「仮面舞踏会後の決闘」ジャン・レオン・ジェローム
② 名誉のための決闘は愚行の痕跡を残して夜明けを迎える。
夜が明けかかった森。
雪に覆われた大地。
背景の樹々はすっかり葉を落としている。
画面中央の靄の中おぼろに見える馬車。
そこから左に視線を移すと人影らしきものが見える。それぞれの馬車の御者たちなのだろうか。
寄り添うようにして、話をしているようにも見える。
決闘の結末を案じているのだろうか。
さらに左の端に視線を移すとここにも馬車が止まっている。
様々な衣装をまとった男たち。
昨夜の仮面舞踏会でどんなもめ事があったのか? 画面からは想像できない。
「名誉のための決闘」に敗れた男の胸には鮮血が滲んでいる。
手にはまだ剣が握られているが、
もはや、立つこともままならないほどの痛手を負っている。
両腕を差し込んで敗者の体を支えようとしている男。
心配そうに傷口に手を当て、何やら語りかけている赤い衣装の男。
両手で頭を抱えている男。「あゝ なんてことになってしまったのか」と、嘆きの表情をしている。
白い衣装をまとった敗者は、ピエロです。
宮廷のおどけ役のピエロが決闘に敗れ、
今まさに命の灯を消そうとしている場面が、ピエロの哀れさを誘います。
一切の哀しみを胸の内にしまい込み、お道化て笑いを誘い、場を盛り上げる。
そのピエロも死ぬときには、我に還っていくのでしょうか。
去って行く勝利者の後ろ姿にも、哀れの影が渦巻いているようです。
肩を落としうつむき加減で支えられながら自分の馬車へと戻っていく。
勝者のの喜びは何処にも感じられない。
純白の雪の上に残された勝者の剣と、敗者のマント(?)が虚しい。
勝者と敗者に漂うものは、徹夜で行われた舞踏会の倦怠と
他愛もないもめ事から命のやり取りにまで進んでしまった、後悔の念だ。
その愚かさが画面全体を覆っている。
絵画って深読みすると面白いですね。
閑話休題:
「名誉の決闘」は、侮辱に対する名誉回復手段と解されていたようです。死ぬまで戦うとは限らなようですが、
決闘ですから、死の危険にさらされていたのは間違いないですね。こうした決闘は20世紀初頭まで続いていた
ようです。著名人の中にも決闘経験者がたくさんいたことを中野京子(作家・ドイツ文学者)が紹介しています。
ドンファンといわれたカサノバ、作曲家ヘンデル、詩人バイロン、画家マネ、ドイツの宰相ビスマルク(生涯に
25回も決闘した党われてます)等々は怪我ですんでいるが、決闘のために命を落とした者もいる。ロシア文学者
プーシキン、アメリカ合衆国憲法起草者ハミルトンなどが命を落としているようです。
(つれづれに……心もよう№89) (2019.1.27記)