大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・『戯曲あすかのマンダラ池奮戦記・前半』

2012-02-22 12:31:47 | 戯曲
あすかのマンダラ池奮戦記・前半
大橋むつお


時 ある年の、暖かい秋
所 マンダラ池のほとり ミズホノサト

人物 元宮あすか  女子高生
イケスミ   マンダラ池の神
フチスミ   イケスミの旧友の神
桔梗     伴部村の女子高生(フチスミと一人二役)


軽快なテーマ曲流れ幕が開く。通称まんだら池のほとり。ドタバタと猫の走る音がして、あすかが駆けてくる。背中にリュック式のかばん。手には、壊れたラクロスのスティック。頬にひっかき傷。

あすか こら! まて! この恩知らずネコ! 逃げ足の早い奴だ。たすけてもらっといて、ひっかいてくことはないだろ、イテテ……命の恩人だぞ、あたしは……せめて、ニャーとかミャーとか、お礼の一言ぐらい言ってけよ……(池の水面に顔を映す)あーあ顔に二本も赤線……赤は成績だけで十分だっつうの。アニメだったら、ここからドラマが始まるとこだよ「なんとかの恩返し」とかなんとかさ(壊れたスティックを見て)高かったんだぞ……もともと出来心で入ったクラブだけどさ……イケ面の真田コーチも辞めちまうし……ラクロスなんて場合じゃないのよねえ(成績票を見る)……ああ、英・数・国の欠点三姉妹! あわせて物理と化学も四十点のかつかつじゃん!?……もう終わっちゃったよ、あたしの人生……こりゃ、お母さん思うつぼの轟塾かあ……やだよ、あそこ。成績はのびるけど、変態ボーズの宗教団体系ってうわさだよ。冬なんか褌一丁の坊主といっしょに座禅とかで、偏差値の前に変態値が上がってるっつーの!

うしろ手に手をつき、足を投げ出す。

あすか ……雨、ザーッと降ればいいのに。壊れたシャワーみたいにさ。そしたら、そのシャワーで溶けて、流れて……ウジウジ悩んだり、あせったりしなくて……そんなふうに思って雨に打たれたら、ドラマのヒロインみたい……冬のソナタ……秋のヌレタ……濡れた女子高生……なんかやらしい……だめだ(降らない)変なことばっかり言ってるから、猫も雨も、みんなあたしを見かぎる……ん……うそ!? 成績票が(池=観客席、に落ちてる)

池に落ちた成績票を壊れたスティックで、たぐりよせようとするが、あせってかきまわすばかり。とうとう池に沈んでしまう。

あすか あっちゃー……って、おっさんか、あたしって。コーヒーのしみつけただけでネチネチ三十分。なくしたなんて言ったら、どれだけ嫌み言われて、しぼられることか。「通知票を粗末にする奴は、二学期に絶対欠点!」……とっちゃったもんなあ……「池に落としてなくしちゃいました」「じゃ、あすかも消えて無くなればァ……」うかぶよ、担任のおっさんの顔が……秋深し……って言っても例年にないこの暖かさ。くよくよしても仕方ないか……よし、走って帰るぞ!……って、空元気つけてどうすんだよ……ウ!……ウンコ踏んじゃった。

雑草やティッシュで、ウンコを拭き取り、ぶつぶつ言いながら、池の水で靴を洗う。ややあって、そのあすかの目の前の池の中から、イケスミ(池の神)があらわれる(観客席の一番前に座らせて隠しておく)

あすか ……ワッ?!
イケスミ こんにちは……(チェシャ猫のように油断のならない笑み)
あすか オ、オド、オド……
イケスミ そんなにオドオドすることないからね。
あすか オドロイてんの! 急に池の中からあらわれるんだもん。
イケスミ ヌハハハ……
あすか やっぱ、気持ちわるーい……
イケスミ ここは、あたしの家なんだからね! そして、あんたがしゃがんでんのが、そのあたしの家の玄関先……ほら、そこに鳥居の跡があるでしょうが?
あすか ……この切り株みたいなの?
イケスミ 昔は、お社(やしろ)とかもあったんだけどね……
あすか ……ごめんなさい、靴洗っちゃった……ウンコつきの……怒ってる?
イケスミ まあな。でも、いちいち怒ってたらきりがない。
あすか ほんとにごめんなさい(居ずまいを正して頭を下げる)
イケスミ おっと、手の先十センチ、おっさんがもどしたヘド!
あすか ワッ!
イケスミ ……気をつけな。
あすか は、はい。
イケスミ ところで、あすか……
あすか あたしのこと知ってるの?
イケスミ 神さまだよ、あたし。もうこの池に三百年も住んでる。
あすか 三百年……神さま?
イケスミ トヨアシハライケスミノミコトと申す……オッホン。
あすか ト、トヨアシ……
イケスミ イケスミ……イケスミさんでいいよ。ところであすか、落し物したでしょ?
あすか え、はい……
イケスミ 成績票。
あすか 拾ってくれたんですか?
イケスミ はい、あすかが落とした成績票(二つの成績票を出す)
あすか それ……?
イケスミ 金の成績票と、紙の成績票と、どっちがあすかさんのかしらぁ?
あすか (ひとり言)これって、昔話にあったよね。正直に言ったら金の方までもらえるって……フフフ、やっぱ猫の恩返しか!?
イケスミ さあ、どっち。どっちがあすかの成績票?
あすか はい、もちろん紙の方です! そのコーヒーのしみがついているのが何よりの証拠。紙の方があたしの成績票です。
イケスミ はいどうぞ。まちがいないわね。
あすか ……英数国が欠点、物理と化学がおなさけの四十点。まちがいありません、あたしの成績票です!
イケスミ それはよかった。あなたって、正直者ね。
あすか いえ、それほどでも(正直に照れる)
イケスミ 「正直者の頭(こうべ)に神宿る」って、昔からいうのよ。
あすか 神戸? ひょっとして神さま阪神ファン? 阪神の神って神さまの神だもんね。どうしよう、わたしって巨人ファンだよ……
イケスミ バカ、頭のことだわよ。神さまは正直者が大好きって意味。
あすか それって、正直者をおたすけになるってことなんですよね!?
イケスミ まあね……
あすか ウフフ……やっぱ恩返し!
イケスミ ん?
あすか いえ、なんでも……
イケスミ というわけで、その正直さを愛(め)で、特別にこの金の成績票もさずけましょう。
あすか やったあ!……いえ、こっちのことです。ありがとうございます。
イケスミ それでは、これからも、神をあがめ、自然をいつくしみ正直に生きますように。
あすか はは!(ひれふす)
イケスミ ヌフフ……
あすか ?
イケスミ いえ、なんでも……めでたしめでたし……
あすか めでたしめでたし……

池の中(客席)に消える神さま。ひれふすあすか。

あすか ヌフ、ヌフフフ……フハハハ……やった! やったぜ金の成績! さぞや百点満点のオンパレード、オール五の花ざかり……な、なんじゃこりゃ!? オール零点、オール赤字の落第点……(間)ちょ、ちょっと神さま! 池の神さま!

池の神、再びあらわれる。

イケスミ はあいただいま……何かご不審な点でも?
あすか ご不審、ご不審、大フシン! どういうことよ!?
イケスミ そういうことよ。言っとくけどクーリングオフはなしよ! それから、神様見送る時は、あなかしこ、あなかしこって言うのが礼儀だからね、おぼえときな! あなかしこ……
あすか かしこくなんかなってないって! どうして金の成績票が、オール赤字の零点なのよ!?
イケスミ バカだね。だって落ちた成績でしょ。その金賞だから、一番落ちたオール零点の成績なわけさ。
あすか そんな……
イケスミ あすか、あんた変なこと考えていたでしょう?
あすか で、でもさ、神さまがさ、仮にも神さまがさ。池に落ちると、成績が落ちるをひっかけちゃって、そんなおやじギャグみたいなサギやっていいわけ?
イケスミ ちょっとまわりの景色を見てくれる……
あすか まわり……?(二人同様に周囲を見渡す)
二人 ……きったねえ池!
イケスミ でしょ。みんな人が汚しちゃったのよ、この万代池。
あすか マンダイ池……マンダラ池じゃないの?
イケスミ 人が汚してからマンダラになっちゃったのよ……もともとここは、江戸時代に、このあたりのお百姓たちが切り開いたため池。田畑を潤してくれるようにと……
あすか それで万台池か……
イケスミ その時、あたしは、池の守り神として西の国から、ここに招かれた。以来三百年、陰になり日向になって、この池とまわりの人々を護ってあげて……明日、この池は埋め立てられる。
あすか そうなんだ……
イケスミ で、あたしは帰ることにした。
あすか ひっこし?
イケスミ やってらんないでしょ、ウンつきの靴洗われて……
あすか ごめんなさい……
イケスミ 汚されまくって、穢されまくって、ゴミほりまくられて……あげくに明日埋め立てられんの。
あすか ……
イケスミ ね、だから帰んの、故郷へ。西の国、オオガミさまのもとへ……
あすか オオガミさま?
イケスミ トヨアシハラミズホノオオガミさま……そこで、相談。あたしを、親神さまのところへ連れて行ってもらいたい。
あすか 自分で帰ればア(迷惑そう)
イケスミ 神には依代がいる。
あすか ヨリシロ?
イケスミ ふつうには御神体という、社の奥に祭られている玉とか鏡とか……わたしにはもうそれがない……オオガミさまのもとまで、わたしの依代になってはくれないかしら?
あすか あたしが?
イケスミ そのかわり、本当に成績はよくなるようにしてあげる。あすかにのりうつり、その体と脳みそをビシバシ鍛えてあげよう。
あすか 余計なお世話だ。
イケスミ いやか?
あすか やだ!
イケスミ じゃ、オール赤字の成績に甘んじることね……偏差値もう二十も上げれば、真田コーチと同じ吾妻大うけて、かわいい後輩になれんのにねえ……         
あすか そんな……まるでサギのキャッチセールス。
イケスミ 池の神さまだけに、ハメちゃったってか?
あすか しゃれてる場合か!?
イケスミ さ~て、どうする?
あすか ……あたし、行き方なんて知らないし……
イケスミ 大丈夫。あすかは、その体貸してくれるだけでオーケー。いわばハードだね。ソフトがあたし。
あすか あたしはゲーム機か?
イケスミ ほら、わかりやすくメモリーカードにしておいた。こいつを口にくわえて、このコントローラーで……(コントローラーは無線)
あすか ちょっと待った!
イケスミ まだなにかア……?
あすか ほかにもいっぱいいるでしょ、この池のそばを通る人って、それに、今からじゃ無断外泊に……
イケスミ やってんじゃない、月に一二度。知ってんのよね、親がブチギレル限界を……今月、まだやってないのよね、たしか?
あすか どうしてそこまで知ってんの!?
イケスミ 見そこなっちゃあ困るな。神さまだよ一応……それになにより、あたしのソフトは、あすかのハードでなきゃ合わないの。エックスボックスのソフトは、プレステ3じゃかからないでしょ。ほら口にくわえる!
あすか オオガミさまのとこについたら、すぐに帰してくれるんでしょうねえ?
イケスミ もちろんよ。あすかの脳細胞もピカピカにしてね。さ、口にくわえるんだよ!
あすか モゴモゴ……
イケスミ さあ、いくよ。ミッションスタート!

閃光と電子音あって、一瞬闇。明るくなると、あすかにのりうつったイケスミ、手にコントローラー、その先の端子は背中についている。
   
イケスミ (あすかの姿)ヌハハハ……冴えわたる頭脳! みなぎる力! これなら故郷に帰ることができる。誰に省みられることもなく、ゴミだめのように埋め立てられる万代池。それを恩知らずな人間どもとともに振り捨てて!……わが故郷、わがオオガミさまの在(い)ますトヨアシハラミズホノサトへ……あれ、手と足がいっしょに出る!? R1ボタン……あれ、くるくる回っちゃう。L2ボタンは左……△ジャンプ……□でしゃがむ……走るはどれだ?……×で駆け足足踏み、方向キーといっしょで……オー! やったァ全力疾走!

舞台を走り回り、袖に入って暗転(ブリッジ=繋ぎに、この芝居のテーマ曲)舞台転換。鳥の声などして明るくなる。よろよろと歩くイケスミ。

イケスミ (あすかの姿で)……この体、瞬発力のわりに持久力がない……よくこれでラクロスなんかやってるなあ……ああ、足が棒のよう……もうだめだ(肩で息をしている)あとどのくらいかなあ……山も川も様子が変わって……三百年ぶりだものなあ(虫の声)……ブリ虫?……ああ、わが故郷のヒサシ村のブリ虫の声……あれ、笠松山……こっちのえぐれてんのが伴部(ともべ)山……だとすると、この目の前……鬼岩(虫の声)……ブリ虫……ついたんだ……着いた、着いた、着いた!

叫びながら舞台を走り回り、袖に入り込む。再びあらわれた時には、あすかと分離している。

イケスミ 着いた、着いた、……着いたんだ!
あすか 疲れた 疲れた……疲れたんだってば……(前のめりにへたりこむ)
イケスミ あ、思わず抜け出しちゃった(コントローラーをもてあそんでいる)
あすか もういやだよ、とりついちゃ。もう、クタクタのヘトヘトなんだから……
イケスミ アハハ、もう大丈夫。着いたんだからね、わが故郷へ……!
あすか 着いた?
イケスミ あの鬼岩をまがって、坂の上にあがると見えるんだ。伴部、美原、樋差(ひさし)の三ヶ村。そして、そして、オオガミ神さまの在(い)ます、ミズホノウミが……
あすか 海?
イケスミ 湖のことだわよ。小さいんだけど、尊敬と親しみの気持ちをこめて、人々はウミってよぶんだ(コントローラーをしまう)
あすか そうなんだ。
イケスミ ほら、鬼岩のここ、千年前に親神さまといっしょに土地の鬼どもを封じ込めたときに、記念に残したサインだよ。
あすか ……ウーン、どうも、ただのひびわれにしか見えない。
イケスミ アハハ、神さまのサインだからね。真ん中が、トヨアシハラミズホノオオガミさま。左がフチスミノミコト、わたしの親友。そして右がイケスミノミコト……  
あすか へえ、これがイカスミさんなんだ。よく見ると、ちょっとイケてんじゃん!
イケスミ ……この下の方に……埋もれてしまったんだろうね、他の神さまの名前が彫りこんであるはず……みんな、なつかしいわたしの仲間、わたしの同胞(はらから)……(耳を岩につけて)鬼の気が弱々しくなってる……千年の歳月が鬼を和ませたか、さすがミズホノサト。 
あすか ここの神様って、みんな名前の下にスミがつくの?
イケスミ たいていね。神様である証拠。
あすか でも変だね。
イケスミ 何が?(少し気を悪くしている)
あすか だって、フチスミとかイカスミとか、今にもタコみたく墨はき出しそうな感じでしょ?
イケスミ 失礼ね。友達じゃないんだよ、神様なんだよ、いちおう。それに、いいこと、わたしは、イカスミじゃなくて、イケスミ!
あすか え?
イケスミ イ・ケ・ス・ミ! 行くぞ!

舞台を一周して、坂の上に着く。

あすか うわー……!
イケスミ ……!
あすか ……すごい、やっぱ海じゃん! けんそんして小さいって言ってたけど、海だよこれは! 霧のせいでむこう岸が見えないせいかもしれないけど……水上バイクで走ったら気持ちいいだろうねえ、この夏、湘南に行きそこねちゃったから、カンドーだよ。この秋はエルニーニョとかなんとかの現象とかで、まだ暖かいからさ、水上バイクとか貸してくれるとこないかな!? 手こぎとか足こぎのボートだっていいんだよ。
イケスミ ……ちがう。ミズホノウミは、こんなに大きくはない……(鬼岩のところへもどる)
あすか ちょ、ちょっとイカスミ……
イケスミ ……たしかにこれは鬼岩、むこうに、笠松山と伴部山……

     水辺にもどる。

あすか イカスミさん……
イケスミ なんだ、なによ、どうしたってのよ、この一面の水は?
あすか だって、三百年もたってんだからさ……
イケスミ 変わるのか、こんなにも激しく……ここに立てば、伴部、美原、樋差の三ケ村がミズホノウミを軸に咲く大きな花のように望めた。それが、この一面の水……
あすか あの……
イケスミ ちがう。ちがいすぎる。わたしとしたことが、どこか別のとんでもないところに出てきてしまったにちがいない。わたしとしたことが……(踵を返して、鳥のように立ち去ろうとする)
あすか 待って、おいてかないで!

この瞬間、震度四程度の地震。彼方で何かが崩れる音がする。音は不気味にこだまし、怯えるあすか……

イケスミ これは……
あすか あたし、帰る!
イケスミ 待ちな、今のはただの地震だ!

あすか、聞く耳を持たず、もどろうとするが、気づかないうちにあらわれていたフチスミの姿に驚いて立ちすくむ。フチスミは、セミロングの黒髪に、地元の女子高生の姿をしている。

あすか キャー!
フチスミ あなたたちが来た道は、今の土砂崩れで、通れなくなってしまったわ。
イケスミ ……おまえは?
フチスミ お久しぶりね、イケスミさん……

フチスミ、神の間で通じる独特のあいさつをする。イケスミ、同じあいさつをかえす。あすかたじろぐ。

イケスミ トヨアシハラフチスミノミコト?
フチスミ 昔どおりのフチスミでいいわよ。
あすか フチス……?
イケスミ フチスミさん……わたしの親友。わあ、三百年ぶりだ!
あすか あ、さっき鬼岩に名前のあった。
イケスミ その姿は……依代?
フチスミ ええ、わけあって……おいおい話すわ。
あすか あの……
フチスミ 言っとくけど、今の土砂崩れは、わたしのせいじゃないわよ。
イケスミ 今のは地震でしょ?
フチスミ もともとはね……でも、今のは違う。
あすか ……
フチスミ (あすかに)そんなに怖い顔で睨まないでくれる。このへんに(自分の額を指す)穴が開きそうよ。
あすか ごめんなさい……
フチスミ あなた、イケスミさんの依代ね?
あすか は、はい。
フチスミ 名前は?
あすか あすか、元宮あすか……です。
フチスミ いい名前ね。でも、そんなに固くならなくていいのよ。もっとリラックスしてちょうだい。
あすか は、はい。あ、あたしはめられちゃったんです。こっちの神さまに……
イケスミ !(口にチャックをするしぐさと音)
あすか モゴ、モゴモゴ……
フチスミ イケスミさんに何かされたの?(口のチャックを開くしぐさと音)
あすか (堰を切ったように)元々は自分が悪いんだけど。成績票を池におっことして、そしたら、紙と金の成績票のどっちかって言うから、言うから……あたし正直に紙のほうですって、そしたら六甲おろしに神が宿るとか正直者だとか言って、金の成績票もくれたわけ。それが開いてみればオール零点のサイテー、「池に落ちる」と、「成績が落ちる」って、オヤジギャグみたいな、へたなキャッチセールスみたく……
イケスミ で、ひっかかっちゃったわけだ。でも、あすかにも下心があったからなんだよ。あわよくば……
あすか だって、だって……
イケスミ さっきは、水上バイクでかっ飛ばすとか言って喜んでたじゃん。
あすか だってだって……
フチスミ 性格悪くなったわね、イケスミさん。
イケスミ だって、本人の同意がなきゃ、依代にはできないもの。苦労したのよ、狙いをつけて、シナリオ練って、猫まで仕込んで……
あすか ま、前から目をつけていたんだ……ストーカーだよ、未成年者略取誘拐罪だよ……イカスミさん。
イケスミ イケスミだっつーの!

再び軽い地震、先ほどとは違う方角で何かが崩れる音がする。三人、音の方角に顔をむける

あすか まただ……
イケスミ いったいここはどこなの、鬼岩こそはそこにあるけれど、ミズホノサトへは、どこをどういけばいいの!?
フチスミ ここがそうよ。ここがわたしたちの土地、オオガミさまの知ろしめすトヨアシハラミズホノサト。
イケスミ ここが?
フチスミ この水の底。
イケスミ 水の底?
フチスミ ええ、伴部、美原、樋差の三ヶ村も、ミズホノウミも、みんなこの途方もない量の水の底に沈んでしまった。
イケスミ ……
あすか あ……地震で沈んでしまった村ってここなんだ!?
イケスミ なにそれ?
あすか ニュースとかで、やってたじゃん、ちょこっと東京も揺れちゃったじゃん何ヶ月か前に。
フチスミ イケスミさん、知らなかったの?
イケスミ わたしの池には、ほとんど人が来ない。来れば、その人間の心の中からニュースも読み取ることができるんだけれど。
フチスミ そんなに人が来ないの?
イケスミ この程度のオネーチャンとか野良犬、時に酔っぱらい程度はね……
あすか このテードってのはないでしょ。だってちゃんと思い出したじゃん。
イケスミ ……地名もわからないほどおぼろげにね。
あすか だって、自分とこに被害のない地震なんて忘れちゃうって、ふつー。だって関係ないでしょ、よその地震なんて……言い過ぎた? ごめん、だって、このテードなんてイカスミさん言うんだもん。
イケスミ イケスミだっつーの。
フチスミ 山が両側からドーッと崩れてきてね。あっという間にダムのように川をせきとめて……ここまで水位が上がるのに十日もかからなかった。
イケスミ 弥生の昔からここにいるけど、こんなことは初めて、この三百年の間に……
フチスミ この六十年ほどよ。
イケスミ 戦後?
フチスミ 残っている山を見て……
あすか ……きれいな杉山。
イケスミ へ、木の名前知ってんだ!?
あすか 松と桜と杉しかわかんないけどね。小学校の時なんかに記念植樹とかするでしょ。
フチスミ わかった?
イケスミ うん、杉山すぎる。
あすか え、だめなの杉山じゃ? 
イケスミ 杉は、根が浅くって、大雨が降ると根っこごと土が崩れてくるんだ。
フチスミ 昔は、山崩れを防ぐため、山の稜線付近は……
あすか リョーセン?
イケスミ あすか、ほんとバカだな。
あすか アハハ……てっぺんあたりのことかな? 家で言えば、屋根のてっぺん。ドラえもんとミーちゃんがデートするような。
フチスミ フフ、勘はいいようね。さすが元宮さん。
あすか テヘヘ、さんづけの苗字で呼ばれると照れるわね……で、稜線いっぱい杉山にすると……崩れやすいの?
フチスミ だから、昔はわざと深い根を張るクヌギなんかの雑木を残しておいたの。そういう稜線をクヌギ尾って言って、山崩れを防ぐ自然の知恵だったの。
あすか 昔の人は偉い!
フチスミ 今の人もバカじゃない。戦中や終戦直後は、国策で杉ばっかりだったけど……こないだまでは、やっていたのよ。少しずつだけど……
イケスミ でも、人もカネも足らんということか……
フチスミ そうね……でも、今度のことでは、みんながんばったのよ。この水を抜いて、もとにもどそうって。
イケスミ あきらめちゃったの?
フチスミ うん、三日前。この水を抜くために、山崩れでできた自然ダムを破壊すると下流の村や町に迷惑をかける。断腸の思いで廃村と決めたの。
あすか 団長が一人で決めた!? そんなの許せないよ! いったいどこの団長!? 青年団? 消防団? 少年探偵団?
フチスミ ハハハ……何ヶ月ぶりかしら、こんなに笑えるの……(あすかを含め三人笑う)
あすか な、なによ、違うんだったらおせーてよ!
イケスミ 腸がちぎれるくらいに痛くて辛い決心ということよ。なんなら体験してみる?
あすか いいよ、自分の腸でつくったソーセージ想像しちゃった。
イケスミ ごめんね、へんなのつれてきちゃって。
フチスミ ううん、とっても心がなごむわ。ここしばらくは、一人でふんばらなきゃと思っていたから。
イケスミ で、オオガミさまは? 気を飛ばしても、どこのお旅所にも気配を感じない……もうここには在わさぬのか?
フチスミ 出雲においでになる。
イケスミ 出雲? 今は霜月十一月、それも霜月会(しもつきえ)とうに終り、霜月粥が大師講で湯気をたてておるころぞ。
フチスミ 今年はまだ神無月が続いておる。だから、今年は霜月も晦日近いと申すにこの暖かさ。
あすか あ、あのさ、その時代劇みたいな言い回し、あたしちっとも……国語欠点だから。
イケスミ 国語だけか?
あすか それは……
フチスミ ごめんなさい。つい昔のノリになっちゃって。つまりね、オオガミさまは、年に一度の神さまの会議に、出雲に出張なさってるの。それが十月って決まっていて、出雲以外のところから神さまが居なくなるから十月を神無し月と書いて神無月というの。それが霜月、十一月になってもお戻りにならない。
あすか 職員会議の延長みたいなもんだね。いや、毎年あるんだ、三月ごろ、あすかみたいなバカを進級させるかどうか、この日ばかりは遅くまで点いてる職員室の明かりに手を合わせているのよ……ってそういう話?
イケスミ 神無月が十一月まで食い込んだのは初めてだ。よほど重要な話をなさっているのだろう……
あすか ひょっとして、イカスミさんを落第させる話題だったり……ごめん、冗談の雰囲気じゃないんだよね。

フチスミは、出雲の方角に例の神の挨拶をしている。イケスミもそれにならいながら挨拶をする。あすかもつりこまれ、不器用にそれにならう。

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