読書案内「その雪と血を」
ジョー・ネスポ著 ハヤカワミステリー 2016.10刊
北欧ルノワール(暗黒)小説。
殺し屋と言ってもスナイパーのイメージではなく、麻薬業者のボスに雇われた殺し屋だ。
動機は簡単意味の解らないタイトルと次のような冒頭の文章に惹かれ読んでみた。
ミーハー的読書です。
綿のような雪が街灯の光の中を舞っていた。
舞いあがるとも舞いおりるともつかずに、
オスロ・フィヨルドをおおう広大な闇から吹き込んでくる身を切るような寒風に、
あてどもなく身をゆだねている。
……乾いた雪は壁ぎわに吹き付けられ、
おれがいま胸と首を撃ったばかりの男の靴の周りに舞い降りた。
文字どおり、極寒の雪の中で展開する殺人。
最終章もまた雪の中の死をもって幕を閉じる。
不運の道を歩いてきた「殺し屋」の最初の殺人は、
飲んだくれで刑務所帰りの父を殺したことだった。
酔って帰ってきて、母に暴力を振るい、
夫婦の寝室では母の首を絞め、
その呻き声を聞きながらセックスをする。
父への憎しみが19歳の彼を、殺人者にしたのか。
麻薬密売に絡む殺人の次に依頼された殺人は、
不貞を働いているらしいボス(殺人依頼者)の妻を始末することだった。
「殺し屋」に標的を選ぶ権利はない。
契約に基づき粛々と仕事を遂行するのみだ。
いつものように標的に向かって引き金を引くはずだった。
だが異変が起きた。
彼は標的に恋をしてしまったのだ。
ボスの女との逃避行が始まる。
殺し屋が助けたマリヤという聾唖の女も重要なカギを握るが、ネタばれになるので触れない。
「殺し屋」の純愛、という言葉が浮かんでくる最終章は、
またしても「雪と血」の場面だ。
瀕死の重傷を負った男のポケットから女の前に手紙が舞い降りた。
「…きみみたいな人を幸せにできる方法が自分にはわからない…きみを愛している…」
彼女は泣いた。「わたしは幸せよ」彼女は言った。
「俺はもう死んでもいい」男は静かに目を閉じる。
雪と血にまみれた男の死んだ場所。
それは、「あまりに赤く、不思議なほどに美しかった」
70年代の雪降りしきるノルウェーを舞台に、
凄惨な殺し合いの世界を描いた小説だが、後味は悪くない。
「雪」は純粋、けがれのないものの象徴、「血」は暴力と生命の象徴なのか。
(2016.11.9記) (読書案内№90)