やくもあやかし物語 2
「ツボルフというのは、エルフの王族のことなんだ」
部屋の明かりを消そうと思ったら、組んだ腕を枕にしたネルがポツリという。
起きて聞くべきかと思ったけど、そのままベッドに入って同じように天井を見る。部屋の明かりは薄オレンジの常夜灯。
「お名前に『フォン』が付いてたから、貴族階級だとは思ってたけど」
「辺境伯って言うんだ、むかしむかし、都を離れて蛮族との境目に領地を持って国の守りを引き受ける代わりに、ほかの王族や貴族には無い強い力を与えられている。お父さんは跡継ぎだったんだけどね、お母さんと結婚したから当主の継承権を失ったんだ……だから、お祖父ちゃん、あの歳でも現役」
「エルフって、長生きなんだよね」
いま流行のエルフのアニメ、主人公は軽く1000歳を超えるエルフの魔法使いだ。
「うん、アニメほどじゃないけど、人の十倍は生きる」
ちょっと考えた。
「ということは……」
「あたしは掛け値なしの十七歳さ」
「そのう……」
「なに?」
「ネルって、ワケありっぽいからさ……」
「なんだ、遠慮してたのか?」
「あ、ううん……そういうことは相手が話さないかぎり触れるもんじゃないと思ってたから」
「そっか……じゃあ、独り言だと思ってくれていい」
「う、うん……」
「お母さんは普通の人間なんだ」
「え、そうなの?」
生粋のエルフだと思ってたよ。
背は高いし、耳も立派にピンと張ってるし、運動神経はいいし、美人でスタイルもめちゃくちゃいいし。
「お父さんは、人間と結婚した罰で討伐隊に出されて、あたしは、小さいころから白い目で見られるし……ずっとお祖母ちゃん、お母さんのお母さんとこで暮らしてた」
「差別とかされたんだ……」
「まあね……でも、無理はないとも思ってる」
「どうして、差別はいけないことなんだよぉ」
思わず起き上がってしまった。
「フフ、だってさ、人間はエルフの1/10以下しか寿命が無いんだよ。エルフは1000年以上生きるからね。歳をとれば体力も判断力も落ちるし、いっしょに生きるのはむつかしい『ちょっと旅に出る』って言って、50年100年戻ってこないなんて普通だからね。まして辺境伯って領主だからね、御領主さまが、何十年の単位でしか領主の地位にとどまっていられなかったら領地の支配なんて任されないからね」
「でも、お父さんは……」
「人と交わるとエルフの寿命も縮んでしまう……って言われてる」
「え、そうなの?」
「うん、伝説も含めるといくつか前例があるんだけど、普通以上に生きた例は無い。だからね、放り出されるか放り出される前に自分から出ていくしかない」
「じゃ、ネルがうちの学校に来たっていうのも……」
「そればっかりじゃないけど……エルフの女って、17歳ぐらいの状態で1000年以上生きるんだ。だからさ、5年とか10年で変わってしまうのは、ちょっと辛くってさ……そういうのを周りから見られてるって、もっと辛くってさ、まあ、逃げて来たってとこ」
「そうなんだ」
……そこまで話すと言葉が無くなった。
肝心なことを聞いてない気がするんだけど、ちょっと踏み込む勇気が無いよ。
でも、ここまで聞いて終わりにしたら、ちょっと薄情な気もする。
エルフの辺境伯……ただの王族、貴族じゃなくて力がありそう……その孫娘……人とエルフのハーフだから、寿命はたぶん人間並み。
でも……ひょっとしたら長生きかも……仲間のエルフがネルを見る目……生まれたのはネルが選んだことじゃない……だけど、ご領主さまの孫娘、きちんと聞いていないけど、まだ正式な後継ぎとかは決まってない感じがする……。
ナザニエル卿は結界を張るために来たって言ってるけど、だったら、なんで、露天風呂で待ち伏せとかして……話をするんだったら、もっと他に方法はあったと思うよ……たしかに、あやかしとか出てるんだったら、やっつける必要あるんだろうけどさ……。
そうだ、まずはあやかしだ。
「ねえ、ネル……」
………………。
体を捻って隣のベッドを見ると、肝心の本人は美しい横顔を見せて寝息を立てていたよ。
☆彡主な登場人物
- やくも 斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
- ネル コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
- ヨリコ王女 ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
- ソフィー ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
- メグ・キャリバーン 教頭先生
- カーナボン卿 校長先生
- 酒井 詩 コトハ 聴講生
- 同級生たち アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
- 先生たち マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法)
- あやかしたち デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名