大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・131『太秦あたり・2』

2020-02-21 16:26:13 | 小説

魔法少女マヂカ・131  

『太秦あたり・2』語り手:マヂカ 

 

 

 気配だけが巨大な圧となって北斗と外から北斗を守護する我々正魔法少女に押し寄せる。

 決壊寸前の巨大なダムの前に居るようだ。

 

 一人一人の能力が高くとも、数万、いやそれ以上の忍者たちの一斉攻撃と、千数百年溜めこまれた弥勒菩薩の法力が解放されてはどうにもならない。

「そんなに、あのミロクというのは凄いのか?」

「やせっぽちの小学生くらいにしか見えないけど……」

 ブリンダはアメリカ、サムはカオスの魔法少女だ。百鬼夜行のようなオタク妖怪は分かっても、千数百年の昔から祀られている弥勒のことは計りかねるのだろう。

「弥勒は、京の都が沼地であった頃から住んでいる。都は渡来人の秦氏(はたし)が一族の総力を挙げて桂川を飼いならし、水を抜いて人が住めるようにした土地だ。秦氏は、それを惜しげもなく桓武天皇に差し出して、この千年の都が作られたのだ。桓武天皇は、秦氏に報いようとしたが、秦氏の希望は広隆寺一つ建てることだけだった。秦氏の真の狙いは、分からぬままに現在(いま)に至っている」

「マジカ、太秦って、太い秦って書くのよね」

「太というのは大の美称なのよ、桓武天皇は無欲な秦氏に報いようと姓の上に『太』を付けて太秦としたのだ。あの、弥勒の微笑は底が知れない……」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ ゴゴゴゴゴゴゴゴ ゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

「なんだ!?」

 北方の化野の方角から、赤々と炎をまとった車たちが押し寄せてきた。

「牛と馬の化け物!」

「ケンタウロスとミノタウロス!?」

「違う、牛頭と馬頭……地獄の車引よ。地獄の底から湧いて出たゴミどもよ」

「あいつらも様子見か!?」

「カギを握っているのは弥勒……」

 ブリンダもサムも西と北からの圧を受けて暴発寸前だ、このままでは、二人のどちらかが耐え切れずにフライングしかねない。

「弥勒と話しを付けてくる、二人とも、徴発にのったりしないで」

「あ、ああ」「うん」

 二人に念を押し、広隆寺までジャンプしようとした時、ソヨリと弥勒の指先が動いた!

「来るぞおおおおおおおおお!!」

 万余の忍者と牛頭馬頭ども堰を切ったように襲い掛かってきた!

 こうなると、敵にも味方にも言葉は通じない。

 正魔法少女三人は、数百年、千数百年鍛え上げた魔法少女、戦乙女の裂ぱくの雄たけびを上げて突きかかるだけだああああああ!!

 セイイイイイイイ! ドゥオオオオオオオ! オリャアアアアアアア!

 それぞれの得物を手に一閃!二閃! 瞬時に数百の忍者と牛頭馬頭を車ごと粉砕! 撃滅!

 敵どもは一度は足を止めるが、刹那の後に、大旋回しながら車掛かりに攻め込もうとする!

 我々は、無言のうちに三人背を寄せ合って守りを固める。下方では北斗が停車している。今のところ北斗に手が回っていないのが救いだ。

「正面を突破して、活路を!」

「やってみるか」

「うん」

 三人力を合わせたところで異変が起こった。

 バキ! バキボキ! ボキバキビキバキバキバキ!

 なんと、牛頭馬頭たちの車の車軸が一斉に折れだしたのだ。

「いったい、なにが起こっているのだ!?」

 忍者たちも異変を恐れて映画村の上空に引いていく。

 

「いやあ、遅くなってごめんねえ(^_^;)」

 

 レールの上空に巫女服のメイドがキラキラのエフェクトをスパークさせながら出現した。

「メイドか?」

「アキバの定番?」

「バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン一世 、アキバなら、先生の専門でしょ、あれはなに!?」

『巫女服というのはゲームとかラノベの世界にあるものでな、実際のアキバではコスプレ以外にはありえないぞ。それに、あのメイド服、スケスケで、動くたんびに隙間から中が見えるし……R18指定ものだぞ!』

 そうなのだ、ちっともじっとしていないで、エロいダンスをしまくって、忍者も牛頭馬頭も弥勒さえも目を奪われている。も、もしや、もしや、あやつは?

 

「あたしは、車折神社の天鈿女命(アメノウズメノミコト)ですよ~ん☆彡☆彡☆彡」

 

「え、神さまなのか!?」

「あ、あれが?」

 あ……そうだ、あの人は、そういう神さまなのだ……どう説明していいのか、こいつ……いや、この神さまをどうしていいのか、ちょっと頭がスクランブルエッグになるマジカであった。

 

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降格機動隊・1・大島敦子の災難 

2020-02-21 06:11:18 | ライトノベルベスト

降格機動隊・1 

大島敦子の災難      


 

 三十八にもなって機動隊に回されるのは事実上の降格や。

 だいたい、この人事は署長の弱気と志の高さに反比例した行き過ぎた事なかれ主義や。
 署長はキャリアの腰掛署長、腰掛でもかめへんけど、しょーもないことで人を飛ばさんとって欲しい。

 ことの起こりは、パトロール中に、たまたまアイドルの大島敦子がひったくりに遭うた現場に出くわしたこと。
 アホな犯人で、下見もせんと、相手がアイドルやいうことも知らんと犯行に及んだこと。ついでにオレが大島敦子の熱烈なファンやったことも災いした。

 キャーーーーーー!

 悲鳴が上がると、大島敦子の帽子もグラサンも吹き飛んでしまい、周囲の者が、アイドルの大島敦子が被害者になったことを認識。
 さらに、アホなことに犯人が角を曲がったら、ちょうどパトロール中のオレに出くわした。
 とっさに犯人は、元の道に戻りよったけど、この大石巡査部長の手からは逃げられへん。角を曲がって二三メートルでタックル。取り出しとったナイフはもぎ取った。ほんで三十秒で後ろ手にしてワッパを嵌める。
「二時三十五分、強盗……」そこまで言いかけて被害者たる大島敦子の様子を見る。膝から血が滲みだしてた。
「強盗致傷で、緊急逮捕!」

 ここまでは良かった、うん。

 大阪のど真ん中で、今をときめくアイドルの大島敦子がひったくりに遭うて、テレビドラマみたいに警官が、それもマッチョでイケメンの大石巡査部長が現れて電光石火の逮捕劇。あたりにいた野次馬は、一斉にスマホを構えて撮影、数分後には最初の十本がYouTubeにアップロードされた。

 問題は、この後や。

 応援と救急車を呼びながら、オレは緊急措置として、ハンカチを食いちぎり、仮包帯として大島敦子の膝に巻いてやった、膝を立てさせ、野次馬が差し出したミネラルウォーターで傷口を洗浄、警察の規範通りの救急措置をとった。その間、大島敦子と犯人がなにやら言っていたが、オレはひたすら職務に専念した。

 で、応援のパトが来たんで、犯人の身柄を引き渡し、サインの一つももらいたい気持ちをグッと押えて、署に戻った。

「君は、バカか!?」

 帰るとキャリアの若僧署長にいきなり罵倒される。
「君がやったことは、全てのテレビとネットで流れとるよ!」
「はあ、そうですか……」
 やったことと、署長の剣幕が合わへんのであいまいな返事になる。後ろのテレビとパソコンに、いまさっきのオレの活躍が写ってた。
――この逮捕は、過剰でしょうなあ――
 国際弁護士の資格持ってるおっさんが、なにやら言うとる。
 どうやら、犯人の手を捩じりあげた時に、奴の手首を骨折させてしもたみたい。これはオレとしては、まあええこっちゃ、緊急逮捕に伴うやむを得ない容疑者の負傷。

 後があかんかった。

 大島敦子の怪我の処置をした時に、教則通りに膝を立てさせたんやけど、スケベなアホがローアングルで撮りよって、敦子ちゃんのおパンツが丸見え。で、敦子ちゃんは、しきりと、それを気にして「大丈夫です、大丈夫ですから……あの……あの」と周章狼狽。

 さすがにテレビはボカシかけとったけど、YouTubeはまんま。

 なんや、署内の電話が鳴りっぱなしやと思うたら、抗議の電話がわんさか、ネットは炎上しとった。

 でオレは、第七機動分隊に配置転換。なにごともやることの遅いのが警察含めた役所やけど、これは早かった! 

 十二時間後には、第七機動分隊の砦のような門の前に立っていたオレであった。

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・47「エリーゼのために・2」

2020-02-21 05:52:05 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)47

『エリ-ゼのために・2』    



 お茶を飲み終えるとなんだか恥ずかしくなってきた。

「あ、いや、どうもしょーもない話してしもたなあ」
「そんなことないですよ」
 交換留学生らしいブロンドの女の子が柔らかく言ってくれる。
「タイトルの『エリーゼ』と転校生の三宅エリ-ゼさんが重なったんですよね」
「それで脚本も一気に書き上げ、お人形もできたんですよね」
「うん、まあ、そうやねんけどな。谷口は書きあぐねてしまいよってな……ま、先走った人形の方が先に出来てしもた」
「うまく行かなくなったんですね、人形のイメージが先行してしまって」
 年かさの子が核心をついてきた。
「ああ、そうやねん……ごめん、もう一杯もらえるやろか」
「あ、はい、すぐに入れます」
 車いすの子がトレーで受けてくれ、お茶を淹れなおしてくれる。
「ごめん、出がらしの二番煎じでよかったのに」
「いいえ、わたしたちもお茶にしたかったですから」
 
 お茶が飲みたかったわけではない、話を整理したかった。
 同じ空堀高校の生徒ではあるが、この四人は四十三年後の高校生だ……ふさわしい話し方をしなければならない。

「そんで、谷口は三宅エリ-ゼと付き合い始めよった」
「うわー!」「おー!」「あらあ!」「チ!」
 歓声が三つと舌打ちが起った。
「あのころは、演劇部で台本書きいうと、ちょっとかっこよかった。オタクやいうて差別されることもなかったからね」
「本は書きあがったんですか?」
「……結果的には書きあがらへんかった。谷口も本書くことより、エリーゼと付き合うことに熱中し出してね」
「リア充って、そんなもんですよね」
 年かさがため息をつく。舌打ちは、この子やろなあ。
「ぼくらも本に注文つけ過ぎたんやけどね。注文とか変更は人形にも回ってきてね、あれこれ手を加えてるうちに……なんやグロテスクなもんになってしもてね。ヤケクソの大変更になった」
「大変更ですか?」
「うん、わやくそになってエリ-ゼが腐ってしまう話になったんや。あ、もちろんお話やから、比喩としてね」
「船頭多くして船山に上るというやつですね」
「うん、最後は、舞台に載せた時に腐敗臭がしたらおもしろいいうことで、スルメやらの干物使うて臭い出る仕掛けにしたんや」
「「「「あーーーそれで!」」」」

 四人はトランクに仕舞ったミイラに目を向けた。

「年月が経って、ほんまの腐敗臭になってしもたけどね。まあ、あのころもたいがいの臭いやったけどね」
「「「「アハハハハ」」」」

 四人は明るく笑ってくれる。屈託のない笑い声は若さだろう。まことに羨ましい。

 そのときトントンとドアがノックされた。
「はい」
 ブロンドの子が応対に出る。
「すみません、薬局の……あ、あんた。根ぇ生やしてしもて、傘持ってきたげたよ」
「あ、すまんエリーゼ」

 瞬間空気が固まった。

「もういややわ、昔の言い方して」
「あの、エリーゼ?」
「いえいえ、この人のてんご。お話のケリついたら、はよ帰ってきなはれや」

 それだけ言うと、我が老妻にして薬局の看板ばばあは一足先に帰っていった。

 

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ヘアサロン セイレン ・3『黒髪のロング』

2020-02-21 05:33:25 | 小説4

ヘアサロン セイレン ・3
『黒髪のロング
          


 イテ!! 

 見かけによらないボクの声と、男のような言いように車内の視線が集まった。


 ボクのポニテールの先が、無意識だろうと思うんだけど、出口の手すりをいっしょに握った大学生風がいた。
 乃木坂の駅で降りようとしたら、引っ張られてしまって、五六本髪の毛が抜けたような痛み、つい、家に居るときのような男言葉風に「イテ!!」になっちゃった。
 学生さんは「あ、ごめん。気がつかなくて。ほんとごめん」とてもすまなさそうにボクの顔を見て謝った。
「気いつけてよね、髪の毛も身のうちなんだから!」
 そういうと、大学生風が握ったままの髪の毛をふんだくって、ホームに降りた。
 
 坂を登って、校門をくぐり、朝礼が終わって、一時間目の柚木先生に注意されるまで、ボクはブスっとしていた。
「あら、尾形さんなにむくれてんの。美人が台無しよ」
「あ、どうもすみません。考え事してたもので。気を付けます」
 ボクは、やっと、この乃木坂学院の女生徒として恥ずかしくない言葉で喋ることができた。

 言っとくけど、ボクは男でもなければ、ブスでもない。この春に憧れの乃木坂学院高校に入った十六歳の女子高生だ。

 ボクの兄弟は上三人がみんな男で、ボク一人が女だ。あ、それとお母さんとネコのショコラ。兄貴たちはボクがチッコイころから女扱いはしなかった。キャッチボールもサッカーも兄貴たちといっしょだった。小学校二年までは平気で上半身裸で走り回っていた。当時は髪も短く、世間の人もボクが女の子だとは思ってはくれなかった。

 三年になりかけのころ、女子トイレに男子がいると評判になり、気がつけば自分のことだった。
 で、一人称も兄貴たちに影響されて「オレ」になりかけていた。で、「オレ」だったボクは、クラスでいつもメソメソして、なにかというと「美香できないもん」とべそをかく羽室美香がかったるくて、跳び箱の前で泣いている美香を「後がつかえてんだ、メソメソすんじゃねえよ!」「だって……」そのナヨナヨぶりに思わず手が出てしまった。運悪く、その日は爪の検査があったので、ざっくりとした切り方しかしていなかったボクは美香のホッペに三本の赤いスジを付けてしまった。
 親が菓子折持ってボクを引っ張って、謝りに行った。

 そして、その日からリカちゃん改造計画が始まった。

 リカちゃんといってもお人形ではない。ボク尾形里香のことだ。一人称も「わたし」にかえられそうになったが、三回も舌を噛んで口を血だらけにしたので、「ボク」という線で落ち着いた。スカートを穿かされそうになって逃げ回り、初めてスカートを穿いたのは中学に入った時が最初だった。
「こんな気持ちの悪いもの穿いて、よく平気だな!?」
 あの事件以来、仲のよくなった美香に言うと、美香がこう言う。
「あんたの方が、変態なのよ!」

 で、リカちゃん改造計画の柱が、長髪化だった。

 小三の事件からこっち、前髪以外は切らせてもらえなくなった。ボクは、母親似の素直な黒髪で、顔立ちも整っているのだ(そうで) 美香のお節介もあって、中一の二学期には、TPOを使い分け、大人や目上の人には「わたし」と舌を噛まずに言えるまでに成長した。

 夕べ、短パンで座卓の上のパソコンで遊んでいたら、テレビゲームしていた下の兄貴の視線を股間に感じた。
「あの、里香さ、短パンのときは又開いて、膝立てるのやめとけよ」
「なんでさあ!?」
「そりゃあ……」
「ナマパン見えて、祐三には目の毒なんだよ」
 中にいちゃんが言った。
「だって、風呂上がり、パンツ一丁で歩いていてもなんとも言わないじゃん」
「あれとこれとは違うんだよ」
 中にいちゃんまで同じ目つきでボクの股間を見つめた。なんだかきまりが悪くなって、そろりと正座すると中小二人の兄貴が爆笑した。ボクは腹立たしかった、そして、なにか胸の中の得体の知れない物が体をカッカさせた。そのときの不快さが朝まで残り、気がついたら、地下鉄の中で大学生風に罵声を浴びせることになった。

 美香は、クラスは違うけど、中学以来のテニス部で頑張っていた。マニッシュな新入生だと評判だから、世の中は皮肉なもんだ。放課後、図書館でぼんやり美香のテニスを見ていてウラヤマになった。ボクは、なんの因果か演劇部。顧問の柚木先生のすがりつくような目に負けた……。

 そんな想いや、美香の姿で吹っ切れる物があった。

 というわけで、ボクは美容院セイレンのシートに収まっている。

「どうしても切ろうって言うのね……」
「はい、ボ……わたし決心したんです。自分のスガタカタチは自分で決めます」
 美容師の睡蓮さんは、まだ踏ん切りがつかない。
「せめて、セミロングでワンカールミックスパーマにするとか……」
「いいんです!」
「で、電車の中で抜けた毛は?」
「あ、なんだかもったいないんで、袋に入れてあります」
「これ、わたしが預かっていい?」
「サンプルにでも?」
「いいえ、お祀りしとくのよ。髪には、里香ちゃんとかかわりなく髪の神さまが憑いていらっしゃるんだから」
「プ、ギャグですね」
「ギャグじゃない」

 そう言って、睡蓮さんは涙目で、ザックリとハサミを入れた。

 正直すっきりした。家族にはあきれられたが、十六にもなれば髪ぐらい自由にさせてもらいたい。その気持ちが伝わったのか、中にいちゃんも短パンで立て膝していても何も言わなくなった。やっぱ、ボブにして正解だった。
 学校での評判も上々。でも調子にのって体育の時間に木登りをしたら、さすがに叱られた。

 秋になった。

 その日は、演劇コンクールの練習のために、稽古が遅れて、自宅近くの駅に着いたら十時をまわっていた。一応スマホで、帰りが遅くなることは伝えてあるがボク少女を心配するような家族ではなかった。

 いつもの道を通ろうかと思ったけど、近道を通ることにした。ちょっとした工場街には人影は無かった。角を曲がると、アパートがあって、公園一つ隔てていつもの道になる。
「あれ?」
 こないだまで……って、夏休みのころだけど、通ったころは、まだ人が住んでいた。建て替えるんだろうか、アパートのどの部屋にも人の気配がなかった。よく見ると、軒並みガスを閉栓したタグがついていた。
 ガラっと音がして、一軒の部屋から三人の男が飛び出してきた。あっと言う間に口を塞がれ後ろ手に縛られ、部屋の中に連れ込まれた。ひとりの手が口から首に回った。一人を思いきりけ飛ばした。それが男たちの欲望に火を点けた。首に回った手は本気で締めてきた。ブラウスの前が引きちぎられ、スカートの中に手が伸びてくる。意識が遠のき一瞬頭が真っ暗になる。
 死んだと思った。
 すると、ドタンバタンと音がして、急に楽になった。気づくと四人のわたしが立っていた……。

「里香、あとはわたしたちに任せて、早く家にかえりなさい!」
「さあ」
「早く」
「帰って!」
 わたしは、後ずさるように、玄関に向かった。薄暗がりの中、男三人が伸びているのが分かった、そうして……もう一人倒れているような気がした。
「玄関閉めて!」
 リーダー格のボクが叫んだ。そして、家に帰って驚いた……髪が元の長さにもどっていた。

 コンクールは、予選で優勝、中央大会では落ちた。

 その日は落ち込んだが、やっぱり若さだろう。明くる日は元気に後始末をし、明くる日の休日には、久々にセイレンに行ってトリートメントをしてもらった。
「ね、この髪不思議でしょ。一晩で元の長さに戻ったの」
「そう、不思議ね。でも、里香は黒髪のロングが似合う。それが分かれば、ただの不思議でいいじゃない」

 その帰り道、わたしは何かを確かめたくて、また、あのアパートの前に行った。むろん人通りのある時間帯。

 そこは、とうに更地になって、わたしは何も確かめることは出来なかった。

 え……いま自分のこと、わたしって言った……?

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ここは世田谷豪徳寺・18《痛恨の極み》

2020-02-21 05:20:40 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・18
痛恨の極み》     



 

「阿倍首相の靖国参拝をどう思いますか?」

 渋谷の駅前で、いきなりマイクを突きつけられた。

「え、ああ……いいんじゃないですか。就任の時も、前の内閣の時に参拝できなかったことは痛恨の極みだとおっしゃってましたから……」
 考えをまとめようとしたら、リポーターは次の通行人にマイクを向けていた。カメラにN放送のロゴ、ああ、意に添わないわけだ……そう思った。
 N放送は、日本で、ただ一つ視聴料金をとっている放送局。だけど偏向していることは、あたしみたいな、ペーペーの大学一年生でも分かる。大学の講義でも、N放送局が作った司馬遼太郎さんのドラマが原作を離れて反日的な表現をしていたか説明していた。
 あたしの次にマイクを向けられたオジサンはA新聞の社説みたいなことを口角泡を飛ばしてまくし立てている。あたしのはカットされるだろうな……そう思ってバイト先の書店に向かった。

 開店前の書棚の整理。秋元クンは一見平気な顔をして仕事をこなしている。
 だけど、聡子と吉岡さんの仲を直に見せてやったので、諦めて……諦めようとしている。

 好きになってしまったことが痛恨の極みという顔。

 瞬間その姿にショックを受けた。

 あたしは、秋元クンの届かぬ恋を可哀想に思っていた。だから、卒業したはずの帝都のセーラー服まで着て、いろいろ工作して秋元クンに分からせた。それでいいことをしたような気になっていた。

 秋元クンの恋は届かないよ。

 なんで決めつけていたんだろう。
 聡子と吉岡さんのことだけ見ていて、それだけで決めつけていた。ハナから秋元クンと吉岡さんとでは勝負にならないと決めつけていた……これって、N放送やA新聞と同じ事をしてきたんじゃないか……そう思えてきた。

 あたしの人生は、まだ二十年に届かない。恋らしい気持ちは持ったことがある。中学の時。そして高校になってからは、部活で知り合った修学院高校の一個上の男子生徒を素敵だなと思った。でも、両方とも気持ちを伝えるどころか、ろくに口も利かずに終わってしまった。ほんの憧れだったから。そう思いこんでいた。

 大学の映画研究部の先輩で、感じのいい人がいる。感じがいいと思っているだけだと思っていた。恋なんじゃないか……想像してみた。答なんか出やしない。
 押さえ込むことに慣れてしまったので、自分の気持ちにさえ確信が持てなくなっている……。

 ああ、考えすぎ。パチパチとホッペを叩いて切り替える。

「さっちゃん、これ返本。バックヤードお願い」
 文芸書チーフの西山さんが台車を示した。
「はい」
 台車を転がしながら、一冊の本に目がとまった。
『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』
 大橋むつおという大阪の劇作家が初めて出したライトノベル。入荷したときから売れないだろうと思った。本業は劇作。それがいきなりラノベ。
 この人の作品は、高校時代に中央大会の上演作品として観た。面白い本だと思った『ダウンロード』という一人芝居。

 でも、ラノベとしては売れない。ラノベ作家としては無名であること。版元が小さく、ろくに営業にも来ないこと。そして値段がラノベとしては高いこと。バイトとは言え、本屋が売れないと思うのには十分な条件だと感じた。

 しかし、本の中味を読んで判断したことではない。

 こういう対応の仕方なんだ。マニュアルや薄っぺらい常識で、それでいっぱしの大人の判断だと思っていた。

 あたしは『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』を社員販売で買った。

 

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