ひょいと自転車に乗って・20
輝さんの身に異変がおこるようになったんだそうだ。
もともとは怪談とかオカルトとかは縁のない人で、もちろん幽霊なんか見たこともない。 それが、生まれて初めて金縛りになるようになった。
ウトウトすると、薄い意識の中、何かが近づいてくる。 これは変だと思って、身体を起こそうとするがピックとも動かせない。そして、その何かが直ぐそばまでやってくる実感。 なんとも怖くてジタバタ身もだえして、怖さがマックスになり、胸がはじける寸前になって爆発する。
ウワーーーー!!
そう叫んで目が覚める。 そんなことが数回続いて、畑中の小父さんも小母さんも学校の先生も大変なことだと思うようになった。
ウツラウツラしていた輝さんが、いきなりガクッとなったかと思うとキングコングに出くわしたヒロインみたいに叫ぶ。家の茶の間だろうが授業中の教室だろうがお構いなし。
学校というのは幽霊とかは信じないことになっている。教育に宗教を持ち込んではいけないという戦後教育の方針が、いつの間にか幽霊なんかは存在しない、考えてもいけないということになって、輝さんは神経衰弱というかノイローゼだろうということで、カウンセリングに掛けられる。ぜんぜん症状がよくならずに、輝さんの体重は十キロ以上も減り、目はクマに縁どられ、肌はカサカサ、息も絶え絶えになり、思い余った畑中の小母さんは伝手を頼って、ある霊能者に相談した。
「すぐに、本人を連れてきなさい」
そう言われた小母さんは、二回めに輝さんを連れて行った。
「小さな男の子が憑いています……悪い子じゃないが、娘さんは鈍感、エヘン、感じにくい体質なので、その子の姿も見えず声も聞こえない。それで、その子は焦れている。このままでは命にかかわることになるわね……その子には申し訳ないけど除霊しましょう」
「やっていただけるんですか?」
「これは輝美さん本人がやらなければ効き目が無い。教えて上げるから、自分でやってごらんなさい」
そう言われて、輝さんは実行した。
霊能者に教えられたまま、塩と水を体育館に持ち込んで、ひたすらお願いをした。
――わたしには、あなたの声を聞いたり姿を見る力がありません。このままでは、わたしは衰えて死んでしまいます。せっかく頼りにしてくれたのにごめんなさい、わたしから離れてください、ほんとにごめんなさい――
そうやって手を合わせていると、その子がボンヤリと見えてきた。
――ごめんね、輝ちゃんを困らせるつもりはなかったんだよ。いつか通じると思って、ずっと話しかけていたんだ。もう困らせるようなことはしないよ――
――あ、でも、今は、あなたのこと分かるわよ――
――力を振り絞ってるからね。これが終わったら、もう話せなくなる。もう三十秒ほどかな……どうか僕の顔をよく見ておいて、そして覚えてもらえたら、それでいいよ――
――うん、うんうん、こんなに可愛い男の子だったんだね。しっかり覚えておくわよ、あ、顔背けたらあかんでしょ――
――やっぱり照れてしまう(〃▽〃)ポッ――
――うん、顔は覚えた。名前は?――
――その前に、輝ちゃんが幸せになれるようにお祈りさせて――
男の子は、手を合わせて、なにやらお祈りを始めた。でも時間が迫ってきたのだろう、お祈りを止めて、いよいよ名前を言おうとした。
――ぼくの名前は、イ……――
そこまで言って、男の子は溶けるように消えてしまった。
「ファイナルファンタジーでティーダが消えていくとこみたいやったわ……」
輝さんは、とても寂しそうな顔をした……。