ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

将王 16手目「対面」

2016-01-09 21:25:07 | 小説
小倉は会長室のドアをノックした。

「どうぞ」

聞き覚えのある声がした。川野は45歳の若さで将棋連盟の会長という重責を担っていた。棋士としてもトップクラスの力を維持し、現役バリバリなのだが、人格者として名高い川野に白羽の矢が立った。棋士を含めた周囲の「川野さんしかいない」という声に抗しきれなかったのだ。

「お話とは何でしょうか?」小倉が黒皮のソファに腰を落とした。テーブルを挟んで、対局するような目で川野の端正な顔を見た。

「小倉さんには申し訳ないが、ヘボンとの対局を引き受けて欲しい。勿論、無理にとは言いません」。いつもと変わらず、川野は穏やかな口調だ。

「嫌です。受け入れられません」。小倉の言葉からは強い意志が滲んでいた。

「実は開発サイドから、ぜひとも小倉さんと対戦したいと持ちかけられているんです」

「そうですか。うん、そうですね。どうしてもと言うなら、引き受けてもいいですよ」

「本当ですか?」。川野の声が少しだけ弾んだ。

「しかし、条件があります。今後1年の対局を休ませてください」。小倉は静かな口調で言った。

「それはできません。小倉さんは将棋界の顔です」

「ならば、やはり受けられません」

「分かりました。開発側には私から伝えておきます」。川野の口調には、冷静ながらも決意を固めたような芯の強さがあった。
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