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建暦二年(1212、実朝21歳)十一月十三日に行われた順徳天皇即位に伴う大嘗会(ダイジョウエ)の折に詠われた歌であろう。大嘗会を執り行うために新しく作られた祭殿・大嘗宮、いつまでも古びることなく存続することでしょう と。
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詞書] 大嘗会の年の歌に
黒木もて 君がつくれる 宿なれば
万代(ヨロズヨ)経(フ)とも 古(フ)りずもありなむ (金槐集 賀・362)
(大意) 皮付きの木で君が作られた祭殿であるので 万年経(タ)とうとも古び
ることなく存在することでしょう。
註] ○大嘗会の年:建歴二(1212)年、第84代順徳天皇の践祚の折か;
〇黒木:皮付きの木、黑檀木 か?; 〇宿:大嘗会を行う祭殿。
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<漢詩>
慶賀大嘗会 大嘗会を慶賀(ケイガ)す [上平声四支韻]
黑檀為祭殿, 黑檀(コクタン)もて祭殿と為(ナ)す,
君子乃建斯。 君子 乃(スナワチ) 斯(コレ)を建(タ)つ。
万代無糟朽, 万代 糟朽(ソウキュウ)すること無く,
迢迢保逸姿。 迢迢(チョウチョウ)として逸姿(イツシ)を保(タモ)たん。
註] 〇大嘗会:天皇が即位後初めて行う新嘗祭(ニイナメサイ)の節会; 〇黑檀:
カキノキ科の常緑高木。材は黒色で堅く光沢があり、家具などに珍重され
る; 〇糟朽:朽ちる; 〇迢迢:永遠なること; 〇逸姿:勝れた様子。
<現代語訳>
大嘗会を賀す
黒木でもって祭殿を建てる、
これは君が建てられたものである。
万代経ろうとも朽ちることなく、
長しえにその威容を保ち続けることでしょう。
<簡体字およびピンイン>
庆贺大嘗会祭殿
Qìnghè Dàcháng huì diàn
黑檀为祭殿, Hēi tán wéi jìdiàn,
君子乃建斯。 jūnzǐ nǎi jiàn sī.
万代无糟朽, Wàn dài wú zāo xiǔ,
迢迢保逸姿。 tiáo tiáo bǎo yì zī.
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大嘗宮について:大嘗祭のために仮設される祭場で、5日間で建てられ、祭後直ちに撤去される。悠紀院、主基院を設け、それぞれ正殿は黒木(皮付き柱)掘立て柱、切妻造り、屋根は青草ぶき、天井にはむしろが張られる(ブリタニカ国際大百科事典)。
当時、この事典に記載された伝統に従って大嘗宮が造営されたとするなら、掲歌の下の句:“万代経とも 古りずもありなむ”は、元来あり得ないことである。なお、掲歌は、次の歌を参考にされたものとされている。この歌での“宿”は、大嘗宮ではなく、“万代までに”と“言祝ぐ”のに違和感は感ずることはない。
はたすすき 尾花さかふき 黒木もて
つくれる宿は 万代までに (元正天皇 万葉集 巻八・1637)
(大意) はだすすきの尾花を逆さに葺いて 黒木で造った建物は万代までも。
註] 〇はたすすき:“旗ススキ”で、ススキのこと; 〇尾花:ススキの穂の
部分。
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桜の花が咲き始めた。凍てつくような日々に耐えてきた後、新春の訪れを告げる花だよりである。喜びが弾ける時節と言えよう。“桜の花”は、やゝもすると“散る花”として“陰”に考えられ勝ちであるが、又の訪れへの期待の方が大きい。実朝は、この歌を“賀”の部に入れています。
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詞書] 花の咲けるを見て
宿にある 桜の花は 咲きにけり
千歳の春も 常かくし見む (金槐集 賀・364)
(大意) 我が家の桜の花が今年も咲いた、この先千年にもわたって春になれば
この美しい花を見ようと思う。
註] 〇千歳の春も:千年変わらぬ春をも; 〇常かくし見む:いつもかよう
に見よう、“し”は強めの助詞。
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<漢詩>
賞桜花 桜花賞 [下平声六麻韻]
四時代謝九重霞, 四時 代謝(タイシャ)し 九重(ココノエ)の霞(カスミ)かかる時期,
今見庭桜擾弱華。 今 庭の桜に擾弱(ワカワカ)しい華(ハナサク)を見る。
千歲春裝如此趣, 千歲 春の裝(ヨソオイ) 此の趣の如くに,
欲翫美麗感無涯。 美麗(ビレイ) 感 涯(ハテ)無しを翫(メデ)んものと思う。
註] 〇四時:四季; 〇代謝:次から次へと変わってく; 〇擾弱:花が若々
しく咲き乱れること; 〇翫:めでる、鑑賞する、もてあそぶ。
<現代語訳>
桜の花をめでる
季節は変わって 今は霞がかかる春の季節となった、
我が家の庭の桜が開花したばかりである。
この先千年も 今日のような春の訪れがある度に、
思い果てないこの美しい桜の花を愛でるとしよう。
<簡体字およびピンイン>
赏樱花 Shǎng yīnghuā
四时代谢九重霞, Sì shí dàixiè jiǔ chóng xiá,
今见庭樱擾弱华。 jīn jiàn tíng yīng rǎo ruò huá.
千岁春装如此趣, Qiān suì chūn zhuāng rú cǐ qù,
欲玩美丽感无涯。 yù wán měilì gǎn wú yá.
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万葉集の次の歌が参考にされたものとして挙げられている。ただし“花”は異なります:
[詞書] 大伴宿祢家持館の宴での歌
妹が家に 伊久里の杜の 藤の花
今来む春も 常かくし見む (玄勝? 万葉集 巻17・3952)
(大意) 彼女の家に行こうという、その伊久里の神社の藤の花、やってくる今
年の春もいつものように変わらぬ藤の花が咲いていてほしい。
註] 〇伊久里の:“行く”の意を掛ける。
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二所詣は、その意義や頻度からみて、実朝の最も大きな旅の実体験と言えようか。その折りの道中の見聞を詠った歌について、本ブログで“箱根権現”に関わる2首をすでに紹介済(閑話休題-284 & -305)である。今回は“伊豆権現”についての歌を紹介します。
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詞書] 二所詣で侍りし時
ちはやぶる 伊豆のお山の 玉椿(タマツバキ)
八百(ヤオ)万代(ヨロズヨ)も 色は変わらじ
(金槐集 賀・366; 玉葉集 賀・1359; 続後撰集 )
(大意) 神のおられるここ伊豆の御山の玉椿は 長い長い年月が経っても
その美しい色は変わらないだろう。
註] 〇ちはやぶる:神にかかる枕詞。ここでは「伊豆の御山」が伊豆山権現
であるので用いられている;〇玉椿:椿は寿命の長いものとせられるから
「八百万代」と続けた。
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<漢詩>
茶花悠久 悠久(ユウキュウ)なる茶花 [上平声十五刪 -下平声一先通韻]
激捷伊豆山, 激捷(チハヤブル) 伊豆(イズ)の山,
山茶玉樹妍。 山茶の玉樹(ギョウクジュ)妍(ケン)なり。
鮮紅花熠熠, 鮮紅の花 熠熠(ユウユウ)として,
不変漫長年。 漫長(マンチョウ)の年 変らず。
註] 〇茶花:椿の花; 〇激捷:神にかかる枕詞として造語。ここでは伊豆
山権現に掛かる; 〇伊豆山:伊豆山権現、鎌倉幕府の守り神・3所の
一つ; 〇山茶:山椿; 〇熠熠:光り輝くさま; 〇漫長年:(先が
見えないほど)とても長い年月。
<現代語訳>
悠久の山椿の花
ちはやぶる伊豆権現のある山、
山椿の玉樹が美しく花をつけている。
その鮮紅の花は光り輝いており、
千万年に亘って、咲き続けることでしょう。
<簡体字およびピンイン>
茶花悠久 Cháhuā yōujiǔ
激捷伊豆山, Jī jié yīdòu shān,
山茶玉树妍。 shānchá yùshù yán.
鲜红花熠熠, Xiānhóng huā yìyì,
不变漫长年。 bù biàn màncháng nián.
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歌の冒頭、枕詞“ちはやぶる”が現れます。漢詩にあっては“激捷”を当てました。筆者の造語である。先に、百人一首(17番):「ちはやぶる 神代もきかず 龍田川 から紅に 水くくるとは」(在平業平)で用いました。
和歌の解釈で“枕詞”は必ずしも訳出する必要のない用語とされています。しかし漢字と日字の繋がり、さらに文字の持つ意味を考えるなら、少なくとも漢詩にあっては何らかの形で“枕詞”を活かすべきである との強い思いがあり、敢えて工夫しています。
“枕詞”の扱いを含めて造語の可否について、読者の御教示・ご意見を頂けたなら、この上なく有難く、今後の参考にさせて頂きたく願っております。なお、造語“激捷”とした経緯については、閑話休題-135および『こころの詩(ウタ) 漢詩で読む百人一首』に触れました。
実朝の掲歌の参考歌として、次の歌が挙げられている。
ちはやぶる 賀茂(カモ)の社の 姫小松(ヒメコマツ)
万世ふとも 色は変わらじ (藤原敏行 古今集 巻二十・1100)
(大意) 賀茂の社の媛小松は 万世に亘って緑の色が変わることがない。
註] 〇姫小松:下鴨神社境内に存在する『媛小松(ヒメコマツ)』、神社の祭神・
玉依媛命(タマヨリノミコ)に因んだ名で、境内にあるとんがり帽子の形をした
一本松。
とやかへる 鷹(タカ)の尾山の 玉椿
霜をばふとも 色は変わらじ (大江匡房 新古今集 巻七・賀・750)
(大意) 鷹尾山の玉のつばきよ、幾度の霜を経ても、色は変わることがない。
註] 〇とやかえる:鷹に掛かる枕詞、“とや”は“鳥屋(=鳥小屋)”。「羽が
抜けかわる」または「飛び帰って来る」の意; 〇鷹尾山:京都市右京区
にある高野山真言宗の寺、神護寺の山号。