話題になっている本ですね。
私の友人の何人かからも、良い本だとの声が聞こえてきます。
ご存じのとおり著者のクレイトン・M・クリステンセン氏は、「イノベーションのジレンマ」をはじめとする多くの優れた論文を記した経営学の大家。本書は、そのクリステンセン氏のハーバード・ビジネススクールでの最終講義を採録したものとのことです。(ただ、この1冊のボリュームがひとつの講義だとは思えないのですが・・・)
内容は、クリステンセン氏の研究対象であった経営戦略の理論や実践を、人びとの生き方への示唆・教訓に敷衍して語っている興味深いものです。
たとえば、「マーケティング」的な視点からは、こんな夫婦間での行き違いにも触れられています。
(p127より引用) わたしたちは自分が何を求めているかを考え、伴侶も同じものと求めているはずだと想いこむ。・・・よかれと思ってしたことが、実は見当違いということはよくある。夫は献身的な自分に酔い、自分が与えているものに気づきもしないといって、妻を自己中心的と決めつける。もちろんその逆もある。これは、企業のマーケティング担当者と顧客の間によく見られる行き違いと同じだ。
顧客重視の姿勢の要諦として、「○○のために」ではなく「○○の立場で」とはよく言われることですが、これはあらゆる人間関係において当てはまるセオリーですね。
この著者が挙げているケースは、誰でも心当たりがあるでしょう。私もこの点についてはどうも学習能力が著しく低いようで、いまだに地雷を踏みまくっています・・・。
加えて、もうひとつご紹介しておきたいのは、「限界効用(限界費用・限界収入)」の理論を人生訓として活かしているくだりです。
まずクリステンセン氏は、既存企業と新規参入企業との意思決定基準の相違について説明します。
(p210より引用) 既存企業の経営陣が投資の是非を判断するとき、メニューには必ず二つの選択肢がある。一つが、まったく新しいものをつくる際にかかる総費用。二つめが、既存資産を活用する際の、限界費用と限界収入だ。そして必ずと言っていいほど、限界費用の理屈が総費用を圧倒する。これに対して新規参入企業の場合、メニューに限界費用という項目はない。業界に参入したばかりの企業にとっては、総費用イコール限界費用なのだ。
競争が存在するとき、既存企業がこの理論に従って既存資産の活用を進めると、総費用をはるかに上回る代償を支払うことになる。なぜなら競争力を失う羽目に陥るからだ。
短期的視点からは既存の資産を有効活用した方が効用は得られるのですが、長期的視点では、高コスト体質を温存することとなり、より効率的な新規参入企業に敗北してしまう。目の前の利益を重視する判断は、長期的視点すなわち根本的な目的の達成を阻害することとなるとの示唆です。
この限界費用の考え方を、人生における重要な決断を求められる瞬間に当てはめてみましょう。人はしばしば「一度だけなら」と自分の信念や良心に反し安易な選択肢を選ぼうとしてしまいます。
(p216より引用) 限界費用分析をもとに「この一度だけ」の誘惑に屈すれば、行き着く先で必ず後悔する。わたしの学んだ教訓は、自分の主義を100%守るほうが、98%守るよりたやすいということだ。・・・一度でも越えることを自分に許せば、次からは歯止めが利かなくなる。
何を信条とするかを決め、それをつねに守ろう。
さて、本書を読んでの感想ですが、評判どおり、内容としては、自分の今の姿を顧みるに真摯に反省すべき指摘が満載ですね。クリステンセン氏の未来ある若者に対する強烈な想いが迸っている著作です。確かにもっと若い頃に読んでいたらと思うのですが、私も含め多くの人びとにとって、こういった話はやはり過ぎてからでないと身に染みて感じないような気もします。
ただ、そうだからこそ、クリステンセン氏は、未来ある若者に向けて今、教育者としての最後の心からのメッセージを信念と情熱を込めて訴えているのでしょう。
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