イノベーションに立ち塞がる壁を壊すより直接的な原動力は、企業理念や行動指針に裏打ちされた「具体的数値目標」です。
この例として野中氏は、SUZUKIの50ccスクーター「チョイノリ」を挙げています。
このケースでは、率先垂範でコストダウンに取り組んでいるトップ鈴木修会長から「排気量1cc=1000円」という目標を与えられたのがイノベーションへの挑戦のスタートでした。開発メンバは、この具体的な目標を達成するため悪戦苦闘した末、大きな発想の転換にたどり着きます。
(p129より引用) 特筆すべきは、低コスト化の知恵と工夫を一つ一つ積み上げていくと同時に、「逆転の発想」が行われたことだ。エンジンに、あえて高性能車と同じレベルの技術、つまり、50ccスクーターにとっては「オーバークオリティの技術」を使うことで、その性能を活かして逆に周辺部品を減らそうとしたのだ。
「部分最適」より「全体最適」とはよく言われることですが、実際の現場ではなかなか難しいものです。目の前の課題に真剣に取り組めば取り組むほど視野が狭くなるのは仕方ありません。SUZUKIの例は、真剣さも極限まで突き詰めればブレークスルーの道が拓けることを示しています。
(p132より引用) 気づきは「価値観のリセット」を生み、既成事実にとらわれない発想は、本来はオーバークオリティのはずの新たな技術に登場の場を与えた。多くの企業はたいがい、大事なことが後になってわかるが、優れた企業は先んじて真実に気づく。ここには大きな違いがある。
SUZUKIのコストダウンへの挑戦は、「部分のコストアップによる全体のコストダウン」という発想の転換や「削ってゆく vs 付けてゆく」といった創造的な工夫を産み出しました。
(p132より引用) ベースとして、何が必要で何が必要でないか、本質的なところまで突き詰めるコスト意識が社内に浸透していた。その上で、数値目標が、トップのものづくり文化へのこだわりと信念に裏付けられていることを誰もが知っていた。だからこそ、試行錯誤と挑戦の末に、既存のやり方では限界があることに気づき、その向こうにある真実を見出すことができたのだ。
こういう営みによるコストダウンは絶対価値を創造します。そして、真の競争力の源泉になります。
(p121より引用) 簡単に真似されるコストダウンと、創造的なコストダウンの違いはどこにあるのか。前者は価格競争にはまり泥沼の消耗戦を強いられるが、後者は他社の追随を許さず、競争優位を確保できる。