ドクター・デスの遺産 中山七里著 角川書店 2017.6再販
警視庁にひとりの少年から「悪いお医者さんがうちに来てお父さんを殺した」との通報が入る。
当初はいたずら電話かと思われたが、
捜査一課の高千穂明日香は少年の声からその真剣さを感じ取り、
犬養隼人刑事とともに少年の自宅を訪ねる。
すると、少年の父親の通夜が行われていた。
少年に事情を聞くと、見知らぬ医者と思われる男がやってきて父親に注射を打ったという。
日本では認められていない安楽死を請け負う医師の存在が浮上するが、少年の母親はそれを断固否定した。次第に少年と母親の発言の食い違いが明らかになる。そんななか、同じような第二の事件が起こる――。
( ブックデーターから引用)
次々に起こる安楽死事件は、近親者の依頼を受けた「ドクター・デス」が関わりを持つ事件だ。
現行法では殺人事件として警察の追求を受ける。
「ドクター・デス」とは何者か。
安楽死の要請があった家や病室を影のように訪れ、
苦しむ患者に安楽死の施術をしていく。
難病の娘を持つ犬養刑事はこの娘を使い、
囮捜査でドクターデスをおびき寄せる。
サスペンスにとんだミステリーを「安楽死問題」という重いテーマを絡めた作品だが、
テーマが重いわりには、読者の心に響いてくるものがない。
医療とは、安楽死とは、尊厳死とは。
この辺の問題をもう少し掘り下げて表現できれば、
味わい深い作品になるのだが……。
ドクター・デスが法を犯してまでも進めていこうとした安楽死、
表題の「ドクター・デスの遺産」とは何だったのだろう。
作者が読者に投げ掛けた課題でもある。
「犯人は捕まえたが罪を捕まえられなかった」という犬養刑事の言葉が
このミステリーの全てを語っているように思えます。
安楽死を扱った小説に森鴎外の「高瀬舟」という短編があります。
興味のある方は是非一読をお勧めします。
安楽死について次のような判例があります。
患者が耐えがたい肉体的苦痛に苦しんでいること、
死が避けられず死期が迫っていること、
患者の苦痛を除去・緩和する他の手段がないこと、
生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示のあること。
この条件が必要であり、医師による末期患者に対する積極的安楽死が許される。
としているが、現実にはこれらの条件が満たされていても、
現役の医師が安楽死を遂行することはまずありません。
この小説のように、
塩化カリウム製剤を注射し心筋にショックを与えれば、
やがて患者は心肺停止し、
死にいたるような医療行為は、
日本の現行法では立派な犯罪になります。
現実には、延命治療を拒否し、ターミナルケアを受け、
消極的な安楽死を望む患者も多い。
命の尊厳という視点から考えれは、
日本人の生死観に沿っているように思います。
ちなみに、日本尊厳死協会では、
尊厳死とは患者が「不治かつ末期」になったとき、
自分の意思で延命治療をやめてもらい安らかに、
人間らしい死をとげること、と定義しています。
(読書案内№117)