大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・127『お雛さん・3』

2020-02-27 16:13:18 | ノベル

せやさかい・127

『お雛さん・3』         

 

 

 

 あの角を曲がったら自分の家というとこで声をかけられた。

 

 振り向くと…………え?

 

 お雛さんが立ってた。

 巫女さんみたい、白の着物に緋の袴、お雛さん独特のロン毛……ほんでもって、眉毛が無くて、ほんのり微笑んだ口の中は真っ黒……お歯黒や。

 三人官女の三方や!

「こなたさんにお伝えしときたいことがおざりますのじゃ」

「こなた?」

「はい、あなた、こなたのこなたさん」

 三方は「あなた」で向こうの方を、「こなた」でうちのことを指した。つまり、こなたはうちのこと?

「さようでおじゃります」

「えと、おたくは、ひょっとして、お母さんの?」

「さいどす。歌さんは、婚約しやはった時に、わたしを守さんに預けなはったんどす」

「え、お父さんに?」

「さいだす」

「あ、でも、お父さんにあげたいうことは、あたしの家に居てんとおかしいんちゃう? あたし、三方さん見たことないよ」

「それは、守さんが、いろいろとご用件をお言いつけにならっしゃいましたから。不本意ではごわりましたけど、お家を離れることが多ございましたさかいに」

「そうなんや……あ、とりあえずうちにおいでよ。本堂の裏の部室に、お仲間のお雛さん飾ったあるさかにに!」

 フレンドリーに手を伸ばすと、三方さんは、滑るように後ろに下がった。よう見ると、足が地上五センチくらいのとこで浮いてる。

「お気持ちは嬉しいんどすけど、阿弥陀様のお近くに伺えるような身ではおざりません」

「そんな、寂しいこと……」

「かような路上でお待ち受け申しておりましたのは、さくらさんにお伝えしとかならあかんことがあるさかいどす」

「伝えとかならあかんこと……?」

「お家にお戻りやしたら、さるお方のお便りがおじゃります。いささかお辛いお便りでおじゃりまするが、こなたさまへのお便りは末吉と思召されませ。末は西に沈んだ日輪が、あくる朝には必ずご陵さんから上って来るみたいに明るうなりますよってに、どうぞ、この三方をお信じになっておくれやす」

「は、はい」

 思わず頭を下げてしもたんは、お歯黒の眉ナシの怖気からか、どこかご託宣めいたところに、真実っぽい響きを感じたからか。

 気が付いたら、家の山門の前に立ってた。むろん三方さんの姿は無い。

 

「さ、さくら! えらいこっちゃ!」

 

 玄関を入ると、テイ兄ちゃんが墨染めの衣のまま奥から跳んできた。

「どないしたん?」

「どないもこないも、ヤマセンブルグが、ヤマセンブルグが、日本を渡航禁止にしよった!」

「え、ええ!?」

 リビングに行くと、毎朝テレビのアナウンサーが『新型コロナウイルスの為に日本への渡航を禁止する国が続出』というニュースをやってた。

 新たに五か国が日本への渡航制限のリストに加えてて、その中でもヤマセンブルグは全面渡航禁止になってる。

「そればっかりやないねん……」

 テイ兄ちゃんは、慣れた手つきでスマートテレビをネット検索に切り替えて、新型コロナウイルス関連のニュースサイトに回した。

『先ほどもお伝えしましたが、ヤマセンブルグ公国のスポークスマンは、ヤマセンブルグ王家の第一皇位継承資格者である、ヨリコ王女が新型コロナウイルスに感染したと伝えました。王室広報担当者によりますと、王女は昨日より不調のご様子で、立ち眩みと発熱を……』

 え、ええええええええ!

 足元の床がグニャグニャになっていくような気がして立っておられへんようになってしもた!

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ヘアサロン セイレン ・7『丸みショート』

2020-02-27 12:52:37 | 小説4

ヘアサロン セイレン・7
『丸みショート』
        

 

 

 一瞬の気後れで恵に決まってしまった。

 

 高階先生は年に数回受講生の肖像画を描く。

 受講生とのコミニケーションを図るとともに、ご自身の技量を上げるためだ。

 先生は、決まって横顔を描く。

 横顔にこそ人間が現れるとおっしゃる。

「ほら、女性の優しさとか美しさって、かなりのところオデコに出るんです。男と違って、女性はオデコのカールが優しいんです。それを表現するには横顔がいいですしね。白骨死体が見つかった時はオデコのラインで性別を見分けたりするくらいなんですよ、言ってみればRデコ、ま、そういう魅力を描きたいんですね」

 興味深くおっしゃってるけど、わたしは、こうだと思ってる。

 前から描くと、モデルが緊張してしまう。モデルにはリラックスしてもらいたいし、いろいろコミニケーションをとるにしても、先生のお顔がもろに視界に入らない方が話しやすい。そういう気配りから横顔をお描きになるんだと思う。それに、Rデコは白骨の性別鑑定に使われるほど普遍的だけど、絶壁はね……。

 で、横顔に自信のないわたしは、一瞬遅れてしまう。

 わたしは父親譲りの絶壁頭なのだ。

 父は、そこそこの男前なのだけど、この絶壁頭の為に横顔が、ひどく残念なのだ。

 子どものころに母の三面鏡で遊んでいて、生まれて初めて自分の横顔を見て愕然とした。父とそっくりの絶壁頭!

 以来、好んで帽子をかぶって誤魔化すようになった。少し阿弥陀に被ると絶壁が隠せるからだ。

 中学と高校で男の子が寄ってきた。でも、続かなかった。ちょっと仲良くなって、横顔を晒してしまって、男の子たちは引いて行ってしまった。

 だからね……もういいんだ。

 完成した恵の横顔は素敵だった。教室のみんなが先生とモデルの両方を褒めたたえた。

 ま、いいや。

 先生は素敵だけど。天皇陛下と同い年。わたしも、憧れとかじゃなく現実的な彼氏をね、考えなくちゃだからね。

 

 その先生が、半年お休みになることになった。ヨーロッパにスケッチ旅行に出かけるんだ。唐突だったけど、前からおっしゃってたと恵は言う。何事にも気後れするわたしは、ろくに話も聞いていなかったようだ。

 

 代わりに、半年の間来られるのが、なんと、先生の息子さん。先生をそのまま若くした感じ。

「若先生も、肖像画描くのかなあ!?」

 恵は、初日から時めいていた。

 どこまで本気かは分からないけど、こういうのには付いていけない。

 

 教室からの帰り道、日ごろは通らない道を通って駅に向かった。

 

 あ……美容院。

 気づくと同時に、お店のガラスに映る自分に目が行った。

 ちょっと伸びているし、しょぼくれた印象。三月も美容院に行っていないことに思い至った。店内に先客が居る様子もない。

「すみません、短くしてください」

「承知しました」

 細身の美容師さんは、クダクダ聞くこともなく仕事にかかる。いつの間にか流れているのも、わたしの好きなモーツアルトだ。

 落ち着くと、美容師さんの胸には『睡蓮』のネームプレート。さっきまでは男性だと思っていたけど、この優しい感じは女性かもしれない。鏡に映る睡蓮さんの横顔はきれいな才槌頭。やっぱ、Rデコとバランスを保つには、ある程度後頭部が発達していないとみっともない。

「人の魅力は様々でしてね、こうやって、魅力のお手伝いが出来ることが、美容師の面白いところです。どんな人にも魅力はね、あると思うんですよ、で……こうやれば、どうですか?」

 え?

 なんということ、絶壁の後頭部が三センチほども張り出して、とってもかっこいい!

「え? え? どうしてえ?」

 慣用句だけど自分が自分でないようだ!

「丸みショートっていうんです。襟足の方をベリショ(ベリーショート)にして、後頭部にボリュームを持たせるんです」

「すごい、本当に後頭部が張り出したみたい!」

「フフ、実はね……」

 睡蓮さんは右手で自分の後頭部を押えて見せてくれる。

「あら?」

「アハハハ」

 睡蓮さんは、わたしといい勝負の絶壁だった。

 

 このお店は贔屓にしよう!

 

 一週間後、若先生は、初めての肖像画に渡しを選んでくださった。

 ところが、若先生の絵は横顔じゃなかった。ちょっと左斜め前から見た肖像画だった。

「ぼくは、このアングルが好きなんです」

 そうおっしゃった。

 でも、その左斜め前から見ても、カッコいい後頭部は分かった。

 とっても嬉しかった。

 

 睡蓮さんにお礼を言おうとお店を探す。たしか『セイレン』だった……が、見つからない。

 

 三か月たって、そろそろ髪を切ろうと……と思ってもセイレンは見つからなかった。

 でもね、髪質が変わったのか、髪は伸びても後頭部の髪のボリュームは残ったまま。手で触ると相変わらず絶壁なんだけど「それはそれで、いいんじゃない」と若先生は言う。

「おぼえてる?」

「はい、もちろん!」

 今日は、初めて若先生との食事だ。

 階段を下りると、踊り場に鏡。生まれかわったようなわたしが写っていて、思わずサムズアップするわたしだった。

 

 

 

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坂の上のアリスー03ー『相談室のドアが開いた』

2020-02-27 06:21:02 | 不思議の国のアリス

坂の上のー03ー
『相談室のドアが開いた』   


 

 

 三時間目が終わって呼び出し状をもらった。エッチャン先生からだ。

 エッチャンは綾香といっしょに救急車に乗って行ったので、病院とかでの説明を兼ねた事情聴取だと思った。人工呼吸の件は去年のことも含めて触れられたくないので、俺としても念を押しておくのにちょうどいい。

「失礼します」

 入った相談室にいたのは、メッチャ怖い顔をした妹の綾香だ。

「ちょ、座って」
「あんだよ?」
「唐沢先生にお願いしたの、ニイニには知っておいて欲しいことがあるから。すぴかと今朝のこと。そこじゃ遠い、もちょっと傍に来て」
「俺も、お前にゃ聞きたいことがある」
 テーブル挟んだ筋向いから、パイプ椅子一つ隔てた隣に移動。綾香は、その一つ空けたパイプ椅子に尻を移してきた。

「ち、近い……」

 綾香と三十センチ以内に近づくのは小学校以来。どうも落ち着かない。
「あの子、夢里すぴかって言って、つい二週間前に転校してきたばかりなの」
「転校生か?」
 六月の転校は珍しい、ちょっと驚いた。
「ワケありらしいんだけどね、そのことはいい、あたしにもよく分かんないから。すぴか、二回来ただけで引きこもっちゃってさ。それで、今朝あたしが連れてきたってわけ」
「お泊りってのは、あの子のとこだったんだな?」
 普通なら順番として「なんでお前が?」になるんだろうけど、お節介なのは兄妹共通の性癖なので、この質問になる。
「うん、ほっとくと本格的に引きこもっちゃう。期末テストも目前だしね」
「でも、それがどうして血まみれ……いやトマトジュースまみれの呼吸停止になってんだよ」
「めっちゃ緊張してたのよ。学校までは、あたしが漕いで二人乗り。すぴかにすれば、心の準備が整わないうちにワープしたようなもんなのよ、だから学校に着いたら、真っ青になって心臓バックンバックン。やおら、カバンからトマトジュースを取り出した……トマトジュースはね、すぴかのHP回復の必須アイテム。一気飲みしてるうちにぶっ倒れたの」
「で、お前が人工呼吸してたのか」
「うん」

 俺は怖気をふるった。綾香の一見美少女らしさは見かけ倒しで、炊事洗濯はおろか絆創膏一つまともに貼れやしない、人工呼吸なんてもってのほかだ。

「でさ、ニイニに言っておかなきゃならないことがあるんだ」
 熱中した時の癖で、綾香は片膝立てて迫ってくる。
「片膝立てるのはやめれ、パンツが見える」
「うん、すぴかはさ、こんなことがあったんじゃ、もう学校には来れないんじゃないかと思うんだ……」
 綾香は恥じらうこともなく膝を下ろしたが胡坐になって貧乏ゆすりを始める。まるでオッサンだけど、綾香が神経を集中した証拠でもある。こうなると何を言っても無駄。女装した弟だと脳内変換する。
「朝にも言ったけど、ニイニが人工呼吸したのは絶対の秘密! すみれが知ったら悶絶して、呼吸どころか心臓まで停まってしまう。いいわね!」
「お、おう、そりゃ、俺の方からも願うところだ」
「それから、すぴかを学校に戻すの、最後まで付き合ってね。もう、あたしの手には余るところまできてっから」
「お、おう」
「じゃ、指切りげんまん!」
 ずいっと手を伸ばして、俺の指に無理やり自分の小指を絡めてくる。

「「指切りげんまん、嘘ついたら、針千本のーます!」」

 小学校以来十年ぶりで兄妹の仁義をきった。
「でよ、なんで俺を90分も早く学校に来させたわけ? やっぱ、あれは性質の悪いいたずらだったのか?」
 この梅雨時に、学校まで全力疾走させたことを問いただした。
「それは……ひょっとしたらニイニのレジェンドになるかもって」
「は、どーゆーことだよ?」
「ニイニって、普通ってかオーディナリーじゃん。成人する前にさ、一個ぐらいレジェンドになるタネ? そーゆーもんがあってもいいかなって、妹からの愛よ」
「はー、俺を自分の登校時間に合わせたなあ? そんで万一の時には、俺が助け船出せるよーに?」
 どうやら、俺は綾香の掌の上で踊らされていたようだ。
「ま、とにかくすぴかを学校に来させること。時間がたてばたつほど……」

 その時、きしみながら相談室のドアが開いた。

「し、し心配かけたわね、た、たったたった今、夢里すぴかは、ふ、復活したからね」

 夢里すみれがトマトジュースを手に、真っ青な顔で震えながら立っていた。

 

♡登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・53「地区総会・5」

2020-02-27 06:06:22 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)53

『地区総会・5』   



 六年前の地区予選はI女学院で行われた。

 地下鉄I駅の階段を上がると四車線を挟んで緩やかな坂道、坂道の向こうにチャペルの尖塔が覗いている。
 坂を上りはじめると、ディンド~ンディンド~ンとタイミングよく鐘が鳴る。
 見え始めた学院は年季の入った緑の中に校舎が静もっていて、その校舎群を従えるようにチャペル。
「あのチャペルが会場なのよ」
 先輩がよそ行きの言葉遣いで教えてくれる。

 なんだか映画の中の登場人物になったような気がした。
 それだけで胸がときめく十六歳の女子高生だった。

 チャペルに行きつくまでに「お早うございます」の挨拶を十回はした。
 学院の生徒さんたちも、ジャージのロゴで分かる他校の部員さんたちもハキハキと挨拶を返してくれる。
「すみません、みなさんのお名前書いていただけると嬉しいです。お友だちになりたいですから」
 受付の生徒さんに奉加帳みたいなノートを示される。

 空堀高校演劇部の下に、一年生 松井須磨。

「わ、素敵なお名前ですね」
「え、そですか?」
「下に子の字が付けば新劇の女王ですね」
 顧問と思しき先生がパンフを渡してくれながらニッコリ笑う。
 松井須磨子どころか新劇という言葉も知らなかったわたしは、でも、言葉とロケーションの雰囲気でポーっとしてしまった。

 チャペルに入ると一学年四百人くらいは優に入る大きさでビックリ。

 着くのが早かったのか、緞帳は開いたままで、一本目の学校の仕込みが行われていた。
 キビキビ働く部員さんたち、トントン組み上がっていくシンプルな舞台装置。
 あーー、わたしは演劇の中にいるんだ!
 頬っぺたと目頭が熱くなってきて狼狽える。
 空堀高校も、ちゃんと加盟が間に合って参加できていたらどんなによかっただろーと悔しくなる。

 え、これで始まるの?

 開会を伝えるアナウンスがあって――あれ?――と思った。
 四百人は入ろうかという会場は……二十人ほどしかお客さんが居ない。
 地区代表の先生と生徒代表の挨拶、審査員の先生の紹介があって、最初の学校が始まった。

 え………………………………うそ?

 びっくりするほどつまらない。

 声は聞こえない、表情は見えない、ストーリーも見えない、観客の反応はない……。
 一週間前にあった文化祭のクラス劇の方がよっぽど面白かった。

 ま、こんな学校もあるわね。

 気を取り直して、残り五校も観たんだけど、ことごとくつまらない。
 比較しちゃいけないんだろうけど、ネットで観たダンス部や軽音、ブラバンの方がパフォーマンスとして格段に面白い。
 オレンジ色のユニホームで有名な京都のブラバンを観たのは、ディズニーランドの動画を観ているところだった。
 行進しながらのステップがいかにもディズニーテイストで、最初はディズニーランドのパフォーマンスかと思った。
 それが、現役の高校ブラバンと分かってビックリしたのは中三の秋だった。
 それからダンス部や軽音なんかを見まくって、高校生の凄さを認識して憧れると同時に――わたしには無理――そう思っていた。
 
 だから、駅からここまでのロケーションと、高校の部活へのリスペクトで、期待値はマックスになっていた。
 だから、置いてけぼりになったようにショックは大きかった。

 もう一つ「あれ?」があった。

 出場校全てが創作劇だ。

 ああ、そいいう地区なんだと納得して、二週間後府大会を観にいった。
 ちゃんとした市民ホールだった。
 でも、キャパ八百余りの客席が埋まることはなかったし、出場校の作品に感動することもなかった。
 観客席は時々反応していたけど、着いていけない、この子たちはオタクなんだと思った。
 
 それからの六年間、演劇部に籍はあるけど、一回も部活には行ってない。

 地区総会は『今年度のコンクール』の話になって来た。
 議長は、一校ずつ指名して、今年の抱負を言わせている。
 昔のことに意識が飛んでいたわたしは、順番が回ってきて立ち上がった啓介の雰囲気にビックリした。

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ここは世田谷豪徳寺・24《四日目のさくら》

2020-02-27 05:47:22 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・24(さくら編)
《四日目のさくら》   



 二日と三日はグータラな正月だった。

 大晦日から元旦にかけては、恵里奈とまくさの三人で、初詣のハシゴをやった。家に帰ってからは一日寝ていた。夕方に起きてトイレに行ったら、兄貴を感じてしまった。
 便座に無防備で座っていたところを開けられたことじゃなく、便座の蓋がスーっとゆっくり閉まったときに。
――ああ、惣一兄ちゃんが直したんだ。と、シミジミ感じた。

 夕方帰ってきた兄ちゃんは、パソコンで、なにやら調べていた。

 新幹線の時刻表と博多駅の構造を調べている様子だ。
「博多にでもいくの?」
「攻撃するためには、敵の情報を知るのが肝心だからな……」
 それ以上は機密という顔をしてしまったので、あたしは、後出し分の年賀状を書いた。友だちが少ないので年末に出したのは十枚ほどだったけど、三枚番外のがあった。今の担任と中学の担任の先生。そして、白石優奈。

 二日の朝は、兄貴はふらりと近所を散歩するようなナリで出て行った。あたしはバイトに行くお姉ちゃんといっしょに家を出た。第一目標は年賀状を出すことだったけど、ポストが駅前にしかないので、ついでに渋谷にでも出てみようと、定期、お財布、スマホの三点セットを持っている。
「ねえ、あれ兄ちゃんじゃないの?」
 デニーズから、ジャケットにマフラーだけという軽装の兄ちゃんが出てきたのをあたしは目ざとく見つけた。
「ちょっと、年賀状は?」
「行った先で出す」
 そう言って、兄貴を追跡することにした。

 兄ちゃんは、渋谷で山手線に乗り換えた。

 お姉ちゃんと別れたあたしは、品川駅までの切符を買って、あとをつける。
 予感は当たって、兄貴は品川駅で降りて新幹線のホームに向かった。急いで入場券を買って後に続く。
 前から三番目の乗り降りマークのあたりで、新聞を広げ始めたので、あたしは大胆にも隣の乗り降りマークのところで、兄貴の背中を視野に入れつつ立ちんぼした。

 五分ほどすると、明菜さんがキャリーバッグを引きずりながらやってきた。

 明菜さんは、驚いた様子もなく、兄貴の後ろに立つと、頭をポコンとした。なんだか、約束していたカップルみたいに見える。
 一言二言話すと、スマホを出して、アドレスの交換をしている様子。
 それから、電車が来るまで十分足らずだった。二人は、ほとんど喋らないどころか顔も見合わせない。入ってきたのぞみのドアが開くと、やっと二人は向き合って、握手だけ。明菜さんが乗り込み、発車すると、のぞみの姿が見えなくなるまで兄貴は見送っていた……。

 そして、二日後の四日。再び品川の駅に兄貴といる。ただし横須賀線のホーム。

「さくら、付けてくるの、ヘタッピーだよな」
「え……?」
「渋谷から分かってたよ。品川じゃ、さくらが入場券買うの待ってたんだぞ」
「そりゃ、兄ちゃん、人が悪いよ!」
「ちょっと早いが、男と女の有りようの観察をやらせてやったんだ。感謝しろよ」
「兄ちゃん、自衛隊に入って人が悪くなった」
「ばか、思慮深くなったんだ。昔のオレなら、渋谷でさくらのこと追い返してるよ。観察と分析、全てのことの要諦だ。おまえも、もう半分女だ、スマホで撮った明菜の顔とか、よく見て勉強しろ」
 新聞丸めたので、頭をポコンとされた。我ながら軽い音がする。
「今度戻ってきたら……夏かもしれない。父さん母さん頼んだぞ……それから、さつきのこともな。シャト-豪徳寺の東大生は悪い奴じゃない。まあ、歳の離れた友だち程度の気持ちでつきあっとけ」
「え、なんで……」
「観察と分析。とにかくさくらは人間関係ヘタクソだから、勉強しとけ。じゃあな」
「まだ、電車来てないよ」
「兄妹で映画みたいに見送られるのはごめんだ。早く帰って冬休みの宿題をやりましょう。英語がまだ残ってんだろ」
 なんでもお見通しの兄貴だった。

 取っ組みあいで胸に触れた兄貴の手の感触。無慈悲に開けられたトイレのドア。そして二日前、明菜さんを見送った兄貴の姿……そして、スマホに写った明菜さんの表情。かなわない……しみじみと思った。

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