大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

RE・乃木坂学院高校演劇部物語・61『一人で初詣』

2022-12-22 06:19:13 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

61『一人で初詣』 

 

 

 考えこむのはヤバイ気がしてきて、年賀状の返事を書くことにした。


 半分以上は、あらかじめ出した人なんで、十人程への後出し年賀。後出しの分だけ、心をこめて書かなきゃ。

 はんぱなデジタル人間のわたしは、アナログな返事を書くのに昼前までかかってしまった。

 お昼は、はるかちゃんのマネをして関西風のお雑煮をこさえた……と言っても、お歳暮にもらった高級インスタントみそ汁の中に、チンしたお餅を入れただけ。

「なに食ってるんだ……まるで昔の犬のえさみてえだな」

「なに、それ?」

「昔の犬は、残り物にみそ汁のブッカケって決まったもんだ」

「ちがうよ、これは関西風のお雑煮。おいしいよ。おじいちゃんもこさえたげようか」

「よせやい。いくら戌年の生まれだからって、犬マンマは願い下げだぜ」

「おいしいのになあ……」

 わたしの強がりを屁とも思わずに、おじいちゃんは行ってしまった。


 昼から、年賀状を出すついでに初詣に行った。

 忠クンも誘おうかとも思って、スマホを手にしたんだけど……やっぱ止めた。


―― 厚かましいのにもほどがあるぞ! ――


 と、神さまに叱られそうなくらいのお願いをした。

 でも、お賽銭はピカピカの百円玉。使うのが惜しくて、ずっとひっそりと机の中にしまっておいたやつ。

 この百円玉は、去年の五月ごろ、気がついたらお財布の中に入っていた。

 なんだか不思議だった。前の日に食堂でおソバを食べようとして、お財布の中に一枚だけあった百円玉を券売機の中に入れた。確かに最後の百円玉だった。

 で、明くる日、コンビニで雑誌を買おうとしてお財布を開けたら、この百円玉が入っていた。

 造幣局でできたばかりみたいにピカピカの百円玉。でも、なんだか、とても懐かしい気持ちにさせてくれる百円玉だ。

 それを使ったんだから、わたし的にはとても大事な願い事。

 どんな願い事だって?……それは、この物語を最初から読んでいるあなたなら分かるわよね。

 おみくじを引いてみた。

 大吉だった!

 ―― 新しきことに挑みて吉。目上からの引き立てあり。波乱多きも末広。意外のことあるも臆する無かれ。努力と忍耐が肝要なり ――

 で、恋愛運は……

―― 気は未だ熟せずも、末吉。人の成長を気長に待たねば破綻の気配 ――

 正月のおみくじってたいがい大吉なんだけど、良く読むと、良いことは多いけど、なんだか半分脅かしみたい。波乱多きもとか、臆する事なかれとか、破綻の気配とか。

 要するに、努力し忍耐しなきゃ保証無しってことで、不幸になれば、おまえの努力と忍耐が足りないからだってこと。

 幸せになれなければ自己責任。なれたら、神さまのお陰ってこと。いい加減っちゃ、いい加減なんだけど、これも神さまのご託宣。ありがたく持ち帰ります。

 よく、境内の木の枝に結んで帰る人がいるけど、あれは悪いくじを引いたときにやるもんで、神さまのご託宣であるので、ありがたく持ち帰るのがセオリーだとおじいちゃんに教えてもらった。

 え?

 ありがたくお財布の中に収めると、ポンと肩を叩かれた。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・60『元日のマドハル放送』

2022-12-21 07:13:46 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

60『元日のマドハル放送』 

 

 

 

「ねえ、テレビに出たって、なんで言ってくれなかったのよ!?」

 そこから話しは再開されて、互いの近況やら、小規模演劇部の稽古の仕方などについてハッピートーキングは炸裂した!

 年明け早々、第二回目のマドハル放送。

 二人だけのビデオチャットを『ハルマド放送』『マドハル放送』どっちにしようってジャンケンしたら勝ったんだ(^▽^)!

 兄貴は、その後タキさんのアドバイスを元に、香里さんに連絡をとってイソイソと出かけていった。

 新宿にある名画座(料金が安いが選りすぐりの名作が観られる)で『結婚適齢期』を観たあと、同区内のあまり肩の凝らないフランス料理屋へ。コースも三種類ほど書かれている。あとは……十八禁の内容なので省略させていただきます。

 なんでこんなに詳しく分かっちゃったか言うと、兄貴は筆圧が高い(この時は、さらに気合いが入ってた)ので、メモ帳の下の紙にクッキリ残っちゃってんのよ。

 ジュディーガーランドが気になったので調べてみた。

 ライザミネリと親子だってことが分かった。『オズの魔法使い』の彼女、カワユイんだけど、一つ気になる……このツンとした鼻は、わたしの(数少ない)コンプレックスのひとつなのだ。

 ……で、思い出しちゃった。中学に入ったころ、髪をお下げにしてたら、はるかちゃんのお父さんが、こう言ったのよね。

「まどかちゃんて、ジュディー……いや、なんでもない」

 あれって、わたしのコンプレックスと知って、言い淀んだ……まあ、あまり深く考えないことにいたします。

 そして、はるかちゃんに最後にお願いした。

「女子三人、照明、道具に凝らないお芝居ないかしら?」

『すみれの花さくころ』を紹介してくれたけど、このお芝居は歌芝居なので歌がね……上手じゃないと。

 里沙も、夏鈴もね……だれよ、おまえも人のこと言えないって!

 大晦日は、シキタリ通りの年越し蕎麦をみんなで頂きました。香里さんもいっしょだったよ、タキさんのアドバイスはすごい!


 元日は大晦日ほどにはシキタリにはうるさくない。


 昔は、家族そろって、荒川区で一番の神社に初詣に行ったものだけど、兄貴やわたしが年寄りの時間に合わせられなくなってから(つまり朝寝坊)は、各自の時間に合わせて初詣。

 だれが一番早いと思う?

 おじいちゃん……いいえ兄貴なのよね。紅白歌合戦の最終組のころに出かけちゃった。むろん香里さんといっしょ。朝は、この兄貴の大鼾で目が覚めた。

 茶の間に降りて、兄貴を除く家族でアケオメ。

 ガキンチョのころは、振り袖なんか着たこともあったけど、今はジーパンにセーター。お雑煮をおかわりして二階の自分の部屋へ、


 パソコンを開くと、すでにはるかちゃんが待機してくれていた。


「ごめん、待たせた?」

「ううん、わたしも今落ち着いたとこ」

 元日のはるかちゃんはリビングに居た。

 ここから、お雑煮の実況中継。はるかちゃんちはタキさんに習ったレシピで関西風にチャレンジ。

「へえ、白みそに丸餅なんだ……お餅焼いてないんだね」

「へへ、では、はるかの関西風お雑煮の初体験……」

 実においしそうに食べる……こっちも負けずにおいしそうにいただく。

 ……視線を感じる。

「何やってんだ、おまえら」

 兄貴がパジャマの寝癖頭のまま覗き込んでいる。

「これが元日の現実の(韻を踏んでます)兄ちゃんで~す!」

「や、やめろって!」

 カメラで追いかけ回すと居なくなっちゃった。

 中継のあと、はるかちゃんは嬉しい約束をしてくれた。

 何かって? それは、まだナイショ。


『年賀状が来てるわよ!』

 お母さんの声で茶の間に降りる。


 わたしたちって、たいがいメールでアケオメしちゃうんだけど、二十通ほどはやってくる。

 アナログだけど、手書きの年賀状っていいものね。メールのアケオメで一見して一斉送信だったりすると、ダイレクトメールよりガックリくる。

 年賀状は、たとえパソコンでプリントしたのでも――今年もよろしく!――なんて手書きで書いてあったりっしてね、

「これは、この人が、わたしのためだけに書いてくれたんだ」

 と思えて、ホンワカするんだ。

 何通かは、演劇部を辞めてった人たちのがあった。

 ほら、テニス部に行ったA子からも来てた。覚えてる? 倉庫跡の更地で発声練習してたら、テニス部のボ-ルが飛んできて、投げ返したら、ムスっとして、態度わる~って感じの子。

―― クラブ逃げ出したみたいで、ごめんなさい。マリ先生のいないクラブが不安で……まどか達に押しつけたみたいだけど、陰ながら応援してます ――という内容。

 少し救われた気持ちになった。

 紀香さん、潤香先輩のお姉さんからも来ていた。

 先輩は相変わらずの様子……新学期が始まったら、またお見舞いに行こう。

 マリ先生は、あいかわらず正体不明。

―― クラブがんばってる? わたしは、わたしの道でがんばってます。乃木坂ダッシュの新記録はまだ? ――

 忠クンからも来ていた。最初から気づいていたんだけど、一番最後にまわした。

―― 謹賀新年。まどかに負けないよう頑張ります。大久保忠友 ――

 と、カナクギ流で書いてあった……よく見ると、下の方に虫が這ったような追伸。

―― 薮先生のところで感銘を受けて出しました。元日に間に合わなかったらごめん ――

 トキメキとガックリがいっぺんに来た……そして、しばらく眺めていたら心配になってきた。

 去年の忠クンは、あの火事の中からわたしを助けてくれたことも含めてなんだか突飛すぎるような気がする。

 なんだかアンバランス……気のせいかなあ?

―― まどかも人のこと言える? ――

 そんな声が、自分の中から聞こえてきて、うろたえた元日の朝でした。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・59『ビデオチャットの開局式!』

2022-12-20 07:07:26 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

59『ビデオチャットの開局式!』 

 

 

 ジャジャジャーン!

 て、感じで、はるかちゃんのドアップが、モニターに大写しになった!

「ウフフ……」

『アハハ……』

 て、感じで、なかなか言葉 にならない。

 今日は、パソコンを使ったビデオチャットの開局式!

 ビデオチャットは、クリスマスイブの夜に、はるかちゃんと約束した。

 だけど、これって、カメラ買ってきて付けたらすぐにできるというものではなかった。

 わたしには、訳分かんないダウンロードとかいろいろあって、結局昨日でバイトが終わった兄貴に二時間あまりかけてやってもらった。
 
 で、ウフフとアハハになったわけ。

「あー、あー、こちらJO MADOKA聞こえますかどうぞ」

『こちら、JO HARUKA感度良好です。どうぞ』

「なんだか、そっち賑やかそうじゃないのよ」

 はるかちゃんの周りに人の気配……まわりのロケーションも、なんだか違う。

『こっちはね……』

 ガサガサと音がして、カメラがロングになった。

 なんだか、こぢんまりしたレストランみたい。右側のカウンター席で手を振っているのは、はるかちゃんのお母さんだ。

 で、カウンターの中には、チョンマゲにオヒゲの怪しきオッサンがシェフのナリしてニヤついている。

『こっちがね、お母さん!』

『おひさぁ。元気してるまどかちゃん!?』

「はあい、絶好調でーす!」

「ばか、そんなデカイ声出さなくても聞こえてるって」

 兄貴が割り込んできた。

『あ、健一君?』

「あ、どうもご無沙汰してます。今ボリュ-ム落としますんで」

『いいわよ、このままで。賑やかなほうがいいわよ』

「そっすか、じゃあ、このまんまで……」

『ちょっと見ないうちにイケメンに磨きがかかったわね』

「どもっす」

 兄貴は、ボリュ-ムの出力をこっそり落とした。確かに、はるかちゃんのお母さんの声はデカイ。

『で、奥のオジサンが、このお店のオーナーシェフの滝川さん』

 チョンマゲが少しズームアップした。

『タキさんて呼んでくれてええからな。まどかちゃん……ちょっと横顔見せてくれる?』

「え、あ、はい……」

 わたしってば、素直に横を向いた。横顔にはあんまし自信が無い。

『……ううん……ライザミネリよりも、ジュディーガーランドやな』

――やっぱ、そうでしょ――はるかちゃんの声がした。

「だれですか、そのジュディーなんとかってのは?」

『ちょっともめてたの。まどかちゃんの写メ見せたら、タキさんがジュディーガーランドに似てるって。ああ、昔のアメリカの女優さん『オズの魔法使い』なんかに出てるって』

 映画……滝川……一瞬で、この二つの言葉が一つになった。

「滝川さんて、門土社のネットマガジンで『押しつけ映画評』……やってません?」

『よう知ってんなあ、マイナーなマガジンやのに』

 わたしは、はるかちゃんに――映画を観なさいよ――と、言われてから、ネットでいろいろ検索してて、この滝川さんの『押しつけ映画評』に出くわした。

 いまロードショーに掛かって大評判のアメリカ映画を、『冷めたハンバーガーをチンして、ベッピンさんのオケツでペッタンコにしたような』と小気味よくこき下ろしていたので、印象に残っていた。ちなみにネットで予告編を観ると、いや、予告編を観ただけでその通りだった。


「本業はレストランなんですか?」

『そや、映画評論なんか、ハイリスクローリターンやさかいなあ。いちおうパスタ屋やけど、和洋中なんでもありや』

「あ、あの、すみません。ぼく、まどかの兄で健一と言います!」

 兄貴が割り込んできた。

「あの、あのですね。お見かけしたところ、かなりのベテランのように……」

 お見うけして、兄貴は、恋人同士がヨリを戻すには、どのような店で、どんなシュチュェーションがいいか真剣に聞き出した。もっとも――友だちが悩んでるんで――と見栄を張っていたけど、タキさんどころか、はるかちゃんにも、お母さんにもお見通しのようだった。

 延々十五分、兄貴に占領されて、順番が回ってきた。

 はるかちゃんのパソコンには携帯型のルーターってのが付いていて、どこにでも持ち運んで使えるらしい。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
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  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・58『大波乱の予兆』

2022-12-19 07:01:59 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

58『大波乱の予兆』 

 

 

―― 理由は、その両方だと思いますよ ――

「で、おまえ達は、どこまで進んでるんだ?」

「え……」

「その……」

「適当に返事しときゃいいわよ。どうせこの先生の暇つぶしなんだから」

「失礼なババアだな。わしゃ、若者の健全な育成のためにだな……」

「はいはい。ババアはこれで退散いたしますよ。また機械の操作が分からなくなったら声かけてくださいな」  

 奥さんは意外なくらい新しい鼻歌と共に行ってしまった。


「おばちゃん、なかなかいけてますね」


「少年よ、人も物ごとも正確に見なくちゃいけない。あれは、おばちゃんではない。礼節をもって呼ぶとしても、お婆さんが限界だ」

「でも、あの鼻歌、オリコンで十週連続でトップですよ」

「ただの、オチャッピーのなれの果てさ。ただ、女子挺身隊で電機工場に行っとたせいか、いまだに家電には強いけどな。有り体に言えばクタバリぞこない」

「アハハ、家じゃ、おばあちゃんが、おじいちゃんのことをそう呼んでます」

「あれでも心臓が弱くてな。二度ほど俺が蘇生させてやった。時々後悔するけど、あいつが居らんとテレビも満足に点けられん」

「夫婦愛ですね……」

 忠クンがしみじみ言った。とたんに先生がハデにむせかえった。

「ゲホゲホ! ゲホホホ! 忠友少年。そう言う言葉は、少年の少の字が中になってから言いたまえ……で、どこまで話したっけ?」

「あのう……ね」

 思わず二人は目を合わせた。

「うん、分かった!」

 先生は膝を叩き、メガネをずらしてわたし達を見つめ直して断言した。

「せいぜいキスの段階だな」

「「あの……」」

 同時に声が出た。

「どうだ、大当たりだろう!?」

 当たってはいるんだけど、状況が違う。あれは賞状が風に飛ばされて不可抗力だったんだ(詳しくは7『スマホ片手に悶々』を読んで)

「二人とも、純で真っ直ぐで曇りのない目をしている。今時珍しいと誉めてやる」

「ありがとうございます」

 忠クンは、照れて頭を下げた。

「しかし、二人とも、雰囲気と行きがかりに弱い……ま、それで、火事場の馬鹿力。まどかの命を助けることもできたんだろうけどな。でも、どうだ、俺のおまじない、あらかわ遊園じゃ役にたっただろう。な、まどか」

 やっぱ薮先生は狸だ、こんなことまで知ってるなんて。

 実際火事の件は近所でも少し評判になった。でも、あらかわ遊園のことはね……よく考えたら、あらかわ遊園以来だ。二人で会うのは……って、狸が一匹オジャマ虫。

「物事には、裏と表があってな。こうやって狸じじいが、出会いの場を作ってやることもあるし、オジャマ虫になることもある」

 先生は、最後のヨウカンを口に放り込んだ。意外においしそうに食べている。

「忠友少年……真っ直ぐで曇りのない目だが、焦りを感じる。まどかに対して、その焦りは禁物だ。何事にもな」

「先生……」

「話は最後まで聞きなさい。俺の親父は海軍の軍医だった……」

 先生は、わたしの背後の長押(なげし=襖の上の水平な細い梁みたいなの)に目をやった。

 体をひねっても見えないんで、忠クンの横に行った。忠クンの体温を間近に感じて、少しトキメイタ。それを知ってか知らでか、先生は演説を続けた。

「軍人というと十把一絡げに悪く言うやつもいるけどな、気持ちのいいヤツも多かった。親父は航空母艦の軍医長を長くやっていてな。おれがガキンチョの頃、よく家に若いパイロットを連れてきた。みんな真っ直ぐで曇りの無い目……しかし視点は爽やかなほど彼方にあった。まだ戦争は本格的にはなっていなかったけどな。國を護るということは、こんなに人の心を綺麗にするものかと思って聞いてみたことがある」

 気がつくと、先生は湯飲み茶碗にお酒を注いで飲んでいた。いま飲み始めたのか、さっきからそうしていたのか分からない。顔色を見ても、お酒に強い人なので分からない。

 やっぱ、薮先生は狸だ。

「その人は、こう言ったよ――そんな大げさなもんじゃないよ。航空母艦の飛行機に乗っているとね、潮風と空の風に吹きっさらされて、見えるものは遙かな水平線。で一見爽やかそうなバカッツラができあがるんだよ。秘訣って言えば、曜日を忘れないように、毎金曜日にカレー食うことぐらいかな――ってな」

 長押に掛かった写真は、少し帽子を斜めに被った先生と似ても似つかないイケメン。

 そのイケメンは――どうした若いの、どうしようってんだね――と、挑発している。

 それをわたしといっしょに眺めている忠クンの顔は……ね。

 マクベスの首を獲ったマクダフのようでした(分かんない人は『マクベス』読んでください)

 で、このときの忠クンの顔……というか、想いは、来年に起こる大波乱の予兆だった。ガキンチョのまどかが、それに気づくにはもう少しの時間が必要だった。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・57『今朝のNOZOMIスタジオでした』

2022-12-18 06:50:06 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

57『今朝のNOZOMIスタジオでした』 

 

 


「はるか先輩、テレビに出てたんですか……!」

 忠クンが、やっと声をあげた。

「ハーーもともと綺麗な子だったけど、こんなになっちゃったのね……」

 奥さんが、ため息ついた。

「ほんとにキレイだ……」

 忠クンも正直にため息。チラっと顔を見てやる。

「で、でも、スタジオで撮るとこんな感じになっちゃうんですよね」

 と、自分で自分をフォロー。いいのよ気をつかわなくっても。だれが見ても、このはるかちゃんはイケテルもん。

「はるかのやつ、大阪に行っていろいろあったんだろうなあ……これは、スタジオの小細工なんかで出るもんじゃないよ」

 そこでサプライズ。スタジオにスモップのメンバーが現れた。

―― うそ…… ――

 はるかちゃんは口を押さえて、立ちすくんでいる。

 それから、二三分スモップに取り囲まれて会話。

―― 今日のNOZOMIスタジオでした ――

 ナレーションが入り、熟女のアイドルと言われる司会のオジサンの顔になって録画が切れた。

「二人とも、冬休みになって朝寝坊だろうから見てないだろう」

「うちは、朝はラジオだから……」

 と、我が家の習慣を持ちだして生返事。

「うちは婆さんが、毎朝観てるもんでなあ」

「いつもは、ノゾミプロの役者の出てる映画とかドラマ紹介のコーナーなんだけどね、昨日は『ノゾミのお客さん』て、タイトルで、特別だったの。最初は、どこかで見た子だなあって思ってたんだけど、『坂東はるかさん』て、テロップが出て、わたし魂げて録画したの。ね、あなたも歯ブラシくわえて見てたもんね」

「ああ、最初プロデュサーのおっさんと二人だけの対談だったんだけどな。頬笑み絶やさずホンワカと包み込むような受け答え。それで目の底には、しっかりした自我が感じられた。あれはいい女優になるよ」

―― 本人にその気があればね ――

 わたしは、クリスマスイブのはるかちゃんとの会話を思い出した。

 はるかちゃんは高校演劇が楽しくなってきたところ。プロの道へ行くことにはためらいがあった。

 ただ、白羽さんてプロデュ-サーが、とてもいい人で。この人の期待をありがたく感じながらも持て余している。

 で、一度里帰りを兼ねてプロダクションを訪れたら、いきなりスタジオ見学……かと思ったら、しっかりカメラに撮られている。

 そして、クリスマスの夜、工場でみかん剥きながらの女子会。

 あの時のスマホの電話。

 きっとこの収録をオンエアーするための確認だったに違いない。

 どうしようかなあ……というのが、はるかちゃんの話しのテーマだった。

 でも、オンエアーのことも、スモップに会ったことも、はるかちゃんは言わなかった。そこが、はるかちゃんのオクユカシイとこでもあるんだけど、幼なじみのまどかとしては、チョッチ寂しい……それにスモップに会うんだったら、サインとかも欲しかったしね(^_^;)。

 ヨウカンを一ついただいて、お茶を一口飲んだところで思い出した。

「なんで、忠クンここに居るのよ!?」

「それは、こっちが聞きたいよ。まどかのお兄さんから電話があって、ここに来てくれって」

「二人でいるの嫌か?」

 先生が、右のお尻を上げながら言った。で、一発カマされました。

「そう言うわけじゃ……」

 言いよどんで、お茶に手を伸ばす。

 アチ

 いつの間にか奥さんが淹れ替えてくれている。

「ほんとは、まどかの兄貴を彼女ごと呼ぶつもりだったんだけどな、なんかこじれとるのか、鬱陶しいのか、二人を代理に指名してきよった」

 なるほどねぇ……分かった(^_^;)

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・56『……忠クンがいた』

2022-12-17 06:50:54 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

56『……忠クンがいた』 

 

 

「いつまで、つっ立ってんだ」

 先生にそう言われて、わたしは座卓の長い方の端っこに座った。つまり、床の間を背にした先生からは右、三時の方向。
 で、先生の正面、十二時の方向に座卓を挟んで……忠クンがいる。

「……うっす」

「ども……」

 たがいにぎこちない挨拶をする。

「ハハ……青春とは照れくさいもんだな」

 そう言いながら、先生は右のお尻を上げた。カマされてはたまらないので、思わずのけ反った。

「あのなあ、まどか。人を、屁こき大王みたいに見るんじゃねえよ。俺はリモコン取ろうと思っただけなんだから」

 忠クンが笑いをこらえている。

「あのなあ、忠友。こういう状況で笑いをこらえるのは、かえって失礼だぞ」

 で、忠クンが笑い出し、先生もわたしもいっしょになって爆笑になった。

「あ、これ、父から預かってきました。どうぞお納めください、本年もいろいろお世話になりました、来年もどうぞ宜しく。とのことでした。また、今日は兄が伺うことになっていましたが、折悪しく……」

「いいって、いいって、そんな裃(かみしも)着たみたいな挨拶。それより、せっかくの剣菱の角樽なんだ、三人でぐっと。おい、婆さん……!」

「あの……わたしたち未成年ですから」

「あ……そうだっけ。惜しいなあ……剣菱って、赤穂浪士が討ち入りの前にも飲んだって縁起のいい……」

「あと五年待っていただければ。ね、忠クン」

「オレは、あと四年だよ」

「あ、ごめん。今年の誕生日忘れてた……」

「いいよ、こないだのコンクールまでは疎遠だったし、まどかも、そのころ忙しかっただろうし」

「ハハ、そうやって、誕生日の祝いっこしてるうちが華なんだぜ。この歳になっちまうと、カミサンの歳も怪しくなっちまう」

「女の歳なんて、六十超えたら怪しいままでいいんですよ。いらっしゃい、お二人さん」

 奥さんが、お茶とヨウカンを持ってきてくださった。

「なんだい、羊羹かい。この子たち若いんだからさ、ポテチにコーラとかさ」

「忠君もまどかちゃんも甘い物好きなんですよ。まどかちゃんは炭酸だめだし。ね」

「よく覚えてますね」

「二人とも赤ちゃんのころから、うちがかかりつけだから……あなた、なにしようってんですか?」

「いや、この二人に昨日録画したの見せてやろうと思ってさ……」

「もう、昨日あんなに教えたじゃありませんか……」

「ひとの体ってのは変わらないけど、こういうのは、どうしてこうも買い換えのたんびに……」

 医者らしく愚痴りながら、先生はリモコンをいじるが、ラチがあかない。

「もう……こうやるんですよ」

 奥さんは、リモコンをひったくり、チョイチョイと操作した。

「……なんだ、なんにも映らないじゃないか」

「レコーダーは立ち上がるのに時間がかかるんですよ」

 先生はつまらなさそうに、ヨウカンを口に運んだ。

 それが合図だったかのように、大画面テレビに……はるかちゃんが映った!


 スタジオの中を物珍しげに歩くはるかちゃん。

 急にライトが点いて驚く。その一瞬の姿がアップになる。画面の端にレフ板、上の方には大きな毛虫みたいなマイクがチラリと映った。

 その度に、はるかちゃんは小さな歓声をあげる。わたしが知っているはるかちゃんなんだけど、そうじゃなかった……って、分かんないよね。

 はるかちゃんは、どちらかというと大人しい感じの子だったのよね。

 それが、控えめではあるけども、こんな表情で驚くはるかちゃんを見るのは初めてだ。

――はるかちゃん、ちょっとその本抱えてくれる?

――はい……これでいいですか?

――はるかちゃん、カメラの方向いてくれる?

――はい……やだ、ほんとに撮ってるんですか!?

 はるかちゃんが驚いて、持っていた本で顔を隠す。すぐにカメラがロングになり、はるかちゃんの全身像。そして、別のカメラの横からバストアップに切り替わる。

 カワユイ……だけじゃない。なんての……せいそ(清楚……こんな字だっけ?)。


 こんなはるかちゃんを見るのは初めてだ。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・55『マクベスの首・2』

2022-12-16 07:00:57 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

55『マクベスの首・2』 

 

 

『ハムレット』もすごかった。

 

 どこがって……やたらに人が死んじゃうんだもんね。ただね、ホレーショっておじさんが都合良く生き延びちゃうのには、若干の抵抗。

 あれだけの波瀾万丈のドラマの中で、親友のハムレットがメチャクチャやって、一族死に絶えちゃって、なんだか自分一人だけ語り部みたく生き延びて……残りの人生虚しくないの? って、わたしがひねくれてんのかなあ。


『ロミオとジュリエット』は、なんだか我が身と引き比べちゃったりして、興味津々。

 ストーリーや登場人物は、よく分かんないけど、発見が二つあった。

 忘れもしない、第二幕第一場「キャピュレット家の庭」チョ-有名な愛の語らいの場!

 なにがすごいって、一回読んでみるといいわよ。

 ロミオが庭、ジュリエットがバルコニー……すごいと思わない? 

 並の作家なら、同じ平場で愛を語らせちゃうんだろうけど、これを互いに見えるけど手の届かないところに持ってきて、キスどころか、指一本触れさせないんだもんね。ミザンセーヌが最高! おそらく世界最高のラブシーンだと思う。

 それに、もっとすごいのは、あれだけのラブシーンで「I love you!」が一言も無い。

 気になって、ここだけ二回読んだんだけど、無い……「do you love me?」「Love me!」はあるんだけどね「I love you!」は無い!

「愛は勝ち取るものなんだ!」って、スタンスがすごいと思うのよ。

 この場面は、互いに「愛してる! んでもって結婚しよう!」ってことだけなんだけど、字数にして六千字も使ってんのよね。このわたしのことを書いてる作者なら、章一つでそんくらい。才能が違う……なんて言ったら、どこで仕返しされるか分からない。なんたって、第五章じゃ主役のわたしを焼き殺しかけた人だもんね。

 それから、タマゲタのは、ジュリエットに出会ったとき、ロミオにはすでに恋人が居たんだ!……知らなかったでしょ? ロザラインって子で、二回ほど台詞の中にしか出てこないんだけどね。

 明らかに、ロミオは二股かけてんのよね!!

 わたしはロザラインに同情したわ。シェークスピアってオッサンもたいがいよ!

 ……なんて妄想してるうちに薮医院が近くなってきた。
 

 説明するわね。


 わたしが生まれる一年ほど前に、お父さんとお母さんは大げんかをした。

 バブルの後、工場の経営が今イチだったってこともあるんだけど、どうやらお父さん浮気もしてたみたい。

 で、お母さんは、ほんのガキンチョの兄貴連れて、家をおん出ちゃったわけ。

 そこを間に入って、元の鞘に収めたのが薮先生。

 お陰でわたしは一応無事に生まれることができたわけ。

 兄貴のアンニュイなとこもこのへんの幼児体験に原因あり……と見てるんだけど、まあ、それは置いといて。恩義に感じたじいちゃんが、盆暮れのつけとどけをお父さんにやらせてたんだ。

 でも十七年もたっちゃうと、もう時候の挨拶ってか年中行事。

 薮先生も、お父さんの顔見てもつまんないんで、今年は兄貴をご指名。どうやらクリスマスの香里さんへのフライングが耳に入ったみたい(このへんが、下町のいいとこでも、怖いとこでもある)なんだ。

 で、恋人同士来いってことらしいんだけど、兄貴嫌がっちゃって……兄貴は香里さんが嫌がってるって言ってた。ただ目的語が抜けてるんで、兄貴が、まだ嫌われてんのか、薮先生とこへ行くのを嫌がってるのかは分からない。

 で、わたしが代理ってわけ。むろん三千円のギャラ付き。

「こんちは……」

―― 二十八日~新年三日まで休診 ――の張り紙をしたドアを開ける。

「まどかか? そのまんま上がってきな~」

 と、奥で先生の声。まあ一時間程度の「お話」は覚悟していた。ギャラもらってんだもんね。

「失礼しま~す」

 殊勝げに、待合室を抜けて、奥の座敷へ。

 あ……!?

 しばらく、声が出なかった。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・54『マクベスの首』

2022-12-15 06:37:56 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

54『マクベスの首』  

 


 マクベスの首が、旗竿の先に括りつけられて現れたところだった。

「薮さんのとこまで行ってきてくれないか?」

 頭の上から声が降ってきた……仰向けになって本を読んでいたわたしは、そのまま上目遣いに、十センチほど開けられた襖の隙間に目をやった。

 そこには、サンドイッチのパンみたく、端っこをちょん切った兄貴の顔が見えた。

 アンニュイも、端っこをちょん切って逆さになると、ひどく間が抜けて見えるもんだなあ……と思った。

「入れば……」

 間抜けの逆さ顔にそう言った。

 逆さのまま、その顔が大きくなった。

 つまり兄貴が部屋に入ってきて、しゃがみ込んで、わたしの顔を逆さに覗き込んだのよね……恋人同士なら、このシュチュエーション、フラグの一つも立つんだろうけど、兄貴じゃね。

「だからさ、薮さんのとこにさ……」

 薮……バーナムの森なら、なんて妄想が頭に浮かぶ

「なんだ、まどか、シェ-クスピアなんか読んでんのか。大雪が降るわけだ」

「兄ちゃん……鼻毛伸びてるよ」

 わたしの逆襲に、兄貴は素直に鼻毛を抜いた……と、思ったら。

「……ハーックション!」

 盛大なクシャミで反撃された。かろうじて身をかわして、鼻水とヨダレの実弾攻撃から逃れた。楯がわりになったシェークスピアに多少の被害。

 起きあがって、まっすぐ見た兄貴の顔は、やっぱ間抜け……というよりタソガレていた。


 事情を聞いたわたしは、兄貴への多少の同情と、我が家のシキタリのため角樽のお酒をぶら下げて、薮医院を目指した。

 いつもなら、自転車で行くんだけど、わたしの頭の中にはシェークスピアの四大悲劇の断片が、ポワポワ浮かんで、なかば夢遊病。

 危ないことと、この夢遊病状態でいたいため、あえて歩いて行くことにした。

 なんでシェ-クスピアなんか読んでるかと言うと、はるかちゃんのアドバイス。


 観ること、読むことから始めてみれば。ということだったので、とりあえず千住の図書館に行って、シェ-クスピアの四大悲劇を借りてきた。

『ハムレット』から始め『リア王』『オセロー』そして、夕べからトドメの『マクベス』になったわけ。

 マクベスの首が出てくるのは、最後のページ。

 わたしは四日間で四大悲劇を読破したわけ。

 しかしシェークスピアというのは、どの作品も、やたらに長くて、登場人物が多い。きちんと読もうと思ったら、登場人物の一覧片手に三回ぐらい読まなきゃ分からない。

 ラノベに毛の生えた程度のものしか読まないわたしには、至難の業……で、とりあえず読み飛ばしたわけ。

 だから、まとまったストーリーとしては頭に入ってなくて、断片だけがポワポワ浮かんでいるというわけ。

 しかし、さすがはシェークスピア。断片といっても、その煌めきが違う。

 こうやって素直にお使いに出たというのは、ちょっぴり兄貴に同情したからばかりじゃないんだ。

 悪逆非道なマクベスは、魔女たちからこう言われる。

「バーナムの森が攻め寄せぬかぎり、そなたは死なぬ。女の腹から産み落とされた人間に、そなたを殺すことはできない!」

 で、薮を森に見たててのお出かけ。

 そんでもって、マクベスを討ち果たしたのは、月足らずで母親の腹から引きずり出されたマクダフ。
 わたしも未熟児で、八ヶ月ちょっとで帝王切開でお母さんのお腹から引きずり出された。これには、当時の我が家の状況が影響してんだけど、それは後ほどってことで……。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
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  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・53『なり損ないの雪だるま』

2022-12-14 07:35:09 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

53『なり損ないの雪だるま』  

 

 

「演劇部の三人が来てくれたところなんですよ。ほら、このクリスマスロ-ズ。あの子たちが持ってきてくれたんです」

 お見舞いに持ってきたオルゴール(潤香とわたしが共に好きなポップスが入ってる)のネジを巻きながら姉の紀香さんが花瓶の花を紹介。大振りな花が陽気におしくらまんじゅうをしている。

「あ……!」

「え?」

「わたし、ここにタクシーで来たんですけど。地下鉄の入り口のところでキャーキャー言ってる雪だるま三人組……を見かけた」

「それですよ。まどかちゃん! 里沙ちゃん! 夏鈴ちゃん!」

 モグラ叩きを思わせるテンションで紀香さんが言った。無性に、あの三バカが愛おしくなってきた。

 気がついたら、紀香さんと二人オルゴールに合わせて唄っていた。

「フフフ……」

 どちらともなく、笑いがこみ上げてきた。

「わたしも、いつの間にか覚えちゃって……いい曲ですね、これ」

「ええ、ゆったりした曲なんですけど、元気が出てくるんです」

「ですね……」


 自然に目が窓に向いた。


 音もなく降りしきる雪。窓辺に立てば、向かいのビルはおろか、道行く人の姿もおぼろにしか見えないだろう。
 上から下に向かって雪が降るものだから、フと、この病室がエレベーターのように静かに昇っていくような錯覚におちいる。


「先生、コーヒー飲みません?」

「え、ええ」

「買ってきます。病院のすぐ横にテイクアウトのコーヒーショップがありますから、微糖でいいですね?」

「あ、すみません」

「いいえ、わたしも、ちょっと外の空気吸いたいですから。その間潤香のことお願いします」

「はい、ごゆっくり」

「じゃあ(⌒▽⌒)」

 少女のような笑顔になって、紀香さんはドアを閉めた……遠ざかる足音は小鳥のように軽やかだ。

 あらためて潤香の顔を見る……色白になっちゃって……でも、こんな意識不明になっても、どこか引き締まった女優の顔になっている。
 

  去年の春、初めて演劇部にやってきたとき……覚えてる、潤香?


 小生意気で、挑戦的で、向こう見ず。心の底じゃビビってるけど、もう一人の自分が尻を叩いてる……その、もう一人の潤香がこの顔なんだよね。いや、成長した「この顔」なんだよね。

 最初はコテンパンにやっつけてやった。でも、潤香はそれに応えてくれた。そして学園祭では主役に抜擢。華のある女優になった……ミス乃木坂になって、中央発表会じゃ主演女優賞……潤香との三年近い思い出が、まき散らした写真のように頭の中でキラキラしている。

「お待たせしました」

 紀香さんがコーヒーのカップを持って戻ってきた。一瞬表情を取り繕うのに戸惑った。

「先生も、いろいろ思い出していたんでしょ?」

「え、ええ、まあ」

「入院してからの潤香って不思議なんです。気持ちをホッコリさせて、昔のことを思い出させてくれるんです……どんなに辛い思い出でもホッコリと……」

 二人いっしょに、コーヒーカップのプラスチックの蓋を開けたものだから、病室いっぱいにコーヒーの香りが満ちた。空気がコーヒーに染まって琥珀色になったような錯覚……きっと、外が雪の白一色だから。


「あの日も……雪が降りしきっていました」

「え……?」

「去年のいまごろ……」

「ああ、終業式の明くる日でしたね。電車とか遅れて出勤するのが大変でしたね」

「あの日も、こんな風に窓から降ってくる雪を見ていたんです……なんだか、自分の部屋が、エレベーターみたく穏やかに遙かな高みへ連れて行ってくれそうな気になって……」

「フフ、わたしも、さっきそんな気がしたとこ」

「その高みにあるのは……天国です」

「え……?」

「これを見てください……」

 紀香さんは、左の袖をたくし上げた……危うくむせかえるところだった。

 リストカット……

「その日が初めて。深く切りすぎて……でも、これで楽になれるって開放感の方が大きくて」

「紀香さん……」

「でも、潤香が……この子が腕を縛り上げて、救急車を呼んじゃって……病院じゃ、ずっとこの子に見張られてました。そのころ、この曲が耳について覚えちゃったんです」

「そうだったんですか……」

「それからは、潤香、いろんなとこへ連れて行ってくれて。春休みのスキーがトドメでした」

「あ、あの足を折ったの!?」

「わたしの気を引き立てようとして、雪が庇みたくなってるとこで、大ジャンプ」

「それで……潤香ったら、わたしには何も言わないもんで」

「約束しましたから、誰にも言わないって……でも、その約束、自分から破っちゃいました!」

 ひとしきり二人で笑った。

「潤香の手首も見てやってください」

「え……!?」


 即物的なわたしは、雪だるまになることもなく、病院の車寄せに見舞客を乗せてきたタクシーにそのまま乗って家路についた。


 紀香さんには驚いた。しかし考えてみると、クリスマスイブに二十歳の(わたしが見ても)美人が、どこにも行かず、一人で妹の看病をしているのは少し頭を働かせれば分かることではあった。

 そして、いい意味で驚いたのは、潤香の左手首。

 ゴールドのラメ入りのミサンガ。

 夏鈴が、部員全員のを編んだそうだ。潤香を入れて四人分を……そして、枕許の写真。

 演劇部一同の集合写真の横に、それはあった。

 タヨリナ三人組の……その上に掛けられた三枚の『幸せの黄色いハンカチ』

 ちょうど赤信号でタクシーは停まっていた。

「ここでいい。降ろしてちょうだい」

「すみませんね、この雪でノロノロしか走れないもんで」

「ううん、そうじゃないの。はい料金」

 恐縮しきりの運ちゃんを尻目に、わたしはドアが開くのももどかしく飛び出した。

 わたしだって、雪だるまになりたい時があるんだ!

 誰かさんが言ってたわよね。

「まだまだ使い分けのできる歳だ」

 今日ぐらい使い分けたっていいじゃんね!

 その直後、お祖父ちゃんから、ひどく即物的な電話がかかってくるとは夢にも思わない、なり損ないの雪だるまでありました。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
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  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
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  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・52『繋ぎの仕事』

2022-12-13 06:34:08 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

52『繋ぎの仕事』  

 

 


 折良く繋ぎの仕事が見つかった。

 二乃丸学園高校の先生が急病になり、二学期末の今になって常勤講師が必要になった。小田さんのプロダクションが、新聞社を相手にさらなる訂正記事と謝罪を要求。訴訟も辞さない意気を見せ。新聞社も一面で、謝罪記事を載せ、編集長も更迭。

 そこへわたしが(匿名ではあるけども)学校をいさぎよく辞めたことも世間の知ることとなり、二乃丸学園は即決でわたしを常勤講師に雇ってくれた。

 一応学年末までの契約であるけども、来年度から正規職員として勤めて欲しいと非公式な打診があった。

 しかし、やっぱ乃木坂の貴崎マリの名前はダテじゃない……と自惚れてもいた。

 着任したその日に、実質的な演劇部の顧問になった。

 二乃丸学園は、城南地区の所属であり、乃木坂とぶつからないのも気が楽だった。コンクールで、乃木坂と争うのはさすがに気が引ける……ってことは、自分が指導すれば、この欠点も無ければ、取り柄もない平凡な部員十名の二乃丸学園高校演劇部をイッチョマエの演劇部にする自信はあったのよ。

 

 初日から、わたしの指導は厳しかった。

 

 まず、発声練習をやらせてみた。満足に声が出る者が一人もいない。エロキューション(発声に関わるすべての技能)がまるでなっていない。鼻濁音ができないくらいは仕方がないとしても、腹式呼吸ができていないことは許せなかった。

 聞けば、都の連盟の講習会にも出ているとのこと。わたしは、その講習会でエロキューションの担当だった。

「講習会で、何を聞いてたのよ!?」

 つい乃木坂のノリになってしまう。

「まずは腹式呼吸だけども、あんたたち腹筋と横隔膜弱すぎ!」

 ちなみに、呼吸法は三通りある。

 一番ダメなのが肩式呼吸(俗に、肩で息をするというもので。息が浅く、発声器官である声帯にも影響を与えやすく。また、呼吸が観ている者に丸見えで、エキストラを演っても死体の役ができない……って、分かるわよね。息をしている死体なんてないでしょうが)

 次に、胃底部呼吸。これを腹式呼吸と間違えている者は、プロの役者の中にもいる。腹筋が弱く、横隔膜だけに負担をかけ、長時間やっていると胃が痛くなる(だからイテー部呼吸というものでもないけどね)。これも、息が浅く。長丁場な芝居や、長台詞には耐えられない。

 三番目が、大正解の腹式呼吸。横隔膜と腹筋の両方を使い、イメージとしてはお腹に空気が入ってくる感じ。目安としては、おへその指三本分下(古い言葉で丹田と言います)がペコペコする呼吸法。吸い込める空気の量が多く、また声帯からも遠く影響を与えにくい。

 まず、できていないことを自覚させる。

 廊下の窓に向かって一列に並ばせ、窓ガラスにティッシュペーパーをあてがわせる。そして、口を尖らせ「フー」って感じでティッシュに息を吹きかけガラスに貼り付けさせる。最低十秒……できる子は一人もいなかった。

 で、腹筋の訓練。初心者なので五十回にしてやるが、これもできたのは二人だけ。

「あんたたち、体力無さすぎ!」

 で、グラウンドを十周させたところで時間切れ。

 クタクタになって、着替えている部員たちに宣告した。

「演劇部を文化部だと思ってる子は気持ち入れ替えて、演劇部は体育会系なんだからね」

 そして、集合時間の厳守(五分前集合)を言い渡し、こう命じた。

「明日は、トンカチとノコギリを持ってくること。いいね!」

 そして、解散するときにする挨拶を教えた。

「貴崎先生ありがとうございました。みなさんお疲れ様でした!」

 ヤケクソで十人が合唱した。

 明くる日は、一通りの腹式呼吸の練習を終えたあと、三六(さぶろく=三尺、六尺……つまりベニヤ板一枚分)の平台作りをやらせた。芝居の基本道具で、なにかと便利なのだ。

 案の定、まともにノコも引けなければ、釘も打てない。

「いい、ノコギリは体の正中線のとこに持ってきて……」

 各自一本ずつの木を切らせ、釘を一本打たせたところでおしまい。

「貴崎先生ありがとうございました。みなさんお疲れ様でした!」

 これを一週間続けたところで、期末テスト一週間前。部活はテスト終了まで休止期間に入る。

 期末テストは、前任者に教えてもらっていた生徒のノートをざっとみて見当をつけて問題をつくり、内規通りの平均点(五十五点~六十五点)にピタリと収め、無事完了。


 テスト後の短縮授業になった。


「さあ、クラブがんばるぞ!」

 と、意気軒昂……だったのは、わたし一人だった。

 十人の部員の半分がほかのクラブとの兼業だった。乃木坂では許されないことだ。

「どっちかにしなさい!」

 言ったとたんに、三人が辞めていった。

 なんとか、腹式呼吸のなんたるかが分かり、平台一枚ができあがった時には、部員は半分の五人に減って、終業式兼クリスマスイブである十二月二十四日がやってきた。

 この日ばかりは、部活は休み。

 平台一枚の完成を祝し、五人の結束を高めるため、身銭をきって宅配ピザをサービスして、忘年会をしてやった。

 一人空回りした忘年会が終わったあと、わたしは降りしきる雪の中、潤香の見舞いに行ったのだった。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
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  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・51『 了 』

2022-12-12 07:12:23 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

51『 了 』  

 

 

 

 案の定、明くる日には電話があった。

 バーコードではなく、校長直々の電話だった。

『先生の責任感と硬い御決意には感服いたしました……』

 以下、延々十分にわたり言語明瞭意味不明の、とても言い訳とは思えない「喜び」のこもった『送る言葉』を聞かされた。送別会は丁重に断り、退職に関わる書類などの遣り取りも郵送で済ませてもらえるように、電話を代わった事務長と話しをつけた。

 峰岸クンに電話をした。

 クラブの後始末を頼み、ちょびっと、わたしの裏事情に関わることを聞いたが、とぼけられた。

 代わりに一呼吸おいて、バーコードとの会話を録音していたことを告げられた。

『これを公表させてください。全てが解決します』

「罠だってことは分かっていたの。こうでもしなきゃ、責任もとらせてもらえないもの」

『先生の責任じゃ……』

「小田先輩とのことは濡れ衣。でもね、潤香とまどかを命の危険に晒したことはわたしの落ち度。火事のこともね」

 その後、峰崎クンは一言二言ねばったけれど、わたしの決心が硬いことを知ると、飲み込んでくれた。

 ただ、わたしの退職が決まったその日のうちに、替わりの講師がやってきたことをトドメに言われた時は、一瞬血圧が上がった。

 さすが峰崎クン、ツボは心得ている。

 しかし、わたしの心の凝りは、それで解れるほど生やさしいものではなかった。

 これでも、まだ、どうしてわたしが易々と罠にかかりにいったか。不思議に思う人がいるかもしれない。

 それには、こう答えておくわ。

―― こうでもしないと、わたしは責任を取ることさえさせてもらえなかった ――

 ……なぜ、そうなのか。それは言えません。

 結果的には、命の次に……いいえ、命以上に大切な乃木高演劇部を捨てたか分からないという人がいるかもしれない。

 好きだからこそ捨てた。乃木高演劇部は私の所有物じゃない。気障な言い方だけど、乃木高演劇部は神の居ます神殿のようなもの。わたしは、それを預かる神官に過ぎない。六年前わたしは山阪先生という神官から、それを預かった。

 もし、乃木高演劇部という神殿に神が居ますなら、たとえ神官が代わろうとも、いつか必ず復活する。貴崎マリという神官がいる間は、前任の山阪先生の時とは全く異なる色に染め上げた。しかし、どんな色に染まろうと、神が居ます限り、それは乃木高演劇部であるはず。


 その神官は、わたしの予想を遙かに超えて早く現れた。神殿を閉じたその時に。


 その後継者を峰岸クンから知らされ、正直わたしは……ズッコケた。

 なんと、その神官……という自覚も無い後継者は、一年生の仲まどかと二人の部員。

 唖然、呆然、わたしが密かに名付け、本人たちもそう自覚してはばからない憚らないタヨリナ三人組……。

 しかし、ズッコケながらも感じていた。

 仲まどかという神官は案外ホンモノかもしれない。

 だから、この新生乃木高演劇部に手を貸すべきかという峰岸クンの当然すぎる申し出に、こう答えておいた。

「否(いな)」

 ただ、わたしの中には、まだ迷いがあった。

 本当の神官は芹沢潤香かもしれない。しかし潤香は意識不明の闇を彷徨っている。とりあえずは見守っているしかない。わたしはすでに神官ではない……それだけははっきりしていたから。

 昨日、理事長からスマホに写真が送られてきた。

―― この子たちは、こんなに大きな『幸せの黄色いハンカチ』を掲げて待っております ――

 泣かせるコメントが付いていた。

―― この子たちが待っているのは「神」です。この子たちは神官です。そして、わたしは神殿を出てしまった元神官にすぎません ――

 わたしは、そう返事しておいた。

 折り返しご返事が返ってきた。

―― 了 ――

 電信文には、この一文字だけが書かれていた。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母 兄 祖父 祖母

 

 

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・50『 罠 』

2022-12-11 07:18:38 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

50『 罠 』  

 

 

 罠だとは分かっていた。


 理事長に会った明くる日、バーコードに呼び出された放課後の校長室。

 普通教室まる一つ分のスペースには、校長用の大きな机と、指導要録なんかの重要書類の入った金庫。それに、応接セットを置いても半分のスペースが残る。そこには大きなテーブルが十数個の肘掛け付き椅子を従えて鎮座している。運営委員会など、学校の重要な小会議が開けるようになっている。

 校長や教頭が保護者や教師に「折り入っての話し」をする時にも使われる。

 バーコードは、その折り入ってのカタチでわたしを呼び出した。

「失礼します」

 ノックと同時に声をかける。ややマナー違反だが構わないだろう。

「どうぞ」

 返事と同時にドアを開けた。

 バーコードは、わざとらしく観葉植物のゴムの木に水なんかやっていた。観葉植物の鉢の受け皿には、五分目ほども水が溜まっている。 

 罠にかける緊張から、水をやりすぎていることにも気づかない。分かりやすい小心者だ。

「いやあ、お忙しいところすみませんなあ」

 バーコードは鷹揚に応接のソファーを示した。

 バーコードが座ったのは、いつも校長が座る東側のソファー。背後の壁には歴代校長のとりすました肖像画や写真が並んでいる。バーコードが、初代校長と同じポーズで座っているのがおかしかった。

「実は、この度の件、早く決着させておこうと思いましてね。いや、今回の度重なる事故は、先生の責任ではないことは重々承知しております。校長さんも気の毒に思っておいでです。今日は校長会で直接お話できないので、くれぐれも宜しくとのことでした」

「緊急の校長会なんですね。定例は奇数月の最終土曜……来週三十日が定例ですよね」

「え……あ、いや。なんか都合があったんでしょうな」

―― そちらの都合でしょうが ――

「申し上げにくいことですが、今回の件につきましては、残念ながら、くちさがない噂をする者もおりまして……」

―― だれかしら、その先頭に立っているのは ――

「で、理不尽とお感じになるかもしれませんが、そういう者たちの気持ちもなだめにゃならんと……なんせ、職員だけでも百人近い大所帯ですからなあ……」

「みなまでおっしゃらないでください。間に入って苦労されている教頭先生のお気持ちも分かっているつもりです」

「貴崎先生……」

「わたしに非がないと思って庇ってくださる先生のお言葉は、身にしみてありがたいと思っています。しかし噂が立つこと自体わたしに甘えや、日頃の行いに問題があるからだと思います。生徒二人を命の危険に晒したことは、やはり教師としての資質の問題であると感じています」

「貴崎先生、そんなに思い詰められなくても……」

「いいえ、やはりこれはケジメをつけなければならないことだと思います。一義的には、生徒を命の危険に晒したこと。二義的には、学校の名誉を傷つけてしまったこと。そして、もう一つ。わたし自身のためにも……ここで、教頭先生のお言葉に甘えて自分を許してしまっては、ろくな教師……人間になりません。どうか、これをお受け取りください」

 わたしは懐から封筒を出して、そっとバーコードの前に差し出した……校長の机の上に不自然に置かれた万年筆形の隠しカメラのフレームに封筒の表が自然に見えるように気を配りながら。

 封筒の表には「辞表」の二文字が書かれている。

 バーコードは、一呼吸おいて静かに、しかし熱意をこめてこう言った。

「いや、これは。あ、あくまでもくちさがない者どもの気を静める為だけの方便でありますから、理事会のみなさんにお見せして、そのあと直ぐに却下という運びになろうかと、どうかご安心して、ご自宅で待機なさっていてください」

「ご高配、ありがとうございます……」

 と言って、わたしも一呼吸置く……バーコードが演技過剰で、カメラに被ってしまう。

 わたしは、腰半分窓ぎわに寄り、臭いアドリブをカマした。

「こうやって、わたしの心は、やっとあの青空のように晴れやかになれるんです……」

「貴崎先生……貴女のお気持ちはけして忘れはしませんぞ!」

 感極まったバーコードはわたしの手を取った(気持ち悪いんだってば、オッサン)

「では、これで失礼します」

 カメラ目線にならないように気をつけながら、わたしは程よく頭を下げた。

 カメラのアングルの中に入っているので、部屋を出るまで気が抜けない。

 ドアのところで振り返り、トドメの一礼をしようとしたら、バーコードが、またゴムの木に水をやっているのが目に入った。

「教頭先生……水が溢れます」

「ワ、アワワワ……」

 と、バーコードが泡を食ったところでドアを閉めた。

 あれだけ、台詞の間を開けてやれば動画の編集もやりやすいだろう。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母 兄 祖父 祖母

 

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・49『メリークリスマス……』

2022-12-10 07:15:34 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

49『メリークリスマス……』  

 

 

「わたし、八月に一度戻ってきたじゃない」

「うん、あとで聞いて淋しかったよ。分かってたら、クラブ休んだのに」

「あれは、わたしのタクラミだったの。だれにも内緒のね……旅費稼ぐのに、エッセーの懸賞募集まで応募したんだよ」

「さすが、はるかちゃん!」

「でも、わたしって、いつも二等賞以下の子だから」

「乃木坂でも準ミスだったもんね。じゃ二等賞?」

「フフ……三等賞の佳作。賞金二万円よ。これじゃ足んないから、お母さんがパートやってるお店のマスターにお金貸してもらってね。むろんお母さんには内緒でね」

 はるかちゃんは、二つ目のミカンを口にした。さっきより顔が酸っぱくなった。

「帰ったお家に黄色いハンカチは掛かってなかった……」

「じゃ……」

 わたしもミカンを頬ばった。申しわけないほど甘かった。

「機械と油の匂いが……うちは輪転機とインクの匂いだけど、しなかった。その代わりに……あの人がいた」

 はるかちゃん、遠くを見る目になった。その隙にミカンをすり替えてあげた。

「あの……その……」

「今は、うまくいってるよ……当たり前じゃない、そうでなかったらここに戻ってこられるわけないでしょ。今は秀美さんのこと東京のお母さんだと思ってる」

 はるかちゃんは涙目。でも、しっかり微笑んでる。

「ところで、まどかちゃん。あんた演劇部うまくいってないんだって?」

 すり替えたミカンは、やっぱ酸っぱかった。

「二十九人いた部員……四人に減っちゃって」

「乃木坂の演劇部が、たったの四人!?」

「潤香先輩は入院中。で、残りの三人はわたしと、二階で寝てるあの二人……」

「そうなんだ……やっと、おまじないが効いたみたい。甘くなってきた」

 はるかちゃんのミカンが甘くなったところで、ここに至った経緯を、かいつまんで話した。

 相手がはるかちゃんだったので心のブレーキが効かなくなって、涙があふれてきた。

「そう……まどかちゃんも大変だったのね」

「マリ先生は辞めちゃうし、倉庫も焼けて何にも無しだし……部室も、年度末までに五人以上にしなきゃ出てかなきゃなんないの」

「そうなんだ……でも、やってやれないことはないと思うよ」

「ほんと……?」

「うん。だって、うちのクラブね、たった五人で府大会までいったんだよ。それも五人たって、二人以外は兼業部員と見習い部員」

「ん……兼業部員?」

「うん。他のクラブや、バイトなんかと掛け持ちの子」

「じゃ、見習い部員てのは……?」

「わ・た・し」

「はるかちゃん、見習いだったの?」

「うん、わたしは夏頃からは正規部員になりたかったんだけど、コーチが頑固でね。本選に落ちてやっと正規部員にしてもらったの」

「なんだか、わけ分かんない」

「でしょうね。語れば長いお話になるのよ……ね、これからはパソコンとかで話そうよ。カメラ付けたらテレビ会議みたく顔見ながら話せるし」

「うん。やろうやろう……でも……」

「ハハ、自信ないんだ。ま、無理もないよね。天下の乃木高演劇部が、実質三人の裸一貫だもんね」

「うん、だから今日はヤケクソのクリスマスパーティー」

「でも、まどかちゃんのやり方って、いいセンいってる思うよ」

「ほんと?」

「うん。今日みんなで『幸せの黄色いハンカチ』観たのって大正解」

「あれって、さっきも言ったけど、テーブルクロス洗って干してたら、理事長先生に言われて……」

「意味わかんないから、うちのお父さんからDVD借りて……で、感動したもんだから。あの二人にも観せようって……でしょ?」

「うん、景気づけの意味もあるんだけどね」

「次のハルサイの公演まで、五ヶ月もあるんでしょ?」

「うん、上演作品決めんのは、まだ余裕なんだけどね。それまで何やったらいいのか……」

「今日みたくでいいんだよ。お芝居って、演るだけじゃないんだよ。観ることも大切なんだ……お芝居でなくてもいい、映画でもいいのよ。いい作品観て自分の肥やしにすることは、とても大事なことなんだよ。だって、そうでしょ。野球部やってて、野球観ないやつなんている? サッカーの試合観ないサッカー部ってないでしょ」

「うん、そう言われれば……」

「演劇部って、自分じゃ演るくせに、人のはあんまり観ないんだよね」

 コンクールでよその学校のは見てたけど、あれはただ睥睨(へいげい=見下す)してただけだもんね。

「芝居は、高いし。ハズレも多いから今日みたく映画のDVDでいいのよ。それと、人の本を読むこと。そうやってると、観る目が肥えるし。演技や演出の勉強にもなるのよ。それに、なによりいいものを演りたいって、高いテンションを持つことができる!……って、うちのコーチの受け売りだけどね」

「じゃあ、今日『幸せの黄色いハンカチ』観たのは……」

「うん、自然にそれをやってたのよ。まどかちゃん、無意識に分かってたんだよ!」

「はるかちゃん……!」

 二人同時にお盆に手を出して気がついた。

 ミカンがきれいになくなっていること。ふたりとも口の周りがミカンの汁だらけになっていること……二人で大笑いになっちゃった。

 はるかちゃんがポケテイッシュを出して口を拭った。

「はい、まどかちゃんも」

 差し出されたポケティッシュにはNOZOMIプロのロゴが入っている。

「あ、これってNOZOMIプロじゃない」

「あ……あ、東京駅でキャンペーンやってたから」

 その時、はるかちゃんの携帯の着メロが鳴った。

 画面を見て一瞬ためらって、はるかちゃんは受話器のボタンを押した。

「はい、はるかです……」

 少し改まった言い方に、思わず聞き耳ずきん。

「え……あれ、流れるんですか……それは……はい、母がそう言うのなら……わたしは……はい、失礼します」

 切れた携帯を、はるかちゃんはしばらく見つめていた。

「どうかした……?」

「え、ああ……まどかちゃん」

「うん……?」

「相談にのってくれるかなあ……」

 この時、はるかちゃんは、彼女の一生に関わるかもしれない大事な話しをしてくれた。

 ポケティッシュは、東京駅でのキャンペーンなんかじゃなかった。

 わたしは、ただびっくり。まともな返事ができなかった。

 ただ、ミカンの柑橘系の香りとともに、わたしの一生の中で忘れられない思い出になった。


 はるかちゃんが三軒となりの「実家」に帰ると、入れ違いに兄貴が帰ってきた。


「だめじゃないよ、雪払わなくっちゃ」

「あ、ああ……」

 兄貴は、意外と素直に外に出て、ダッフルコートを揺すった。いつもなら一言二言アンニュイな皮肉が返ってくるのに。

「兄ちゃん……」

 兄貴は、なにも答えず明かりの消えた茶の間に上がって、そのまま二階の自分の部屋に行く気配。

 兄貴らしくもない、乱暴に脱ぎ捨てた靴。

 それに、なにより、今見たばかりの頬の赤い手形……。

 兄貴は、どうやらクリスマスデートでフライングしたようだ。

 再建が始まったばかりのわたしたちの演劇部。フライングするわけにはいかない。

 一歩ずつ、少しずつ、しっかりと歩き出すしかないのよね……。

 兄貴が閉め忘れた玄関を閉めにいく……表は、東京では珍しい大雪が降り続いていた。

「メリークリスマス……」

 静かに、そう呟いた……忠クンの顔が浮かんで、ポッっと頬が赤らむ。

 ワオーーン 

 それを聞きとがめるように、ワンコの遠吠えがした。

 わけもなくウロタエて、わたしは身震い一つして玄関の戸を閉めました……。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・48『大雪のクリスマス』

2022-12-09 07:00:29 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

48『大雪のクリスマス』  

 

 

 

 松竹の富士山がド-ンと出て映画が始まった。やっぱ五十二型は迫力が違う。


 網走刑務所の朝から幕が開く。


 健さん演じる島勇作。彼の葛藤の旅路がここから始まるのだ。

 網走駅前で、ナンパしている欣也、されている朱美に出会って旅は三人連れになる。

 互いに、助け、助けられ。あきれ、あきれられ。泣いて、笑って。そうしているうちに三人の距離は縮まっていく。

 そして、勇作を待っている……待っているはずの(いつか、欣也と朱美という二人の若者の、観客の願望になる)妻との距離が……。

 そして、見えてきた……夕張の炭住にはためく何十枚もの黄色いハンカチが!

 それは約束のしるし、あなたを待ち続けているという妻の心にいっぱいはためく愛のしるし!

 エンドロールは、涙で滲んでよく見えない……。

 バスタオルがあってよかった、ティッシュだったら何箱あっても足りないもん。


 そのあと、二階のわたしの部屋でクリスマスパーティーを開いた。

 むろん、はるかちゃんも一緒。

 六畳の部屋に四人は窮屈なんだけど、その窮屈さがいいんだよ(^_^;)。

 あらためて、はるかちゃんに二人を、二人にはるかちゃんを紹介した。もう互いに初対面という感じはしないようだ。同じ映画を観て感動したってこともあるけど、わたし自身が双方のことを話したり、メールに書いていたりしていたしね。

 クラブのことはあまり話さなかった。いま観たばかりの映画の話や大阪の話に花が咲いた。

 同じ日本なのに、文化がまるで違う。

 例えば、日本橋という文字で書いたら同じ地名。東京じゃニホンバシと読み、大阪ではニッポンバシ。むろんアクセントも違う。

 タコ焼きの食べ方の違いも愉快だった。東京の人間は、フーフー吹いて冷ましながら端っこの方からかじっていくように食べる。大阪の人間は熱いまま口に放り込み、器用に口の中でホロホロさせながら食べるらしい。それでさっき、はるかちゃん食べるの早かったんだ。はるかちゃんは、すっかり大阪の文化が身に付いたようだ。

 それから、例の『スカートひらり』の話になった。このへんから里沙と夏鈴は聞き役、わたしと、はるかちゃんは懐かしい共通の思い出話になった。

「あ、寝ちゃった……」

 小学校のシマッタンこと島田先生の話で盛り上がっている最中に、里沙と夏鈴が眠っていることに気がついた……。


 二人にそっと毛布を掛けて、わたし達は下に降りた。


 茶の間では、さっきの宴会の跡はすっかり片づけられ、おばあちゃんとお母さんがお正月の話の真っ最中。お父さんは、その横で鼾をかいていた。おじいちゃんは早々に寝てしまったようだ。

「遅くまですみません」

「ううん、まだ宵の口だわよ。あんたたちもこっちいらっしゃいよ」

 お母さんが、炬燵に変わった座卓の半分を開けてくれた。

「あの、よかったら工場で話してもいいですか?」

「構わないけど、冷えるわよ」

「わたし、工場の匂いが好きなんです。わたしんち、工場やめて事務所になっちゃったでしょ。まどかちゃんいい?」

「うん、じゃ工場のストーブつけるね」

 わたしは工場の奥から、石油ストーブを持ってきて火をつけた。

「あいよ……」

 おばあちゃんが、ミカンと膝掛けを持ってきて、そっとガラス戸を閉めてくれた。

「懐かしいね……この機械と油の匂い」

「……はるかちゃん、ほんとに懐かしいのね?」

「そうだよ。なんで?」

「なんか、内緒話があるのかと思っちゃった」

「……それもあるんだけどね」

 はるかちゃんは、両手でミカンを慈しむように揉んだ。これもはるかちゃんの懐かしいクセの一つ。このおまじないをやるとミカンが甘くなるそうだ。

「……う、酸っぱい」

 おまじないは効かなかったようだ。

「フフ……」

「その、笑うと鼻がひくひくするとこ、ガキンチョのときのまんまだね」

 半年のおわかれが淡雪のように溶けていった。溶けすぎてガキンチョの頃に戻りそう……。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・47『匂いの正体』

2022-12-08 07:48:18 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

47『匂いの正体』  

 

 

 茶の間に入って、匂いの正体が分かった。

 真ん中の座卓の上で二鍋のすき焼きが頃合いに煮たっている。

 その横の小さいお膳の上でタコ焼きが焼かれている……そして、かいがいしくタコ焼きを焼いているその人は……。

「はるかちゃん……!」

「……まどかちゃん!」

 ハッシと抱き合う幼なじみ。わたしは危うくタコ焼きをデングリガエシする千枚通しみたいなので刺されるとこだった……これは、感激の瞬間を撮っていたお父さんのデジカメを再生して分かったこと。

 みんなの笑顔、拍手……千枚通しみたいなのが、わたしが半身になって寄っていく胸のとこをスレスレで通っていく。お父さんたら、そこをアップにしてスローで三回も再生した!

 半身になったのは、いっぱい人が集まって茶の間が狭いから。思わず我を忘れて抱き合ったのは、お父さんがわたしにも、はるかちゃんにもナイショにして劇的な再会にしたから。

 これ見て喜んでるオヤジもオヤジ。

「まどかの胸が、潤香先輩ほどあったら刺さってた」

 しつこいんだよ夏鈴!

 もし刺さっていたら、この物語は、ここでジ・エンドだわよ!

 すき焼きの本体は一時間もしないうちに無くなちゃった。鍋一つは、わたし達食べ盛り四人組でいただきました。

「さて、シメにうどん入れてくれろや」

 おじいちゃんが呟く。

「おまいさんは、日頃は『うどんなんて、ナマッチロイものが食えるか』って言うのに、すき焼きだけはべつなんだよね」

 おばあちゃんが、うどんを入れながら冷やかす。

「バーロー、すき焼きは横浜で御維新のころに発明されてから、シメはうどんと決まったもんなんだい。何年オイラの女房やってんだ。なあ、恭子さん」

 振られたお母さんは、にこやかに笑っているだけ。

「お袋は、そうやってオヤジがボケてないか確かめてんだよ」

「てやんでい、やっと八十路の坂にさしかかったとこだい。ボケてたまるかい。だいたい甚一、おめえが還暦も近いってのに、ボンヤリしてっから、オイラいつまでも気が抜けねえのよ」

「おお、やぶへび、やぶへび……」

「なあ、サブ……あ、もう成仏してやがる」

 サブっていうのは従業員の柳井のおいちゃん。ずっとうちにいてくれている最後の集団就職組。

「はい、焼けました」

 ドン

 はるかちゃんが八皿目のタコ焼きを置いた。

「はるかちゃんのタコ焼きおいしいね」

 お母さんが真っ先に手を出す。

「ハハ、芋、蛸、南京だ」

 おじいちゃんの合いの手。

「なんですか、それ?」

 夏鈴が聞く。

「昔から、女の好物ってことになってんの。でも、あたしは芋と南京はどうもね……」

 おばあちゃんの解説。里沙が口まで持ってきたタコ焼きを止めて聞く。

「どうしてですか。わたし達、お芋は好きですよ」

「そりゃ、あんた、戦時中は芋と南京ばっかだったもの」

「ポテトとピーナツですか?」

 ワハハハハ(^O^)(^Д^)(≧▽≦)

「え? え?」

 ひとしきり賑やかにタコ焼きを頂きました。

 はるかちゃんが一番食べるのが早い。さすがに、タコ焼きの本場大阪で鍛えただけのことはある。

 そうこうしてるうちに、おうどんが煮上がって最後のシメとなりました。

「じゃ、ひとっ風呂入ってくるわ。若え女が三人も入ったあとの二番風呂。お肌もツヤツヤってなもんだい。どうだいバアサン、何十年かぶりで一緒に入んねえか?」

「よしとくれよ。あたしゃこれからこの子たちと一緒に健さん観るんだよ」

 おばあちゃんが水を向けてくれた。

「え、茶の間のテレビで観てもいいの?」

 それまで、食後は、わたしの部屋の22型のちっこいので観ようと思っていた。それが茶の間の52型5・1チャンネルサラウンド……だったと思う。ちょっとした映画館の雰囲気で観られるのだ!

 

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