7日にお知らせのとおり、8日~9日は三重県熊野市の伯母の葬儀に行き、
その間ブログも留守にしました。
今日は、その熊野市で、葬儀の前日8日と帰途の9日に寄ってきた市内の
写真を、ご覧にいただくこととしましよう。
はじめは「丸山千枚田」です。7日は房総の大山千枚田をご覧いただき
ましたが、名前も似ており、ちょうどよいタイミングともなりました。
丸山千枚田は、熊野市紀和町丸山にあり、高低差約100mの中に1300
余枚の水田が並ぶ、日本最大規模の棚田です。
400年前には2200枚もあったとされていますが、その後550枚までに
減少したのを、平成6年に旧紀和町が制定した「丸山千枚田条例」などにより
復田が図られ、現在の枚数まで復田しました。
千枚田は、四季折々表情を変える美しい姿に、知る人ぞ知る観光スポットと
して、また日本の原風景として人気を博しています。
私は3年前の10月半ば、中山道を歩く皆さんと熊野古道伊勢路を歩いた
ときに、この丸山千枚田で、取り入れの終わった千枚田を眺めながら昼食を
しました。
今回は水の入った千枚田なので、その時とは違った景観を見ることができ
ました。いつか取り入れ前の黄金田や、雪の積もった棚田も見たいものです。
丸山千枚田は、熊野市の中心から西に20km近く入った山深い集落にあり
ますが、次は、市の中心部、熊野市駅からほど近い海岸です。
熊野市駅から1km足らずの海岸にあるのが、日本のスフィンクスとも呼ばれ
ている「獅子岩」です。
獅子岩は、高さ約25m、周囲約210mの岩の塊で、海岸の断崖の遺物と
認められています。獅子が太平洋に向かって吠えているように見えませんか。
獅子の口の成因は、すぐ近くの鬼ヶ城の洞窟と同様、地盤の隆起と海蝕現象
により生み出されたものと考えられているそうです。
獅子岩の辺りから南東に伸びる長い砂浜は、七里御浜(ししりみはま)と呼ば
れています。
その長さは約22kmにも及び、「日本で一番長い砂礫海岸」といわれ、また
「日本の渚(なぎさ)100選」にも選定されています。
反対側の東北に見えるのが、鬼ヶ城の南面です。鬼ヶ城は、海岸の岩盤が
太平洋の荒波に浸食されてできた奇勝ですが、この写真では千畳敷などの
奇勝を想像することはできません。機会のある方は現地でご覧下さい。
鬼ヶ城の上は、熊野古道歩きのときに通過した松本峠です。峠は七里御浜の
好展望台です。
獅子岩からさらに700m前後、海岸を進むと、「花の窟(いわや)神社」が
見えてきます。
花の窟は七里御浜に突出する巨岩で、周囲は原始林に覆われ、神社の
ご神体と仰ぐ巨岩は、高さ70mほどあります。
花の窟神社には社殿はなく、この岩がご神体で、養老4年(720)にできた
日本書紀にも記されているそうです。
祭礼として、お綱掛けの神事があり、わが国最古の祭祀(さいし)のひとつ
とされています。左に伸びているのが、お綱かけの綱です。
熊野市からは、特急ワイドビュー南紀と、名古屋からの東海道新幹線を乗り
継ぎ、東京駅までおよそ5時間かかりました。
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その間ブログも留守にしました。
今日は、その熊野市で、葬儀の前日8日と帰途の9日に寄ってきた市内の
写真を、ご覧にいただくこととしましよう。
はじめは「丸山千枚田」です。7日は房総の大山千枚田をご覧いただき
ましたが、名前も似ており、ちょうどよいタイミングともなりました。
丸山千枚田は、熊野市紀和町丸山にあり、高低差約100mの中に1300
余枚の水田が並ぶ、日本最大規模の棚田です。
400年前には2200枚もあったとされていますが、その後550枚までに
減少したのを、平成6年に旧紀和町が制定した「丸山千枚田条例」などにより
復田が図られ、現在の枚数まで復田しました。
千枚田は、四季折々表情を変える美しい姿に、知る人ぞ知る観光スポットと
して、また日本の原風景として人気を博しています。
私は3年前の10月半ば、中山道を歩く皆さんと熊野古道伊勢路を歩いた
ときに、この丸山千枚田で、取り入れの終わった千枚田を眺めながら昼食を
しました。
今回は水の入った千枚田なので、その時とは違った景観を見ることができ
ました。いつか取り入れ前の黄金田や、雪の積もった棚田も見たいものです。
丸山千枚田は、熊野市の中心から西に20km近く入った山深い集落にあり
ますが、次は、市の中心部、熊野市駅からほど近い海岸です。
熊野市駅から1km足らずの海岸にあるのが、日本のスフィンクスとも呼ばれ
ている「獅子岩」です。
獅子岩は、高さ約25m、周囲約210mの岩の塊で、海岸の断崖の遺物と
認められています。獅子が太平洋に向かって吠えているように見えませんか。
獅子の口の成因は、すぐ近くの鬼ヶ城の洞窟と同様、地盤の隆起と海蝕現象
により生み出されたものと考えられているそうです。
獅子岩の辺りから南東に伸びる長い砂浜は、七里御浜(ししりみはま)と呼ば
れています。
その長さは約22kmにも及び、「日本で一番長い砂礫海岸」といわれ、また
「日本の渚(なぎさ)100選」にも選定されています。
反対側の東北に見えるのが、鬼ヶ城の南面です。鬼ヶ城は、海岸の岩盤が
太平洋の荒波に浸食されてできた奇勝ですが、この写真では千畳敷などの
奇勝を想像することはできません。機会のある方は現地でご覧下さい。
鬼ヶ城の上は、熊野古道歩きのときに通過した松本峠です。峠は七里御浜の
好展望台です。
獅子岩からさらに700m前後、海岸を進むと、「花の窟(いわや)神社」が
見えてきます。
花の窟は七里御浜に突出する巨岩で、周囲は原始林に覆われ、神社の
ご神体と仰ぐ巨岩は、高さ70mほどあります。
花の窟神社には社殿はなく、この岩がご神体で、養老4年(720)にできた
日本書紀にも記されているそうです。
祭礼として、お綱掛けの神事があり、わが国最古の祭祀(さいし)のひとつ
とされています。左に伸びているのが、お綱かけの綱です。
熊野市からは、特急ワイドビュー南紀と、名古屋からの東海道新幹線を乗り
継ぎ、東京駅までおよそ5時間かかりました。
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