読書案内「オーパ!」 文・開高健 写真・高橋昇
中年オヤジの開高健が少年の心をもって大アマゾン川の釣りに挑む
集英社 1978(昭和53)年12月 第4版刊。大型のしっかりした作りの本だ。41年前の発刊なのに定価も2800円と安い本ではないのに、初版から1か月足らずで4版発行だから、その人気のほどが想像できる。現在は集英社文庫にもなっているのでお勧めの一冊です。この本の魅力はどこにあるのか。
OPAオーパ! 何事であれ、ブラジルでは驚いたり、感嘆したりするとき、 「オーパ!」という。
わめき声、笑い声、叫び声のひしめくさなかで古風な銅鑼がガンガンと鳴り、 「蛍の光」をマイクから流しつつ、われらが白塗り三〇〇〇トンの「ロボ・ダル マダ」号は埠頭をギシギシと身ぶるいして静かに離れ、沖へ向かった。 ※ 第一章 神の小さな土地 冒頭
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「ロボ・ダルマダ」号とは、「無敵艦隊のオオカミ」という意味だ。
カトリック国のブラジルでは船の名前に、
「聖者」とか「聖女」「聖地」の名前を付けるそうなのだが、
なかには「ヴィクトリア・レジア」(オオオニハス)とかいう名前もある。
開高健おじさんの乗った船は
「無敵艦隊のオオカミ」という勇ましい冒険者にふさわしい名前を付け
(もっともマラリアなどとひねくれた名前を付けた船もある)、
出航の銅鑼をガンガン鳴らし「蛍の光」を流して、
アマゾンの奥深く目指して、未知のたびに向けて舵を切る。
なんとにぎやかで、血沸き肉躍る旅の初めの描写ではないか。
ピラーニァ(と現地では発音するらしい)がひしめき合うところで釣り上げた魚は
次のような哀れな姿になり、人間が食することなどできない。
ピラーニァについては次のような記述もあり、
アマゾンの計り知れない未知の姿をイメージすることができる。
かねてから予感したとおり、ものの5分もたたないうちにイワシはピラーニァに齧(かじ)られてボロボロになる。つけかえるとまた5分もしないうちにボロボロになる。あたりいちめんどこまでいってもピラーニァばかりで、まるで剃刀のギッシリとつまったなかをイワシをころがしてあるいているようなものである。それでも白くゆらめく炎暑の中をかれこれ一時間か一時間半、何度イワシをつけかえてもおなじことである。
こうした話が数多く語られ、読者は紙面の文字を追いながら、大アマゾンの未知なる世界の冒険に引きずり込まれていく。しゃれた話があり、思わずニンマリするような下ネタ話も旅の清涼剤として随所で語られる。何しろ男だけのアマゾン紀行なのだ。下ネタ話はメンバーの緊張を解きほぐす清涼剤なのだ。右岸にも左岸にも陸地は見えない。ただただ広く長い河が未踏の密林や湿地帯をうねり、「無敵艦隊のオオカミ」号は抱えきれない期待を担って、凪のように、鏡のように滑らかなアマゾンを目的地に向かって進んでいく。
本の中で紹介される話は気楽に読める話だが、実は開高健の用意周到な準備のたまものなのだ。
単に思い付きで書いた話ではなく、自然描写や魚の生態などについても、さりげなく描写されている
が、その裏には作者の周到な準備と人を飽きさせない文章の才能がある。
例えばピラルク(現地ではピラルクー)という魚について、次のような完璧な描写がある。
アマゾン本流とその支流に生息し、非常に成長の早い魚だ。最大は身長が五メートルになり、体重は二〇〇キロに達する。全世界の淡水魚中、最大の魚だとされている。頭は胴にくらべて小さいが鎧のように硬くて皺がより、上から見るとちょっとワニに似ている。胴全体をこれまた鎧のような硬い鱗が蔽っている。この鱗の白い部分で漁師はピラルクーを刺す銛を磨き、大工は家具を磨き、美容師は女の爪を磨く。
完璧なピラリクーの紹介でであり、読者はこの魚のイメージをたちどころに描くことができる。だが、描写はこれで終わらない。この後、原稿用紙約四枚に渡りピラルクーの薀蓄(うんちく)がが語られ、
下ネタ話に発展し、最後はこの魚の人気に「絶滅」してしまうのではないかと心配する。完璧な文章表現である。
一時間、幸せになりたかったら 酒を飲みなさい
三日間、幸せになりたかったら 結婚しなさい
八日間、幸せになりたかったら 豚を殺して食べなさい
永遠に、幸せになりたかったら 釣りを覚えなさい
中国古諺?
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「釣り」は面白い、釣り師・開高健が二度にわたり紹介している諺だ。出典不明といいながら、二度も紹介する釣師であるが、この「OPA!オーバ!」は、たんなる釣りキチの話ではない。
釣りの話が主体になるが、アマゾンの冒険譚であり、釣り賛歌、自然賛歌であり、文明の波がひしひしと押し寄せるアマゾンの未開の地を舞台に広がる 自然崩壊に警鐘を鳴らす書でもある。
単なる紀行文学に終わらせないところが、芥川賞作家の開高健であり、伊達に受賞したのではないことをその文章が示しているし、全体の流れもとても良く、再読者が多いのもうなずける。
是非、読んでほしい本の一冊だ。
(つづく)
(2019.9.18記) (読書案内№143)