読書案内「海峡」(2) 井上靖著
人の気持ちは伝わるか
作者は昭和32年の執筆当時の経路を小説の中で丹念に記録しているが、
大畑線などすでに廃線になった鉄道路線もあり、庄司達が利用した路線をたどることはできない。
途中旅館に1泊して本州最北端の大間崎まで行くのに、約3日かかったようである。
雪に覆われた厳冬の最果ての地へ、東京から人の世のしがらみを断ち切るようにして「逃げてきた」3人だ。
私は新幹線で新青森まで3時間11分で、到着し、以後下北半島をツアーのバスで巡ったため、旅情に欠ける点は否めない。
現在でも電車を利用すれば、新青森で新幹線を降り、奥羽本線で青森駅まで、
青森駅から野辺地まで青い森鉄道、野辺地から終点大湊まで、現在でも4回の乗り換えである。
ここから先鉄道はなく、目的地大間崎までは路線バスとなる。
庄司は興味のない病院経営を妻に丸投げし、渡り鳥の研究に没頭する。
松村は、庄司の妻・由香里の相談相手として、友人の妻への思慕を胸の中にしまい込む。
杉原は宏子への愛に敗れ、宏子は編集長・松村への思慕を断ち切れぬまま、退社への道を選ぶ。
逃げるようにして、野鳥を追いかける夫・庄司を
「夫の心のどこにも自分はいない」「その心のどこにも入り込む余地があろうとは思われない」と、
孤独感に浸される由香里。
庄司もまた、雪の舞う厳冬の荒磯のを通りすぎながら、
「ここに住むこともいいじゃないか。医者をしているより、この辺で暮らす方が柄にあっている」と独白する。
登場人物のひとり一人が、心の葛藤を解決できぬままに、
物語は、夜半に飛び立つ渡り鳥の鳴き声を、寒さに震えながら録音する三人の姿を描いて終わる。
互いに身近に暮らす者同士が、心の内を理解できず、満たされない日々を送る。
下北半島の先に広がる津軽海峡は、深い藍色の波と山背の風に遮(さえぎ)られ、
それは、現代人の心と心に横たわる深い溝を、
「海峡」になぞらえた作者・井上靖の人間を見つめる優しい眼差しでもある。
結論の出ない終末に、読者は登場人物のそれぞれの人生を思い、
読者自身の人生を重ね合わせて、人生の行く末を思い描くのも読書の醍醐味である。
評価☆☆☆☆ 終