せやさかい・006
今日はクラス写真を撮った。
本館前の時計塔の前。三段のアルミの雛壇をギシギシいわせながら出席番号順に並んでいく。
写真屋さんの方から見て、左が男子で右が女子。その間に時計塔がニョキッと聳えていてて絵柄がいい。
入学から三日目ともなると、適度に緊張もほぐれてきて、天気もええし、ええ写真が撮れる予感。
酒井のわたしは、二列目、榊原さんと並んで立つ。写真屋さんが慣れた口調で、みんなの立ち位置を調整、担任の菅井先生は名簿を見ながら順番を確認してる。榊原さんは、撮る前からモジモジしてる。
「だいじょうぶ、こんなん、直ぐに終わるよ」
小声で元気づける。
「ちがうの、校門のとこに、変な男の人……」
あ……。
校門は閉じられてるねんけど、門の外で腕組みしてニヤニヤしてる眼鏡のオッサンがおる。
なんや、ゲゲゲの鬼太郎に出てくるキャラみたい。ねずみ男的カテゴリーに入る感じ。
「変質者ちゃうやろか……」
真ん中へんにおるんで、榊原さんの呟きは前後左右の女子にも聞こえた感じ。
「え?」「あれ」「あ」「ほんま」「変質者?」「ちょ」「キモイ」「こわ」
女子を中心に呟きが広がる。
「喋らんと、カメラに集中!」
菅井先生が怒る。怒ってる時とちゃう、あんなオッサン居ったら集中でけへん。それに、変質者やったらなにしよるや分からへん。ネットで見た学校関係の事件、特に侵入者が殺戮の限りをいたした事件が頭をよぎる! たいていはアメリカとかやけど、日本でもけっこうあるんや! 事件の凄惨な写真やあれこれが頭をよぎる!
「校門には鍵かかってないよ」
「ほんま!?」
「うん、遅刻してきた時、掛かってなかったもん」
ヤバイ! 校門からここまでは三十メートルもあれへん、あたしらは雛壇に密集してて、真ん中へんに居てるうちらは逃げ遅れそう、オッサンが凶器とか持って入ってきよったら、ぜったい犠牲者が出るでえ!
「先生、あのオッサン、ヤバない?」
「ああ……?」
先生は、初めて気ぃついて、体を捻って校門の方を向いた。
すると、オッサンは門をゴロゴロ開いて敷地の中に入ってきよった!
キャーー!
榊原さんが叫んでしがみ付いてきた。その恐怖はあっと言う間に伝染して、雛壇のみんなが逃げ始めた!
「ちょ、榊原さん。うちらも逃げんと!」
言うねんけど、前列と後列の雛壇に挟まれて、直ぐには逃げられへん。視界の端に侵入者のオッサンがゾンビみたいに両手をあげて威嚇しとる!
「あ、和泉先生」
のどかに言うたんは学年主任の春日先生。菅井先生は、オタオタするばっかり。
春日先生はオッサンに近寄ると一言二言。オッサンは上げた手ぇを後ろにまわして頭を掻いとる。
「あれは、この三月に定年退職しはった和泉先生や。離任式に出てはったやろ」
あたしらは、新入生で離任式には出てないんですけど!
春日先生が戻ってきて、オッサン……和泉先生は残ってた荷物を取りにきはっただけやと言うことが分かった。
榊原さんは、また落ち込んでしもた。
落ち込んだ榊原さんに気ぃのまわる担任やない。
机に突っ伏してる榊原さんを放っておくこともでけへん。このまま放っといたら、連休を待たずに登校拒否になるかもしれへん。
変な慰めは逆効果になるのんは、この十二年……いや、十三年の人生でも、よう分かってる。自然なかたちで声かけならあかん。
「榊原さん、あんたが感動した桜て、どこにあるのん?」
我ながら、自然な語り掛けができたと思う。
「あ、それはね!」
榊原さんはガバっと顔を上げた。立ち直りが早い。
オリエンテーションが終わって下校、わたしは榊原さんと『遅刻の桜』を見に行くことになった。
ちなみに『遅刻の桜』というのは、榊原さんが自分で付けた名前。
「こっちの角を曲がってね……」
「こっち?」
「ほら、あれ!」
「あ……」
見つけてビックリした。
それは、うちの山門脇にある、あの桜やったさかいに……。
☆・・主な登場人物・・☆
- 酒井 さくら この物語の主人公 安泰中学一年
- 酒井 歌 さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。
- 酒井 諦観 さくらの祖父 如来寺の隠居
- 酒井 諦一 さくらの従兄 如来寺の新米坊主
- 酒井 詩 さくらの従姉 聖真理愛女学院高校二年生
- 酒井 美保 さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
- 榊原留美 さくらの同級生
- 菅井先生 さくらの担任
- 春日先生 学年主任
- 米屋のお婆ちゃん