北国の架空の街・海炭市(海に囲まれた、昔炭鉱で栄えた町というイメージ)に生きる人々の織りなす十八の人生を、海炭市の風景の中に淡々と描いて、読者のこころを離さない。
大きな事件が起きるわけでもなく、主人公がいるわけでもない。十八のタイトルの中でそれぞれ異なる主人公たちが織りなす、人生の哀歓を、暗く寂れた街外れの海から吹いてくる風が身体の芯まで凍らすような街に生きる人々の暮らしぶりをていねいに描いている。
除夜の鐘が鳴り終わってから、ありったけの乏しいお金を持って、389メートルの山のロープウエイで頂まで登り、初日の出を拝む兄妹。
六畳ひと間のアパートの部屋中探して、ありったけのお金を集めた。それがたったの二千六百円。27歳の兄と21歳の妹。
去年の春、勤めていた小さな炭鉱が閉山し、兄は失職した。
もともと海と炭鉱しかない町に残ったのは、濃い疲労と沈黙と、わずかな退職金だった。
初日の出を拝んだ兄妹に残された小銭で、兄は切符一枚を購入し、自分は雪の積もった遊歩道を歩いて下りるという。
だが、麓の駅に降りて待つ妹のもとに兄は帰ってこなかった。一時間待ち、二時間待ち四時間半を過ぎた頃には、「兄は道に迷ったに違いない」と確信するようになり、それでも心のどこかで無事にに戻ってくる兄を期待していた。5分が過ぎ、警察に連絡するために立ち上がった妹。
「これでいいわね、兄さん」と、ひどく冷静で、信じがたい自分がいた。
「あやまらない。誰にもあやまらない。たとえ兄に最悪の事があってもだ。他人が兄や私をどう思おうと、兄さん、私はあやまらないわよ……」
深い雪の中で力尽きる兄の姿がはっきりと目に浮かぶ。
たったひとりの肉親を失うかもしれない状況の中で、私(妹)は、ますます固く心を閉ざし、明日の見えない薄明かりに立ち、公衆電話の受話器をとる。
第一章「物語の始まった崖」の第一話「まだ若い廃墟」の物語は、こうして終わる。切り立った絶壁がなだれこむ込む海で、青年の遭難死体が発見される(=物語の始まった崖)。 兄妹が住んでいる町(炭鉱を閉山したばかりの活気のない街=若い廃墟)という意味が込められているようだが、第二話以降でこの兄妹が登場するわけではない、若い二人の不安と絶望を暗示してこの原稿用紙にして22枚の第一話は終了する。
第二話(蒼い空の下の海)。連絡船で海峡を渡り父のいる故郷に帰った来た若夫婦。寒い甲板に立ちつくす二人…
第三話(この海岸に)。この街のアパートに越してきた、幼い子どもを持つ夫婦。引っ越し荷物のトラックが来なくて、寒風の吹きさらす道路に立ち尽くし待っている男。
第四話(裂けた爪)。家庭に問題を抱え焦燥した日々を送るガス店の二代目若社長。
いずれも原稿用紙にして20枚位の短編であるが、詠んだ後忘れられない何かが残る。日常生活の中で起きる不安や無意識下のマンネリ、悩み、苦しみが淡々と述べられて行く。
読後感の楽しい小説ではないが忘れられない小説である。ストーリー全体に流れているテーマがあるとしたら「仕事あるいは職業と人生」ということか。仕事とどう向き合い、人生を歩んでいくか丹念に書き込まれた短編集である。
著者は、1990年、41歳の若さで妻子を残して自死。その理由は誰にもわからない