夫と駅で待ち合わせをした。約束の時間になろうとするとき、携帯メールが届いた。
「いま電車の中、15分ほど遅れる」
それならばとカバンからミステリー本を取り出そうとして、70代の男友達が語ったことを思い出した。
若いころ、ガールフレンドとデートの約束をしたのだが、予定外の仕事が入り、連絡のすべもない。
2時間遅れで待ち合わせ場所に行くと、彼女は待っていてくれた。
私が心を動かされたのは、その話の続きだと浜根美紀さんは言う。
ここからが、ちょつといい話。
2時間の間、彼女は彼のことだけを考えていたという。
なにか事故にあったのだろうか、事件か、などと。
かれもまた、彼女のことだけを考えていた。
あの人が帰ってしまうはずがない。必ず待っていてくれる。
その女性こそ、後の奥様である。
浜根美紀さんは、このことについて、次のようなことを言っている。
確かに、携帯電話は便利である。「何分遅れます」と送信するだけで、安心できるし、
待たせる側にも心配をかけないですむ。
しかし、相手に思いをはせるという、奥ゆかしくも大切な行為はなくなってしまったのではないだろうか。
私自身、メールを読んだ後は夫のことなど少しも思わず、
ミステリーに夢中になっていたはずてある、と。
以上は、朝日新聞6月14日付け、ひととき欄に浜根美紀さんの「あなたを思う時間」という
タイトルで掲載されたものである。
経済活動を続けるにあたり、無駄をなくし、能率を追求するのは大切な要因である。
この考え方のベースに、便利さの追求がある。
より早く、より遠くまで走る新幹線。より短時間で国境を超え、快適な旅を保証する飛行機。
高速道路の拡充は、車社会の発達とともに、流通機構をも変え、経済システムそのもの変えてきた。
インターネットは実に簡単に知りたい情報を提供してくれる。
ツイッターは、顔を持たない匿名性ゆえに、多くの人に受け入れられたが、
責任の所在があいまいなために、責任のない発言も多くみられる。
便利さ故に、失われたものも多い。
「人を思いやる気持ち」、「家族のためにお母さんたちが費やした家事の時間」、
「少子高齢化」に伴う家族機能の崩壊。。
便利さ故に「大切なもの」が失われてしまったのではないか。
大切なものはお金では買えない。
だが一人ひとりがその気になれば、創り、育てていくことはできるのだ。
浜根美紀さんの話も、「互いに相手を信頼する」という、関係が築かれていたからこそ
成立した話なのだろう。