せやさかい・127
あの角を曲がったら自分の家というとこで声をかけられた。
振り向くと…………え?
お雛さんが立ってた。
巫女さんみたい、白の着物に緋の袴、お雛さん独特のロン毛……ほんでもって、眉毛が無くて、ほんのり微笑んだ口の中は真っ黒……お歯黒や。
三人官女の三方や!
「こなたさんにお伝えしときたいことがおざりますのじゃ」
「こなた?」
「はい、あなた、こなたのこなたさん」
三方は「あなた」で向こうの方を、「こなた」でうちのことを指した。つまり、こなたはうちのこと?
「さようでおじゃります」
「えと、おたくは、ひょっとして、お母さんの?」
「さいどす。歌さんは、婚約しやはった時に、わたしを守さんに預けなはったんどす」
「え、お父さんに?」
「さいだす」
「あ、でも、お父さんにあげたいうことは、あたしの家に居てんとおかしいんちゃう? あたし、三方さん見たことないよ」
「それは、守さんが、いろいろとご用件をお言いつけにならっしゃいましたから。不本意ではごわりましたけど、お家を離れることが多ございましたさかいに」
「そうなんや……あ、とりあえずうちにおいでよ。本堂の裏の部室に、お仲間のお雛さん飾ったあるさかにに!」
フレンドリーに手を伸ばすと、三方さんは、滑るように後ろに下がった。よう見ると、足が地上五センチくらいのとこで浮いてる。
「お気持ちは嬉しいんどすけど、阿弥陀様のお近くに伺えるような身ではおざりません」
「そんな、寂しいこと……」
「かような路上でお待ち受け申しておりましたのは、さくらさんにお伝えしとかならあかんことがあるさかいどす」
「伝えとかならあかんこと……?」
「お家にお戻りやしたら、さるお方のお便りがおじゃります。いささかお辛いお便りでおじゃりまするが、こなたさまへのお便りは末吉と思召されませ。末は西に沈んだ日輪が、あくる朝には必ずご陵さんから上って来るみたいに明るうなりますよってに、どうぞ、この三方をお信じになっておくれやす」
「は、はい」
思わず頭を下げてしもたんは、お歯黒の眉ナシの怖気からか、どこかご託宣めいたところに、真実っぽい響きを感じたからか。
気が付いたら、家の山門の前に立ってた。むろん三方さんの姿は無い。
「さ、さくら! えらいこっちゃ!」
玄関を入ると、テイ兄ちゃんが墨染めの衣のまま奥から跳んできた。
「どないしたん?」
「どないもこないも、ヤマセンブルグが、ヤマセンブルグが、日本を渡航禁止にしよった!」
「え、ええ!?」
リビングに行くと、毎朝テレビのアナウンサーが『新型コロナウイルスの為に日本への渡航を禁止する国が続出』というニュースをやってた。
新たに五か国が日本への渡航制限のリストに加えてて、その中でもヤマセンブルグは全面渡航禁止になってる。
「そればっかりやないねん……」
テイ兄ちゃんは、慣れた手つきでスマートテレビをネット検索に切り替えて、新型コロナウイルス関連のニュースサイトに回した。
『先ほどもお伝えしましたが、ヤマセンブルグ公国のスポークスマンは、ヤマセンブルグ王家の第一皇位継承資格者である、ヨリコ王女が新型コロナウイルスに感染したと伝えました。王室広報担当者によりますと、王女は昨日より不調のご様子で、立ち眩みと発熱を……』
え、ええええええええ!
足元の床がグニャグニャになっていくような気がして立っておられへんようになってしもた!