飛ばしてパジャマは胸の下まで捲れ上がってた。
  
 いろいろあって、変な夢みたんや……。

 いくらなんでも、パジャマで栗東に行くわけないないもんね。

「栗東の従兄弟が届けてくれるて」

 朝ごはん食べてると、お婆ちゃんが伝えてくれる。

「ほんまぁ? めっちゃ嬉しいです(*^-^*)」

 卵をかき混ぜる手に力が入る。わたしは玉子ご飯好きの変なアメリカ人でもある。

「おはよ……」

 悲惨な小声で千代子、珍しく起き抜けの爆発頭。

「あかんわ、風邪ひいてしもたー(-_-;)」

「あ、お腹出して布団蹴飛ばしてたやろ?」

「……なんで分かるのん?」

「アハハ、ミリーはなんでもお見通し!」

 けっきょく、千代子は学校を休んだ。

 同じ目に遭ってるのに、わたしは大丈夫。

 おそらくは、来週に迫った文化祭の事が楽しみやからやと思う。


 衣装の心配が無くなったことで、授業も稽古もルンルンでできた。


 家に帰ると、栗東の従兄弟さんからブツは届いてた! セーラーのパジャマが届いた時よりも興奮する!

「さ、さっそく試着してみい」

 お婆ちゃんの勧めで、チャッチャとリビングで着替える。

 で、姿見を見て、めちゃショック……(;'∀')。


 
☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

REオフステージ(惣堀高校演劇部)107・リスペクトの気持ち

2024-08-01 07:14:44 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
107・リスペクトの気持ち  




 リスペクトの気持ちはあるんや。


 なんちゅうても惣堀高校演劇部は看板だけで、放課後の居場所が欲しいという動機だけでつるんでる。

 もともとは俺一人だけで普通教室の半分もある部室を占拠してて、それが生徒会に睨まれて――生徒会規約どおりの部員数がなければ存続を認めない――と言われて、必死こいて集めた。

 実態は、放課後のスクールライフを優雅に過ごすためのサロン。

 せやけど、看板に演劇部を名乗って連盟に加盟している限り、コンクールの受付ぐらいはやらんとあかん。よその演劇部はちゃんとやってんねんやろからな。

 演劇部としての実態が無いことが、逆に高校演劇へのリスペクトの気持ちになってる。


「あ、全員で来られたんですか(^_^;)」


 一時間前に着いた俺らは、どこに行っていいか分からへんかったんで、そろいのジャージで走り回ってる真田山の生徒を掴まえて聞いた「どないしたらええんでしょ?」

「あ、あわわわわ、椅子の数増やしますね(;'∀')」

 ジャージはすっ飛んで行って、お仲間とパイプ椅子を両手に抱えて戻って来た。

「えと、これで人数分はあると思います」

 受付には七脚のパイプ椅子が並んだ。

「あ、わたし車いすだから要りません」

 千歳が生真面目に返答。

「あ、え、でも出してしもたから」

「そ、そですか」


 ゼミテーブル一個だけの受付に六人(引率の朝倉先生込み)は多い。


 どうやら受付というのは二人も居たら間に合うようで、開始直前になっても手持無沙汰この上ない。

「まだ二十人だよ」

「パンフは三冊売れただけだ」

 千歳と須磨先輩が何べんも来客数をカウントする。この二人が本来生真面目なのがよく分かる、観客が少ないのを自分たちのせいみたいに感じている風情がある。

「ハー、なんかギャップだわね」

「ギャップて?」

「だって、ホールも学校もすごくいい設備じゃない、打ち合わせの時も人数多かったし。その雰囲気と、受付通った人の数がね……」

 なるほど同感。

 ミッキーが耳打ちしてミリーがスマホをいじりだした。

「なにしてんねん?」

「連盟のサイトをね……えと……難波高等学校演劇連盟でよかったわよね?」

「え、あ、たぶん」

「おかしいわね……」

「なにがですか?」

 千歳が車いすを寄せ、それが合図だったようにみんなの首がミリーのスマホに集まった。

「コンクールの予告とかプログラムとか地図案内とか……なんにもないのよ」

「えー、うそ?」

 朝倉先生まで乗り出した。先生は引率責任者としての義務感で来てる。

 その義務感からすると、コンクールは貴重な休日を潰されることに相応しいイベントでなければ「ぶっ殺すぞ!」と言いだしそうな気迫がある。

「なんにも出てませんね」

「ちょ、貸して! あ、自分の使えば……」

 先生は自分のスマホで検索し始めた。

「東京なんかは詳しく出てるよ~」

 悔しさがにじみ出ているけど、この人は休日を潰された事のショックや。ま、分かりやすいけど(^_^;)。

「打ち合わせの最後にさ、役員の先生が言ってたじゃん『開会式には必ず全校出てください』って」

 そう言えば言ってた。

「あれって、コンクールの大切さってか、参加する心構え的に言ってるんだと思ったけどさ……」

「参加校だけでも揃わなきゃ観客席が寂しすぎるってことじゃね?」

「あ、まあ……」

 それ以上は本番前の受付で喋るのははばかられ口をつぐんだ。

 ブ~~~~~

 そして開会のブザー、ホールのドアを閉めようとすると、開会の挨拶を始めた役員の先生の声がした。

 その挨拶も終わったのか、ドアが静かに開くと七人が出て行った。プログラム一番の北浜高校や。

「……てことは」

「観客席は……」

 十三人という言葉を呑み込んだ。
 


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

REオフステージ(惣堀高校演劇部)106・再びの真田山高校

2024-07-31 07:29:46 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
106・再びの真田山高校  






 今日は『夕鶴』の稽古が無い。


 明後日から始まる第六地区のコンクール予選、その打ち合わせがあるので、部員全員で会場の真田山高校に向かう。

 地区総会に来たのは暑い盛りの七月だった。

 車いすというのは姿勢が低い。

 座っているんだから当たり前なんだけど、頭の位置は地上から一メートルも無くて、幼稚園児が歩いている頭の高さぐらいしかない。

 わずか四五十センチの違いなんだけど、アスファルトの照り返しが尋常じゃなく、健常者よりもうんと暑い。

 背もたれやシートが邪魔で、すっごい熱がこもるんだよ。背中もお尻も汗びちゃになった。


 それが懐かしく思えるくらいに、今日は寒い!


 健常者は歩いているから、ホコホコと温かい。

 でも、わたしって座りっぱなしだから歩行によって温まるということが無いので本当に寒い!

 寒いとトイレが近くなるので、昼ご飯のあと水分を摂っていない。

 内緒だけど五分丈のスパッツを穿いている。うっかりすると見えてしまうので、今日のわたしは大変お行儀がいい。

「ホットのお茶あるけど、少しだけ飲む?」

 介助をしてくれているミリー先輩が保温水筒を差し出してくれる。

「あ、かわいい」

 水筒はトトロの形をしていて、首を外すとコップになる。

「はい、どうぞ」

 トトロの形をしていなかったら、しなくていい遠慮をしてしまっただろう。

「かわいい」と反応することで先輩は「でしょ」とお茶を注いでくれる。普通の水筒だったら「あ、いいです」と返してしまう。

 元々の性格なのか、小六で車いすになってからかは分からないけど、人が勧めてくれたことには一歩引いてしまう臆病なところがある。

 むろん、こんな体なので、いざという時には見ず知らずの人にもお願いしたり頼りにしたりしなくちゃならないので、差し迫った時でなければ、つい遠慮してしまうのだ。

 ミリー先輩は、ついこないだまでは車いすだった。

 捻挫をこじらせての短期間だったけど、いっしょにゴロゴロと車いすを転がして、ずいぶん距離が縮まった。

 七月は、須磨先輩が解除してくれていたけど、今日の須磨先輩は自然な流れで付き添いの朝倉先生と喋りながら、わたしたちの最後尾を歩いている。その声が聞こえてくるんだけど、なんだか友だち同士みたいなノリだ。噂では、二人は同級生同士だったらしいんだけど、どうなんだろ?


 真田山の会議室。


 みんな「こんにちわ!」と明るく挨拶してくれる。こちらも「こんにちわ!」と返すんだけど、七月の時のようにキャーキャー言われることは無い。

 七月は部室棟のことで演劇部は有名になった。SNSだけじゃなくテレビのニュースなんかにも出たので、なんだかアイドルの握手会みたくなってしまった。

 まあ、一種のノリだったんだろうなと納得。

 でも、ミッキーは新顔のアメリカ人、でもって、演劇部というのはどこの学校も女ばっかなので、チラチラとチラ見されている。

「『日本の学校って、みんなきれいだね……校舎も生徒も』って言ってる」

 ミッキーの独り言をミリー先輩が同時通訳。

「how about SOUHORI?」

 惣堀高校はどうよ? とミリー先輩が聞き返す。この程度の英語は分かる。

「オフコース!」

 分かりやすいカタカナ英語で答えるミッキー。日本語はまだまだだけど、分かりやすい言葉で意思を伝えようとするのはグッドだと思う。

 こないだA新聞の取材で、舞台で稽古の一部を披露するのに舞台に上がるのに間近にいたミッキーがピクリと動いた。
 瞬間で分かったよ、わたしを介助してくれようとしたんだけど――これは啓介先輩の役目――だと思ったんだ。

 啓介先輩だって、成り行きで一回やってくれただけだから、特別な気持ちとかがあってのことじゃないんだよ。あんまり気を回されるのは好きじゃないけど、こういう思いやりは悪くないと思う(^_^;)。


 会議の終わりに受付業務の説明を受ける。


 惣堀は出場はしないけど、受付の仕事をすることになっている。

「これをPRして売って欲しいねん」

 役員校の先生が、ドサリと紙包みを置いた。

 中身は週刊誌大の立派なパンフレットだった。ざっと百部ほど、これを五百円で売る。売り上げはコンクールの運営費用の一部にあてられるそうだ。

 バカにできない売り上げになるそうで、頑張らなくっちゃと思った。

「で、空堀高校の部員は何人?」

「五人です」

「じゃ五冊、どうぞ。代金は今日でなくてもいいけど2500円ね」

 え、わたしたちからも取るの?

「連盟も金ないさかいなあ」

 啓介先輩が忖度すると朝倉先生が茶封筒からお金を出して払う。パンフのことは分かってたんだね。あらかじめ用意していたんだ。

「どうもすみません(^_^;)」

 お礼を言いながら領収書をくれる役員校。

 あとでググってみると、大阪の倍以上の加盟校のある東京以外は苦しいみたい。
 
 会議というか打合せの内容は一年のわたしには難しいのでニコニコ座っているだけ。まあ、空気に馴染んでおくのも大事だからね。

 て……あれ、演劇部は学校辞めるための方便だたんだけどね。

 演劇部に潰れる気配はない。

 え、あ、いやいや、いいんだけどね(#^_^#)。

 

☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)


 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

REオフステージ(惣堀高校演劇部)105・ただちに体育館集合 敷島

2024-07-30 07:10:19 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
105・ただちに体育館集合 敷島 





 ――ただちに体育館集合 敷島――


 敷島?…………あ、ああ。

 一瞬誰だか分からなかったけど、敷島というのは八重桜のリアルネームだと思い至る。

 そうか、四時間目が終了した時――機器点検のため一時まで校内放送はできません――と放送があった。

 ようは放課後の部活も待ちきれずに八重桜がメールで演劇部全員を体育館に集めたということだ。いったいなんだ?

 ちょっと物憂い。

 教師の突然の思い付きというのはろくなことが無いことは八年の高校生活で身に染みているからね。

 体育館に行ってみると、演劇部の他に生徒会執行部と、文化祭で『夕鶴』のアシスタントをしてくれるボランティアの面々が集まっていた。

「何事(;¬¬)?」

 うっかり素の自分で聞いてしまった。

 演劇部と執行部の瀬戸内美晴を除いて目線を避けられる。

 登下校は素の自分を出さないように心掛けているけど、校内では気を付けていないとこうなる。

 なんたって二十四歳の三年生。あたりまえの三年生よりも六歳も年上。自分では意識してないけど面構えも目つきも尋常ではない……らしい。

「どうもマスコミの取材があるらしいわよ」

 美晴が自然体で答えてくれる。

 演劇部に答えさせたら、なんだか演劇部自身がわたし色に見えてしまうし、生徒会の会長なんかにオズオズ答えられたら、わたしはもう惣堀高校に巣くう化け物のように思われてしまう。

 そのへんの機微を心得ているのか、美晴の自然な言い方は垣根を低くしてくれた。


 先生来ましたよーー!


 体育館のギャラリーから声がする。

 どうやらギャラリーの窓から本館を見張る斥候を出していたようだ。

 パタパタパタと斥候が下りてきて、男子の何人かが外出しのシャツをズボンの中にしまい込む。ふだんだらしのない子たちなんで、かえって取って付けたみたいだ。

「ほら、シャツがよれてる。あーー分かんないかなあ、こうだよ!」

 一瞬でベルトを外してズボンをくつろげ、きちんとシャツを収めてやる。

「え、あ、先輩(#´ω`#)」

「ナヨってすんじゃないわよ」

「そ、そやかて(#´0`#)」

「あーーーそういうのヤメ! それから、わたしのこと先輩なんて呼んじゃダメ!」

 ダメ押しして、登下校モードに切り替える。


 なんとかカッコが付いたところでA新聞と思しきクルーを従えて八重桜がやってきた。


「やあみんな、A新聞の人たちが、今度の『夕鶴』の取り組みの取材に見えたわよ。硬くならずに自然にね」

 演劇部はほどよいよそ行きの、ほかは、ま、それなりの表情。

「A新聞文化部の望月です、すてきな取り組みだそうで、お話を伺いにきました」

 そのまんまリベラル政党のマスコットになれそうな女性記者が選挙ポスターのような笑みを振りまく。

「あ、そちらのお二人が交換留学生でキャストをやられる……」

 ビジュアル的に目立つミッキーとミリーのインタビューから始める。

 こういうときのアメリカ人というのはプレゼンテーション能力が高い。

 二人とも日本人の倍ほど表情筋を動かして、すばらしい機会に恵まれたことを英語と日本語で喋りまくった。

「お芝居も楽しみですけど、楽しそうにプレゼンするのは見ていても気持ちいいですね」

「ハハ、アメリカは多民の国ですから、しっかり表現しないと伝わらないからです。気持ちはほかのメンバーもいっしょですよ」

 さすがミリーはソツがない。

「ヤー、イッツ、アメイジング!」

 ミッキーは厚切りジェイソンを彷彿とさせる圧のある笑顔。

 それから、話題は千歳に及んだ。やっぱ、脚の不自由な千歳は広告塔になるようだ。ほんとうは、そういう注目のされ方は嫌なんだろうけど、もともと性格のいい千歳は少し恥じらいながら、でもニコニコと応える。

「ほー、じゃ、このステージだといろいろ大変なんですね」

「ええ、そうなんです」


 八重桜の指示で、一昨日のステージを再現する。


 千歳は啓介のお姫様ダッコで舞台に上がり、鬼ごっこでは新しく調達した木製の車いす。

「ほかにもあるんですよ」

 八重桜は舞台の照明と音響についてもひとくさり。

「前からの灯りが乏しいので表情が出ません、音響は(パンと手を打った)こういう具合に音が吸い込まれたり拡散してしまう構造なので、ピンマイクが無いと後ろ三分の二は届きません」

「なるほど……」

「かくも、教育の現場では視聴覚教育の、それこそメインステージの整備は遅れているんです」

 なるほど、わたしらの『夕鶴』のPRよりも、ハコものである施設の不備を訴えたかったのかと、ちょっと感心した。

 千歳の車いすといい、新聞社の取材といい、着実に準備が整っていく。

 フフフ……

 ちょっと癪だけども、この松井須磨、高校八年目にして少し時めいているのかもしれない。

 
☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

REオフステージ(惣堀高校演劇部)104・八重桜の教育的手腕・2

2024-07-29 06:52:44 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
104・八重桜の教育的手腕・2 




 アイデアはよかった。

 ミリー先輩とミッキーが舞台に立って、三輪車の須磨先輩と啓介先輩と助っ人の美晴先輩が二人の周囲をグルグル周る。ちょっと工夫して三輪車のハンドルの前に子どもの上半身のイラストを付けてある。それを大の高校生がチマチマチョコチョコと漕ぐものだから、ちょっと可愛い(^_^;)

 うん、ちゃんと子どもに見えてる!

「じゃ、カゴメカゴメやってごらん」

 八重桜先生の指示でミリー先輩を真ん中にカゴメカゴメを始める。

 かーごめかーごめ かーごの中のとーりーは いーついーつ出やーる……(^^


 あ、いい、これいい!


 みんな、そんな感じ。

 面白くなって、鬼を交代してみんなでやり始める。

 最初は、三輪車なんてどうだろう? 『夕鶴』の世界に馴染まないんじゃないだろうかと思った。

 でも、三輪車というアイテムは高校生に子どもの心を思い出させてくれるようで、みんな喜々としてやっている。

「そうよ、ここで大事なのは子供らしいハズミなの。三輪車って、みんな子どものころに乗ったじゃない、背丈も子どもの背丈に戻るじゃない、動きもチマチマしてて、なんの演出もしなくても子どもを演じられるのよ(^▽^)/」

 先生はガキ大将になったような楽しさで解説してくれる。

「じゃ、沢村さん入ってみようか」

「え、わたしですか!?」

「あれなら、混ざれるでしょ」

「あ、え……」

「千歳、やってみようや!」

「キャ!」

 啓介先輩がいきなりお姫様ダッコで舞台に上げてくれる。

「ディズニーアニメ、コンナシーンアッタネ!」

 車いすを舞台に上げながらミッキーが片言の日本語で、そんなつもりはないんだろうけど冷やかして、みんなが笑う(#^_^#)。

 でも、それからは簡単じゃなかった。

 さすがバリアフリーモデル校である空堀高校もステージまではできていない。

 それでカゴメカゴメをやってみる……ちょっと怖い。

 車いすでミリーの周りをまわって、舞台の前に出るともうギリギリ。介添え無しでホームドアの付いていない駅のホームに居るみたい。

 府立高校の舞台というのは、奥行きが3・6メートルしかない。

 それもカタログデータで、実際は幕とかホリゾントライトが置かれるので、実際は3メートル。

 中ほどにミリー先輩が居て、その周りを車いすで回ると……ちょっと狭い。

 舞台の高さは1・3メートルだから、目の高さは2メートルを超える。タイヤと舞台の端っことは30センチほど。

 でも、雰囲気がアゲアゲになっているので怖いとは言えない。

「じゃ、鬼ごっこしてみよっか」

 先生の一言、みんな「おーー!」って感じでノッテいる。

 わたしもおっかなびっくりで参加。でも、ものの数秒でみんなは停まる。

「先生、鬼ごっこは勢い付いて怖いってか、危険です」

 さすが生徒会副会長、美晴先輩が異議申し立て。

「やっぱりね、こうやってやってみると実感するのよね」

 先生は演説を始めた。

「府立高校の舞台は床下にパイプ椅子を収納するために標準より40センチも高いの。それにフロアの床面積とるために奥行きが無くって、じっさいやってみると、もう身の危険を感じるくらい。体育館に講堂の機能を併せ持たせたつもりが、文化施設としての舞台機構の無理解、意識の低さが舞台を高く狭くして、ひどく使いづらいものにしてしまったのよ。ね、これが大阪府、いえ、日本の文教政策の現実! 見た目だけに気を取られて、本当には現実に目が向いてないのよ! この現実に、わたしは断固抗議するものです!」

 パチパチパチパチパチパチ

 思わず拍手してしまった(^_^;)。

 最初に、この演説を聞かされたら、正直腰が引ける。

 でも、じっさいに自分たちがやってみて危険や不便さを感じると肯けるし、正直な拍手になる。

 わたしは八重桜先生をちょっとだけ見直した。


 迎えに来てくれたお姉ちゃんに話すと喜んでくれた。

「そっか、舞台はどうにもならないだろうけど、車いすを小型のに……」

 呟きながら松屋町(まっちゃまち)のおもちゃ屋さんの店先を偵察。

「おもちゃ屋さんに車いすは無いと思うよ、それに、運転中……キャ!」

 急停車したお店には木製の三輪車。

「あれだ!」

「三輪車は乗れないよ」

「コンセプトよコンセプト、この線でググったら…………あった!」

 それはタイヤ以外は全部木製という車いすで、タイヤも二回りも小さい室内用で、これなら狭い舞台でもいけるかもしれない!

 行動派のお姉ちゃんは、五分ほどでレンタルを決めてしまった。



☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

REオフステージ(惣堀高校演劇部)103・八重桜の教育的手腕・1

2024-07-28 07:03:52 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
103・八重桜の教育的手腕・1 





 無い知恵を絞った。


『夕鶴』の登場人物は以下の通りや。


 与ひょう(傷ついた鶴を助けてやるお百姓) 
 つう(与ひょうに助けられた鶴の化身)
 そうど(与ひょうをそそのかし、つうに千羽織を織らせる) 
 うんず(そうどの仲間の小悪党)
 こどもたち


 字面で見ると、こどもたちというのはモブキャラで、ほんの添え物。


 せやから、どうとでもなると軽く考える。


 軽く考えて、そこいらの知り合いに声をかけて本番だけ舞台に立ってもらおうと思った。

 ところが八重桜に言われて1/20の舞台図を書いて1/20の役者を配置してみると……暑苦しい。

 与ひょうやつうと変わらん体格の子どもたちが四人も五人も舞台に出ると、もう、なんちゅうか言葉が無い。

 俺のソウルフードである冷やし中華に例えると、主役である中華麺よりもゆで卵とかキュウリとかが幅を利かせてる感じ。

 冷やし中華の上に、まるまる一個のゆで卵とキュウリ、トマトも焼き豚もマルッポ入ってたら……これは完全にアウト。


 う~ん(-_-;)


 演劇部に入って、こんなに芝居の事を考えたことは無い。

 う~~ん(-_-;)
 
 長年歩いた通学路、目をつぶってても歩ける道やのに、事故に遭いかけた。

 わっ( ゚Д゚)!!

 目の前に三輪車に乗ったガキが横の道から飛び出してきよった。

「ビックリするやろがー!」

 怒ると、三人のガキはケタケタ笑いながら行ってしまいよった。

 三輪車やと背丈が半分になってしもて、とっさには視野に入れへんのや。

 まあ、近所のガキなんで怒っても効き目は薄い。追いかけてカマシたろとも思たけど、その時思いついた。


 せや、三輪車や!


 子ども役を三輪車で登場させたら背丈は半分、ペダル漕いで動くから、小回りきくしチマチマとした動きは子どもらしいやんけ!

 それに千歳も出せるんちゃうやろか?

 車いすの方が三輪車よりもかさ高いけど、ちょっと大きめのオネエチャンいう感じでええことないやろか!?


「先生、アイデアです!」


 あくる日、さっそく八重桜に提案した。

 ちなみに、八重桜の事を――先生――と呼ぶのは、めっちゃ久しぶり。いつもは――あのう――で済ましてる。

「うん、それはいいアイデアね」

 まず誉めてくれた。八重桜でも褒められると嬉しいもんや。でも、これは教師としての教育的配慮やった。

「ダンス部が小道具の三輪車持ってるから、ちょっと借りてためしてみよう」

 演劇部一同で三輪車三台を持って体育館の舞台を目指した……。



☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

REオフステージ(惣堀高校演劇部)102・アイデア出してちょうだい!

2024-07-27 07:16:59 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
102・アイデア出してちょうだい! 





 こんな人やとは思わんかった。


 と言っても悪い意味とちがう。

 ゴリゴリの左翼のオバハンやと思てた。誰のかて?

 八重桜でんがな、選挙前には階段からわざとらしく選挙のチラシばら撒いて選挙権の有る三年生にアピールとかしとった、脳みそお花畑のパヨパヨチン。

 八重桜は『夕鶴』の演出を引き受けるについて千歳を主役に付けようとした。

 車いすの千歳がけなげに演じたら、世間の注目が得られるという下心。千歳も「感動ポルノ」みたいなことはやりたない言うてた。

 でも、千歳の気持ちを伝えると、あっさり撤回した。

 おや? という感じ。

 で、代わりのアイデアで、ミリーとミッキーを主役にすると言いだした。

 ああ、これも異文化交流とかグローバリズムとかの美辞麗句キャプションが付くねんやと思た。

 どこまで行っても左翼は左翼、パヨクはパヨク、ブサヨはブサヨやと思てた。


 あーーこんなに痩せてしまって……


 ミリーは「このセリフを口にしたら絶対観客に笑われる!」と悩んでた。

 ちなみにミリーはデブとちゃう。

 近ごろは女性の容姿を誉めてもセクハラとか女性差別とかとられかねへんから、言うたことないけど、ミリーはルックスもええしナイスバディーでもある。着物着せたら、かなり体の線消えるし「こんなに痩せてしまって……」をかましても笑うやつは居らへんと思う。

 そやけど、一回言うてしもたら、話の流れでセクハラとられそうやから、言わへんかったけどな。


 じゃ、その台詞カットしよう。


 八重桜は、これもあっさりと呑み込んだ……。

「とにかくさ、やるんなら楽しくやろうよ(^皿^)」

 稽古場として確保した空き教室。

 机や椅子を取っ払った真ん中、丸く並べた椅子に落ち着くと第一声をあげた。

 これも意外。

 パヨパヨチンなら教条主義的なテーマとかスローガンめいたものが出てくると思った。

『与ひょうがつうに家事を押し付けたり、千羽織を強要するのは女性差別!』『与ひょうの物欲や金銭欲は人の心を蝕んでいく資本主義の象徴!』『ほんとうに大切なものは、つうと同じで失ってみなければ分からない!』

 演劇に疎い俺でも、これくらいのスローガンめいたことは浮かんでくる。

 浮かんでくるし、こんなものを頭に入れてやったら、ほんとに左翼のプロパガンダになってしまう。

「アハハ、芝居って、そんなに詰まらないもんじゃないわよ」

 俺の顔色を察した八重桜は、古臭い迷信話を笑い飛ばすように両手を顔の前でヒラヒラさせた。

「ね、わたしの最大の興味は子どもたちなのよ」

 意外なことを言う。

 確かに『夕鶴』には子どもたちが出てくる。与ひょうやつうに「遊んでけれ」「歌うとうてけれ」と迫ってきて、実際舞台では与ひょうを囲んでカゴメカゴメをやったりする。

 子どもたちは声だけの出演やと思っていた俺はとまどった。

 高校生がツルンツルンの着物着て、台詞だけ子ども言葉……ありえへん。

 よそのクラブや劇団の上演記録を見ても声だけにしていることが多い。じっさいに出す時はリアルの子どもを使ってる。

 おれらは稽古だけでいっぱいいっぱい、子役を調達している暇なんてない。

 無理くり頼むんやったら、セーヤンとかのクラスメートやけど、あいつらがツンツルテンの着物着てすね毛剥き出し……ミリーの「こんなに痩せてしまって」の百倍は無理がある。

「子どもは出さなきゃだめよ、はい、アイデア出してちょうだい!」

 ポケットに入れたハンカチのように気楽に言われた……。
 


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  留美という姉がいる
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

REオフステージ(惣堀高校演劇部)101・こんなに痩せてしまって……

2024-07-26 06:48:30 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
101・こんなに痩せてしまって…… 





 おもわずライザップをググってしもた。


 そやかて、今の体形で『夕鶴』のヒロインをやる自信が無かったから。

 交換留学生のわたしとミッキーを使おうやなんて、もうビビってしまう。そら、足かけ4年も日本に居ったら日常会話はペラペラ。元々子どものころからお隣りの日系バアチャンの大阪弁に馴染んでたんで、言葉についての苦労は無い。

 せやけどもね、舞台で、たとえ学校の文化祭と言うても、スポットライトを浴びることは別物なんよ。

 せやけどもね……。

 元来がミーハーのアメリカ人やから直観的にオモシロイ!と思ってしまうんよ!

 思ってしまうと、平均的日本人の倍は豊かな表情筋が喜びの表情を作ってしまうんよ。

 で、しっかり台本を読んでみた。


 で、あ~~~~~~~~~(-_-;)なんよ。


 鶴の化身であるヒロインのつうは、与ひょうに頼まれるままに『鶴の千羽織』を織る、自分の体の羽毛を抜いてね。

 で、やっと織り終って一言こう言うんや。

「お~こんなに痩せてしまって……」

 ここ絶対笑われる!


 お風呂に入って、すんごく久しぶりに自分の裸を鏡に映してみたんよ。

 けしてデブっていうほどやないけど、骨格的にガッチリしてる。肩の肉とか! オケツから太ももにかけての線とか! 二の腕のプヨプヨとか!


 で、風呂上りに思わずライザップをググってしまった(^_^;)。


 とても文化祭までの期間に痩せることはでけへん。

 こんなことなら、出し物を『三匹の子豚』かなんかにしてほしいって思ったわよ。

 え、あれなら最初からプヨプヨのブタやろて?

 最初からブタならええんよ、プヨプヨのプニプニでも人は笑わへんわよ。
 
 せやけどさ、プニプニの鶴ってありえへんでしょ!

 まして千羽織を織ったあとで「こんなに痩せてしまって」なんて、もうソッコー吉本の世界や!

 それに、元々の火付け役で、わたしをヒロインにしようって言いだして演出までやろうかっちゅう八重桜先生はゴリゴリのコミュニスト。反論でもしようもんなら、民主集中制やとか党の決定やとか言い出して梃子でも動かへん感じ。


 そんなチョーブルーな気持ちで最初の稽古に臨んだわけ。


「じゃ、今日から楽しく稽古しましょう。やってる者が楽しくなきゃ観てる人は絶対楽しくないからね、オッケー!?」

「「「「「「ハイ( ๑•̀o•́๑ ) !」」」」」

「……ハイ(-_-;)」

 みんな元気に返事する中、わたしだけが蚊の泣くような返事しかでけへん。

「あら、どうしたの?」

 さっそく聞きとがめられてしまう。

「え、あ、いや……『こんなに痩せてしまって……』に違和感ありまくりでぇ」

「ん?」

 するとみんなの視線が集中して、こころなしか――あ、そうだよね――と言われたような気がした。

 カマラ・ハリスの心臓を羨ましく思った。

「なんだ、そんなこと気にしてるの」

「せ、せやけど、重大事項なんです!」

「自意識過剰なんだと思うけど。そうね、気になるようなら……その台詞はカットしましょう」

「え?」

 十月革命のレーニンの演説写真からトリミングで消されたトロツキーを思い浮かべてしもた( ゚Д゚)。


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  留美という姉がいる
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

REオフステージ(惣堀高校演劇部)100・敷島先生と言うよりは八重桜

2024-07-25 07:00:37 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
100・敷島先生と言うよりは八重桜 





 敷島先生と言うよりは八重桜。

 図書室の主にして文芸部顧問で人権推進部部長で組合の文会長。教科は国語、わたしも一年で現国、三年の今は古文を習っている。

 年齢不詳だけど女の勘で五十代の半ばだと見ている。幾つに見える? 二度ほど聞かれたけど、先生への礼儀として五歳くらい若い年齢を言っておく。生徒会役員を二年も務めれば、それくらいの気は回せる。

 八重桜というニックネームは彼女の出っ歯に由来している。

 花(鼻)よりも前に葉(歯)が出る。という意味で、彼女が新任で来た時からのニックネーム。当時の生徒会長が付けたらしい。

 嘘か真か、ご本人はニックネームの意味を知らない。生徒会長が命名した時に彼女は中庭の八重桜の下に居た。ハラハラと散る花びらが彼女の肩やら頭やらに降り注ぐので、生徒会長は、こう申し上げた。

「これからは、八重桜の君と呼ばせていただきます」

 彼女は、授業で源氏物語を教えていたところだったので、イケメン生徒会長が雅やかにも源氏物語のノリで言ってくれたのだと合点した。だから『八重桜』と呼ばれても悪い気はしない。

 今年の大河ドラマは『光る君へ』なので密かに――自分の年が来た!――と験を担いでいるようなフシがある。常々NHKの解体民営化を標榜している女史だけど、今年は口にすることはないだろう。

 どっちかというと苦手な先生なので、必要が無ければわたしから話しかけることは無い。

 バサ

 その八重桜女史が四階への階段を上りきったところで紙束を落としてしまった。

 紙束は階段の上昇気流に一瞬舞い上げられ、フワフワと舞い落ちた。

 三百枚はあろう紙が一階までの階段を花びらのように散り下った。

 生徒会室から職員室へ向かっていた私は、他の役員と一緒に舞い散った紙を拾い集めた。

 最初の一枚を拾って、それがK党の選挙ビラであることが分かった。正確にはK党が全力で推している、ついこないだまではR党だった無所属候補のR女史のだが。

 街で渡されたら速攻ゴミ箱かポケットにしまい込まれるしろもの。

 直観的に学校でまき散らして良いものではないと思った。

 だから、みんなでせっせと拾って四階から下りてきた女史に手渡した。

「窓から飛んでったのもありますけど、一階まではこれだけだと思います」

「どうもありがとう、あ、そういや明日は投票日だったわね。あなたたち三年生でしょ?」

「自分は期日前投票をすませてきました」

 会長が言うと、女子は露骨にわたしを見た。いっしょの会計は二年生で選挙権が無い。

「明日は投票日、お天気悪そうだけど、きちんと投票にいきましょうね!」

 そう言うと、もう一度チラシを広げてから立ち去った。


「あれ、偶然を装った選挙運動やな」


 会長はニヤニヤして顎を撫でた。

「ほんとに期日前投票したの?」

「ああ言うとかんと、八重桜に選挙違反させるからなあ」

 そう言いながら、姑息な八重桜女史を面白がっている。

 もともと左翼は大嫌いなんだけど、学校の廊下で話題にするのはもっとイヤダ。


 職員室へ向かうと、出てきたばかりの八重桜とすれ違う。


 今度は、なにやらざら紙の冊子を持っている。

「八重桜さん、演劇部の演出かって出たらしいで」

 不快な感じがした。

 基本的に天敵の演劇部だけど、女史が演出かなんだか演劇部に働きかけるのはイヤダ。

 演劇部の三年は松井須磨だけだけど、立場を利用して明日の選挙の話とかは許されないと思う。

「なんや、留学生二人をメインに据えて、気合入ってるみたいやで」

「あ、そ」

「なあ、いっかい見に行けへんか、国際交流と文化部の視察。意義深いで」

 この会長が「面白い」という意義以外で行動することなどありえないんだけど、他の役員も乗り気になったので付き合うことにした。

 で、わたしは八重桜への認識を大きく修正することになった。


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  留美という姉がいる
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

REオフステージ(惣堀高校演劇部)099・女子に関わるとろくなことが無い

2024-07-24 06:55:13 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
099・女子に関わるとろくなことが無い 





 女子に関わるとろくなことがない。


 かといって世の中の半分は女なんやから、まるっきりの無視もでけへん。

 せやから程よく付き合っていけばいいと思ってるし、そうしてきた。

 程よくというのは、ま、日ごろの挨拶はする。「おはよう」とか「さいなら」とか「ありがとう」とか。ま、この三つの言葉を適宜使っといたらもめ事は起こらへん。

 女子が、なにか悩んでいたらそっとしておく。へたに感想とかアドバイスとかしたら上手くいかんかった時に「あんたのせいや」と思われる。面と向かって「あんたのせい!」と怒られることは少ないが、根に持たれて、時には仲間内に言いふらされて総スカンを食うことになる。クラス八分、下手したらスクール八分とか。

 文化祭で『夕鶴』をやることになって、八重桜(敷島先生)の押しで千歳が主役を張ることになった。

 なったんやけど、千歳の顔は浮かない。

 だけど、俺は「どないしたんや?」と声をかけたりしない。

 声をかけないのは以上の理由による。

 その他にも、須磨先輩やミリーが気にかけてくれているのが分かってるし。下校時に迎えに来たお姉さんと車の中で話しているのも見かけた。

 俺がしゃしゃり出る幕やない。

 それに、最大の問題は『夕鶴』を押してきたのは八重桜自身やということ。

 八重桜は組合のバリバリで党員やという噂もある。パソコンで惣堀高校をググってると八重桜にヒットして、その写真が北摂の女性野党議員とのツーショット。これは理屈の通る人種やないと怖気をふるってしもた(llllll゚Д゚) 。

 まあ、その、俺の女子一般への認識と八重桜への怖気が、千歳の放置プレイになってしもたんやけどな。

 そやけど、俺の良心は「このままでええんか?」と責めてくる。


 ちょっと千歳の顔を見られへんなあと思たとき、須磨先輩から提案があった。

「啓介、ミリーとミッキーを主役に据えたらいいんじゃない!?」

 ミリーもミッキーも交換留学生。国際交流とか異文化交流とかのキャプションを付けたら、すごく前向きな取り組みに見えるやんけ(゚Д゚) !

「でしょ!」

「あ、せやけど、ミリーは足イワシてるし」

 ミリーは捻挫をこじらして車いすになってる。

「かえっていいわよ、もともと八重桜は千歳に振ったんだよ。これは、千歳が車いすなんで、きっとアピールできると踏んだから。ミリーの条件なら、八重桜も宗旨替えしてくれると思うわよ」

「なるほど……『足を怪我しながらも健気に主役を張る交換留学生の美少女!』あとは……」

「ミリーとミッキーには話した、めっちゃ喜んでたわよ。あとは八重桜の首に鈴をつけることだけさ(♡〇♡)」

「え……なに? そのキラキラお目めは(^_^;)?」


 どうも苦手らしい、先輩が八重桜を、又は八重桜が先輩を。


 で、俺が提案しに行くと総選挙で支持政党が勝利したように喜んでくれて、どさくさで「演出とかもお願いできますか!」もあっさり引き受けてくれた。

 明日から演劇部初の演劇の稽古が始まる。
 


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  留美という姉がいる
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

REオフステージ(惣堀高校演劇部)098・その千歳が落ち込んだ

2024-07-23 09:00:07 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
098・その千歳が落ち込んだ 





 日本のproverbに『人間万事塞翁が馬』というのんがある。


 良いことが悪い結果を招いたり、悪いことが良い結果を招いたり、人生は分からへんもんやという意味。

 ホームステイ先のお婆ちゃんに聞くと「禍福あざなえる縄のごとし」という言葉も教えてくれた。

 これは、人生は良えこと悪いことを三つ編みみたいに捩ったようなもんやという意味で――人生捨てたもんやない!――というAKBのヒット曲みたいな含蓄がある。

 ミッキーを説教しに行って、やっちまった捻挫がこじれて車いすの世話になって二週間。

 とんだ不幸やったけど、車いす大先輩の千歳といっそうの仲良しになれた。

 惣堀高校はバリアフリーのモデル校やけど、それでも身体障がい者が普通に生活するのは大変なんやと、それこそ身をもって知ることになった。

「もー、見てられません!」

 にわか車いすが危なっかしくって、千歳は拳をふるって宣言。電動車いすをやめた。

「このほうが小回りが利くんです」

 あくる日からは自分のを人力に替えてきた。じっさいに小回りが利くためか、わたしが人力なので合わせてくれたのか、たぶん後者の方やねんやろうと済まない気持ちになった(-_-;)。

「ほらね!」

 クルクルクルクルクルクルクルクルクル(^▽^)!

 廊下で車いすバスケットの選手のようにクルクル回って見せてくれる。

「わたしもやるぅ!」

 クル……クル……クル(^_^;)

 真似してやってみるけど、千歳の半分もでけへん。

 それでも、速さは出ぇへんけど乳酸は出るわけで、2分もやると腕やら肩やらの筋肉がパンパンですわ。

「あーーもうあかぁぁぁん(''◇'')!」

「ハハ、無理しない無理しない(^_^;)!」

「しかし、この細っこい体のどこに筋肉が付いてんのんよぉ?」

「アハ、いっしょにお風呂入ったら分かりまーす」

「よし、こんどいっしょに入ろう!」

 約束はしたけど、健常者のようにはいかへん。

 介助者がいるし、介助者も含めて四人が一度に入れるお風呂は一般家庭には無い。

 まあ、その場のノリで出てきた掛け声みたいなもんやから、それっきりになってる。


 その千歳が落ち込んだ。


 文化祭で演劇部が芝居をやることになったからや。


 でも、何年も芝居をやったことのないパチモン演劇部。何をやってええのか分からへんで、図書室で鳩首会議。

 なかなか決まらへんで唸っていると、図書部の敷島先生(彼女は八重桜というニックネームなんやけど、その意味は分からへん)が『夕鶴』という芝居を提案して、ついでに主役を千歳に押して決まってしもた。

 それから千歳に元気が無い。

 車いす仲間として放っておかれへんので聞いてみたけど「え、なんでもないです(^_^;)」と笑顔を向けてくるばっかり。

 ちょっと寂しい。

 演劇部で一番仲良しになったと思ってたけど、やっぱアメリカ人のわたしには越えがたいバリアーがあるような気ぃがした。

 外国人にとって日本は居心地のええ国やけど、居心地の良さは観光客でも長期留学生でも変わらへんねんけど、結局はお客さんというところがあって、容易には心を開いてもらわれへんねんやろか……と、ちょびっと寂しい。

 それで三日ほど、千歳とは距離が出来てしもた。

 ドアというのは押すか引くかすると開くものなんやけど、心のドアは簡単やない。

 せやから下手に気ぃつかわんと、そっと見守っている。

 アメリカやったら、友だちがこんな風に変わってしもたら、息のかかるくらい近くに寄って肩に手ぇかけて「黙ってたら分からへんがなあ」と声をかける。それで、友だちが傷ついていたらガシっとハグする。

 でも、ここは日本や。忖度とか以心伝心とか空気を読む日本なんや。


「ちょ どいてどいてえ(><)! 通してええ(>▭<)!」


 朝礼間近の廊下、ロードレースみたいな勢いで千歳の車いすが突進してきた! 

「ちょ、ち、千歳えええ!!」

 キキキーー!

 激突寸前、器用に車いすを急停車、赤い顔で宣言した。


「ミリー先輩! 先輩が主役をやるんですよ!」


 え! なんやて( ◎Д◎)!?
 


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  留美という姉がいる
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

REオフステージ(惣堀高校演劇部)097・もっといいこと考えたんだ!

2024-07-22 07:18:56 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
097・もっといいこと考えたんだ! 






 注目されてしまった……オレンジパン店の前で。


 わたしの独り言を聞きとがめて薬局のオジサンが「演劇部でポルノ?」と声を上げたから。

 オジサンは演劇部の大先輩でもあり、部室棟害虫発生事件の時にお世話にもなっている。

「え、あ、いや、そういうんじゃないんです!」

 ハタハタとワイパーみたく手を振るが、オジサンやベンチに腰掛けてメロンパンをパクついているお客さんたちの注目を浴びてしまっている。

 あからさまに聞きとがめたのはオジサンだけだけど、店の前だけじゃなく向かいの総菜屋さんまで耳をダンボにしている。

 無言の好奇心というか野次馬根性というかは、無言であるがゆえの圧がハンパではない。

 いっそ、あれこれ言われた方が説明がしやすい。


 ……というわけなんですよ。


 千歳の感動ポルノという悩みを説明してオジサンたちには分かってもらえた。

 我ながらきちんと言えたと思う、高校八年生だけのことはある。

「そうか、千歳ちゃんの悩みも分かるけど、あんまりこだわるなという須磨ちゃんの意見の方が正しいように思うなあ」

「そうでしょ」

「しかしなんやなあ、あんたの制服姿は板につきすぎてるなあ」

「で、ですか(^_^;)」

「普通にしてたら、当たり前の惣堀生やねんけどな、そうやって話すと、なまじしっかりした物言いで滑舌のええ標準語やろ、なんや女優さんが高校生の役やってるみたいや」

「せや、日活ロマンポルノの女子高生みたいや(^▽^)!」

 総菜屋のオッサンが向かいから茶々を入れる。

「ロ、ロマンポルノ!?」

「〇祭ゆき! 美〇純! 原 〇子!」

 知らない名前を叫ぶオッサン、言い方と表情で往年のポルノ女優さんたちだと見当が付くので「アハハハ」と空気を壊さないように愛想笑いをしておく。

「総菜屋! 調子乗り過ぎ!」

 オジサンが忠告しオレンジパンの店先がにわかに活気づいた(^_^;)。

「しかし、なんやなあ、あの時代やったら、ほんまに日活のスターになれたんちゃうかなあ」

「せやせや、大島渚あたりがほっとかへんで!」

「愛のコリーダや!」

 大島渚は亡くなりましたけど……

 なんともハジケたオッサンたちは始末に負えない。


 しかし、これで、わたしの心は決まった。


「千歳、やっぱ役者で出るのはやめておこう」
 
 朝一番に千歳に言ってやった。

「あ、あ、やっぱそうですよね。ありがとうございます! とても気持ちが楽になりました!」

 悩んでいたんだろう、とても晴れやかな笑顔になった。

 理由は言わなかった。理由付けよりもしっかり言ってやることの方が大事だと思ったから。

 迷ったまま舞台に立っても、いい結果は出ない。

 たかが文化祭の舞台だけども、リアルに人の目に晒されるということに変わりはない。

 わたしくらいに開き直って「ポルノ女優!」と囃されるくらいの人間でなきゃいけない。

 でも、わたしは出たりはしないよ。


 もっといいこと考えたんだからね。



☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  留美という姉がいる
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする