この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

断崖にて、その5。

2005-06-21 21:31:40 | 不定期連載小説『断崖にて』(完結済)
その4からのつづきです。でも未読の方はよかったらその1から読んでください。)

 ガツッという鈍い音を立て、その一撃は私の身体から全ての力を奪い去った。
 一瞬のうちに視界が朱に染まり、口いっぱいに錆びた鉄の味が広がる。
 私の身体は糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。
 なぜ・・・?どうして?
 痛みが共鳴してまともにものを考えられない頭の中に疑問符ばかりが浮かぶ。
 平手打ちしたことが男の逆鱗に触れたのか、それとも男が幽霊であると自称したことをあまりに深く追及しすぎたのか。
 どちらにしろほんの今さっきまで話していたときの男は、とてもこのように激昂するタイプには見えなかった。
 つまりは私に人を見る目がなかったということだろう。
 そしてこれは同時に、思いがけず話相手を得てわずかでも心を許してしまった私の愚かさに対する神様が与えた罰なのかもしれない。
 地に伏した私に男は持っていた角材でさらに容赦なく二撃、三撃を加えた。
 少しでも身を守ろうと右手をかざしたが、男は構わずその上から角材を叩きつけた。
 パキッという枯れ木が折れるような音を立てて、右手がありえざる方向に折れ曲がる。
「誰か・・・、誰か、助けて、誰か・・・」
 助けを求める声はつぶやきにさえもならず、空しく消えていった。そもそもこの岬に男と私以外の誰かがいるとも思えなかったけれど、それでも私は救いの手を求めずにはいられなかった。
 助けて、誰か、助けて・・・、お父さん・・・、お母さん・・・。
 男に打ち据えられ、芋虫のように丸まりながら、そして私は今さらながら皮肉にも気がついた。
 私は本当は死にたくなどなかったのだ、ということに。
 この岬には死を覚悟して来たはずだったのに・・・。
 途切れ途切れの意識の中、不意に男の手が止まったことを不審に思い、私は何とか首をめぐらした。
 半ばからポキリと折れた角材を放り投げ捨て、男は手近にあった石を両手で抱え上げた。かなりの大きさの石だった。
 視界の隅に男の両眼に宿った静かな狂気が映った。
 助けて・・・、スガノさん・・・。
 そのつぶやきが実際口に出して言えたものなのか、それとも心の中で言えただけだったのか、もう私にはわからなかった。
 男が私に最後の一撃を加えるのと私が目を閉じたのは同時だった。
 そして私の意識は昏い、昏い、奈落の底へと落ちていった。

                        つづく。
コメント (16)
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