金槐集・部類歌の中で、恋部の歌が最も多く、定家所伝本663中141首に及ぶ。但し、いわゆる恋愛ものだけではなく、人に送った歌や遠くに赴いた人に送った歌など、人恋しさを詠んだ歌も、この部内に含まれている。
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[歌題] こひの心をよめる
君に恋ひ うらぶれをれば 秋風に
なびく浅茅の 露ぞ消(ケ)ぬべき
(金槐和歌集 恋 407; 風雅集 巻十三・恋・1286)
(大意) 君に恋い焦がれているが、想いは通ぜず、しょぼんとしていると秋風が吹き、風に靡いた浅茅に降りた露は散り失せてしまいそうだ。
註] 〇うらぶれおれば:しょぼんとしていると; ○浅茅:まばらに生えたチガヤ; 〇露ぞ消ぬべき:露のはかなく消えるが如く自分も命が消えて死にそうだ。
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<漢詩>
思不相通 思い相(アイ)通わず [下平声二蕭韻]
綿綿恋慕焦, 綿綿(メンメン)たり 恋慕 焦(コガ)れ,
繚倒我心凋。 繚倒(リョウトウ)し 我が心 凋(シボ)む。
茅草秋風靡, 秋風に茅草(チガヤ)は靡き,
白露就落消。 白露 就(ジキ)に落ち消えよう。
註] 〇綿綿:断ち切れずに永く続くさま; 〇繚倒:うらぶれる、落ちぶれる; 〇凋:しぼむ、しおれる; 〇茅:チガヤ。
<現代語訳>
思い通ぜず
恋い慕う思いが綿綿といつまでも続き、
想い通ぜず、しょんぼりとして心が萎えている。
一陣の秋風が吹けば、チガヤの草は靡き、
その葉に置いた露はすぐに散り落ちてしまうことでしょう。
<簡体字およびピンイン>
思不相通 Sī bù xiāngtōng
绵绵恋慕焦, Mián mián liànmù jiāo,
缭倒我心凋。 liáo dào wǒ xīn diāo.
茅草秋风靡, Máo cǎo qiū fēng mǐ,
白露就落消。 bái lù jiù luò xiāo.
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掲歌は、恋愛もので、失恋の歌と言えようか。この歌は、時代が下って室町時代初期の勅撰集・風雅集(1349年頃成立)に入集されている。同集は、藤原定家の孫・為教(タメノリ)を祖とする革新的歌風を唱えた流派・京極派の流れをくむ撰集である。
賀茂真淵は、掲歌に対し○印を付している。本歌の参考歌として『万葉集』中次の歌が挙げられている。
題 月に寄す
君に恋ひ 萎(シナ)えうらぶれ 我が居れば
秋風吹きて 月かたぶきぬ (作者不詳 万葉集 第10巻 2298)
(大意) 貴方に恋い焦がれて打ちしおれて しょんぼりとしている間に、秋風が吹き、いつの間にか月が西に傾いてしまった。