著者の広瀬氏は災害・リスク心理学の専門家です。著者の思考の根底には、「災害は極めて人間的な現象」だという認識があります。
本書は、そういう認識の根拠になるような災害に直面した際の人間のさまざまな行動について、心理学的側面から解説したものです。
まずは「第1章 異常を感じたくない心理」の中で紹介されているいくつかの興味深いキーコンセプトについて書き留めておきます。
理性的に考えると不可解なのですが、災害に直面して人は危険が迫っても「逃げない」、その結果「逃げ遅れる」といった状況が少なからず生じています。「先延ばしバイアス」です。
(p41より引用) 人間は、自分の得になることはすぐに決めたがり、損になることや面倒なことを先延ばしにしたがる傾向がある。
これは経済心理学・行動経済学の世界では、「損失回避バイアス」という言い方で「投資行動」の説明でも登場する特性です。このバイアスに対応するためには、「今やらないなら、いつやるか」「やらないと何が起きるのか」を立ち止まって考える意思をもつことが重要になります。
理性面からみて不可解な心理をもうひとつ、それは「正常性バイアス」と呼ばれるものです。
(p50より引用) 正常性バイアスは、危険を見まいとする自己防衛メカニズムが働く結果として現れる。
危機が迫っても「自分は大丈夫」と漠然とした形で信じてしまう、こういった心理的な安定を図るための「自我防衛規制」が、リスクに対する知覚を鈍らせ、かえって身体の安全を損なってしまうというのです。
災害に直面した際、人間一人ひとりをみると、様々な心理的なバイアスによって非理性的な行動をとってしまうようです。まさに、著者の「人間は、災害の発生や規模に影響を与えている」という主張そのものに合致してきます。
さて、このような心理状況に陥らないようにする効果的な方法が、外部からの情報の取得です。信頼性の高い情報があれば、人は、それに基づき理性的な判断を下し的確な行動をとることができるのです。
(p51より引用) 社会を取り巻くリスクに関して正確な情報を、行政や専門家、企業、市民など利害関係者(ステークホルダー)の間で共有し、相互に意思疎通を図ることを「リスクコミュニケーション」と呼ぶ。
東日本大震災においては、防災無線やラジオが有用な情報源になったといいます。また、新たな情報伝達ツールとしてTwitterをはじめとしたSNSの役割も注目されました。今後は、いかに「信頼性の高い情報」が「タイムリー」に共有できるかが最重要課題となるでしょう。
最後に著者は、「第4章 災害時のストレスを超えて」で、災害後の立ち直りの方策を挙げています。
この最終章の記述は、正直なところかなり物足りない感があります。たとえば、「リスクストレス」に立ち向かうための姿勢を語ったこういうくだり。
(p179より引用) 災害に耐える力と回復する力を備え、正しく分析し、クールに本質を捉え、リスクをコントロールすれば、リスクストレスに対抗できるはずである。・・・変化と適応を恐れない自由な自分自身を作り出していかなければならないだろう。
それはそのとおりです。が、どうすれば耐える力を備えることができるのか、自由な自分自身をつくることができるのか、そこのところで多くの人々は苦しんでいるのでしょう。
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