時 百年後
所 関西州と名を改めた大阪
登場人物
好子 十七歳くらい
ロボット うだつの上がらない青年風
まり子 好子の友人
所長 ロボットアーカイブスの女性所長
里香子 アナウンサー(元メモリアルタウンのディレクター)
チャコ アシスタントディレクター
ややあって里香子が百年前の女子高生の制服にマイクを持ち、無対象の自転車を曳いてあらわれ、舞台奥で自転車を止める。
カシャンとスタンドをたてる音がする。
ADのチャコが息を切らせてやってくる。携帯端末(以下ポッド)を手に、里香子と同じ制服姿。
チャコ: 先輩! 里香子先輩! 大変、大変!
里香子: どうしたの。リボン曲がってるよ。
チャコ: モデムがいかれちゃって(携帯端末をミラーモードにして、リボンを直す)
里香子: え。サーバーと切れてんの?
チャコ: いま、ヤマさんが必死で直してます。
里香子: だって舞台はちゃんと……(客席への階段を数段降りてみる)。あ、やだー、まるっきりの裸舞台じゃん!(舞台にもどる)でも、舞台じゃちゃんと見えてるわよ。
チャコ: 舞台用のモデムは生きてるんです。
里香子: あげる(缶コーヒーをチャコに渡し、スマホによく似たポッドを出す)ヤマちゃん、直せる……わかった。
チャコ: でも先輩、なんでわたしたちまでこんなコスプレしなきゃいけないんですか。
里香子: しかたないでしょ。制作費安いんだから。それにロードしてるセットはメモリアルタウンのだから、規定で昔のコスじゃないと入れないの。
チャコ: でも、ナニでしょ、ここ……。
里香子: どうせ出戻りの局アナ。でもね、このメモリアルタウンには命かけたのよ。
チャコ: わたし、好きですよ。この百年前の町。
里香子: ちょっとチグハグなとこもあるけどね。モデルが、「サザエさん」と「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」それにちょこっと「おかみさん、時間ですよ!」
チャコ: それ知りません。
里香子: ほら、あそこの煙突。「松ノ湯」って書いてあるでしょ。
チャコ: ああ……煙突にだれか登ってますね。
里香子: ああ、堺正章。その向こうに「じゃりン子チエ」の横丁があるの。大阪も東京も埼玉もごっちゃ。
チャコ: 埼玉って?
里香子: ああ、今は関東州に飲み込まれてる。ここいらも昔は大阪府っていったんだよ。
チャコ: 地歴で習いました。八十年前に関西州になったんですよね。
里香子: この制服も百年前に廃校になった大阪府立商業の制服なんだよ。
チャコ: 名門校だったんですね。
里香子: わたしのひい婆ちゃんが通ってたの。で、そのころの写メをもとにレプリカつくったの。シックで評判よかったんだよ。もっとも、廃校になってからだけどね。いいものは止めてから評価されるってか(無意識に缶コーヒーを取り、飲む)ん……ごめん。
チャコ: あ、いいえ。でも、なんか乙女チックになりますね。どうして評価しなかったかなあ、これを。でも、これ着て、あの大阪弁てへんてこな言葉使ってたんですね。「なに言うてはりまんねん。いてこましたろか」(アクセントがめちゃくちゃ)
二人: アハハハ……(チャコ、飲んでみて空、ため息をついて空き缶をゴミ箱に捨てる)
里香子: 方言ってなくなっちゃったからね。
チャコ: ……そろそろ時間ですよ(ポッドで確認)
里香子: ヤマちゃん、まだ? え、舞台のモデムと交換!? だめだよ、こっちは規格が違うし……前の失敗が今度の企画に? 笑えないよ、それって。それに、こっちまでいかれたら役者が動けなくなっちゃうよ。え、お客さんのポッドでモデムに? そんな高性能なポッド持ってる人なんかいない……。
チャコ: あ、音響もアウトだって!
里香子: え、音響も!?
チャコ: どうすんですか?
里香子: 音響をアカペラで……?
チャコ: それって……。
里香子: その方が風情が……もう、なんだと思ってんのよアナウンサーを!
チャコ: 先輩。二十秒前!
里香子: あの子……役者にも言っといてね。
チャコ: はい、じゃあ。グッドラック!(チャコ、里香子の真剣な目に気づき黙礼して去る)。
里香子: あ、十秒前(さっと会場を見渡す)五、四、三、二……みなさんこんにちは。司会の武藤里香子です。このたびメモリアルタウンからこのNOBCにもどってまいりました。NOBC、なんの略称かご存じでしょうか、ニホン、オオサカ、バンバチョウノ、チョウナイカイ……ハハハ、ウソですよ。でもこのシャレの中には、今では死語になった大阪という地名が入っています。この二十二世紀、私たち日本人は前世紀に多くの苦難を乗り越えて、新しい文化を手に入れました。スカイツリーに始まり、リニア新幹線、多目的携帯端末Jポッド。本日は、私どもの不手際でモデムが故障しまして会場のみなさんには何もない裸舞台に見えていると思います。まことに申しわけございません。もし最新型のJポッドXをお持ちの方がいらっしゃいましたら、NOBCにリンクしてくださいませ。この懐かしの昭和や平成・令和の町並みを再現しましたメモリアルタウンの舞台をご覧になれます。テレビをごらんのみなさんには中継車のモデムが生きておりますので、きれいな3Dの映像が届いていると存じます。さて……私たちが二十二世紀になって手に入れたものにロボット、アンドロイドがございます。皆さんの中にもアンドロイドといっしょにご覧の方もいらっしゃるかと存じます。この新しいパートナーは私たちの生活を助けてくれ、また癒してもくれます。しかし、私たちはこの新しいパートナーとの関係をまだ十分には築けていないのではないでしょうか。昨今ロボットやアンドロイドをめぐってのトラブルが増えてきました。そこにはわたしたちが便利さや快適さと引き替えに、前世紀に置き忘れてきた何かを象徴するものがあるような気がします。そんな問題というか、心のトゲを、実話をもとに、劇場中継という放送の原点に立ち返えり、このメモリアルタウンを舞台に再現してみました。会場の皆さん。テレビをごらんの皆さんもごいっしょにお考えいただければ幸いです(礼をして退場)。