ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

将王 17手目「敗北」

2016-01-11 21:32:36 | 小説
川野とヘボンが将棋盤をはさんで向き合っている。

「私が相手をしましょう。もしコンピュータに私が負ければ、もはや、そちらが棋士より強いと公言していただいて結構です」

川野は人工棋士研究チームにそう伝えた。

川野はしばらく瞑想した後、白く長い指で歩をはさみ角道をあけた。棋士たちには彼の覚悟が痛いほど伝わってきた。小倉の変わりに自らがいけにえになる覚悟が。

川野・ヘボン戦は川野やや優位のまま、終盤戦に突入した。川野がプロ棋士に終盤までリードして逆転されることはまずない。それほど、終盤の強さには定評があった。しかし、それは人間相手のことであり、コンピュータ相手にも当てはまるかは分からない。棋士、将棋ファンは固唾を呑んで見守るしかなかった。

次第に川野の端正な顔に変化が見られた。頬を膨らませてみたり、目を閉じたままクビを後ろに倒してみたり、あがいている様にも見えた。

「どうやらヘボンが逆転したようです」。若手棋士が今にも消え入りそうな声で言った。

ひとたびコンピュータソフトにリードを許すと、そこから抜き返すのは至難だ。次第に形成ははっきりしていく。将棋の宇宙が狭まれば狭まるほど、ヘボンの正確な差し手が際立つ。

川野がコップに口をつけた。しばらく将棋盤を見つめ「どうも負けました」と丁寧に頭を下げた。

コメント
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