ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

将王 11手目「悪役」

2016-01-02 16:13:35 | 小説
結婚まで考えた高林梨奈と別れて以降、小倉はこれまでにもまして、将棋に没頭するようになった。30代に入り、将王戦8連覇。20代の7期と合わせて15期となり、断トツの歴代1位である。

8連覇目の相手は意外だった。39歳の小倉もベテランの域に差し掛かったが、挑戦者は還暦を越えていた。遠山九段。わがままな男だった。しかし、その豪放磊落な棋士は世代を問わず、将棋ファンから愛されていた。

小倉にしてみれば少年時代から骨太の体格、分厚い手、顎鬚まで蓄えた遠山は強面の中年男だった。しかし、初めて指した時は畏怖の念すら抱いた小倉も、次第に遠山の自分本位の態度に腹立たしさを覚えていく。ある対局では「場所が狭い」と呟きながら、将棋版をその太い両腕で押して、自らの縄張りを広げたり、負ければすぐ立ち去り、勝てば上機嫌で何時までも感想戦に付き合わされるのである。

しかし、小倉は遠山を心底嫌ってはいなかった。対戦成績で大きく彼を引き離している優越感もある。また、遠山の将棋への情熱が、時を経ても衰えないことには一定の評価はしていた。

将王の記録に関しては歴代の大棋士たちを凌駕してきた小倉もひとつだけ破れなかったものがある。それが遠山の20歳での将王位獲得という最年少記録だ。彼こそ元祖天才なのである。しかし、その後は周囲の期待ほどの実績は重ねられず今日に至った。

もはや過去の人と位置づけされていた遠山の将王挑戦に棋界は久しぶりに盛り上がりを取り戻した。周囲が遠山の23年ぶりの将王返り咲きを期待すればするほど、小倉はヒール役を演じざるを得なかった。

「必ず4戦で終わらす」。小倉は固く決意していた。
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