クララ ハイジを待ちながら
大橋むつお
※ 本作は自由に上演していただいて構いません、詳細は最終回の最後に記しておきます
2 クララのいたずら
時 ある日
所 クララの部屋
人物 クララ(ゼーゼマンの一人娘) シャルロッテ(新入りのメイド) ロッテンマイヤー(声のみ)
クララ:聞こえちゃった……でしょうね。聞いちゃったもの仕方ないわよね……そう、わたしはクララ・ゼーゼマンよ……え、知らない!?(ズッコケる)
あなた、『アルプスの少女ハイジ』知らないの? ハイジは知ってるけど、クララは知らない……って?
ほら、ハイジがフランクフルトの街でゼーゼマンて、わたしんちだけど、そこにわたしの話し相手にって連れてこられて……そうそう、ハイジが夢遊病になったり、ペーターのお祖母さんに白いパンを持って行こうとして叱られたり、わたしが『七匹の子ヤギ』の話で、ハイジを慰めたり……うん、ハイジにアルムの山に連れて行ってもらって、歩けるようになった……なんだ、知ってるんじゃないの。
え……でも、その子がクララだってことは忘れてた? ううん、いいのよ、わたしって脇役だものね……でもね、あなたも引きこもってるんなら、もうちょっと勉強したほうがいいわよ。
だって、時間は腐るほどあるけど、人生の長さって、引きこもっていようが、ハイジみたいに飛び回っていようが変わりはないんだからさ。本くらい読みなさいよ。
図書館くらいいけるでしょ……え、コンビニには行くけど図書館なんか行ったことない……図書館って税金で出来てるんだから、行って少しは取り戻さなきゃ損よ……税金なんて払ってない?
そんなことないわよ。あなたが使ってるパソコンだとかネットの使用料だとか、スマホとかパケットとか、それこそ着てる服とか、吸ってる空気にだって税金かかってるんだから……ごめん、責めてるつもりじゃないのよ。
わたしって銀行員の娘だから、そういうとこシビアなの(本をとりにいく)ほら、これなんかいいわよ『西の魔女が死んだ』わたしたちと同じ引きこもりの子の本なんだけど、とても……なんてのかなぁ、ファンタジーなの。
最後なんか泣けちゃって、ジーンときちゃって……だめだめ、中味は自分で読みなさい。検索しなさいよ、どこの図書館にもあるわよ(かすかに電話の鳴る音)
あ、それから、赤川次郎。これもいいわよ。ちょっとブルーな時でも軽く読めちゃって元気でるから。『三毛猫ホームズシリーズ』とか『三姉妹探偵団シリーズ』とか、古いとこじゃ、『探偵物語』『セーラー服と機関銃』とかおすすめよ。『シリーズ』なんかもいいわよ。年に一回出るんだけど、主人公が毎年歳をとっていくの。爽香が十五歳で始まって、今は四十前後……
え、電話?
ハハハ……あれ鳴りやまないの。ちょっとね……それからね……(本を探す)えーと……これこれ、谷崎潤一郎、ちょっとハマっちゃったけど、出てくる女の人みんなマゾなんだもんね。たまに行った学校で「好き」って言ったら、みんなにどん引きされちゃった。
え、アナタも知らない……じゃあ、これなんかどう『魔女の宅急便』。ううん、アニメじゃないの、原作よ原作。角野栄子さんの本でね、全六巻あるの。キキが結婚して子供たちが、旅立つまで、二十四年もかかってんの。なんか、爽香シリーズに似てるでしょ。もっとすごいの、エド・マクベインの八十七分署シリーズ。五十年も続いたのよ……う~ん、イマイチ……じゃあ『ワンピース』のお話でも……。
ロッテンマイヤー:お嬢様ですね、このいたずらは!?
クララ:さすが、ロッテンマイヤーさん。もう気がついた!?
ロッテンマイヤー:二回もひっかかりませんよ!
クララ:え、わたしって、もうやっちゃってたっけ?
ロッテンマイヤー:ええ、三カ月と三日前。
クララ:よく覚えてたわね?
ロッテンマイヤー:ええ、わたしの誕生日でしたから。
クララ:ああ、五十歳の……。
ロッテンマイヤー:いいえ四十九歳でございます!
クララ:同じようなもんじゃない。
ロッテンマイヤー:いいえ、ものごとは正確に記憶しなければなりません。
クララ:はいはい。
ロッテンマイヤー:「はい」のお返事は一回でけっこうでございます。
クララ:は~い。
ロッテンマイヤー:お嬢様!
クララ:はい!
ロッテンマイヤー:あ、そうそう、今のお電話、お父様からでございました。
クララ:え、お父様!?
ロッテンマイヤー:お客様がおいでになるけれど、ハイジとか、お友達が来られたら、遠慮せずに遊びにいきなさいって、おっしゃっておいででした。
クララ:はい。
ロッテンマイヤー:わたしも、そう望んでおりますので。では。
クララ:はい……はい(モニターに向かって)?……え、今のいたずらアナタも覚えてた? わたし、話したんだっけ?