白雲去来

蜷川正大の日々是口実

大きな国なんだから、心も大きくならなければね。

2012-09-14 15:24:51 | インポート

九月十三日(木)晴れ。

五時半に起きて、子供たちに朝食と弁当を作った。(詳しいことはフェイスブックに書きました)上の子供は、六時半頃に出かけるが、下の子は、八時半。一時間半ほどまた布団に入った。

起きてから色々雑用を済ませてから、大腸癌の手術をして市大病院に入院している町内会のお友達のお見舞いに行く。元気そうなので安心したが、「人工肛門」がとれて完全な状態になるまで、とりあえず三か月ぐらいかかるそうだ。

その後、事務所に行き郵便物のチェック。本当は、夜に友人と約束をしていたのだが、愚妻が留守なので、夕食の支度などがあって家を空けることはできないので、後日にして頂いた。

尖閣の国有化を巡って、反発した中国人が、北京や上海において日本料理店や日本人に対して、ラーメンをかけたり、蹴ったりしているとの報道があった。困ったものだ。日本人は、例え中国と問題があっても中華街で嫌がらせをしたり、中華料理店をボイコットなどしない。民度が低いと指摘されても仕方があるまい。

以前、隠岐康氏のお世話で上海に行った時に、ガイドから、「とても美味しい日本料理のお店がある」と紹介されて連れて行って貰った。お店は満席。何と鮪の刺身が一人前で八千円もする。それを平気で食べているのだ。お客さんは皆中国人。ウエイトレスが剣道の稽古袴をはいていたのはご愛嬌だったが、板前も日本語を話す人がいて不自由しなかった。余り高いので安い物ばかり選んで一杯やっていたことを覚えている。そのお店の経営者は、台湾人と言っていた。上海にどれくらい日本料理を出す店があるのか知らないが、おそらく、そのお店のオーナーはほとんどが中国人だと思う。日本車に乗っているのもほとんど中国人。私たちのガイドも日本車に乗っていた。

そのガイドいわく「日本車に乗るのは、ステータスなの」と。自宅の家電も中国の国産品は少なく、日本製品ばかりだと言う。お金が貯まると、家族で日本に買い物に行くとも言っていた。

ヨーロッパがすっぽり入ってしまうほどの大きな?国なんだから、心も大きくならなければね。

夜は、酒を飲みつつ「山本五十六」を見た。山口多聞(阿部寛)が艦とともに死のうとする場面では、ほろっとした。


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愚妻が帰郷して、お父さんが、お母さん。

2012-09-14 14:45:41 | インポート

九月十二日(水)晴れ。

テレビで知ったのだが、富裕層向けの様々な商品、例えば旅行や装飾品などのビジネスが盛んで年間十兆円もの市場があるそうだ。電車で三泊四日で九州を一周する旅が、五十万円もする。ご当地の美味しい物を食べたり名所旧跡を訪ねることも含まれているそうだが、うーん。五十万円ねぇー。その他、豪華客船の旅も一人五百万円もするのだが、すぐ売り切れてしまうそうだ。何が不景気なのかさっぱり分からん。原稿用紙一枚二千円で生活している浪人には、宝くじでも当たらなければ無理だ。しかし、「なんとかジャンボ」の一枚三百円のものを三十枚買おうとすると九千円が必要となる。考えた末に、買わずに一杯飲んでしまう。これでは一生豪華客船の旅は無理か・・・。かあちゃんごめん。

そのかあちゃんだが、今日から実家の青森に里帰り。飛行機で行けばと言ったのだが、もったいないと新幹線で出かけた。最も、ド田舎なので、新青森の駅からも、青森空港からも、実家までは二時間以上かかる。いい所なのだが何しろ遠い。子供が小学生の頃は、夏休みには必ず家族で帰郷したものだが、子供が大きくなると、部活や補習とかで、中々一緒に出掛けるチャンスがない。愚妻もお盆休みなどない所に勤めているので、余計に駄目だ。

そんな訳で、子供が帰ってくるまでに、夕食の支度。今日は、ポークカツ(この間、豚肉を買い過ぎてしまったので二日も豚肉)にサラダにわかめスープ。私は、適当に冷蔵庫にあるものを片づけていたら、あらら、今日も「宝山」の四合瓶が空になってしまった。明日は五時起きなので、早めに寝た。


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総理候補が皆、小粒に感じられてならない。

2012-09-12 19:39:51 | インポート

九月十一日(火)晴れ。

朝食の後に、「大吼」の最終校正。新しい印刷所のソフトと我が家のものがどうも相性が悪いみたいで、字が抜けてしまうのである。じっくりと送られてきた原稿を読んで、二時前にようやく終わった。

午後から、愚妻を伴って事務所へ。紙屋さんから印刷用の紙が届いたのでその整理に行く。その後、横浜駅のダイヤモンド地下街の「崎陽軒」へ焼売を注文しに行く。実は、明日から日曜日まで、愚妻が里帰りする。その土産で焼売を送ったのだ。保土ヶ谷や関内駅にも崎陽軒の売店はあるのだが、ダイヤモンド地下街で送ると送料が無料と言うことでわざわざ買いに行った。

帰り際に、「そごう」のいわゆる「デパ地下」の鮮魚店を覘いたら、極上のカツオがあったので早速購入。子供たちにはポークソテーとサラダを作って、私は、カツオと玉ねぎサラダで一杯。カツオの季節は嬉しい。

自民党や民主党の総裁選が候補者乱立で面白くなった。民主党は野田で決まるのだろうが、さて自民党はどうだろうか。個人的には安倍が好きだが、また病気だと言って投げ出されたらかなわん。伸晃はどんな国家観があるのか分からないし、何か軽薄な感じがして嫌だ。町村も良く分からん。石破はどうか。やっぱり物足りない。この非常時に、この人なら、という政治家が見当たらない。皆、小粒になってしまった。

頂き物の「宝山」の紫。これは美味かった。気が付いたら四合瓶が空になっていて、家族にどやされた。スマン、スマンのオスマンサンコンである。

そうそう、一杯やりながら、松竹の八十周年記念として製作された渥美清主演の「友情」という映画を見た。松坂慶子と勘九郎も共演の映画。まあ、お暇だったら、という感じ。

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「シソ梅ソース」と「秋刀魚の歌」を知っていますか。

2012-09-11 13:19:04 | インポート

九月十日(月)晴れ。

 午前中は、歯医者へ。一時間ほどで終了し、みなとみらいのランドマークタワーの中にある書店へ行くが、探していた本がなく、またさりとて読みたい本もなかったので帰宅した。

 自宅に戻ると、古い同志で大阪在住のO氏より、珍しい(横浜では)「ヒシ梅ソース」というものが二本届いていた。先日のブログで私が「ソース党」ということを書いた物を読んで、わざわざ送って頂いた。申し訳ないし、恐縮する。そのことをフェイスブックに写真をつけてアップしたら、名古屋には「つけてみそかけてみそ」というコテコテの名前のソースがあり、名古屋ではポピュラーであると、友人のSHINGOさんが教えてくれた。

 ワインのソムリエではないが、ソースソムリエもいても良いかなと思う。各地のソースをまとめた本でもあったなら買ってみたいと思っている。

 

Dscf4918※大阪に本社がある「ヒシ梅ソース」のウースターととんかつソース。見たことありますか。近いうちに、とんかつかメンチカツでも作って、このソースで食べてみるつもり。Oさん有難うございます。

 暑いので、自宅でパソコンに向かっていると、何と、何と、お世話になっている北海道の先輩から、旬のさんまが届いた。今年はサンマが高くて、いつも横目でにらんで通り過ぎるのが常となっていたが、心置きなく食べることができる。ちょうど昼時だったので、早速塩焼きと刺身にして食べた。このように様々な方たちからご支援をして頂いている。その人たちのご厚意に何をどう報いて良いか分からないが、しっかりと我が道を歩むのみである。

「さんま」と言えば、すぐに頭に浮かぶのが佐藤春夫の「秋刀魚の歌」である。

 秋刀魚の歌 
 あはれ
 秋風よ
 情(こころ)あらば伝えてよ
 男ありて
 今日の夕餉に ひとり
 さんまを食ひて
 思いにふける と。

 さんま、さんま、
 そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて
 さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。
 そのならひをあやしみなつかしみて女は
 いくたびか青き蜜柑をもぎ来て夕餉にむかひけむ。
 あはれ、人に捨てられんとする人妻と
 妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、
 愛うすき父を持ちし女の児は
 小さき箸をあやつりなやみつつ
 父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。

  あはれ
 秋風よ
 汝(なれ)こそは見つらめ
 世のつねならぬかの団欒(まどい)を。
 いかに
 秋風よ
 いとせめて
 証(あかし)せよ かの一ときの団欒ゆめに非ずと。

  あはれ
 秋風よ
 情(こころ)あらば伝えてよ、
 夫を失はざりし妻と
 父を失はざりし幼児とに伝えてよ
 ー 男ありて
 今日の夕餉に ひとり
 さんまを食ひて、
 涙をながす、と。

  さんま、さんま、
 さんま苦いか塩っぱいか。
 そが上に熱き涙をしたたらせて
 さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。
 あはれ
 げにそは問はまほしくをかし

佐藤春夫が、谷崎潤一郎の妻に恋してままならぬ気持ちをこの詩に託したと言われているがホロッとする詩である。

夜は、恒例の「蜷川政経懇」を中学の同級生の経営する野毛の小料理屋「弥平」で開催した。美味しい三浦の魚の刺身と、今日頂いた「さんま」を五匹持って行って刺身にしてもらい、皆にふるまった。その後は、友人らと関内に転戦して帰宅。

 

 


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後輩の結婚式に出席。

2012-09-10 15:31:21 | インポート

九月九日(日)晴れ。重陽の節句。

今日九月九日は、菊の節句「重陽」。古来中国では、奇数は良いことを表す数。偶数は悪いことを表す陰数と考え、その奇数が重なる日をお祝いしたのが五節句。(一月七日、七草、三月三日、桃の節句、五月五日、端午の節句、九月九日、菊の節句)その中でも一番大きな陽数の九が重なる九月九日を「陽」が重なるから「重陽」。不老長寿や繁栄を願ってお祝いをした。中国には、菊を詠んだ有名な漢詩が沢山ある。野村秋介先生の句にも、「白菊の白が溢れてとどまらぬ」がある。

今日は、野村先生の門下生である志村馨君の結婚式が山下町のホテルにて行われる。三時前に関内駅で、大宮から出席する正田ご夫妻と大熊雄次氏と待ち合わせて会場入り。結婚式場の待合室で、招待された友人らと談笑をしていたら、突然、年配の方が来て、「この度は、お忙しい中を有難うございます」と、私たちに挨拶をした。てっきり新婦の肉親の方かと思って、立ちあがったら、その方の奥さんが慌ててやって来て、「お父さん。そちらは違いますよ」と、袖を引っ張って連れて行った。これには皆、大爆笑だった。何組も重なる結婚式場ならではのハプニング。

四時から、写真撮影と挙式。五時半から披露宴。昼食を取っていないのに加えて、三日ぶりの酒で、乾杯の前にかなり酔ってしまった。乾杯の音頭を指名されたが、自分でも何を言っているのか分からないうちに済んだ。和やかなうちに二時間半の披露宴は終了。

宴会の途中で、とても驚く知らせが入った。それは親しくしている後輩が危篤と言うこと。電話では詳しいことは分からなかったが、友人の快復を願わずにはいられない。

終了後は、松本佳展君を迎えに来た小枝ちゃん。友人のY氏、そして隠岐康氏らと、近くの「ラッキー」の店で二次会。その後、吉野町の「一銭」に転戦して、オーナーの尼野保君を交えて飲む。十一時過ぎに解散。


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