クララ ハイジを待ちながら
大橋むつお
※ 本作は自由に上演していただいて構いません、詳細は最終回の最後に記しておきます
4 体験学習感想文最優秀賞!
時 ある日
所 クララの部屋
人物 クララ(ゼーゼマンの一人娘) シャルロッテ(新入りのメイド) ロッテンマイヤー(声のみ)
好きな曲をかけて紅茶を入れるクララ。
クララ:スイスの紅茶って、正直いってまずいわ……ウェー(まずそうに舌を出す)……でもね、アルムの紅茶は別よ。
なぜだか解る? ミルクティーだからよ。アルムのヤギさんのミルクが入るとね……ガゼン別物になっちゃう。あまりの美味しさにうなっ茶う……ウウウ(幸せそうに、うなる)……分かる、今の?……うなる前よ。
「なっちゃう」と「うなっちゃう」……そう、今のが韻を踏むってこと。あ、また笑ったぁ。
アナタって、いつから引きこもってるの……ちがうよ、外に出なくなるのは結果にすぎないの。
実際の引きこもりは、もっと前から始まってるのよ。人の話が心に響かなくなったとか……うん、そう。人の声がなんだかテレビから流れてくる声みたいによそよそしく聞こえちゃったりするの。
アナタは……そう、よくわかんないか……いいわよ、思い出したら教えて。わたしはね学校から行った職業体験学習……うん、介護付き老人ホームに行ったの。
お掃除したり、食事のトレーを運んだり……ううん、直接介護に関わることはやらせてもらえない、見学だけ。お話はさせてもらえたわ。でもね、通じないのよね……「おじいちゃん、おいしい?」とか「若い頃はなにやってたんですか?」とか精いっぱいの笑顔で聞いてもね、無視する人とか……むろん認知症の人もいるから仕方ないんだけど、「おいしいよ」って笑顔で応えてくれたおばあちゃんの目の中にわたしが映ってないの。
ペーターのお祖母さんの時みたいには心が通じないの……おばあちゃんは毎年のことだから、マニュアルどおり「おいしいわよ」……え、そうよ三日間。うん、三日間でどれだけのことが分かるってもんじゃないんだけどね……ハイジならもっと……ううん、なんでもない。
わたし、そこで見ちゃったの。そのおばあちゃん、トイレの帰りにこけちゃって、骨折。
大騒ぎだった……しっかりしてそうなおばあちゃんだったから、ヘルパーさんたちにも油断があったんでしょうね。娘さんがとんで来てね「要介護三の母なんです。一見しっかりしてるように見えてるけども。統合的な行動はできないんです。トイレに行って、パンツを下ろす、座る、用を足したらウォシュレットのボタン押す。パンツを上げる、手すりにつかまって立ち上がる。いちいち言わなきゃわかんないんです。入所のときにそう申し上げたはずです」穏やかにはおっしゃってたけど、目は怒ってた。
ケアマネさんやヘルパーさんはむつかしい専門用語使って説明してたけど、言い訳してんのはわたしにも解った……娘さんは、おばあちゃんを後ろから抱きしめて「お母さん、ごめんね……」って、そして一言「安心してください。訴えたりはしませんから」……施設の人たちは、その一言でほっとした。わたしにも分かった。
気がついたらわたし、娘さんを追いかけて「ごめんなさい、ごめんなさい……」って謝ってた。わたしって関係ないんだけどね、謝らなきゃって、居ても立ってもいられなくなったの。そしたら所長のオッサンに……おじさまに「余計なことは言うな!」って腕をひっぱられて……で、そのことを感想文にそのまんま書いたら担任の先生に書き直ししなさいって……これ見て!
ジャ~ン「体験学習感想文最優秀賞!」 うん、うそ八百のお涙頂戴の完全フィクション。
笑っちゃうよね。そこからなんだか、大人と話すのがイヤになっちゃって、友だちにも谷崎潤一郎でどん引きされちゃうし……でも、不思議ね、こうやって話してみるとやっぱ違う。スルっと手からこぼれ落ちちゃうのよね……窓開けるわね、空気入れ替えなくっちゃ……え……いいわよ、アナタのお話聞いてからでも……え、首を吊ったこと!? ないない、ないよそんなこと……アナタ……やったの?……でしょうね、成功してたら、わたし、幽霊とチャットやってることになるものね……え、最初は肩が痛くなるの? 首じゃなくって……上からひっぱられてちぎられるみたいに……で……目の前が一瞬で真っ暗に……そこで怖くなって……そうなんだ。
うん、いいわよ。聞く聞く……え、あなたって演劇部だったの。ステキじゃない!……そっか、居場所が無かったのね、学校とかで、友だちとかも……それで演劇部でやっと……え、予選で最優秀。
やったー!
で、本選は……そっか、残念だったわね……それでクラブがバラバラに……それはもういい……そうよね、また来年がんばればいいんだもんね。
演劇部の後、ほかのクラブに……それは、まだナイショ?
いいわよ……え、自殺防止の授業。そんなのがあるんだ、アナタの国の学校でも!
で、お決まりは「命の大切さ」ハハハ、ハモちゃったね。それって「平和の大切さ」と同じくらい無責任でナンセンスよね。だって、目の前に首くくろうとしたアナタがいるのにね。アハハハ……それに気づかずに「命の大切さ」笑っちゃうわよね……空気入れ替えるね。