大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

小規模少人数高校演劇部用の戯曲脚本台本『ユキとねねことルブランと……』

2012-02-16 17:56:53 | 戯曲

全国の高校演劇には小規模演劇部に向いた脚本が不足しています。この脚本は小規模演劇部に特化した戯曲、脚本です。年内に門土社から出版されますので、それまでの期間限定公開です。上演されるときは全国高等学校演劇協議会の規定にそって文末のわたしの住所宛にお手続きください(普通の上演許可願いです)お役に立てれば幸いです。

沼津市の高校、川越市の高校などで上演していただきました。上演される場合は下記までご連絡ください。
【作者情報】《作者名》大橋むつお《住所》〒581-0866 大阪府八尾市東山本新町6-5-2
《電話》0729-99-7635《電算通信》oh-kyoko@mercury.sannet.ne.jp

ユキとねねことルブランと……
栄町犬猫騒動記


大橋むつお




時  ある春の日のある時
所  栄町の公園


人物
ユキ    犬(犬塚まどかの姿)
ねねこ    猫(三田村麻衣と二役)
ルブラン   猫(貴井幸子と二役)



闇の中、猫たちの無秩序で無統制な声々しばらく続く。「おだまり!」とルブランの凛とした一声で、水を打ったように静かになる。と同時に、舞台明るくなる。舞台は、この栄町の公園。中央に、この町の高校二年生、貴井幸子の姿をしたルブランが、舞い散る桜の花吹雪の中、猫達(姿は見えない)を睥睨している。

ルブラン おまえたち、いいかげんにしないと、三味線の皮にしちゃうよ!(猫達のしょげた声々)

ルブランの携帯が鳴る。手にしたラクロスのスティックを持ちかえ、腰につけた大そう立派なケースから、美しい携帯を出す。同時に猫達に「あっちにおいき」とあごでしゃくる。猫達の気配ほとんどなくなる。

ルブラン ……いいこと、あなたはわがままだったのよ。どうしようもなくね。因果応報、むくいよ……だめ。今ごろ泣きごとを言ったって。恨むんだったら、自分自身を恨みな。人のことをちっとも考えない。自分の気持ち、欲望だけ。最低だったわよ!! そんなあなたに、終止符を打ってあげたの。エンドマークを出してあげたの。反省……? しても遅いわよ。もう人間として生きていく資格なんかなし! 世界のためにも、これしかないの! これからは、わたしがやるわ。あなたに代わって……そう、泣けばいい、わめけばいい。もう誰にも聞こえやしない。そうやって、自分の愚かさとみじめさを思い知るがいい! ホホホ……じゃ、またお話しましょ。これからは何度でもいたぶってあげる。もう少しあなたの心をえぐってやりたいけど(人の気配を感じて)じゃ、またね……

携帯のスイッチを切り、上手方向に目線を残しながら下手に去る。ニ三匹のいのこった猫が「ニャー」と後を追う。いれかわりに、同じ高校二年生の犬塚まどかの姿をしたユキが、声をひそめ、まどかを探しながらあらわれる。

ユキ まどか……まどか……まどかったら……どこ行っちゃったのよ。まどか……たまんないよ、ほんとに……まどか! たのむよまどか……どうすんのよ、こんなになっちゃって……まどか! 冗談じゃないわよ……お願いまどか。出てきてまどか……出てきてちょうだい、まどか……

同様に、同じ高校二年生の三田村麻衣の姿をしたねねこがあらわれる。背中に大きな水鉄砲を背負い、腰にチャラチャラとひかりもの、鞄を手に、首にブタの人形を下げている。

ユキ まどか……まどか……(ねねこに気づき)ユキ、ユキ……どこにいるの、犬塚さんちのユキ……
ねねこ なにやってんの?
ユキ あ、麻衣……いつからそこに?
ねねこ ついさっき。公園の前を通ったら、まどかの姿が見えて……何か探してんの? ひょっとして……
ユキ ユキ。目が覚めたらいないの。庭の柵が開いていたから、一人で散歩に出かけちゃったんじゃないかと思うの。
ねねこ それは心配ね。まだ子犬なんでしょ?
ユキ うん、一才ちょっと……人間でいえば、わたしたちくらいかな。
ねねこ へえ、もう一才過ぎたんだ。
ユキ 小柄な子だから……でも、雑種のノラ犬、賢い子だからそう心配はないと思うんだけど……
ねねこ へえ、ユキってノラだったんだ。
ユキ お母さん、動物嫌いのくせに見栄っ張りだから、紀州犬だって言ってるけど。ほんとは、お父さんが酔った勢いで、この公園で拾ってきたの。
ねねこ そうなんだ。
ユキ で、けっきょく、わたしがユキの世話係ちゅうわけよ……おーい、ユキ……
ねねこ まどか、今日は、ちょっと久しぶりだよね?
ユキ そう……?
ねねこ このふた月ほどは、ろくに顔もあわせてないよ。
ユキ そう? だったらごめん。
ねねこ ひょっとして、麻衣のこと敬遠とかしてる?
ユキ ううん……たまたま。
ねねこ たまたま?……はっきり言いなさいよ。そういうずるい言い方嫌いだし、あたし。ほら、また目線が逃げる。何か思ってる証拠。かまわないから、はっきり言って。
ユキ ……このごろ麻衣、変わっちゃったりしてない?
ねねこ あたしが?
ユキ うん……派手になったつうか、お化粧とかもしてるし、ジャラジャラひかりもんとかぶら下げてるし……それはいいんだけど、学校でも、よく居眠りとか、ちょっと気むつかしくなった感じ……
ねねこ ふーん……
ユキ はっきり言えっていうから……気ィ悪くしたらごめんね。
ねねこ ううんいいよ、気にしてないから。あたしもいっしょに探してあげようか?
ユキ いいよ、そんな……
ねねこ いいよ、探してあげるよ、行方不明のまどかのこと……
ユキ え……!?
ねねこ 実は、ずっとさっきから、あんたのことはわかっていたのさ。あんたの探しているのは、犬のユキなんかじゃない。人間のまどかだ! どうだい、違うかい? 犬塚まどかさんちの飼犬のユキさん……
ユキ キャイーン……!
ねねこ それにしても、うまく化け……(ぐるっと、ユキのまわりを一まわりして、おぞけをふるう)……その体はまどかそのもの……ユキ、おまえ、まどかにとりついたね……!?
ユキ ちがう、それはちがう!
ねねこ なにがちがう。人間の目はごまかせても、このあたしの目はごまかせないよ……
ユキ ……だれ、あなた……そういうあなたこそ、三田村麻衣じゃないわね?
ねねこ フフフ……にぶい犬だ、まだ気がつかないのかい?
ユキ ……!?
ねねこ ねねこよ、あたし。
ユキ ねねこ……!
ねねこ そんなバイ菌を見るような目で見ないでくれる。あたしは、コソドロみたいに人の体をのっとったりはしないわ。これは、わたしの磨き上げたテクニックで変化(へんげ)した、芸術品ののような三田村麻衣の姿よ。
ユキ ねこばけ……
ねねこ ありがとう。名誉ある称号をおぼえていてくれて。犬は間抜面して尻尾ふるしか能がないけど、あたしたち猫は、たとえ飼主であろうと媚をうらず、独立自尊の風を失わず。その化学(ばけがく)は、時に、狸や狐をもしのぎ、その変化の術は、人で申さば人間国宝、匠のきわみ。なかんずく、このねねこは遠く鍋島猫騒動のねこばけの嫡流。エスタブリッシュの頂点……なんて、むつかしい言葉を並べても、犬の頭じゃ理解できないわね。
ユキ どうして、麻衣ちゃんに化けているのよ?
ねねこ 言ったでしょ、バイ菌見るような目で見ないでって。ねこばけの値打のわからない下等動物とは口もききたくない……と他の犬なら、そう言って後足で砂をかけておしまいだけど。ほかならぬ、今は亡き主人の親友の飼犬ちゃん……
ユキ 今なんて言った……今は亡き……?
ねねこ そう、今は亡き……麻衣ちゃん、死んじゃったのよ。
ユキ うそ……
ねねこ ふた月ほど前の夕暮れ時、コンビニに行こうと、急に家の前にとび出した麻衣ちゃんを、トラックが……即死だった……おり悪しく、ちょうどたばこ屋の角を曲がって、お母さんが帰ってくるのと同時……とっさに、あたしは麻衣ちゃんの亡骸を隠し、大あわてで麻衣ちゃんに化けたの……それからふた月、お父さんやお母さんの悲しみを思うと、もとのねねこの姿にもどることもできず、悲しい変化を続けているの……
ユキ 麻衣ちゃんは……?
ねねこ 庭の桜の木の下。猫の魔法で瞬間移動させて……今、静かに土に還りはじめている……
ユキ そんな……麻衣ちゃんが……
ねねこ 麻衣ちゃんが死んだって知ったら、麻衣ちゃんのパパとママは、どんなに悲しむことか……それを思うと夜も眠れず、変化のストレスも重なって……あたし、近ごろナーバスなの……
ユキ なんてこと……ふた月も前から……だから、まどか、あんたのこと敬遠してたんだ……一番の親友だったのに……どうせ化けるんだったら、もう少し……性格とか、もっと麻衣ちゃんらしく……
ねねこ 姿形はともかく性格まではね……ところで、ユキはどうして、まどかの体にとりついたりしてんのさ?
ユキ ……
ねねこ 言っちゃいなよ。あたしは全部ゲロしちゃったんだから、今度はユキの番だよ。
ユキ 今朝……目が覚めたら、いれかわっていたんだ……
ねねこ 今朝?
ユキ まどかって、時々、心ここにあらずって顔してる時があるでしょ。
ねねこ うん、よくボーっとしてるよね。
ユキ あれって、ほんとに心がないんだよ。
ねねこ え?
ユキ 体から、魂が抜けて、フワフワしてんの。そういう時、わたしも時々、まどかの体の中に入ったりしていたの。
ねねこ え、ユキって、そんなことができるんだ!?
ユキ うん、子犬のころから、「あ、この人って何考えてるんだろう……」そう思うと、ふうっと相手の中に入れたりしたんだ。
ねねこ そうなんだ。
ユキ もっとも、ほかの犬や人には嫌がられることが多くて……それで、犬の国を出てきちゃったんだけど……
ねねこ え……ユキって、犬の国出身なんだ。
ユキ うん、そうだよ。この妙な癖がなかったら、とっても住みやすいところ……でも他の犬には内緒だよ。この町の犬は、犬の国の出身てだけで白い目で見るんだから……
ねねこ うん。わかった……そいで、どう。まどかの体に入って、どんな具合?
ユキ うん、表面はいい子ぶってるけど、実際は不安と不満だらけの子なんだ。そのひずみが、体のあちこちに出ていて……今も、肩と腰にエレキバンはってんの……
ねねこ ハハハ……
ユキ 入試のことも気になってるみたいで……胃にもきてんの……ゲップ……ごめん。
ねねこ で、まどかは、犬のユキの姿で町をうろついてるんだ……
ユキ ひょっとして、犬の国へ行ってしまったのかも……昨日、携帯で犬の国の友だちとしゃべっていて……とてもなつかしくって……それを聞いて、行っちゃったのかも……まどかって、すぐに人のことうらやましく思っちゃうから……
ねねこ 犬が携帯もってんの!?
ユキ もってるよ。犬は淋しがり屋で仲間意識が強いから。人間にはわからないように、骨の形とかしてるんだ(見せる)
ねねこ ふーん……ほんとに骨にしか見えないね……
ユキ 猫は携帯とか持たないの?
ねねこ もたない。趣味じゃないのよ、そういう携帯とかでベタベタした関係……
ユキ 猫って……
ねねこ 性にあわないんだ。嫌いって言ってもいいよ。べつに好かれようなんて思ってないから。でも、ユキのことは友だちって思っているよ。だから、こんなにいろいろ話をするんだ。
ユキ 友だち? わたしは思ってないけど。
ねねこ でも、あたしは思ってんの!
ユキ 猫って、勝手……きっと(下心が)……
ねねこ で、友だちとして、一つお願いがあるんだけど……
ユキ ほらきた。
ねねこ ほら、あそこ。茂みのむこうのベンチに、幸子がいるでしょ、貴井幸子。
ユキ え……うん。
ねねこ 二年B組のタカビーちゃん。制服姿は、わたし達平民といっしょだけども、彼女、貴井建設の社長のお嬢さん。
ユキ え、貴井建設って、テレビでコマーシャルとかやってるゼネコンの!?
ねねこ そう、高速道路とか、空港とか、バンバンつくって儲けてる。
ユキ でも、幸子さんの家って、普通の家だよ。失礼だけど、社長さんて感じじゃあ……
ねねこ 本宅は、田園調布にあるんだよ。去年、親子げんかして、とび出してきたんだ。ほら、一年の秋ごろ転校してきたでしょ。
ユキ ……でも、そんな高ビーのお嬢さんがこんな公園で日向ぼっこする?
ねねこ 庶民をヘイゲイしてんのよヘイゲイ。わかる? 人を見下して喜んでんのよ。
ユキ まさか……おだやかに半分目をつむって……まるで猫のお昼寝という感じだよ。
ねねこ そう、猫のお昼寝なのよ、猫の……
ユキ ……!?
ねねこ わかった?
ユキ まさか……
ねねこ そう、あいつも猫。幸子が飼ってたルブランて猫。卒業まぎわに、また転校するって噂。それでピンときて調べてみたら……ルブランに入れ替わっていたってわけ。あいつ、田園調布にもどって、あらんかぎりのぜいたくをしようって腹よ。
ユキ ……悪い猫……で、本物の幸子さんは?
ねねこ 殺されたか、食われたか……
ユキ ええ!?
ねねこ ……猫が寄ってきた……二匹……五匹……どんどん増える。
ユキ みんな町内の飼猫だ……
ねねこ 手なずけてんのよ。きっと田園調布まで連れてって、手下にするつもりでしょ……
ユキ ……子供が寄ってきた。
ねねこ ちっ……子供は猫好きだからな。急いだ方がいいか……
ユキ 子供たちがあぶないの?
ねねこ いいや、子供に危害を加えることはないと思う……ただ、仕事がしにくくなるんでね……
ユキ 仕事?
ねねこ お願いというのは(背中の水鉄砲をはずす)こいつで、あのルブランを撃ってほしいんだ。
ユキ え……?
ねねこ 見てのとおりの水鉄砲。ただし、中に薬が入ってる。
ユキ 薬?
ねねこ 猫の事務所からもらってきた特別製、「化猫をもとの猫にもどす薬。」
ユキ え?
ねねこ 天誅さ、天にかわって幸子の仇をうつ。同じ猫仲間として許せない。あたしは正義の味方猫ねねこ!
ユキ ほんと?
ねねこ ほんと。ね、お願いお願い、お願―い!
ユキ でも、ルブランがもとの猫にもどって急に幸子さんがいなくなったら、幸子さんのお父さんやお母さん、きっと悲しむわよ。
ねねこ 心配ない。今度は、あたしが幸子に化けるんだから。
ユキ え……じゃあ、麻衣ちゃんの方は?
ねねこ あたしの体は一つっきゃないのよ。
ユキ じゃあ……
ねねこ 二ヶ月もやったんだから、もうたくさんでしょ。
ユキ でも、麻衣ちゃんのパパやママが……
ねねこ まどかの魂は、探せばもどってくるわ。でも死んだ麻衣の魂がもどってくることはありえない、あたしが化け続けるのは、人の道にも、猫の道にもそむくことになる……むろん神様にも……(胸に十字を切る)家出したってことにする。ね、見かけもケバイねえちゃんになったから、家出くらいしたって、ちーっとも不思議じゃないでしょ。
ユキ それって……
ねねこ 死体を掘りおこして見せるよりましじゃん、でしょ……家出なら生きてるかもって……希望も持てるし……あたしの体は一つっきり! いろんな人をたすけようと思ったら、わりきらなきゃしょうがないでしょうが!
ユキ あなたって人は……(ねねこの本心を見抜いている)
ねねこ フフフ……思ったほどバカじゃないみたいね……そうよ。あたしは、なにも人だすけのためだけに化けてるんじゃない。楽がしたいの。おもしろおかしく生きていきたいの。それには、不自由な猫の体でいるよりも猫よりずっと気ままに生きてける人間の女の子になった方が……そうでしょ? そして、中産階級の三田村麻衣よりも、ブルジュアの貴井幸子になった方が、何万倍もぜいたくできるじゃん! でしょ? だから鞍替えすんのよ鞍替え……待ちな……! どこへ行こうってのさ。ここまで聞いたら逃げられないよ。もう、あんたはあたしの奴隷。妙な真似したら、あんたが犬だってバラすよ。体はまどかでも、頭はワンコウ。さっき、電柱の横で思わず足が上がりかけたでしょ? 悲しむでしょうねえ……まどかのお父さんお母さん、娘が犬畜生だって知ったら……さ、早くこの水鉄砲を持って!
ユキ 自分でやればいいでしょ!
ねねこ できるくらいなら頼みはしないわよ。この薬は、猫が打ったんじゃ効き目がないの。さ、早く!(水鉄砲を渡す)
ユキ だめよ、距離があるし、子供たちや他の猫たちもいるし……あ、鬼ごっこ。
ねねこ ち……鬼ごっこなんかすんなよ、こんなところで……
ユキ 無理だよ。
ねねこ 悲しませる気か……自分を拾ってくれたお父さんやお母さんを……ようくねらえ……今だ! どこをねらってる、左! いや、右!
ユキ えい! はずれた……
ねねこ 伏せろ! こっちを見てる……チャンス、今度はルブランが鬼だ!
ユキ えい!
ねねこ バカ、距離を見こんで撃たないか。銃口を上げて……上げすぎ!……右、左、遠すぎ! ちがう、そっちそっち、前だ! 前!(興奮しすぎたねねこが、ついユキの前に出てしまう)動いた、右、左、今だ! 
ユキ えい!(あやまって、前に出すぎた、ねねこを撃ってしまう)
ねねこ う……どこをねらってる……!?
ユキ わざとじゃないよ、ねねこが前に出ちゃうから……
ねねこ う……く、苦しい……猫の姿にもどってしまう……ユ、ユキのバカヤロー!(もがきつつ上手に去る)
ユキ ごめん、だってねねこが……ねねこ……あ、猫にもどっちゃった……動かない……死んじゃったのかなあ……

いつの間にかルブランがラクロスのスティックを手にあらわれている。

ルブラン 気絶しているだけよ。ほっとけばいい、あんな未熟者。そのうち目が覚めてどこかへ行くでしょう。
ユキ ……
ルブラン ルブランでいいわよ。知ってるんでしょ、わたしのこと? あなたの射撃、ねねこが言うほどには下手じゃなかったわよ。犬にしておくにはもったいないくらい。おかげで服も持ち物もびしょびしょ。
ユキ ……!?
ルブラン 効かないのよ、わたしには。
ユキ だって、ねねこは……
ルブラン あんな下等な化猫といっしょにしないで。あいつは、ただ人に化けていい思いがしたいだけ……わたしは違うのよ。猫のエリートを育て、その子たちを人間に化けさせて……そこから先は、ヒ、ミ、ツ……ホホホ……じゃ、また町内の猫たちの訓練をしようっと。あなたたちには、ただの鬼ごっこにしか見えないでしょうけどね……おっと、その前に、濡れた服を着替えなくっちゃね。バキューン(ラクロスのスティックでライフルを撃つ真似をする)今度邪魔したら、許さないからね(去る)
ユキ ……あいつ、全部知ってんだ……

上手から、ユキを呼ばわる声がして、麻衣があらわれる。

麻衣 ユキ……ユキ……!
ユキ ねねこ!?
麻衣 ちがう、ねねこじゃないよ。麻衣だよ麻衣!
ユキ ……庭の木の下で骨になってるんじゃあ……
麻衣 それは、ねねこのハッタリよ。わたし、ねねこにブタの人形に変えられていたの。ほら、ねねこが首からぶら下げていた。
ユキ あのブタの人形?
麻衣 ねこばけは、生きた人間を物に変えてそれを肌身離さず持っていることで、その人間になりかわれるの。化代(ばけしろ)っていうんだって。
ユキ そうだったんだ……でも、よかった、生きていてよかった! 生きていてほんとうによかった!(抱きつく)犬の姿だったら、ちぎれるほど尻尾をふってるとこ!
麻衣 ハハハ、顔をペロペロなめたりすんのもカンベンね。
ユキ うん、ほんとはペロペロしたいんだけどね。(今にもペロペロしそう)
麻衣 アハハ、あたしもちょっとハメをはずして、いいかげんな生活していたから……ねねこ、それを見て、うらやましくなったんだろうね。ねねこが、ねねこだけが悪いんじゃないんだ。
ユキ でも、相当性格悪いよ、あの猫。
麻衣 うん、でも、子猫の時からいっしょだったからね。
ユキ じゃ、一人と一匹で、いっしょに反省だ!
麻衣 はーい……で、そっちの方、まどかはまだ見つからないんだよね?
ユキ うん……犬の国へ行っちゃったかな……
麻衣 あたしもいっしょに探すよ。まどか、方向オンチだから、きっとまだそのへんをウロウロしてるよ。
ユキ ありがとう。
麻衣 あ、ルブラン!?(遠くに着替え終わったルブランを発見する)
ユキ もう着替えたんだ……あいつ、全部知ってたよ。わたしたちがここにいることも、水鉄砲で撃っていたことも……あいつには、この水鉄砲の薬、効かないんだ……
麻衣 あたってなかったんじゃないの?
ユキ あたってた。ここへ来て、自分でもそう言ってた。だから、服も着がえに行ったんだ。
麻衣 けたちがいの化け物なんだ……
ユキ 遊んでるように見えてるけど、ああやって、猫たちの訓練してるんだ。
麻衣 猫好きの女の子が遊んでいるようにしか見えないもんね……
ユキ ああやって、ねこばけを増やして、何かとんでもないことを企んでいるんだ……
麻衣 革命とか、世界征服とかね……
ユキ うん。 
麻衣 アハハ、あたし冗談で……
ユキ ルブランならありえる。
麻衣 ……幸子はどこだろう……化代にして身につけてるはずだけど。その薬、ルブランには効かなくても、化代には効くって。男爵がそう言ってた。化代を幸子にもどせば、ルブランも化けていられなくなる。
ユキ 持ち物もみんな薬でびしょぬれ、もう何も身につけていないよ。
麻衣 でも、なんかあるでしょ、ポケットの中とか……
ユキ それはないよ。全身ビチョビチョだったから、隠して持っていても水びたしだよ。
麻衣 携帯で、誰かとしゃべってる……
ユキ 誰としゃべってるだろう?
麻衣 意地悪な顔して笑ってる。あれは人をいたぶって喜んでる顔だよ。何をしゃべってるんだろう?……ねえユキ……ユキ……
ユキ (目を開けたまま固まってる)
麻衣 ユキ、ちょっと……どうしちゃったのよ、ユキ! やだ、固まっちゃた……
ユキ (麻衣が叩くと、金属音がする)
麻衣 ちょっと、ユキ! ユキ!
ユキ ……大丈夫、ちょっと手ごろな奴に魂とばして、話を聞いてたの。
麻衣 そういうことは、ヒトコト言ってからやってくれる。びっくりするでしょ。で、誰とどんなことしゃべってたの?
ユキ 幸子さんと話してたみたい……「あんたのふりしてんのも飽きてきた。そろそろ消えてもらおうか」とか言ってた。
麻衣 あいつは並のねこばけじゃない。RPGで言えば、ラストの大ボス! 特別に魔力が強いんだ……薬も効かないし、化代も身につけなくていいくらいに……幸子は、きっと、どこかに閉じ込められているんだ。
ユキ 閉じ込めるって、どこへ?
麻衣 とりあえず、幸子の家。行ってみよう。
ユキ 待って、何かがひっかかるの……
麻衣 ひっかかるって、何が?
ユキ 何かが……
麻衣 何かじゃしょうがないでしょ。早くしないと、幸子は消されちゃうよ!
ユキ ……ねねこが言ってた、猫は携帯電話なんか持たないって……そうだよね?
麻衣 だから、あいつは並のねこばけじゃないって! 携帯使って世界の支配をたくらんでるんだ!
ユキ ちょっと待ってて(水鉄砲を麻衣に渡し、下手に去る)
麻衣 ユキ……! ったく、何を考えてんだ……あ、携帯とった!

携帯電話を奪って、もどってくるユキ。その後を血相を変えたルブランが追ってくる。

ルブラン この泥棒犬。今度邪魔をしたら、許さないって言ったでしょ!
ユキ 血相変えて追いかけてきたわね。
ルブラン 誰でも、大事なものをかっぱらわれたら、頭に血がのぼるわよ。さあ、返しなさい、わたしの携帯電話……
ユキ よほど大事な携帯ね。でも、いまどき携帯をわざわざケースにしまってる人なんているかしら……
ルブラン 出すな、ケースから!
麻衣 スンゲー! 見たこともない高級品!
ルブラン いじくるんじゃない!
ユキ ルブラン……あなた、幸子さんを携帯に変えたわね?
麻衣 え、その携帯が幸子!?
ユキ そしてこのケースは、携帯にされた幸子さんが逃げ出さないためのイマシメ。
麻衣 そうか、万一ポロリと落っことして、人が拾っちゃったら……幸子って、携帯になっても、お嬢様なんだ……
ユキ 考えたものよね、携帯に変えれば、肌身離さず持っていても怪しまれないし。そして、思う存分ネチネチ、ビシバシ言葉のパンチをあびせても自然だものね……ケースにもどしては……かわいそう、必要以上にしめあげたのね、皮ひものあとがこんなに……
ルブラン なにを他愛もないことを……

麻衣、なにかひらめいたらしく、力いっぱい携帯電話に水をかける。携帯といっしょに、ビショビショになるユキ。

ユキ 麻衣ちゃん……そういうことはヒトコト言ってからしてくれる。
麻衣 ごめん、携帯に薬かけたら、幸子にもどるかなって……だって化代にかけたらもどるって……
ユキ わたしも、そう思ったんだけど……ハックション!
ルブラン ハハハ……まるで水に落ちた犬だね。さあ返しな。それは高級品だけど、ただの携帯電話。化代なんかじゃないんだよ!
麻衣 くそ!
ルブラン 知っているかい、こんな言葉……水に落ちた犬はたたけってね!

しばし、みつどもえの立回り。おされ気味のユキと麻衣(戦いを表す歌と、ダンスになってもいい)

麻衣 ユキ、もうだめだ。こいつにはかなわないよ。
ユキ あきらめないで。ルブランのこの真剣さ、この携帯、化代に違いない!
麻衣 だって、いくらやっても効き目がないよ……(片隅に追い詰められる二人)
ルブラン フフフ、バカの知恵もそこまでさ。覚悟をおし……
ユキ この携帯、高級品……ひょっとして……(携帯の裏側をさわる)
ルブラン やめろ、さわるな!
ユキ この携帯は……高級品のウォータープルーフ。つまり防水仕様になっている。
麻衣 さすが、ゼネコン社長のお嬢様!
ユキ でも、防水仕様は外側だけ、電池ボックスを開けて、内側に、その水鉄砲を……どうやら図星ね……麻衣ちゃん、もう一度この携帯を撃って!
麻衣 よっしゃ!
ルブラン させるか!

ユキが素早く電池ボックスを開けた携帯に、あやまたず麻衣の水鉄砲が命中!

ルブラン ギャー!
麻衣 やった!
ユキ どうやら、正解だったようね。わたしの手の中で、幸子さんが、自分の鼓動をうちはじめている。
ルブラン ……なんてこと……せっかく、せっかく、ルブランの夢がかなうところだったのに……(断末魔のBG、ルブラン倒れる)

暗転。明るくなる。幸子を囲んで麻衣とユキ、「幸子さん」「幸子」と声をかけている。

幸子 わたし……わたし、もとにもどれた……もとの姿にもどれたんだ!
ユキ 幸子さん、もどれたんですね!
麻衣 ルブランも、もとの猫にもどって逃げていったわ。
幸子 ありがとう、麻衣ちゃん、ユキちゃん。
ユキ ユキでいいです。そう呼ばれなれてるから。
幸子 ううん、ユキちゃんが気づいてくれなかったら、わたし死ぬまで携帯電話のままだった。
麻衣 水鉄砲撃ったのは、あたしだからね。
幸子 ありがとう。
麻衣 でも、防水仕様には気づかなかった。これは、ユキのお手柄。しかし、ルブランてのは相当の悪だったわね。
幸子 ルブランがこうなったのも、わたしのせいだと思う。甘やかしたり、いじめたり。わたし自身、思いあがって、わがままのしほうだい。そんなわたしを、ルブランはじっと見ていたんだわ……
麻衣 あたしと、ねねこも……
幸子 わたし、ルブランを探しに行く。
麻衣 あたしも、ねねこを……
ユキ それはよした方がいいわ。
幸子 え……?
麻衣 どうして?
ユキ 今はまだ、あやまりに気づいたばかり。気づいただけだもん。もう少し時間と努力が必要だと思う。ちゃんとしたパートナーとしてつきあうために二人と二匹には……もう少し、もう少し、人と自分を見つめる時間と努力が……
幸子 そうよね……ユキちゃん、えらい!
麻衣 さすが、まどか御自慢の愛犬ユキだ!……ごめん、まどかはまだ見つかってないんだ……
ユキ ううん、大丈夫。いずれは……(ユキの骨形の携帯電話が鳴る)もしもし……え、まどか!?
二人 え……!?

ストップモーション。ユキだけが動く。

ユキ 電話は、わがあるじ犬塚まどかからでした。運よく犬の国へは行けたらしいのですが、見ると聞くとは大違い! たった半日で嫌になり、人間の世界にもどってくると言いました。わたしが、うっかりまどかの前で犬の友だちとなつかしそうにしゃべっていたことが災したようです。この点は、わたしも反省。そして、これで、わが栄町の犬猫騒動は終わりをつげました。どうです、この二人。まどかからの知らせがあった、その瞬間の表情です。麻衣ちゃんなんか、少し間が抜けて見えますが、二人とも、友の無事を知った、その一瞬の驚きと喜びがよくあらわれています……われわれペットは、こういう人間の表情を、実によく見ているものです……今のあなたたちと同じように……犬や猫が、天使になるか悪魔になるか。それはあなたたち次第。わたしは、明日まどかがもどってきたら、またもとの犬の姿にもどります。一歳ちょっとにしては小柄な、しっぽをキリリと巻き上げた、白い、一見紀州犬……もし、町で見かけたら、気軽に声をかけてください。もちろん人間の言葉で。そしてもちろんわたしは犬の言葉でお返しします。ワンワンワン、ワン! わかりました?「今日は、お元気?」ってな意味です。そのうちわかるようになりますよ、バウリンガルとかなしででも。それじゃあみなさん、
ワォーン……これ、さよならって意味ね。ワォーン、ワンワンワン……
  
これに和するように、大勢の犬の「ワォーン」重なる。キャスト、スタッフ、出られる者は全員舞台に出て、イヌとネコと人の歌とダンスになる。  
 
みんな(唄う) 桜の花が、舞い散るころは、心はそぞろ。気もそぞろ。
新しいことが始まるような。
新しいものが来るような。
何かが、わたしを待っている。
誰かが、わたしを待っている。
そして、他の、何かを、誰かを忘れてしまう。
どこだ、どこだ、だこだ!?
忘れちゃならない、大切なこと。
忘れちゃならない、大切なひと。
新しきものに、心うつろう、その前に、覚えておこう。

桜の花が、舞い散るころは、心はそぞろ。気もそぞろ。
新しいことが始まる前に。
新しいものが来る前に。
わたしは、立ち止まってみる。
わたしは、耳を澄ましてみる。
そうして、わたしは、何かを、あなたを覚えておこう。
そこだ、そこだ、そこだ!
忘れちゃならない、大切なこと。
忘れちゃならない、大切なあなた。
新しきものに、心うつろう、その時に、覚えておこう。
新しきところ、心ひらける、その時に、忘れぬように。     
   

【作者の言葉】
人間と動物、同じ人間がやるわけですが、その違いを意識して、というより楽しみながら
やって下さい。恥ずかしがらずに思いきりよく、そして稽古は、一回あたりの時間よりも集中に重点を置いて考えてください。水鉄砲は本水は、おそらく使えないので、リアクションしっかりやってください。最後の歌は、とりあえず創ったものです。適当に変えてもらっても。別の歌に替えてもらってもけっこうです。明るく元気なダンスもつけて、楽しいフィナーレにしていただければと思います。   


【作者情報】《作者名》大橋むつお《住所》〒581-0866 大阪府八尾市東山本新町6-5-2《電算通信》ohーkyoko@mercury.sannet.ne.jp
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