(その3からのつづきです。でも未読の方はよかったらその1から読んでください。)
男は目にうっすらと涙を浮かべ、左手で頬を押さえながら呆然と私を見た。
「い、いきなり、何をするんですか・・・」
相当痛かったのだろう。無理もない。打った私の右手もビリビリとしびれていた。
「あなたが悪いのですよ」
私はできるだけ平然を努めて言った。
「私みたいな人間を、幽霊だと言ってたばかるから、罰が当たったんです」
「たばかってなんて・・・」
「幽霊だったら、頬をぶたれたって平気なはずです。さっきからあなたは自分が幽霊であるっていう前提でずっと話をしてますけど、だったらあなたが幽霊である証拠を私に見せてください!」
私が精一杯の気力を振り絞って睨みつけると、男は根負けしたように目を逸らした。
「証拠なんて・・・、そんなものはありません」
ほら、やっぱり幽霊なんかじゃないんだ。
そう思ったものの、続いて男の口から出た言葉は予想外だった。
「だって、もしあなたが誰かから火星人じゃないかって疑われて、それで地球人である証拠を見せろっていわれたって、そんなこと、簡単には出来ないでしょう?」
男の言っていることは屁理屈だと思った。けれどその理屈のどこが具体的に破綻しているのか、口惜しいけれど指摘することが出来なかった。
「それに、幽霊だったら頬をぶたれたって平気なはずだって言いましたけど、そんなの、一体どこの誰から聞いたんですか?幽霊が痛みを感じないなんて、何に書いてあったっていうんです?それって人間がよく知りもしないのに勝手に決め付けてるだけじゃないですか!思い込んでるだけじゃないですか!そんなのってひどすぎますよ!」
男の強い口調に気圧されて私は何も言い返せなかった。だが男はあっさりと言葉の調子を変えた。
「でも、そんなことはどうでもいいんです」
今度は男が私を正面から見据えた。
「あなたは今、私みたいな人間を、そう言いました。それってつまり、あなたはここから飛び降りて死ぬつもりだった、そう解釈しても構いませんか?」
何かを言い返すべきだった。それはこじつけに過ぎない、そう言うべきだった。けれど私は言葉に詰まり、唾を飲み込むことさえ出来なかった。
「やっぱり・・・、そうなんですね?」
男は勝ち誇るでもなく、哀れむでもなく、ただ少しだけ沈んだ声で言った。けれど私は男に対して虚勢を張った。
「違います。違います・・・。違い・・・ます・・・。そんな、こと・・・ありません。だから、お願いですから、私のことはどうか放っておいてください・・・」
男がいる限り、この岬から飛び降りることは出来そうになかった。本当なら、死体が二度と浮かび上がってこないといわれているここから飛び降りたかったのだけれど、それが叶わないのであれば仕方がない。他の方法を考えるしかない。
男の前から立ち去ろうとして、私は男に背を向けた。
「待ってください!」
ほとんど叫びともいっていいその言葉に私は一瞬振り返った。
どこで拾ったのか、男は角材のようなものを握りしめていた。
そして男はそれを私の頭めがけて思い切り振り下ろした。
つづく。
男は目にうっすらと涙を浮かべ、左手で頬を押さえながら呆然と私を見た。
「い、いきなり、何をするんですか・・・」
相当痛かったのだろう。無理もない。打った私の右手もビリビリとしびれていた。
「あなたが悪いのですよ」
私はできるだけ平然を努めて言った。
「私みたいな人間を、幽霊だと言ってたばかるから、罰が当たったんです」
「たばかってなんて・・・」
「幽霊だったら、頬をぶたれたって平気なはずです。さっきからあなたは自分が幽霊であるっていう前提でずっと話をしてますけど、だったらあなたが幽霊である証拠を私に見せてください!」
私が精一杯の気力を振り絞って睨みつけると、男は根負けしたように目を逸らした。
「証拠なんて・・・、そんなものはありません」
ほら、やっぱり幽霊なんかじゃないんだ。
そう思ったものの、続いて男の口から出た言葉は予想外だった。
「だって、もしあなたが誰かから火星人じゃないかって疑われて、それで地球人である証拠を見せろっていわれたって、そんなこと、簡単には出来ないでしょう?」
男の言っていることは屁理屈だと思った。けれどその理屈のどこが具体的に破綻しているのか、口惜しいけれど指摘することが出来なかった。
「それに、幽霊だったら頬をぶたれたって平気なはずだって言いましたけど、そんなの、一体どこの誰から聞いたんですか?幽霊が痛みを感じないなんて、何に書いてあったっていうんです?それって人間がよく知りもしないのに勝手に決め付けてるだけじゃないですか!思い込んでるだけじゃないですか!そんなのってひどすぎますよ!」
男の強い口調に気圧されて私は何も言い返せなかった。だが男はあっさりと言葉の調子を変えた。
「でも、そんなことはどうでもいいんです」
今度は男が私を正面から見据えた。
「あなたは今、私みたいな人間を、そう言いました。それってつまり、あなたはここから飛び降りて死ぬつもりだった、そう解釈しても構いませんか?」
何かを言い返すべきだった。それはこじつけに過ぎない、そう言うべきだった。けれど私は言葉に詰まり、唾を飲み込むことさえ出来なかった。
「やっぱり・・・、そうなんですね?」
男は勝ち誇るでもなく、哀れむでもなく、ただ少しだけ沈んだ声で言った。けれど私は男に対して虚勢を張った。
「違います。違います・・・。違い・・・ます・・・。そんな、こと・・・ありません。だから、お願いですから、私のことはどうか放っておいてください・・・」
男がいる限り、この岬から飛び降りることは出来そうになかった。本当なら、死体が二度と浮かび上がってこないといわれているここから飛び降りたかったのだけれど、それが叶わないのであれば仕方がない。他の方法を考えるしかない。
男の前から立ち去ろうとして、私は男に背を向けた。
「待ってください!」
ほとんど叫びともいっていいその言葉に私は一瞬振り返った。
どこで拾ったのか、男は角材のようなものを握りしめていた。
そして男はそれを私の頭めがけて思い切り振り下ろした。
つづく。