雨あがりのペイブメント

雨あがりのペイブメントに映る景色が好きです。四季折々に感じたことを、ジャンルにとらわれずに記録します。

読書案内「友がみな我よりえらく見える日は」 上原隆著

2017-04-30 07:56:15 | 読書案内

読書案内「友がみな我よりえらく見える日は」上原隆著
                            幻冬舎アウトロー文庫 平成16年6月刊 5版

    表題「友がみな……」は、石川啄木『一握の砂』所収の短歌から取ったものである。
 友がみな我よりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ
  
人生は思い通りにはいかない。逆境に会い、それを跳ね返すだけの気力もない。
  寂しい。そんなある日、彼は乏しい財布の中から小銭をはたいて、花を買って帰る。
  唯一の理解者である妻と花を眺める。心安らぐひと時の時間を妻と共有できる。
  
  このルポルタージュ風に書かれたノンフィクションに登場する人たちは、
 どこかで人生の道を踏み外し、行くべき方向を見失ってしまった人たちである。
 友だちもいない、心許せる相手もいない。生活を共にする人もいない。
 踏み外した道を修正する力もない。
 だが、卑屈にはならない。
 どこかにそうした境遇に陥ってしまった自分を責める、自責の念が時々わき上がるが、
 置かれた境遇に、ひたむきに耐えて生きている姿が印象的だ。

 
友よ アパートの5階から酒によって転落し、両眼を失明した友人。
   47歳の友人だが、病院の庭のベンチに座る姿格好は老人以外の何物でもない。言葉を失う私。
   友人が本物の不幸におちいった時、私は友人になにもしてあげられないことに驚き、戸惑った。
   私にできることといったら、友人が自力で不幸を克服するのを見ていることぐらいだった。

   人は自分でつちかったやり方によってのみ、困難なときの自分を支えることができる。
   
   全編をぬく著者のスタンスは、人生に迷った不幸せな人たちの話を聞き、
   見えない風のように目の前から姿を消すことだけだ。
   登場人物を見る著者の目はやさしい。

 ホームレス 彼は楽しそうに過去を語る。決してそれは現実に彼が背負った過去ではなく、
      こうありたいという夢を語っているのだ。実に楽しそうに家族の話をするのだが、
      その内容はその都度少しずつ違ってくる。家族についての夢を語っているのかもしれないと著者は思う。
      垢にまみれ、汚れた服を着ている彼は、何処から見ても完全なホームレスだが、卑屈さや暗さは微塵も感
      じさせない。
 登校拒否 学校に行けなくなった少年。授業中に教室を抜け出し、誰も居ない美術室に逃避する。担任と級友に発
     見され、「何してんだ、こんなところで」と詰問される。ただニヤニヤ笑い何も答えられなかった彼。
     先生や友達に弱みを見せてはいけないんだと彼は思う。心を閉ざす少年の姿が浮かんでくる。

 テレクラで仕事をする女性。小説が書けない芥川作家。職人気質から抜け出せない「ネガ編集者」。
 父子家庭の中で娘を育てる男。乗客の私に身の上話をするタクシードライバーの女性。など、14人の登場人物は
 優しさゆえに人生の道を踏み外し、生きずらい生をいきているのかもしれない。
 女優志願 何かやりたいことがあって、うまくいかない時、努力不足だといわれたのなら、人は希望を持ち続けるこ
     とができる。努力をすればいいのだから。ところが、あなたには向いていない、才能がないといわれたら、
     どんな気持
ちがするだろう、そして、どうすればいいのだろうか?

    人生につまずき、劣等感に襲われ、気力を削がれ傷ついていく過程で、
    生きていくチャンスをもう一度つかむことができるのだろうか。
    堕ちるところまで堕ちてしまった人にとって、失われた自尊心を取り戻すことがいかに大変なことか、
    登場人物を通じて考えてしまう小冊だ。
       (読書案内№98)                            (2017.4.29記)

 

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「原発事故の賠償費」 何故私たちが負担しなければならないのか(3)

2017-04-28 23:20:45 | 風の行方・原発

「原発事故の賠償費」
       なぜ私たちが負担しなければならないのか(3)
          東電と朝日新聞の対応
  
前回(2)に示された図・電力七社が電気料金で回収する福島原発事故の賠償費をによれば、
   東京電力の場合、1年度あたり一般負担金の額を567億4030万円としている。
   これは、あくまでも朝日新聞の試算であるが、
  上記の金額をどのように回収するのか、前回のブログの内容の最後の部分を再掲載します。
  
  この試算によると一世帯当たり1年で587~1484円ぐらいになるらしい。
  しかし、前にも述べましたがこうした金額は各家庭に配布される料金の内訳が書いてある
  「検針票」には載せてありません。
  一世帯当たりの負担額を筆者の家の電気料金に当てはめて計算すると次のようになります。
  関東地方の筆者は東京電力管轄になります。
  3月の検針票によれば1カ月の使用料は255KWhになります。
  計算式は以下のようになります。
  1カ月の使用量(255kwh)×0.25円=63.4円
   3月は月額63.4円の負担になるわけだが、請求金額に含まれている様子が感じられません。
   1年分の金額は 63.4円×12カ月=761円となる。
    
  検診票にはこのことには一切触れいない。
  新聞記事も徴収方法については具体的に触れていない。
  何度も記事を読み返し、推測できることは新電力の託送料金に上乗せする。
  電気会社が出した利益は、従来であれば電気料金の値下げとして消費者に還元するのだが、
  それをしないで、賠償費に充てるということなのだろうか。
  この記事も、一番肝心な部分で不親切である。

  以上が再掲載部分ですが、算式に基づけば私の家の3月の負担額は63.4円だがこれは、
  電気使用量によって違ってくる。
  しかし、検針票にはこの金額は表示されていない。

  どのように回収されるのか?
  
  それで、検針票の「お問い合わせ先」に電話する。
  先方が出たところで、
  私は一般消費者であり、特定の団体等に所属するものではないこと、

  この電話はクレームのための電話ではなく、個人的な疑問を解消するための電話であることを申し上げる。

  ○○新聞では、一般消費者家庭の電力消費量に対して、
  どのくらいの賠償費を負担しなければならないのか、
  その数式が出ているが、何故御社では負担額を検針票に掲載しないのか?

  返ってきた答えは、新聞社独自の計算方式で東電とは一切関係ない。

  木で鼻をくくるようなそっけない対応である。
  質問の答えになっていないことを言っても、「関係ない」の一点張りだ」
  原発事故が発生した当時、パートの検針員まで、
  「この度は、皆さんに大変ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」などと言わせ
  平身低頭した当時の姿勢は何だったのか。
  
  新聞社の記事は、東電と関係がないと言うのなら、東電としての「原発事故の費用負担」についての
  見解を教えてほしい。
  
  上記の問いには答えないで、
  「お客様番号」を教えてくださいと、またしても話のすり替えだ。
  教えるのはやぶさかでないが、どうして身元の特定ができる「お客様番号」が必要なのか。

  解りやすい説明をするために、お客様の個人情報が必要なのです。
  それなら、私の一か月分の電力消費量と料金内訳がわかればよいわけですね。
  「お客様番号」がなくても、電話のやり取りで説明できると思いますが……。

  以上のようなやり取りが、約1時間近く続き結局、私が納得できるような回答は得られなかった。

  最後の言葉は極め付けだ。
  「原発事故の賠償費ばどのようにして確保するのか、御社の見解を教えてほしい。解らない訳はないですよね」
  上司に伺ってきます。
  しばらく待たされた末に、
  「原発稼働の利益で確保します」
  「通常、利益が出れば、電気料金の値下げをするのですが、その値下げはないということですね」
  「そういうことになりますね」
  
   防御姿勢で固まった、これが東電姿勢なのか。
   時間の浪費と空しい徒労感が残った東電とのやり取りでした。

   次に、朝日新聞に電話を入れる。 
         4月7日付新聞記事は、「原発事故の賠償費」についてとても分かりやすく説明してあるが、
   肝心の消費者の負担額については、あいまいでわかりずらい。
   と説明したところ、即座にその記事を検索し、
   「読む時間を頂いてもよろしいですか」…3~4分が経過した。
   「確かにその利通りですね。担当記者にその旨を連絡し、
   分かりやすい記事を掲載するよう努力いたします」
   
   東電とのわけのわからないやり取りに疲れた私は、「よろしくお願いします」と電話を切る。
   なんともあっけない幕切れで、後味の悪い思いをした体験記だつた。

   目に見えない負担を国民にまでおしつける原発が、
   他の発電(水力、風力、太陽光等)に対し本当に本当にローコストなのか疑わざるを得ない。
   廃炉・賠償費用も含めて原発が低コストであるならば、事業者負担とすべきではないか。
   しかも報道によるとこのつけ回しは、2060年頃まで約40年以上も続くという。
  
 明らかに負の遺産となった原発事故の費用負担を、
 次世代まで負担させるのでは国民の理解は到底得られない。
                       (風の行方№37) (2017.4.29記)

 

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平和を維持するには……

2017-04-21 18:53:06 | 昨日の風 今日の風

平和を維持するには……
    ペンス米副大統領の言葉
  
安倍首相とペンス米副大統領の会談は18日、首相官邸で開かれた。
   気になる発言があったのは、北朝鮮問題に触れた時だ。

   安倍首相
     「平和的解決は当然だが、対話のための対話になっては意味がない。圧力をかけることも必要」
   
   
ランプ政権を支持する発言だ。武器を持たない我が国は、
   同盟国米国の対北朝鮮政策について、米国を指示するのは当然のことなのだろう。
   しばしばいわれることだが、我が国は同盟国ではあるが、米国の飼い犬ではない。
   尻尾を振るような発言はすべきではない。
   相手をあおるような発言はすべきでない。
   「拉致問題」が全く進展せず、何の手も打てないで指を咥えざる得ないわが国の首相が
   「対話のための対話になっては意味がない。圧力をかけることも必要」という言葉は
   自分自身に向かって言うべきだろう。

 
 ペンス米副大統領とパスカルのパンセ

    「平和は力によってのみ初めて達成される。

     日本や他の同盟国と、力を通じての平和を達成するために連携したい」
    
危険な発言だ。
    「平和は力によってのみ初めて達成される」
    力対力、武力による解決は不幸や悲しみ以外に何も生み出さない。

     戦国の世に終止符を打つために関ケ原の合戦があり、
     幕藩体制を打破するために、西軍は攻め東軍は北へと敗走する。
     何かを壊し、新しい何かを作るためにはいつの時代にも、たくさんの血が流された。

     どんなに成熟した社会でも、やがては崩壊し新しい社会が出現してくる。

     体制維持のためには、
     より強固な力を得るために、武器を開発する。
     それは決して相手を攻めるための武力ではなく、
     自己防衛のための軍備の増強なのだろう。


    
ペンス氏は対話路線は北朝鮮の挑発行為を止められなかったとして
   
 「戦略的忍耐の時代は終わった」
  
   なんとも物騒な発言だ。

             かつてパスカルは350年も前にその著書「パンセ」の中で次のように述べている。
     
    「力は正義なり、力なきもの正義にあらず」。
    次のようにも言っている。
    
「力のない正義は無力であり、正義のない力は圧政的である
    まるで日本と北朝鮮を対比しているような文章です。
     「正しいものが強いのではなく、強いものが正しい」
    
    
米副大統領ペンス氏の発言も、これに近いものがあり、
    世界は今、とても危険な状況下のもとに置かれている。
    右手に正義をかざし、左手に爆弾をかざす
    なんとも物騒な世の中が訪れようとしている。
           (昨日の風 今日の風 №71)  
  (2017.4.21記)

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「原発事故の賠償費」 何故私たちが負担しなければならないのか(2)

2017-04-19 16:49:27 | 風の行方・原発

「原発事故の賠償費」
   なぜ私たちが負担しなければならないのか(2)
    負担の理由と負担額、そしていつまで負担したらいいのか
    原子力発電は1960年代からある設備なのに、
     事故を起こした時の賠償への備えをしていなかった。
     そのツケをどうして国民に負担させるのか、納得がいかない。
    
     経産省の説明
     「原発事故の賠償費は本来、
      日本で原発が動き始めた60年代から確保しておくべきだった。
      だから、過去にこのコストが含まれない安い電気を使った人に負担を求めるのが適当だ」

       必要な備えを半世紀近くも怠っておいて、
       その責任を電力会社に問わずに国民に負担を求めるのはいかがなものか。
       現在に至るまで、政府や電力会社は原発の電気は、
       他の火力発電(天然ガス、石炭)や水力発電に比べて低コストだと説明してきた。
       しばしばいわれているように、原発の事故リスク費用を価格に備えとして加えていなければ、
       価格競争のスタートラインそのものが揺らいでしまう。
       それなのに、「過去にこのコストが含まれない安い電気」を使っていたのだから、
       「電気代に上乗せしますから負担してください」というのはあまりに虫のいい話ではないか。

     原発優遇策(託送頼み)
       福島第一の廃炉費などにも、新電力の送電線使用料金(託送料金)に上乗せして、
       費用捻出しようとしている。
      
       電力自由化を推進しながら、その裏で新電力会社には全く関係のない賠償費の一部を
       託送料金に上乗せして負担させるというのは、自由競争の原則に反するのではないか。
       原発に関するコストは、原発を持つ事業者が担うものではないのか。

 

     具体的に見ていこう
             事故の賠償費を東電を含む大手電力9社が負担している。
       そのうち下図の7電力が電気料金に盛り込んで消費者負担としている。
       しかも、この負担金額は料金の内訳が書いてある検針票には載せていない。
       商取引ではこのやり方は詐欺にあたり、クレーム対象になります。


               電力7社が電気料金で回収する福島原発事故の賠償費
(下図)



一年度あたり
一般負担金の額

1KWhの
負担額(概算)

1世帯の2016年
の負担額(概算)

北海道電力

65億2000万円

0.22円

1034円

東北電力

107億  910万円

0.14円

 774円

東京電力

567億4030万円

0.25円

1159円

中部電力

124億2060万円

0.11円

 587円

関西電力

315億2420万円

0.25円

1212円

四国電力

 65億2000万円

0.26円

1484円

九州電力

169億1940万円

0.22円

1127円

 

                                           (朝日新聞による試算)
    この試算によると一世帯当たり1年で587~1484円ぐらいになるらしい。
     しかし、前にも述べましたがこうした金額は各家庭に配布される料金の内訳が書いてある
    「検針票」には載せてありません。
    一世帯当たりの負担額を筆者の家の電気料金に当てはめて計算すると次のようになります。
    関東地方の筆者は東京電力管轄になります。
    3月の検針票によれば1カ月の使用料は255KWhになります。
    計算式は以下のようになります。
    1カ月の使用量(255kwh)×0.25円=63.4円
     3月は月額63.4円の負担になるわけだが、請求金額に含まれている様子が感じられません。
     1年分の金額は 63.4円×12カ月=761円となる。
    
    検診票にはこのことには一切触れいない。
    新聞記事も徴収方法については具体的に触れていない。
    何度も記事を読み返し、推測できることは新電力の託送料金に上乗せする。
    電気会社が出した利益は、従来であれば電気料金の値下げとして消費者に還元するのだが、
    それをしないで、賠償費に充てるということなのだろうか。
    この記事も、一番肝心な部分で不親切である。

    釈然としないので、東電と記事を掲載した新聞社に電話をして質してみた。
    次回はこのことについて、簡単に述べたいと思います。
      (風の行方№36)                           (つづく)
                  (2017.4.18記)

       
       
     

    

   
 (風の行方№36)

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「原発事故の賠償費」 何故私たちが負担しなければならないのか(1)

2017-04-15 11:33:52 | 風の行方・原発

 「原発事故の賠償費」 
     
なぜ私たちが負担しなければならないのか(1)

  (1)  賠償費の内訳と事故原子炉の現状

 福島第一原発事故の賠償や廃炉などの費用が21.5兆円になるという。
 従来の試算(2013年時点)では11兆円だから、今回の試算は約2倍近くに跳ね上がる。
 (下図参照)
     原発事故の処理費(朝日新聞2016.12/9引用)

 

2013年時点の試算

2016年12月
 の試算


どのようにまかなうのか

廃炉・汚染水対策

  2兆円

  8兆円

原則東電負担。送配電子会社の合理化利益は、値下げせずに廃炉に回す仕組みを新設する。

賠   償

  5.4兆円

  7.9兆円

原則東電負担。一部はほかの大手電力や新電力も送電線使用量に上乗せして負担

除   染

  2.5兆円

  4  兆円

国が持つ東電株の売却益を充てる。 

中間貯蔵施設

  1.1兆円

  1.6兆円

税金を投入

合    計 

 11兆円

 21.5兆円

 

    一気に4倍になった「廃炉・汚染水対策」に要するお金だ。
  なぜ一気に4倍に膨張してしまったのか。
  経済産業省は米スリーマイル島原発事故(1979年)費の「約50~60倍」にはなる、と説明。
  どんぶり勘定と言われても仕方がない。
  本当にこんな金額で処理できるのか疑問だ。
  たった3年で合計が倍の21.5兆円に膨れ上がっているのだ。
  
  福島第一原発事故では、
  6年経った今でも事故現場は高い放射線に阻まれ、
  処理作業は難航している。
  溶け落ちた核燃料はスリーマイル事故とは異なり、原子炉を突き破り
  内部がどうなっているのか見当がつかない。
  
  1月末、遠隔調査ロボット「サソリ」を投入したが、
  メルトダウン(炉心溶融)した原子炉内部は、爆発の残骸と高濃度の放射線に行く手を阻まれ、
  2㍍進んで立ち往生してしまった。

  溶けた核燃料が原子炉の外に出た事故は、
  旧ソ連のチェリノブイリ原発事故に例を見るが、
  事故後30年を経過した現在でも、取り出しに着手していない。
  老朽化した石棺の上に、さらに石棺を覆いかぶせ、応急措置しかしていない。
  廃炉作業を無理に進めるよりも、こうしたやり方は、処理費用が安くてすむ。
  原因究明よりも経済優先の政策だ。
  数えきれない村が放射線汚染で消滅した。
  我が国のように除染をするよりも、帰還困難区域に指定し、
  新たな土地を提供し、新しい村を作る方が、費用が掛からない。
  広大な国有地があるから可能な方法だ。

  つまり、事故から30年以上経過してもチェリノブイリ事故では、
  何ひとつ解決していないし、事故の教訓も残されていないのだ。

      事故から6年。
  事故を起こした原子炉の中にサソリが入り、黒い塊を撮影。
  これが、核燃料なのか。
  この黒い塊のがどのくらいあるのか、広がりはどうなっているのか。
  具体的状態がわからない。

  だから、廃炉に向けての具体的計画が立てられない。
  溶けた燃料を取り出す方法は、作業員の被曝をどう抑えるのか、
  取り出した燃料をどこに保管し、処分するのか。

  原発3基がメルトダウンしたのだ。
  世界でも例のない廃炉作業は、まだ何も決まっていない。

  表に示した「原発事故の処理費」は、
  このような現状を踏まえての経済産業省の試算です。
  合計21.5兆円ですむわけがない。
  一体、廃炉が完全に終了するまでに、
  どれくらいの費用と、労力と、時間がかかるのか。

  取り出した核燃料を地中深く埋めたとしても、
  安全を確保できるまでには、
  10万年という膨大な人知を越えた時間が必要とされる。

  政府は原発再稼働に向けて、舵を切っているが、
  このように考えてくれば、本当に原発による発電電気が
  他の発電電気より低コストだなどと言うのは、
  信じられないと言われても仕方がないでしょう。
    (風の行方№35)        (2017.04.15記) (つづく)

  次回は、私たちに課せられた負担額はどれくらいなのか、考えてみます。




 

 

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多選の是非・茨城県知事7選出馬表明

2017-04-12 08:08:30 | 昨日の風 今日の風

多選の是非
 茨城県知事7選出馬表明
  現役知事で7選は全国で一番長い。

 トップを長いこと同じ人物が勤め続けることは、好ましくない。
 空気が淀みます。
 淀みは停滞に繋がります。
 停滞は気力の減退につながります。
 気力の減退に続いて訪れるものは、自己保身です。

 得をする人と、冷たい風にさらされる人に分別されてしまいます。
 いわゆる、派閥の形成です。

 得をする人は、同じ人がトップの座に座ることを望みます。
 風にさらされた人は、トップの交代を望みます。
 トップが変わらなければ、風の止むのをじっと耐えて待つしかありません。
 こうなってくると、組織そのものが衰退してきます。

 やり残した事業はない。
 継続する事業もない。
 新たな事業の展開もない。

 残っているのは、一度手に入れた権力と名誉欲は手放したくない。
 だから、権力の座に胡坐をかき、自己保身に明け暮れる。

 知事7選出馬表明の弁
  市町村長、あるいは市町村の議長、議員から多くの出馬要請を頂いた。
  そういう声にこたえていきたい。
  (県庁での定例記者会見) 

   支持者からの要請で出馬する。
   具体的な公約も示さず、要請があったから出馬するというのでは
   あまりに県民を馬鹿にしている。
   市町村長等議員さんは、決して知事の力量に期待しているわけではない。
   県政に関わる御願い事は、馴染のある現知事の方がやり易い。
   これも、議員さんたちの自己保身による意思表明ではないか。
  
  茨城県には東海第二原発がある。
   再稼働や避難問題など原発に関わる問題は多岐に渡っている。
   このことについて記者団の質問があると、以下のようにさらりとかわす。
   ほかの課題の方が県民の皆さんは関心を持っている。

   「ずるい」。
   そこまで言うなら、県民が関心を持っている問題とは何なのか
   具体的に上げてほしい。

   いつでもそうだ。問題を先送りにし、状況の成り行きで、方向を決める。
   この知事の得意技だ。
   いろいろな評価はあると思うが、長すぎるか短すぎるかに重きを置く必要はない。
   選挙民が判断してくれればいい。
  
  自分流に解釈し、
都合のいいように論点をぼかしてしまうのもこの人の得意技です。

   魅力度ランキングは、全国最下位を保ち続けている。
   このことは、単に茨城が観光資源に乏しい県だからということではない。
   最下位の不名誉を返上するのに、どんな目標を立てるべきなのか。
   官民一体となって推し進めなければならない。
   知事をはじめとして、各首長が将来のビジョンを持って、
   住みよい地域づくりをやらなければ、汚名返上はできない。


   名誉や権力の座に胡坐をかく首長ではなく、
   豊かな県民性を育てることのできる首長を選びたい。
   7選は長すぎる。
          (昨日の風 今日の風№70)                (2017.4.11記)

 

 

 

 

 

 

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あむじいのいっしょに読もう(5) 紙芝居・かさじぞう

2017-04-09 10:30:00 | あむじいのいっしょに読もう

 あむじいのいっしょに読もう(5)
      紙芝居・かさじぞう
            松谷みよ子民話珠玉選 まつやま ふみお画 童心社
今日のテーマは、「やさしさ」です。
 民話がもとになったお話は、どこかにほっこり感があり、子どもたちに人気のカテゴリーです。

  じいさまとばあさまが登場するのも定番です。
  びんぼうなじいさまとばあさまは、明日はお正月だというのにお餅を買うお金もありません。
  そこで、じいさまは、ばあさまが織った布を売りに町に行きました。
  しかし、大みそかの忙しい時に、ばあさんが織った布など誰も買ってくれません。
  
  同じように売れずに困っていた、笠売りの笠と布を交換することにしまし、じいさまは家路につきました。
  いつのまにか雪が降ってきました。
  そこでじいさまは、降りしきる雪の寒空に立ちつくす六地蔵に気付きました。
  それを見てじいさまは、持っていた笠を全部お地蔵様の頭に雪を払ってかぶせてあげました。
  
  その晩のことです。
  寝静まった雪の中を、「ジョイヤサ、ジョイヤサ」という歌声と共に、
  何かがちかづいてくるあし音がきこえました。

  やさしさを施された人や動物などが恩返しをする民話は、たくさんあります。
  浦島太郎、鶴の恩返し、舌切り雀、おむすびころりん、などおなじみの民話の世界に
  子どもたちは興味を示します。
  イソップの話のように、教訓的でないところが私は好きです。
  
  「優しさと意地悪」、「無欲と欲張り」など対極にあるものを登場させながら、子どもたちに
  理解と共感を感じさせるのが民話の世界です。

  やさしい心や、慈愛に満ちた施しは、
  きっと自分自身への「いたわり」や「やさしさ」と通じるものがあるのでしょう。

  雪の降りしきる野原に立ちつくす六地蔵のお姿は、
  正月の餅も買えずに家路に急ぐ自分自身の寂寥感と通じるものがあったのでしょう。

  「布」が「笠」に変わり「笠」が六地蔵がもたらす、「お礼の品々」に変わっていく。
  変容していく「もの」を繋いで最後に、ささやかな「やすらぎ」が訪れるために、
  じいさまの「やさしい心」が橋渡しをしていく。
  この変容を子どもたちにやさしくするのが、朗読者としての私の役目と思っている。

  「みんなだったらどうするのか」を話し合うことによって、
  物語は一層深く子どもたちにの胸に沁みこんでいきます。
  「六地蔵の気持ち」「じいさま」の気持ちをみんなで考えながら
  今日の「あむじいのいっしょに読もう」は終りになります。
                    (2017.4.9記)

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あむじいのいっしょに読もう(4) 「おおはくちょうのそら」

2017-04-08 14:55:23 | あむじいのいっしょに読もう

あむじいのいっしょに読もう(4)

           「おおはくちょうのそら」今日のテーマは「家族と優しさ」です。
悲しいけれど優しさに満ちたお話です。
 北海道の湖に少しずつつ春の兆しが見えてきました。
 白鳥たちは、北の国に帰る準備を始めます。
 昨日も今日も白鳥の家族が北の国に飛び立って行き、湖は日ましに寂しくなっていきます。
 
 もう春がすぐそこまで来ているというのに、まだ出発できない家族がいます。
 どうしたのでしょう。
 
 子供が病気で飛ぶことができないのです。
 仲間のいなくなった湖は静かにに暮れていきます。

 「このこが げんきになるまで、きたの くにへ かえるのを おくらせよう」
 お父さんが言うと、お母さんもうなずきました。
 雪が解け、氷が解け、福寿草が咲き始めました。
 でも子供の病気は一向に良くなりません。それどころかますます悪くなっていくようです。

 お父さんは月を見て決心しました。
 「北の国に帰ろう」
 帰らなければ、残りの子どもたちを幸せにしてやることはできない。
 断腸の思いで苦渋の選択をしたのです。

 びょうきの こどもを かこんで、おやこは なきかわしました。
 かなしい こえが、みずうみに ひろがって ゆきました。

 病気の白鳥は飛ぶことができません。
  お父さんが先頭で飛び立ち、子どもたちがその後を、最後にお母さんが飛び立ちました。
  病気の白鳥も飛び立ったみんなも泣きました。

  鳴き交わす声がだんだん遠くなり、皆の姿が山の陰に見えなくなってしまいました。
  
  その時、お父さんを先頭に、飛び立った家族が山を越えて戻って来たのです。

  もどって きた かぞくを みて あんしんした こどもは、
  そのよる いきを ひきとりました。
  みずうみに うつる つきの かげが、かなしい いろで ゆれました。

  皆は、夜も昼も休まずに飛び続けて、北の国に帰り着き、お互いの無事を喜び合いました。
  
  いつしょに くることのできなかった、
  かわいそうな こどもの ことを おもいました。

  そのとき、きたのくにの つめたいそらに、
  しんだこどもの すがたが、ひかりかがやきながら うかびあがりました。 

  皆は、大空を仰ぎ、クオーッ、クオーッ クオーッと泣いて喜びあいました。

    「あむじいのいっしょに読もう」は、ここからがとても大切な時間になります。  
    「病気の白鳥」の気持ちをみんなで一緒に考えよう。
     「おいていかなければならなかったお父さんの気持ちや、みんなの気持ちを考えよう」
     「家族って何だろう」「お父さんやお母さんの役割は何だろう」
              みんなが感じたことを、自由に言ってください。
     答えは一つではないよ。いろいろの答えがあっていいんだ。
     自分の思ったことを、素直に言える雰囲気が出てきたら、この時間を子どもたちと共有できたことに、
     「感謝」です。
     今回のメンバーは小学新1年生、2年生、3年生を対象にしました。
                                              (2017.4.8記)

コメント (4)
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「問題生徒」ってなに?(2)

2017-04-02 08:00:00 | つれづれに……


「問題生徒」ってなに?(2)
 
  「ラベリング」という危険性
   私は、「安易にリストアップすべきではない」と思っています。

   誰がリストを作成するのか。
   作成者によってリストアップされる「問題生徒」が異なる可能性もあり、
   慎重に検討することが重要です。
   今回の事例では、「生活指導の先生」が資料として作成したということです。
   報道には詳しい経緯は報告されていませんが、
   こんな大切なことを生活指導の先生に任せてしまっていいのでしょうか。
         たとえば、リストアップされた生徒を職員会議の場で精査し、
   共通認識することが必要なのではないか。

   それでも、「ラベリング」という問題が残ってしまう。
   どういうことか。
   『この生徒は「問題生徒」です』、
   と特定の「マイナス要因のラベル」を貼ってしまうことは、
   その生徒の真の姿を見誤らせて、貼られたラベルを通して見てしまう。
   これを、「ラベリング」と言い、心理学の基礎講座で習う大切な項目です。
   教育に携わる人間として、これは絶対にしてはいけないことです。

   「いじめ・非行防止ネットワーク会議」は、種々雑多の分野人が参加しています。
   失礼ながら、成り行きや順番で選ばれメンバーに加わった人も予想されます。
   現に、今回配布された資料を持ち帰ったメンバーから、或いはその周辺から
   ネットに流されたようです。

   どうして情報の中に、住所や顔写真まで載せなければならなかったのでしょう。
   明らかに、無配慮でいきすぎた好意で、「個人情報」の尊重から逸脱しています。

  情報管理
   資料には、『取扱注意』と明示してあったが、
   出席者17人中13人が持ち帰ってしまった。
   回収箱もなければ、回収の呼びかけもなかった。
   通常、こうした「個人情報」等、極秘文書は、会議開催前に回収する旨を伝え、
   出席者が多い場合には、配布資料に№を打ち、
   未回収があった場合、誰の資料が未回収か分かるようにしないと
   情報の流失は避けられません。
   管理不足というよりも、
   資料の重大性に配慮を欠いた行為と言われても仕方がないでしょう。


  学校の役割は生徒を育て、守ることではないのか。
   事件の概要を俯瞰すれば、学校が「問題生徒」として外部組織に
   丸投げしてしまったかに見える事件です。
   学校は生徒を育て、守る姿勢が問われています。
   「問題生徒」として外部団体に資料提出したことにより、
   学校の「生徒を守り育てる」という基本姿勢から、
   最も大切なものを放棄したように思います。
   学力の低い生徒や問題のある生徒を切り捨てる、「足きり行為」と
   学校の「自己保身」に走ったことが、
   根底にあるような気がしてとても残念です。
   

 (つれづれに……心もよう№58)
                      (2017.04.01記)

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「問題生徒」ってなに?(1)

2017-04-01 08:00:00 | つれづれに……

「問題生徒」ってなに?(1)
  素行に問題のある生徒13人のリストが学校外に流出した。

  埼玉県熊谷市立熊谷東中学校で、生徒の不適切な取り扱い。
  事件の概要
   同中(西博美校長、生徒数526人)は、
   「地域ぐるみで見守る必要がある生徒」のリストアップをした。
   名前と住所等に加え、顔写真まで貼られた生徒もいた。
   「けんかをした」「学力が低い」「性的なことへの興味が強い」
   など問題行動を記した資料を作成し、
   学区内の自治会長や教育委員会職員、民生・児童委員、県警熊谷署員らが集う
   「いじめ・非行防止ネットワーク会議」で配布した。

   資料には「取扱注意」と書かれていたが、
   17人の出席者の内13人が持ち帰った。

   「資料がネットに流失している」と、
   該当保護者から抗議があり、不適切な取り扱いが明るみに出た。
  
  何が問題なのか
   「問題生徒」と括ってしまうこと自体大きな間違いです。
   学校とか職員室での共通認識として把握すべき問題を、
   リストアップし、外部団体の「いじめ・非行防止ネットワーク会議」に資料として
   配布した軽率さを校長は認識すべきです。

   熊谷市教育委員会では
   「リストを作ること自体は問題と考えていない。
   どこまで共有するのかは精査して考えなければいけない」
   とコメントしているようです。
   つまり、会議のたたき台としてリストアップすることは問題なく、
   その取扱いに注意すべきだと言ってるようです。
   だが、この問題の本質はもっと深いところにあるような気がしています。
     (つれづれに……心もよう№57)
          (2017.03・31記)              (つづく)
      
       次回は、「ラベリング」という危険性 情報管理 学校の役割について書きます。

    

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