空気入ってねーーーー!!
忌々しくタイヤを蹴ると、ガチャンと悲鳴を上げて自転車は倒れてしまった。
自転車に罪は無い。日ごろからメンテをしていない俺が悪い。だけど、心貧しい俺は自転車に当たってしまう。
クッソー!!
立て付けの悪い門扉を乱暴に閉めて道路に飛び出す。
いつも徒歩なんだからカッカすることもないんだけど、今日は特別だ。
なんせ100%の遅刻確定だ。今日遅刻すると生指部長指導をくらう。
桜井薫と名前はやさしげだけど、生活指導部長は魔界の帝王か閻魔大王の化身だ。あいつの指導は後免こうむる。
そもそもは綾香が悪い。綾香ってのは俺の妹。
妹というからには女なんだけど、見かけの割には女らしくない。女らしくないという言い方をするとエッチャン先生に怒られそうだが、俺個人の感覚だからしようがない。綾香は炊事洗濯掃除とかいう感覚をお袋の腹の中に置いてきたようなやつだ。
だから、この四月に親父の転勤にお袋が付いていってからは、俺が主婦。いや主夫。
夕べも晩飯の用意はもちろん、梅雨時には欠かせない布団の乾燥、風呂場のカビ取りまでやった。
で、ちょっとグロッキー。
「明日寝坊してるようなら起こしてくれよな」
綾香に頼んだ。これには兄としての目論見がある。綾香も朝は早い方ではない。その綾香にあえて頼む。
俺が起きなければ朝飯が食えない。なんせ、綾香は目玉焼き一つ作れない。そう言っておけば、グータラ妹も少しは我が身を律しようと思うだろう。
「ムリ、今夜は友だちんちにお泊り」
シラっと言いやがった。
「おまえなー!」「なにさ!」と火ぶたを切って、リアル兄妹喧嘩になりかけて、妥協点を見出した。
綾香が責任をもって、俺が起きれるような工夫をしておくことになった。
その結果、目覚ましが二個鳴って、テレビではゴジラが大音量で吠えまくる。トドメは『さっさと起きろ!!』とスマホで綾香の声。
それで飛び起きたんだけど。
「クソガキイーーーーー!!!」
頼んだ時間より一時間も遅い!
そういうことで、不快指数90の中、学校までの坂道を走っている。
世間が許すならマッパで走ったね。だって汁だくの牛丼みたくビッチャビチャ! マッパで走って頭から水被るってのが合理的だと思うんだけど、世間と言うのは、こういう高校生の危機に対応してくれるようにはできてはいない。
く……生徒諸君の姿がねえじゃねえか。
どうやら同罪の遅刻生徒の姿も見えないくらいの大遅刻になってしまったようだ。
ゲ、桜井薫!!
最後の角を曲がると、正門に魔界帝王閻魔生活指導部長の姿が見えた。奴は最後の遅刻者を見逃さないように遅くまで正門に立っているとは聞いていたが、もう一時間目が終わろうと言う時間まで立っているとは!
お早うございますっ!
元気に挨拶する。今の俺に出来るのは恭順の意を示すことだけだ。
「新垣、今朝は、なんでこんなに早いんだ?」
閻魔大王が不思議なことを言う。
「え、ええ?」
「まだ、7時30分だぞ」
「えーーーーー!?」
頭の中でいろんなものがスパークした。俺の時計は9:00を指しているんだけど。
ア!?
どうやら綾香にしてやられた。時計もテレビもスマホも90分遅らせてくれたようだ。
薫閻魔大王の野太い笑い声を背に昇降口に向かう。
ゲ!? あれはなんだ!!??
昇降口横の自転車置き場で、とんでもないものが目に飛び込んできた。
なんと女子生徒が女子生徒を押し倒し、馬乗りになって乱暴を働いている。
「お、おい! なにをしてるんだ!?」
俺は国民的リア充をモットーに生きている。君子危うきに近寄らずだろうが、ここは並のリア充なら声を掛けるシチュエーションだ。
だが、これがとんでもないステージへのフラグだとは思いもしなかった。
「「あ!?」」
悲壮な顔で振り返った馬乗り女は、妹の綾香だった……!