毒島は一通のメールに困惑した。
メールの送り主は溝口の舎弟である岡田という男だった。
岡田のことはよく知らない。あの夜一度会ったきりだ。
溝口さんは友だちみたいなものですから、そう言って岡田は溝口の罪をすべて背負って街を出て行った。
不思議な男だった。
その岡田からメールが送られてきた。
メールの内容自体は一言で言えば近況報告だった。彼は今仙台で暮らし、市内の焼肉屋で働いているらしい。
メールには画像が添付されている。ぎこちない笑みを浮かべる岡田が写っていた。
そこまではまぁいい。
問題はメールの最後にあるアドレスである。
リンク先はあるブログだった。管理人は「サキ」という名前の女性で、ケーキや和菓子などの甘いものを紹介するブログのようだ。まめに更新してはいるが、それほど流行っている感じはしない。
どういう意味だよ、おい。
毒島は誰にともなくつぶやく。
毒島は元々人の心を読むことに長けていた。
面と向かえば、相手が嘘をついているのかついていないのか、頼りになるのかならないのか、裏切るのか裏切らないのか、そういったことがおおよそわかった。
毒島が今この地位にいるのは直接的な暴力よりもむしろその力のおかげだといってよい。
その毒島が一通のメールに困惑していた。
なぜ近況報告のメールで食べ歩きのブログを紹介する?メールでお薦めのブログを紹介するのが若者の間では流行っているとでもいうのか?それとも何か他に深い意味があるのか?
毒島は岡田の真意が見抜けず、いつになく苛ついていた。
くそ、わからねえ。
小一時間ほど部屋の中をうろつき、毒づき、天を仰ぎ、毒島は一つの結論に達した。
このブログの管理人である「サキ」は岡田本人である、と。
本来であればこれは重大なルール違反であると言えた。
溝口の代わりに罰を受けることになった岡田は表向き死んだことになっている。当然目立つようなことをしてはならない。人目についたり、人の記憶に残ったりしないように細心の注意を払わなければならない。
ブログだって本来は慎むべきだろう。それが筋というものだ。
だがそうはいっても息抜きが必要であることぐらいは毒島にもわかる。
何といっても岡田は若い。それに元々岡田自身は何も罪を犯してはいない。
岡田が性別を偽ってまでブログを始めたいというのであれば、毒島としては目を瞑ってやってもいい。
あることを思いつき、毒島はパチリと指を鳴らしそうになる。
ブログを始めるのは見逃してやってもいい。だが、溝口に生きていることを気づかれたら、その時はどうなるかわかっているだろうな、岡田?
毒島は慣れない携帯電話の操作に悪戦苦闘しながらも一通のメールを作成し、送信ボタンを押す。
*
溝口は一通のメールに困惑した。
送り主は毒島だった。
毒島と溝口の関係を端的に表すのは難しい。一言で言えば雇い主と一労働者ということになるだろうか。
だが、今溝口にとって毒島の存在はただの雇い主ではなかった。
あの夜、毒島から掛かってきた電話のことを溝口は一生忘れないだろう。
出来れば出たくない電話だった。だが出ないわけにはいかない。
「懲らしめてやったからな」
開口一番毒島はそう言った。
「え?懲らしめたって…」
「お前の舎弟だった岡田だよ」
毒島は当たり前のように岡田の存在を過去形で語った。
「溝口、お前、言ったよな。裏切ったのは自分じゃない、岡田だって。そうだったよな?」
毒島の問いに溝口はしどろもどろになりながら何とか「えぇ」と答える。
「だから、岡田の奴を攫ってきたんだがな」
岡田の野郎、しぶとくてな、と毒島は続ける。
「自分は何も知らない、自分は裏切ってなんかいない、その一点張りなんだよ」
岡田がそういうのは当然だった。事実岡田は何も知らないし、裏切ってもいないのだから。
「だが今さっき、ようやく自分がやったって認めたんだよ。手間を掛けさせやがる」
溝口は思わず、手間って何だよ、と言いかける。
「とりあえず岡田はお前の舎弟だったからな。一応は連絡しとくのが筋だろう、そう考えたからこうやって電話を掛けてやってる」
溝口は毒島の恐ろしさが改めて身に染みる思いだった。
毒島はすべて知っている。裏切ったのが溝口であり、岡田がまったくの無実であることも当然知っている。
すべてを知った上で溝口ではなく、岡田を攫い、彼を責めたのだ。
溝口は全身がブルブルと震えるのを止めることが出来ない。
「それで岡田は今どこに…」
「岡田が今どこにいるかだって?そんなことを俺が知るわけがないだろう」
当たり前のことを聞くなとばかりの口調でそう言うと毒島は電話を切った。
毒島との通話を終え、すぐに岡田に電話を掛けようとする。履歴から岡田の名前を探して通話ボタンを押す、そんな簡単なことが指が震えてしまって上手く出来ない。
呼び出し音が鳴る。
岡田岡田岡田頼むから出てくれよ岡田岡田俺が頼んでんだぞ馬鹿野郎出ろよ出てくれよ岡田頼むから頼むから頼むから出てくれよコンチクショウ。
溝口の願いも空しく電話が繋がることはなかった。
念のためにメールも出すことにする。
だが何て書けばいい?
岡田、元気か?
そう携帯電話に打ち込み、文面の皮肉さに溝口は泣きそうになる。いや、もう泣いているのかもしれない。
結局岡田からの返信はなかった。
それが半年ほど前のことだ。その夜のことを溝口は一生忘れないだろう。
今日送られてきた毒島からのメールには一言、溝口、お前は甘いものが好きだったよな?と書かれていた。
メールの最後にアドレスが張ってあり、リンク先は「サキ」というHNの女性が管理する食べ歩きのブログだった。
溝口は困惑した。
確かに毒島に甘いものが好きだというようなことを言った覚えはある。だがだからといって毒島が溝口に食べ歩きのブログを紹介するのは不可解だった。
毒島は、甘いものが好きだと言っていたからといって甘いもののブログを教えるような、そんな親切心のある男ではない。
どういう意図があって毒島が自分にこのブログを紹介するのか、溝口にはわからなかった。
だが意図がわからずとも、今は毒島を無視するべきではないことぐらいはわかる。
従順を示すべく、自分は毒島から紹介されたこのブログの常連になるべきなのだろう。
*
岡田は一通のメールに困惑した。
メールの送り主は早坂沙希だった。
自分と沙希の関係を何といえばいいのか、岡田自身よくわからない。
彼女さん、よく遊びに来ますね、同じ焼肉店に働くバイトの女の子からそうからかわれ、返事に窮したことがあった。
沙希とはそんなに頻繁にメールのやり取りをすることはない。沙希はともかく、岡田が筆まめな方ではないからだ。
沙希からのメールを一読すると、岡田は急いでお気に入りに登録している彼女のブログを開いた。
あっ、と言葉を失いそうになる。
ブログの記事にある人物からコメントがつけられていた。
一つ一つのコメントは当たり障りのない内容だった。
その人物は沙希と生活圏を共有するらしく、沙希が紹介するケーキや和菓子を今度食べに行くつもりだ、というようなことが書いてある。
驚いたのはその人物がブログの記事のほとんどにコメントをつけていることで、あまり流行っているとは言えない沙希のブログでそれは異様な光景といえた。
沙希が相談のメールを送ってくるのも当然だった。
その人物は「風船男」と名乗っていた。
溝口だ。
岡田はそう確信した。そんなHNを名乗るセンスのある人物は溝口の他にはいない。
溝口は偶然沙希のブログに見つけコメントをつけたのだろうか?いや、違うだろう。
岡田が毒島に沙希のブログを紹介するメールを送った翌日に現れたのだから、これは偶然ではない。溝口に沙希のブログのことを教えたのは毒島本人だと考えるのが妥当だろう。
問題はなぜ毒島は溝口にブログのことを教えたのか、だ。
考えを巡らせ、ある可能性に気づいて岡田は彼らしくもなく動揺する。
もしかして、毒島はブログの管理人が自分だと勘違いしているのではないか?
その可能性を否定できず、岡田はため息をついた。
毒島さん、俺はブログの管理人って柄じゃないですし、仮にブログを始めるとしても性別を偽ったりはしませんよ。
ここにはいない毒島に向かって岡田はつぶやき、もう一度大きくため息をつく。
メールの送り主は溝口の舎弟である岡田という男だった。
岡田のことはよく知らない。あの夜一度会ったきりだ。
溝口さんは友だちみたいなものですから、そう言って岡田は溝口の罪をすべて背負って街を出て行った。
不思議な男だった。
その岡田からメールが送られてきた。
メールの内容自体は一言で言えば近況報告だった。彼は今仙台で暮らし、市内の焼肉屋で働いているらしい。
メールには画像が添付されている。ぎこちない笑みを浮かべる岡田が写っていた。
そこまではまぁいい。
問題はメールの最後にあるアドレスである。
リンク先はあるブログだった。管理人は「サキ」という名前の女性で、ケーキや和菓子などの甘いものを紹介するブログのようだ。まめに更新してはいるが、それほど流行っている感じはしない。
どういう意味だよ、おい。
毒島は誰にともなくつぶやく。
毒島は元々人の心を読むことに長けていた。
面と向かえば、相手が嘘をついているのかついていないのか、頼りになるのかならないのか、裏切るのか裏切らないのか、そういったことがおおよそわかった。
毒島が今この地位にいるのは直接的な暴力よりもむしろその力のおかげだといってよい。
その毒島が一通のメールに困惑していた。
なぜ近況報告のメールで食べ歩きのブログを紹介する?メールでお薦めのブログを紹介するのが若者の間では流行っているとでもいうのか?それとも何か他に深い意味があるのか?
毒島は岡田の真意が見抜けず、いつになく苛ついていた。
くそ、わからねえ。
小一時間ほど部屋の中をうろつき、毒づき、天を仰ぎ、毒島は一つの結論に達した。
このブログの管理人である「サキ」は岡田本人である、と。
本来であればこれは重大なルール違反であると言えた。
溝口の代わりに罰を受けることになった岡田は表向き死んだことになっている。当然目立つようなことをしてはならない。人目についたり、人の記憶に残ったりしないように細心の注意を払わなければならない。
ブログだって本来は慎むべきだろう。それが筋というものだ。
だがそうはいっても息抜きが必要であることぐらいは毒島にもわかる。
何といっても岡田は若い。それに元々岡田自身は何も罪を犯してはいない。
岡田が性別を偽ってまでブログを始めたいというのであれば、毒島としては目を瞑ってやってもいい。
あることを思いつき、毒島はパチリと指を鳴らしそうになる。
ブログを始めるのは見逃してやってもいい。だが、溝口に生きていることを気づかれたら、その時はどうなるかわかっているだろうな、岡田?
毒島は慣れない携帯電話の操作に悪戦苦闘しながらも一通のメールを作成し、送信ボタンを押す。
*
溝口は一通のメールに困惑した。
送り主は毒島だった。
毒島と溝口の関係を端的に表すのは難しい。一言で言えば雇い主と一労働者ということになるだろうか。
だが、今溝口にとって毒島の存在はただの雇い主ではなかった。
あの夜、毒島から掛かってきた電話のことを溝口は一生忘れないだろう。
出来れば出たくない電話だった。だが出ないわけにはいかない。
「懲らしめてやったからな」
開口一番毒島はそう言った。
「え?懲らしめたって…」
「お前の舎弟だった岡田だよ」
毒島は当たり前のように岡田の存在を過去形で語った。
「溝口、お前、言ったよな。裏切ったのは自分じゃない、岡田だって。そうだったよな?」
毒島の問いに溝口はしどろもどろになりながら何とか「えぇ」と答える。
「だから、岡田の奴を攫ってきたんだがな」
岡田の野郎、しぶとくてな、と毒島は続ける。
「自分は何も知らない、自分は裏切ってなんかいない、その一点張りなんだよ」
岡田がそういうのは当然だった。事実岡田は何も知らないし、裏切ってもいないのだから。
「だが今さっき、ようやく自分がやったって認めたんだよ。手間を掛けさせやがる」
溝口は思わず、手間って何だよ、と言いかける。
「とりあえず岡田はお前の舎弟だったからな。一応は連絡しとくのが筋だろう、そう考えたからこうやって電話を掛けてやってる」
溝口は毒島の恐ろしさが改めて身に染みる思いだった。
毒島はすべて知っている。裏切ったのが溝口であり、岡田がまったくの無実であることも当然知っている。
すべてを知った上で溝口ではなく、岡田を攫い、彼を責めたのだ。
溝口は全身がブルブルと震えるのを止めることが出来ない。
「それで岡田は今どこに…」
「岡田が今どこにいるかだって?そんなことを俺が知るわけがないだろう」
当たり前のことを聞くなとばかりの口調でそう言うと毒島は電話を切った。
毒島との通話を終え、すぐに岡田に電話を掛けようとする。履歴から岡田の名前を探して通話ボタンを押す、そんな簡単なことが指が震えてしまって上手く出来ない。
呼び出し音が鳴る。
岡田岡田岡田頼むから出てくれよ岡田岡田俺が頼んでんだぞ馬鹿野郎出ろよ出てくれよ岡田頼むから頼むから頼むから出てくれよコンチクショウ。
溝口の願いも空しく電話が繋がることはなかった。
念のためにメールも出すことにする。
だが何て書けばいい?
岡田、元気か?
そう携帯電話に打ち込み、文面の皮肉さに溝口は泣きそうになる。いや、もう泣いているのかもしれない。
結局岡田からの返信はなかった。
それが半年ほど前のことだ。その夜のことを溝口は一生忘れないだろう。
今日送られてきた毒島からのメールには一言、溝口、お前は甘いものが好きだったよな?と書かれていた。
メールの最後にアドレスが張ってあり、リンク先は「サキ」というHNの女性が管理する食べ歩きのブログだった。
溝口は困惑した。
確かに毒島に甘いものが好きだというようなことを言った覚えはある。だがだからといって毒島が溝口に食べ歩きのブログを紹介するのは不可解だった。
毒島は、甘いものが好きだと言っていたからといって甘いもののブログを教えるような、そんな親切心のある男ではない。
どういう意図があって毒島が自分にこのブログを紹介するのか、溝口にはわからなかった。
だが意図がわからずとも、今は毒島を無視するべきではないことぐらいはわかる。
従順を示すべく、自分は毒島から紹介されたこのブログの常連になるべきなのだろう。
*
岡田は一通のメールに困惑した。
メールの送り主は早坂沙希だった。
自分と沙希の関係を何といえばいいのか、岡田自身よくわからない。
彼女さん、よく遊びに来ますね、同じ焼肉店に働くバイトの女の子からそうからかわれ、返事に窮したことがあった。
沙希とはそんなに頻繁にメールのやり取りをすることはない。沙希はともかく、岡田が筆まめな方ではないからだ。
沙希からのメールを一読すると、岡田は急いでお気に入りに登録している彼女のブログを開いた。
あっ、と言葉を失いそうになる。
ブログの記事にある人物からコメントがつけられていた。
一つ一つのコメントは当たり障りのない内容だった。
その人物は沙希と生活圏を共有するらしく、沙希が紹介するケーキや和菓子を今度食べに行くつもりだ、というようなことが書いてある。
驚いたのはその人物がブログの記事のほとんどにコメントをつけていることで、あまり流行っているとは言えない沙希のブログでそれは異様な光景といえた。
沙希が相談のメールを送ってくるのも当然だった。
その人物は「風船男」と名乗っていた。
溝口だ。
岡田はそう確信した。そんなHNを名乗るセンスのある人物は溝口の他にはいない。
溝口は偶然沙希のブログに見つけコメントをつけたのだろうか?いや、違うだろう。
岡田が毒島に沙希のブログを紹介するメールを送った翌日に現れたのだから、これは偶然ではない。溝口に沙希のブログのことを教えたのは毒島本人だと考えるのが妥当だろう。
問題はなぜ毒島は溝口にブログのことを教えたのか、だ。
考えを巡らせ、ある可能性に気づいて岡田は彼らしくもなく動揺する。
もしかして、毒島はブログの管理人が自分だと勘違いしているのではないか?
その可能性を否定できず、岡田はため息をついた。
毒島さん、俺はブログの管理人って柄じゃないですし、仮にブログを始めるとしても性別を偽ったりはしませんよ。
ここにはいない毒島に向かって岡田はつぶやき、もう一度大きくため息をつく。