コイン精米に出かけた時のことである。
ちなみに玄米10Kgまでなら100円でOKである。
米も搗きたては、新米並みに美味しいので10Kgずつ毎回コイン精米へ。
そのコイン精米と、ブロックを隔てた隣はお地蔵さんが鎮座している。
その日は、コイン精米機の内部に沢山の米が床に散らばっていた。
仕方がないので、掃除をしてから100円玉を投入しお米をいれた。
機械が作業する間、その辺りをブラブラと。
地震で壊れたお地蔵さんの首も、立派に修復され奇特な人が毎日花を替えているとみえて新しい。
1m有るかないかのブロック塀なので、ひょいと覗き込む癖がある。
お賽銭の横に、お供え物もあって、良く見ると私の好きなサクランボが。
ちょっと失礼して、食べたくなるほど新鮮でおいしそうなサクランボ。
どんな人がどんな気持でお供えするのだろう。
多分お地蔵さんも好物だとは思うが・・・後の処置など要らぬ事を考えてしまった。
で、ブロック塀をよくよく見ると、妙なモノが乗っけられていた。
精米したばかりのお米である。
先ほど掃除した、床に溢れたお米の流れかも知れない。
これまた、どういう人がどういう気持で、これだけ大量にブロックの塀上にお米を積んだのだろう。
サクランボは、お地蔵さんのお供えで納得するが、ブロックのお米は納得できない。
お地蔵さんのお供えなら、直ぐ前に供えるべきで境界のブロックはないだろう。
それとも、鳥の餌のつもりなのだろうか。
道路一本隔てた隣は、鎮守さまで鳥たちも多い。
この量だと、スズメや鳩も頑張らないと食べきれない。
そして、栄養価の観点と精米作業の観点から言えば、玄米のままの方が鳥も喜びそうな気がする。
世の中には、私の知らない不思議がまだまだありそうだ。
ポツンと一軒家くらいで感心してはいられない。