大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・132『太秦あたり・3・天鈿女命(アメノウズメノミコト)』

2020-02-22 16:39:31 | 小説

魔法少女マヂカ・132  

『太秦あたり・3・天鈿女命(アメノウズメノミコト)2』語り手:マヂカ 

 

 

 弥勒さん……弥勒菩薩さん……弥勒菩薩半跏思惟さん

 

 ウズメさんが弥勒さんに呼びかけるが、弥勒は居ねむっているのか反応が無い。

「ミロクというのは恥ずかしいのか?」

「恥ずかしいから、寝たふりなの?」

 ブリンダとサムがスカタンをかます。

「恥ずかしいのではなくて半跏思惟(はんかしい)、片足だけの胡座で考え中ってことよ」

 

 パコーーン

 

「あたしが出てきたのに寝たふりはないでしょ!」

 ウズメに張り倒されて、目を白黒させ、ゆがんだ冠を直すミロク。

「え、あ、あ、あたし?」

「弥勒菩薩半跏思惟ってのは、あんたしか居ないでしょ!」

「あたしは広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟よ、中宮寺にも弥勒菩薩半跏思惟が居るから、分かんな~い(^_^;)」

「ここいらじゃ、あんたしかいないでしょーが!」

「でも、入試とかじゃ、キチンと書かなきゃ正解にならないしい」

「じゃあ、広隆寺弥勒菩薩半跏思惟!」

「えと、拝観時間には、まだ間があるんですけどお……」

「ここは裏次元だから、時間はたたないし、観光客もやってこないよ!」

「あ、あ、そうなの。じゃ、もうちょっと寝てよっかな、ここんとこ考え事多すぎてえ」

「ちょっと待て!」

「あ、痛い痛い、耳引っ張らないでくれるぅヽ(`Д´)ノ」

「おまえの耳たぶ長くて引っ張りやすい」

「もう、激おこぷんぷん丸だよ!」

「古い言い回し……って、それはいいんだ。いや、よくない! 激おこでごまかすな! おまえ、取り巻きたちに魔法少女を攻撃させただろ」

「え? え? ああ、なに、あんたたち!」

 たったいま気が付いたように、忍者たちと牛頭馬頭たちを睨みつける。

「いや、弥勒さまは攻撃命令を出されました。我らは、そのご命令を実行したまでのこと」

 服部半蔵が異を唱える。

「命令? うそよ、いつ、あたしが命令したあ?」

「かように、頬を((^^ゞ)」

「え……あ、ああ、あれはね、ちょっと痒くなったからあ、ごめんね、人騒がせでえ(^_^;)、てへぺろ」

「てへぺろすんな!」

「えと、そーゆうことだから、あなたたち、通っていいよお」

 ええんかい!

「ミロクさまあ、ウズメさまあ」

「「なに!?」」

 黒牛頭が折れた車軸を持ち上げて不足を言う。

「車軸が折れちまって、仕事にならないんすけど」

 黒牛頭がリーダーだったようで、牛頭馬頭どもが、いっせいに車軸の折れを持ち上げる。

「ああ、ごっめん! それはあたしだわ。あたしって車折神社の御祭神だから、プンスカすると車軸折れちゃうのよね。まあ、保険でなんとかするから」

「え? 保険きくんすか!」

「うん、岸和田のダンジリ保険の保険屋に入ってるから。修理が済むまでは代車でやっといて。牛頭馬頭が動かなかったら、亡者どもを地獄に送れないもんね」

「ほんじゃ、我々は、これで」

 牛頭馬頭たちは納得すると、次々に姿を消していく。気づくと、弥勒と忍者たちの姿も見えなくなっている。

「ごめんね、脚を停めてしまって。京都は神さまや仏様で一杯でしょ、古株のあたしなんだけど、神仏習合とかで、いろいろ難しくって。ま、お詫びに少し先までは送らせてもらうわ」

「えと、それは有難いんだけど、ウズメさんの服装……R18指定だから……」

「あ、堪忍どすえ。ほな、これで……」

 

 ドロンとバク転すると、普通の巫女姿になったウズメさんだった。

 

 北斗はウズメさんを乗せて、嵐山のトンネルに入っていった……。

 

 

 

 

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降格機動隊・2・高格機動隊!

2020-02-22 07:14:22 | ライトノベルベスト

降格機動隊・2

 高格機動隊!       


 

 第七機動分隊は、別命「高格機動隊」とも言われて、関西の機動隊の中でも最精鋭や。

 装備は、他の機動隊といっしょやけど、左胸に黒い刺繍で「7´」が付いてる。一般人が見ても分からへんけど、警察官、特に機動隊やったら、十メートルも近づいたら一発で分かる。

 分隊の営庭には『サスケ』の装備が一式置いてある。放送局が仕様変更するたんびに同じものに更新していて、隊員は日に一回は出動中でもない限り、これをやらされる。ただ在職中は『サスケ』への出演は禁止されてる。やったら必ず優勝間違いなしなんで、部隊の実力が分かってしまうからな。

 それほどに、第七機動分隊はスゴイ。

 ここにオレを転属させたんは、すぐに音を上げて退職するやろという署長の浅はかな考え。
 たとえ職務執行中とはいえ、オレが大ファンである大島敦子のパンチラをマスコミやらYouTubeなんかに公開されてしもたんや。
「大石、責任をとれ!」と男らしい言われたら、腹の一つや二つは切った。それが機動隊に転属させてアゴと退職願を出させようという魂胆が気にいらん。

 事情の分かってる分隊長は、さっさとオレの始末をつけさせようと「サスケをやってみろ」と、引導を渡すつもりで言いよった。

 オレにも、この警察業界のメンツは分かってるんで、分隊のタイ記録にとどめておくだけにした。
「大石、おまえ、ただもんとちゃうな……?」
「いいえ、サスケはいっぺん出たかったんで、日ごろから鍛錬してただけです。ま、ここに来たら出られませんが、この大石武雄、粉骨砕身、身を挺して職務遂行に勤めます!」と、かいらしく答えとく。

 分隊長は、ゴジラに歯が立たん自衛隊のオッサンみたいに、ため息をもって、これに答えた。

 第七機動分隊の活動は、ほとんど公けにはされてない。

 並の機動隊では間に合わん、さりとて国民感情やらセクト主義から自衛隊の特殊部隊に頼むわけにもいかんという仕事を受けおうてる。来日した要人警護にも出動し、三回ほど大統領クラスを助けてるけど、襲われたこと自体が日本と相手の国のSPの恥になるので公開はされてない。
 日本では、オウムサリン以来テロらしいことも起こってない。一般には、テロの標的になるようなことを日本はしてないからと思われてるけど、それは能天気なA新聞やら、ヘッポコ評論家のごたくで、この十年で、八回のテロに遭うてる。大きな声では言えんけど、福井の海岸でトランク型の核爆弾を持ち込もうとした国の特殊部隊がおったけど、待ち構えてた第七機動分隊に一分間で制圧され、核爆弾は起動させずに済んだ。このニュースは、メディアには届けへんかったけど、世界中のテロ組織には伝わり、日本は標的にならんで済んでる。

 そんなある日、元の所轄署から手紙が転送されてきた。

 並の人間やったら気いつけへんけど、オレは一発で分かった。差出人は大島敦子のマネージャーの名前……で、中身は大島敦子自筆の礼状やった。
「……マスコミやネットでは大石さんのこと非難ばかりされていますが、わたしは感謝しています。これからも頑張ってください、応援しています。ありがとうございました。  敦子」
 オレは不覚にも、あの職務執行中に緊急処置とはいえ、触れた大島敦子の膝やふくらはぎの感触が蘇ってきた。

 いかん、いかん、職務精励! この時点では、大島敦子に再会することなど夢にも思っていなかった……。

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・48「エリーゼのために・3」

2020-02-22 07:05:01 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)48

『エリ-ゼのために・3』   



 平気な顔をしているけど気にはなっている、六回目の三年生をやっているわたし松井須磨は22歳、来年の三月には23歳だ。

 当たり前なら大学の四回生で就活の真っ最中、もっと当たり前なら大学を出て仕事をしている。同期には結婚して子持ちの子もいるらしい。
 
 こないだ久々に職員室に行った。
「失礼します」
 一礼のあと顔を上げてビックリした。

 空堀高校は古い学校で、有形無形の因習が残っている。
 その一つが職員室の席次。教頭が一番奥に席を占め、その前に三つの島。島の奥が学年主任で、以下は年齢と着任の順番。担任なんだからクラス順に並べばいいのにと思うが、そうはしない。
 で、一番ドアに近いのが非担任学年係という名のパシリ席。つまり、最若年の新任教師の席。

 その席に座っていたのが、最初の三年生のクラスメート朝倉さんだ。

 朝倉さんは一年休学していたので一個年上だ。
 わたしは直ぐに気づいたが、朝倉さんは気づかないのか「どの先生に用事?」と小首をかしげる。
「演劇部の松井です、〇〇先生に部活の用件です」
 そう返事して一礼したが「はいどうぞ」としか返ってこなかった。
 忘れられているか、22歳の制服姿が痛々しくて知らんぷりを決められたのかは分からない。

 こりゃ、もう卒業しなくっちゃなあ……とだけは思った。

 
 それよりビックリしたのが薬局のオジサンだ。

 ミイラ美少女人形のいきさつを昔語りされて、しみじみビックリ。
 六十過ぎのオジサンが、四十三年前に部長の谷口さんといっしょに作った創作劇が『エリ-ゼのために』なんだ。
 谷口さんが本を書き、オジサンは人形を作った。
 難渋している時に転校してきたのが日独のハーフで、その名も三宅エリ-ゼ。
 創作劇はポシャッタけれど、谷口さんとエリ-ゼさんは、本書きが縁で付き合うことになった。
 それだけでも十分に青春ドラマなんだけど、もっとビックリした。

 雨止みを待っていたオジサンに傘を持ってきた奥さんに「あ、すまんエリーゼ」と返事していた。

「それから色々あってね……結局は俺のカミさんになりよった。名前は22歳で帰化したときに絵里世て漢字を当てて、読み方も『えりよ』にしよったんや」
 そう言って、オジサンは雨の中、商店街に帰っていった。

 結局はオジサンの奥さんになって、どう見ても空堀商店街の薬局のオバチャン。
 そこに落ち着くためにはいろんなドラマがあったんだろう……久々に感動した。

 四十三年ぶりに『エリ-ゼのために』を完成させてお芝居にしてみたいと、演劇部らしい衝動が湧いてきた。

 帰り道、商店街を通って駅に向かう。

 前を朝倉さんが歩いている。
 ちょっと足を速めて朝倉さんと並んでみる。

「あ……」
「ども」
 間の抜けた返事をしてしまう。
「あ……演劇部の」
 生温く反応してくれるけど、反応は先日の記憶で、五年前の同級生のそれではない。
 
 一礼して朝倉さんを追い越す。

 薬局の前に来ると自然と目が行く。
 オジサンとオバサンが詰まらなさそうに店番をしていた。
 

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ヘアサロン セイレン ・4『ポニーテール』

2020-02-22 06:46:35 | 小説4

ヘアサロン セイレン ・4

 

『ポニーテール』                 


「いまごろ七五三の写真なんか持ってきて……!」

 エントランスのドアが閉まるやいなや、トコは写真帳をテーブルに投げ出した。
「まあ、可愛いじゃありませんか。ひ孫さんですか?」
 ヘルパーのミナミが拾い上げて、笑顔で聞いてきた。
「孫ですよ。甥が晩婚だったもんで、やっと七歳……いや、八歳か?」
「え、だって七五三でしょ?」
「ミナミちゃんね、七五三てのは秋と決まったもんですよ。遅くても十一月。覚えとくといいわ」
 トコさんは、甥が半年以上ほったらかしで、孫本人も連れずに、時期はずれの七五三の写真を持ってきたことにむくれている。
「まあ、愛想良くしといてやったから、満足なんじゃない? これで遺産はオレのもんだって。七五三じゃなくてゴサンだわよね。葬式代残してパーッと使ってやるんだから!」
 そう言いながら、トコが涙ぐんでいるのは分かっていた。

 七五三か……わたしには意味が違うけど、このジンクスは乗り越えた。
 留美子は密やかに、そう思った。

 留美子は、トコの隣の部屋の住人で元高校の先生であった。先生というのは寿命が短く、退職後の余命が、校長三年、教頭五年、平で七年。それで隠語で七五三という。留美子は、ここの『ほのぼの園』という、いかにも安出来で、欺瞞に満ちた名前に惚れ込んで、この介護付き老人ホームに入所して十三年になる。新築で入居したんだけど、予想通り、施設はくたびれ、サービスは低下。職員は長続きしなかった。

「これくらいのストレスがあったほうが長生きできる!」
 

 人には言っているが、年金でなんとかやっていけるのは、ここぐらいが分相応だったからだ。

 留美子は、今年になって足にきた。

 去年の暮れに転倒して大腿骨折をやって、自慢の要介護一がニになった。なんとかリハビリで歩けるようにはなったが、電動車椅子で移動することが日に日に増えていく。毎朝手すりに掴まらず、腕の筋肉と腹筋で起きるようにしているが、この春からは息切れがするようになった。

 そして、計算違いというか、天の配剤というか、大腿骨折が治って『ほのぼの園』に戻ってみると、お気に入りのヘルパーが何人か辞めて、その中にマドカが含まれていたことだ。
 そして、そのかわりに担当になったのが、ミナミである。何が気に入らないといって、こんな気に入らないことはない。ミナミはかつての教え子であり、退学生である。入学当初から落ち着きが無く、喫煙であげられたのを皮切りに、ケンカ、深夜徘徊でも補導され、ホッタラカシの親に変わってガラ請け人になってやったこともある。トドメが援助交際で、あげられた後妊娠したと騒ぎ立て、どう立ち回ったのか、援交相手の専務を離婚させ、幼妻に収まった。で、めでたく退学に持ち込み、本人も左うちわだったが、リーマンショックで会社は倒産。亭主とはさっさと別れ、女の子を二人ばかり雇ってスナックをやるが、三月で潰れた。で、その後、職を転々とし、やっとヘルパーとして、この『ほのぼの園』に落ち着いたのである。
 留美子は、せいぜいもって三週間だと思ったが、半年を過ぎたいま、まるで『ほのぼの園』の主である。
 ここのいい加減さと、それなりに身に付いた人あしらい、それに射程距離の短い人生観がハマったようだ。

「ねえ、留美子先生、今度うちら、こんなことするねんけど見に来ない?」

 ある日、ミナミがチラシを持って現れた。チラシには『懐かしのオールディーズヴァケーション』の文字が文字通り躍っていた。
 留美子はチャンチャラおかしかった。オールディーズというのは、留美子が若い頃に流行ったアメリカンポップスの焼き直しが前世紀の八十年代に流行ったもので、今ミナミが見せているのは、いわば焼き直しの焼き直しである。
 ミナミにしてみれば、好きなことをやって、施設の年寄りの二三人でも送り込んでおけば、老人介護文化運動の一環として見られ、ホールの借り賃が安くなり、資金援助までしてもらえる。一石三鳥ぐらいのオイシイ話である。

「あら、いいわね~♪」

 留美子は、頭から声を出して喜んだ……フリをした。

 アメリカンポップスについては、留美子は草分けである。毎日ダンスホールに通いあげ日劇のロカビリーフェスティバルでは親衛隊を自認していた。親が厳格な教師でなければ、ミナミとおっつかっつの人生であったかも知れないが、本人にその自覚はない。あくまでアクタレ教え子の鼻をへし折ってやりたい気持ちから。もっと深層心理では、留美子こそ、青春を取り戻したいのである。

 留美子は久々に杖だけで、美容院へ行った。

 この春に開業したセイレンという店で、睡蓮さんという美容師さんがお気に入りであった。地肌が透けるほどに薄くなった頭だけど、睡蓮さんは見事にボリュ-ムアップしてくれて、瞬間若かった頃の自分を思い出させてくれる……といっても、元学校の先生ということがばれているので、睡蓮さんは、それに見合ったものにしてくれる。
 今日は、まだ決心はついていないが、大昔のギンガムチェックのノースリーブのワンピをせたらっている。もちろんフワフワのパニエも、共布のリボンも。

「……というわけで、たとえ化け物と言われても、ここは一発勝負したいの!」
「分かりました。わたしも勝負させていただきます」

 睡蓮さんは、持ち込んだ衣装一式を見て、カリスマ……いや、神さま美容師として心に火が灯った。

「これなら、もうポニーテールしかないですね」
「え、この髪でできるの?」
「少しエクステ(付け毛)をします」
 そう言って睡蓮さんが持ってきたのは、一本のツヤツヤした黒いロングの毛だった。
「ちょっと、お呪いがしてありますから」
 それから、留美子は半分眠ったような気分だった。頭の中には、大好きだったコニーフランシスの歌声が響いていた。

 気がつくと、様変わりした自分の姿が、鏡に写っていた。これなら、ミナミの先輩ぐらいで通りそうだ。

 留美子は、久々に地下鉄に乗って、会場の貸しホールへ赴いた。途中みんなの視線が集まってくるようで、さすがに気恥ずかしかったが、胸を張って歩いた。チラッと反対側の歩道ににとてもイケテル女の子の姿が見えたが無視することにした。

『懐かしのオールディーズヴァケーション』は大成功だった。

 最初からポニーテールの女の子が栄えていた。ラストの『VACATION』は、もうポニーテールの独壇場だった。
「留美子先生来ないわね……」
 その日、ミナミがもらした唯一の留美子への言葉だった。ミナミもそのポニーテールに熱狂した。
「あんな本格的に歌って踊れる子が、今時いたんだ……」
 引退した大者プロディユーサーがため息をついた。
「きみ、名前はなんていうの?」
「はい、大浦ルリ子です!」
 思いがけない偽名が口をついて、本人自身驚いた。わたしよりイケテル子は他にいる。踊っている最中、その子の姿がチラチラ見えて、互いにライバル意識むき出しになった。

 そして、元プロディユーサーと二人になったとき分かった。
 イケテルその子は、鏡やガラスに映った自分自身であることに……。

「こんちは」
 ルリ子は、『ほのぼの園』に留美子の部屋の鍵を返しに来た。
「先生、大丈夫?」
「大丈夫です。ちょっとボケ始めてるけど、注意してれば、あたしたちでも看られますから」
「そう……じゃ、よろしくね」
「こちらこそ、おかげで、プロデビューできそうで、ミナミさんには感謝してます!」

 ルリ子は陽気にコニーフランシスを口ずさみながら帰っていった……。
 

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ここは世田谷豪徳寺・19《大橋むつおとの邂逅》

2020-02-22 06:28:29 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・19(さつき編)
《大橋むつおとの邂逅》    



 諦めない好奇心。恋とは一筋縄ではいかないもの。

 帰りの電車と、寝る前の一時間チョットで『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』は読み終えてしまった。
 ラノベらしく「アハハ」と笑っているうちに、主人公のまどかは乃木坂学院高校の演劇部を立て直し、友だちである大久保忠友クンが、タダトモから恋人になっていく大団円になる。読後感が爽やか。そして……。

 諦めない好奇心。恋とは一筋縄ではいかないもの。

 この二つを胸に刻ませてくれる。人生捨てたもんじゃないよね。アッと驚く奇跡がおこる♪ AKBの歌の中にあるような文句を、読み終わったら自然に思わせてくれる。

 世間は御用納めも済んだ二十八日。今日もバイトは早番だ。
「人生捨てたもんじゃないかもね」
「アッと驚く奇跡がおこるかも」
 遅番で交代の、秋元クンと聡子には別々に言っておいた。ささやかな種まき。

 しかし、アッと驚く奇跡が自分に起こるとは思ってもいなかった。

 三時に仕事を終えて、書店の前のスクランブル交差点に出ようとすると、東急のガード下から自転車の群れが走ってきて、横断中のオジサンに接触した。
「あ、あぶねえ!」
 の声だけ残して、自転車は道玄坂方向へ走り去っていった。オジサンは、転倒した拍子に腕を痛めたようで、腕を庇いながら起きあがれないでいた。みんな一瞥はくれるのだが、手を貸してやろうという人は誰も居ない。
「あたしの肩に掴まって」
 オジサンを信号の変わり目ギリギリで渡してあげることができた。

「当て逃げです」

 オジサンを連れて、そのまま駅前交番に向かった。
「いや、もう大丈夫ですよ。お嬢さん、どうもありがとう」
 オジサンは、関西なまりのアクセントでお礼を言った。
「防犯カメラで、確認しますね」
 一人のお巡りさんが録画をチェック。もう一人の女性警官が事情を聞いてくれた。
「オジサン、お名前聞かせてもらえます」
「え、あ、はい大橋むつおて言います」
「え……!?」

 と、あたしは驚いて、二十分後喫茶SBYの四人がけにオジサン。いや、大橋さんと座っていた。

「昨日『乃木坂』読んだとこなんですよ」
 そう言うと大橋さんはびっくりした。
「え、あの本読んでくれはったのは、日本中に数百人しかいてないんですよ!」
 あたしは正直に書店でバイトしていることやら『乃木坂』が返本寸前になったのを、社員販売で安く買ったこと。きっかけは、自分自身高校演劇の出身で、作中に出てくる修学院高校に片思いの人がいたこと。そいで「諦めない好奇心。恋とは一筋縄ではいかないもの」のコンセプトに励まされたことを正直に言った。

「ありがとう。あれは、まどかいう主人公に託して、ボクなりのエールを書き込んだもんです。自分自身にね。どうもボクっちゅう人間は……」
 大橋さんはかいつまんで自分自身と、作品について照れながら話してくれた。

 びっくりすることが幾つかあった。

 いささか波瀾万丈な半生を送ってこられたこと。見かけは四十代後半だけど、もう還暦を過ぎていること。そして、東京を舞台にした作品が多いけど現場には行ったことがないこと。で、この年末に、作品の舞台と作品にズレがないことを確かめ(乃木坂学院と修学院高校が実在すると言うと驚いていた)あわよくば次の作品のアイデアを拾って帰りたいこと。版元と渡りを付けておきたいことなどを言った。
「どうも大阪の人間は欲どうしいですなあ」
「スマホの番号教えてもらえませんか?」
 本にサインをしてもらったあと自然に聞いた。
「あ、ボク携帯は持たへんのんですわ」

 あたしは絶句した。作品の中には、携帯やスマホがポンポン出てくる。で、作者自身は原始人みたくケータイレス!

 そこで、あたしのスマホが鳴った。駅前の交番からだった。
 大橋さんと接触したのは若い学生風だけど、特徴がないので絞り込めないことを済まなさそうにお巡りさんが言っていた。
「いやいや、ええんですわ。怪我もしてへんし、さつきさんとも仲良しになれたし」
 貸してあげたスマホにお気楽に答えていた。
「根拠のない楽観。難しいけど座右の銘です」
 で、パソコンのアドレス、固定電話のナンバーを教えてもらった。

 気分良く家路につくと、お母さんから電話で買い物を頼まれ、家に帰ると、掃除やらお正月の準備なんか言いつけられてさんざん。
「仕方ないわよ。お母さん飯のタネの原稿書きで忙しいから」
 さくらが気楽に言う。
「さくらはいいわよ。箱根でゆっくり温泉浸かってきたんでしょ!」

 おっと、根拠のない楽観。噛みしめるさつきでありました。

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