卒業から八ヵ月たって、このナリになるとは思わなかった。
いま、あたしは帝都女学院のセーラー服を着て渋谷の街を歩いている。
話は、昨日に遡る。
バイトのシフトが、あたしと秋元クンと聡子が重なった。あたしは元々は入ってなかったんだけど、妹のさくらが学校の屋上から落ちたと連絡があって、先週の水曜日は途中から抜けてしまった。そのための穴埋めに臨時で入って、偶然あれを見てしまった。
休憩中に聡子のスマホにメールが入った。バックヤードにいたので、その一角にある休憩室の気配はなんとなく分かる。イソイソとメールを読んでいるんだろう「ウフ」なんて声まで聞こえる。
「サトちゃん、ちょっと」
本の整理のことで、店長が聡子を呼び出した。
「ハーイ」
休憩室から出てきた聡子は、幸せオーラをまき散らしながらフロアーに戻っていった。そして、それを秋元クンも見てしまったのだ。
悪い予感がして、あたしはパーテーションの隙間から休憩室を覗き込んだ。
なんと、秋元クンは聡子が置き忘れたスマホを盗み見していた。
さっと顔に朱がが差したかと思うと、傍らのメモ用紙になにやら書き付けた。秋元クンは筆圧が強いので、下の紙に跡が残る。秋元クンが出てきた後、休憩室に入って薄くエンピツでこすって内容を知った。
そいで、明くる日、卒業後も残していた制服を引っぱり出し、モールのトイレで着替え、髪もお下げにして、メガネをかけた。鏡で確認。どう見ても現役の帝都女子の現役生徒である。念のため、そのナリでバイト先の書店にも入ってみたが、店長はおろか、客で居た帝都の子達にも怪しまれなかった。むろん秋元クンにも。
秋元クンは、バイトが終わると、私服に着替えて休憩室から続くバックヤードから出てきた。
西口ロータリー近くの喫茶SBYに入った。秋元クンは、店全体が見える奥の席に陣取り、あたしは大胆にもその隣の席に座った。
――変装は日常的な姿で。尾行は繊細、しかし大胆に――
店で立ち読みした『探偵術教本』の備考に則って、セオリー通りに成功していた。
もう一つのターゲットも、だいたい見当は付いていたが、聡子が入ってきて、パッと笑顔になったので確定した。吉岡物産の社長秘書の吉岡だ。
二人の関係は、聡子が去年の夏、家出して亜紀と名乗って大阪のガールズバーで働いていた頃からのものであることは承知していた。
聡子は、在籍こそ都立S高校の三年生だが、感覚はあたしよりも大人なところがある。たった一回とは言え、聡子が秋元クンと体の関係になったのも、その大人の感覚からだった。当時秋元クンは彼女に手ひどく振られて、どん底に落ち込んでいた。聡子も、吉岡とは大阪で終わったものと思い、バイトとしては後輩にあたる秋元クンに親身になっていてやった。その結果としての一度だけの関係を、純情男の哀しさで引きずってしまっている。
あたしが見るところ、聡子と吉岡さんが本気で付き合い始めたのは、何かのきっかけで東京で再会してからだった。多分、夏の終わり頃……と、あたしは踏んでいる。
バイトでは、聡子は意図的に高校生である自分を演出している。自分の中の女を隠すためであり、秋元クンへは「これっきり」というサイン。だが、秋元クンには通じない……。
セミロングの髪が肯き、ハーフコートに手が伸びたところで、あたしはレジに向かった。一足先に待つために。
やがて、ハーフコートを着た聡子が吉岡の後について出てきた。どう見ても二十代前半の大学院生ぐらいに見える。レジで会計を済ませている吉岡の手には車のキーが覗いていた。
秋元クンは、アタフタと荷物をまとめ、二人に距離を置いてレジの番を待っている。
「秋元クン、ここまでよ」
急に帝都の女生徒に声を掛けられて、秋元クンはギクリとした。
「き、きみは……?」
「あ・た・し」
眼鏡をとると電気が流れたように驚く。
「さ、佐倉さん!」
「男の人の手には車のキーがあった。きっとあの人の家にいくんでしょう。六本木あたりかな……お泊まり。聡子の持ち物と表情で分かる」
そこまで言うと、秋元クンは、蜂蜜を取り損ねたプーさんのようにしょげかえった。
分かり易いっちゃ分かり易いけど、仮にも大学生。しっかりしてもらいたい。
「さくらの件じゃ、お世話になったわね。ありがとう」
話題は、あたしから振りながら渋谷の街を歩いた。
「酔いつぶれない程度にやるか?」
「え……そのナリで?」
あたしは、女子高生のナリをしていることをまったく忘れていた。
「ハハ、これじゃ、まずいよね。どこかで着替える!」
元気に言ったのが間違いだった。道の方角はラブホ街、目の前から明らかに補導の私服。
「帝都の子が、こんなことしちゃいけないなあ」
私服女性警官の誤解を解くのに、交番で一時間もかかってしまった。
しかし、その間の話で、秋元クンには分かってもらえたようだった……。