やくもあやかし物語 2
ガツガツガツ! ムシャムシャムシャ! ハグハグハグ!
みんなの咀嚼する音が食堂中に満ちて、天井から吊るされた三つのシャンデリアさえも共振してチャラチャラと音をさせている。
各自のテーブルには食べ終わった食器がアンコールワットのパゴダのように積み重なり、食べ終わった食器は命あるもののように自動的にパゴダの相応しい場所に収まって、同時にお代わりのトレーが現れる。
「みんな、そんなに食べたらお腹がパンクするよ!」
わたしが叫ぶと、ほんの一瞬、みんなは目だけこっちに向ける。
分かっているけど止められない! そんな感じのやら、恍惚となってるのやら、中には目も鼻も痕跡器官のようになって、顔中口になって朝食を放り込んでいるような者までいる。
ムシャムシャムシャ! ハグハグハグ! やくもぉ……ムシャムシャムシャ! ハグハグハグ! やくもぉ ガツガツ! ムシャムシャ……
咀嚼の合間にわたしを呼ぶ声。
パゴダの隙間から見覚えのあるクセッ毛の頭が覗いている。
ハイジだ!
ハイジは顔のほとんどが口になってしまい、残った皮膚も赤黒くなってきて、緊急事態なことが分かる。このままじゃ、みんな大食死にしてしまう!
――ハイジの口を消してやれ――
耳もとで声がした。
「え、だれ?」
声のした右側を見るけど、誰もいない。
――ここだ、ここ、お前の耳だ――
そう言われて触ってみると耳たぶの上に鉛筆が挟まれている。
「え、みちびき鉛筆!?」
いつの間にと思ったけど、今はみんなを、ハイジを助けてやらなければならない。
でも、どうやって、口を消すんだ?
――次のトレーが現れるのにコンマ5秒のタイムラグがある。その間、口は点のように小さく窄まる。そこを目がけて消してやるんだ――
「どうやって!? 消すものなんて持ってないよ! あんたは鉛筆だし!」
――おれの尻に消しゴムがついている――
「え?」
触ってみると短い鉛筆のお尻はゴムになっている。
「よし、やってみる!」
ピシュ!
ハイジが食べ終わった瞬間を見計らって、逆さに持った鉛筆を横殴りにする。
すると、ホクロほどに小さくなっていた口は一瞬で消えてしまい、次の瞬間、ハイジはバタリとテーブルに伏せて、伸ばした指がヒクヒク痙攣する。
「ハイジ!」
――大丈夫、すぐに元に戻る、それより大元の妖をやっつけるんだ――
「大元、どこに?」
――厨房だ――
言われて厨房に目を向けるけど、パゴダの山に遮られて簡単には見えない。
――ジャンプしろ、このミチビキ鉛筆がついていれば、空だって飛べる――
「う、うん!」
エイ!
天井スレスレまでジャンプして……見えた!
厨房に居るのはナリはいつものオバチャンだけど、顔はお化けピエロみたいなあやかしだった。
「退治してやる!」
勢い込むと、お化けピエロは煙のようになって換気扇に吸い出されるようにして外に逃げて行ってしまった!
「待てえ!」
反射的に追いかけると、わたしも換気扇に吸い込まれて、外に飛び出してしまったよ。
☆彡主な登場人物
- やくも 斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
- ネル コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
- ヨリコ王女 ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
- ソフィー ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
- メグ・キャリバーン 教頭先生
- カーナボン卿 校長先生
- 酒井 詩 コトハ 聴講生
- 同級生たち アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
- 先生たち マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法)
- あやかしたち デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名 朝飯前のラビリンス くわせもの